ハリー・ポッターと忌まわしき一族   作:深田ハス

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05: 汝、隣人を

 

早朝大広間に着くとぼーっとしたレオノールがグリフィンドールのテーブルにいた。

組分けされた日から二日間、いつまで経っても朝の大広間でレオノールを見かけないので、偶然授業の間の移動中に一緒になった時に二人が話を聞いたところ、教室にたどり着く前に力尽きることを危惧したレオノールが休憩しながらでも授業に間に合うようにかなり朝早く起きていることを知った。それを聞いた二人は、明日は頑張って朝早く起きるから一緒にグリフィンドールのテーブルで朝食を食べないかと誘ったのだ。

 

広間に入ってきたハリーとロンを見つけるとレオノールは二人にひらひらと手を振った。

二人は眠そうに目を擦っている。

「よく毎日こんな早く起きれるね。僕なんか絶対無理」

「スリザリンはどう?」

「まあまあ」

「なにかされたりしないの?」

「特には」

「ほんと?スリザリンっていじめとかありそうだけど」

「持ち物はしょっちゅうなくなる」

「…それ十分されてるじゃないか」

レオノールが言うにはベッドの周りの物がなくなるのは日常茶飯事で、悪戯もあるらしい。大抵の物はすぐに見つかるので大して気にしていないという。

スリザリンでは魔法族であるということが一種のステータスのようだった。組分けの後に話しかけてきた女の子(パンジーとかいうらしい)にマグル出身だと早とちりされたレオノールは既に色々な洗礼を受けているようだが、「なくなってもすぐ見つけれるし」と言う本人はあまり気に悩んでいるようにも見えない。

元々表情が乏しいのもあるが、ハリーはそれだけが理由ではない気がした。そしてハリーの予感は当たる。

「孤児院の奴らよりやり方がぬるい。みんな育ちがいいんだね」

グリフィンドールのテーブルから遠慮なくトーストを取りバターを塗りながら、レオノールは表情一つ変えずに言った。

「でも、もう真面目に探すのも面倒で。なんか良い方法ないかなって思って」

レオノールはテーブルの上の『防犯のすすめ〜初級から上級まで』という本を顎で指した。

「こんな難しい本読んでわかるの?」

ロンが気味の悪いものを見るような目つきで本をパラパラとめくった。

「大体は。イラストついてるし」

「そもそも先生に言っちゃえばいいのに」

「先生……」

ハリーの言葉にレオノールは曖昧な反応をした。

大人は頼りにならない。それが今までの半生でレオノールが学んだことだ。ペベンシー氏がレオノールを幽閉したのは家族の安全のためもあったが、一度引き取った子供をすぐに孤児院に返したという悪い評判が立たないようにするためだったし、部屋の管理人だったスワンさんは多額のお金を払ってくれるペベンシー氏の言いなりだった。

別に彼らが悪いと言いたいわけじゃない。ただ彼らに期待しても無駄だということだ。

「新しい呪文を試したところだし。本当に困るようなことは起きてないからしばらくこのままでいい」

「僕らに出来ることがあるなら手伝うよ」

「ありがとう。あ、こういう訳だからしばらく私の教科書とか触らないようにして」

「え、あ、う、うん」

そこにドンッとテーブルを鳴らしてウィーズリーの双子が現れた。

「よっ!おちびちゃん!」

「どうも」

トーストを頬張ったレオノールは口の中をもごもごさせて言った。

「相変わらずクールだね」

そのまま双子はレオノールの両側に座った。

「緑のお仲間の調子はどうだい?」

「虐められていないかい?」

「大丈夫。まだ荷物しか無くなってない」

「そいつはブラックジョークだぜ」

「やっぱりあれか? マグル出身だと色々されるのか?」

まだ学校が始まって数日しか経っていないが、レオノールの何かがお気に召したのか双子はかなりレオノールが気に入ったようだった。ウィーズリーの双子は廊下で会ったりすると必ず声をかけてくる。最初は用もなく話しかけてくる双子に内心怯えていたレオノールだったが、段々と慣れてきていた。

「そうなのかも」

「両親のことなんも知らないのかい?」

「ほとんど。母親は魔法族だよ」

「えっ、レオノールのお母さん魔女なの?」

意外な事実にハリーは驚く。てっきりマグル出身だと思っていたのだ。

レオノールは相変わらずほとんど表情が変わらない。

「たぶん」

特別調べたわけではないが、あれだけ魔法関連のものが詰まった邸が母親の生家なのだ。少なくとも母親の親は魔法族だろうし、邸も広さや物の多さからして一代そこらで建てた邸とは思いにくい。家系図っぽいものも見かけたので、それなりに古くから続いている家なのではないかと考えていた。

「パンジーは私が孤児院出身だって言ったらマグル生まれだって思い込んだらしい」

淡々と語るレオノールが想像を超える苛酷な状況を耐え抜いてきたことを物語る気がしてハリーは悲しくなった。

「今日の魔法薬学って一緒?」

「ええと、確かそうだ。うわー…スネイプの授業だよ」

「うわー?」

「スネイプってスリザリンばっか贔屓するっていうんだ」

「ああ、特にグリフィンドール相手だと酷いぜ」

フレッドの言葉にジョージがうんうんと頷く。

「へぇ」

そこにハリーのフクロウのヘドウィグが飛んできた。ヘドウィグは嬉しそうにハリーの皿に手紙を落っことすと食べかけの皿からトーストの耳をつまんだ。

入学してから初めての手紙だ。ほとんど破るようにして封を切るとハグリッドからのお茶の誘いだった。

「ハグリッドがお茶に来ないかだって。レオノールも一緒に行こうよ」

「いいの? 」

「もちろん」

「じゃあロニー坊やは一人で留守番だな」

「えっ」

「それはないって。ロンも来てよ」

びっくりしているロンの様子に笑いを堪えながらハリーは言った。ハリーの誘いにロンはほっとした顔をする。

「おお、優しいねぇハリー」

「ロニー坊や、よかったなぁ」

双子はそう言ってゲラゲラ笑った。レオノールもつられて笑った。この人達といると本当に楽しい。

自分も同じ寮だったらよかったのに。いやそれを考えるのはよそう。余計に惨めになるだけだ。

しばらくたわいのない話を聞き、「また一緒にご飯食べよう」と声をかけてくれるハリー達に手を振って大広間を後にした。

 

 

図書室に寄って防犯の呪いを調べるのに使った呪文集を返却してから変身術の教室に向かったが、教室にはまだ誰もいなかった。

本当は他のスリザリン生の視界に入らないように一番後ろの席に着くつもりだったのだが、変身術は楽しみにしていたので前から二番目くらいの席に座ることにし、持ってきた教科書を広げた。

しばらくするとスリザリン生がまとまって入ってきた。レオノールがすでに教室にいるのを見ると何人かが甚振る獲物を見つけた野犬のように笑みを浮かべる。

そしてなんと驚いたことにあのドラコがレオノールの横に座ってきた。ドラコに続いて後ろにパンジー達が座る。

やっぱり一番後ろの席に座ればよかったかなとか思ったが、マクゴナガル先生は厳格なことで有名なので授業中にまで何かされることはないだろうと思い、我慢することにした。

隣に座ったドラコはにやにやしながらこちらを見てくる。

「お前ってマグル出身なんだろ?」

見下したような言い方だ。

「お友達が言ってた?」

「ああ」

「そう」

ドラコには目もやらず変身術の教科書を読み続けた。

「で、どうなんだよ」

「なにが?」

レオノールは訳がわからずに真正面からドラコを見た。なぜかドラコは少したじたじする。

「だからマグル出身かどうかがだよ!」

「聞いてどうすんの」

「本人に確かめてみたっていいだろ」

こいつ案外良い事を言うじゃないか。レオノールはドラコの顔をじっくり眺めた。

コンパートメントでは好きになれない態度を取っていたが、もしかしたらパンジーよりは少しはマシな人なのかもしれない。

レオノールがそんなことを考えている間にマクゴナガル先生が入ってきて、お喋りは中断された。

 

全員のスリザリン生が席に着いたことを確認したマクゴナガル先生は厳格な調子で話し出した。

「私が担当する変身術は、ホグワーツで学ぶ魔法の中で最も危険な魔術の一つです。いい加減な態度で授業を受ける人は授業から出ていってもらいますし、二度と教室には入れません。覚えておくように」

マクゴナガル先生はそう言って教室を見回し、レオノールの後ろに座っていたパンジーにふと目を止めた。先生と目が合ったパンジーはにやにやするのをやめて前のめりだった姿勢をさっと正した。

マクゴナガルの杖の一振りでレオノールの目の前にあった机が一瞬でブタに変わり、再び先生が杖を振ると元の机に戻った。

感激していられたのも束の間、「では、教科書を開いて」という先生の掛け声から、鬼のようなノートを取る作業が始まった。

一通りのノートを取り終えると、一人一本マッチ棒が配られた。今からマッチ棒を針に変身させてみなさいと言う。

授業の始めに先生がさも簡単そうに机を動物に変身させていたのを見たところだが、さんざん複雑なノートを取った後だと、マッチ棒を針に変えるなんてそんないきなり無茶な、とみんな思った。案の定、教室に呪文が飛び交い始めてしばらくしてもマッチ棒を針に変えることができた者はいなかった。隣のドラコは幾分か出来ている方で、ドラコのマッチ棒は鉛色に変わっていた。

 

レオノールは目の前のマッチ棒を手に取って転がしながら、それが針になる様子を想像する。針が布団の中でどんなふうに光るか、針の先端がどんだけ尖っているか、あれが仕込まれた椅子やベッドにうっかり座ってしまうとどんなに痛いか。特段裁縫をさせられていたわけでもないが、レオノールのいた孤児院の子供達にとって針は馴染み深いものの一つだった。

レオノールはマッチ棒を机に置くと自分の黒い杖を一振りした。

マッチ棒は一瞬で細い縫い針に変わる。

隣でドラコが目を見開いた。

「お見事です」

すぐ後ろから声がしてレオノールはびっくりして振り返った。

いつの間にかマクゴナガル先生が後ろに立って、レオノールが呪文をかける様子を見ていたのだ。

マクゴナガル先生はレオノールの机から鉛色に光る鋭利な針を取り上げた。

その様子をすぐ後ろのパンシーが信じられないというように顔を顰めて見ている。彼女の机にはなんの変哲もないマッチ棒が転がっていた。

「皆さん、ミス・ペベンシーが変身させた針を見てください。針の先端はこのように尖っているものです」

マクゴナガルは教室の真ん中でレオノールが変身させた針を宙に浮かせて全員に見えるようにした。

「大抵の針は金属でできていますので、このように鉛色をしており、そして、」

マクゴナガルは宙に浮いた針を手に取ると軽く指先で力を加え、満足そうに微笑んだ。

「そして、このように硬いのです」

ちょうどいいところで予鈴が鳴った。

「ミス・ペベンシーに五点」

周囲の教室ががやがやと騒がしくなる中でマクゴナガルが声を張り上げた。

隣からドラコが何か言いたげに見てきている気がしたが、次の授業に間に合わなくなりそうなので急いで教科書やらを鞄に詰め込んだ。

そして後ろを一度も振り返らずに、次の魔法薬学の授業の教室へと急いだ。

 

 

魔法薬学一回目の成果といえばスネイプ先生への信頼のガタ落ちといったところだろうか。

今度は教室の一番後ろから受けたスネイプ先生の授業はグリフィンドール生にとって散々なものだった。

授業を始めたそばからハリーに難しい質問をし、言いがかりをつけてはハリー達から減点をしたのだ。一方ドラコ達が騒いでいても注意の一つもしない。

スネイプ先生には後見人ということで色々お世話になっているが、もしかしたらこの人は”良い大人”なんじゃないかと少しでも期待していた自分に呆れた。

ハグリッドの小屋に向かう途中レオノールは黙ったままハリーとロンが盛大に愚痴を言い合うのを聞いていた。

ハグリッドの小屋は禁じられた森のそばにあった。

ドアをノックすると何かが飛び出てきた。レオノールは思わず横っ跳びに避ける。

「ギャッ!」

ハリーが大きな犬に襲われた。

「こら!やめるんだファング!!落ち着け!」

立ち上がった犬はレオノールよりも大きかった。

襲われたのが自分じゃなくてよかったとほっとする。もし自分が襲われていたら魔法で弾き飛ばしてしまっていたかもしれない。入学早々騒ぎを起こすのはごめんだ。

ハグリッドはハリーから引き剥がしたファングを無理矢理小屋の中に押し込めた。

明るい所でハグリッドをちゃんと見るのは初めてだった。ダイアゴン横丁で見かけた気もするが、その時も入学式の時も自分が周りの人混みに埋もれてしまっていてよく見えなかった。

ハグリッドは言うならばサイズ違いのドワーフみたいだ。大きな身体で見た目は厳ついがもじゃもじゃの毛の中に見える黒い目は優しそうだ。

「よぉ来た、ハリー。こっちの赤毛はウィーズリーんとこの子だな? お前さんの双子の兄貴達は本当に厄介だぞ。んでこっちの子は、ん?お前さんもしかしてカイラの子か?」

ぐいっとハグリッドが体を屈めてきたのでレオノールは少し怖くなって後ずさった。

「私の母を知ってるの?」

ハグリッドはごわごわした髭を大きな手で撫でた。

「いやあ、やっぱりそうか。お前さん母親にそっくりだ。あいつは変わった奴だったなあ。スリザリンの首席なのに一人でよくここらへんを彷徨いとった」

母親にそっくり。

ダイアゴン横丁で杖を買った時にオリバンダーさんにも言われたことだ。

「あなたは母と仲が良かった?」

「仲が良かったってわけじゃねえが、ちょくちょく話はしとったぞ。時々お前さんのお祖母さんのことを聞かせてくれってせがまれとったわ」

「祖母?」

「俺の二つ上の学年だった。まあハッフルパフ生だったから見かける程度で話したことはなかったがな」

…ハグリッドっていったい何歳なんだ。

ハグリッドが入れてくれた紅茶は美味しかったが、出してくれたロックケーキは歯が折れそうになるほど固かった。

ハリー達三人は紅茶を啜りながらこの一週間の学校生活をハグリッドに話して聞かせた。

 

 

地下の寮へと向かうレオノールの足取りは重い。いくら慣れているとはいえ、自らいじめの的となるような場所へ帰っていくのは気が滅入った。でも戻るしかない。ホグワーツの夜は想像以上に不気味で寒くて居心地が悪い。スリザリンの寮もはっきり言って居心地が良いとは言えなかったが、夜中のホグワーツの廊下よりはマシだし、なによりどんな状況でも閉じ込められていた時よりはマシだと思っていた。

それに、昨日の夜『防犯のすすめ〜初級から上級まで』に載っていた呪文を使ったところなのでその効果を見てみたかった。

寮に戻ったところで、いつもなら少しでも荷物に手を出されないようすぐにベッドに戻るのだが、今日はわざと談話室の隅の椅子に陣取った。

魔法薬学の課題を広げながらハグリッドが言っていたこと、ハリーが言っていたことを思い返す。

セキュリティの高さを謳っているグリンゴッツに侵入できる程の力を持つ人が欲しがる物ってなんだろう。それは本当にハグリッドが持ち出していたっていう小さい包みなんだろうか。それほどの物って一体なんだろう。

 

「なあ、おい」

部屋の隅にレオノールを見つけたドラコは近づいて声をかけたがなんの反応もない。

「おいって聞いてるのか?」

聞こえた素ぶりもないので黙々と読んでいる教科書を引っ張った。

「うわっ!」

手にバチッという強い衝撃が走り思わず教科書を床に落とした。

ドラコが声をあげたので周囲の人が何事かと振り返る。

「今のなんだよ!?」

「盗難防止」

そう答えながらレオノールは床に落ちた教科書を拾い上げる。何も起こらない。

「盗難防止?なんでそんなものが必要なんだよ?」

ドラコは訳がわからず聞く。

「なんでかは知ってるでしょ」

椅子に座り直したレオノールは開いた教科書から目もあげないで言う。

「なんのことだ?」

ドラコがそう言うとレオノールは黙ったままドラコの顔を見つめた。

最初にコンパートメントで会った時から相変わらずほとんど表情が動かず、レオノールが何を考えているのかわからなかった。

「何か用?」

レオノールがずっと真顔で見てくるのでドラコは気まずくなって、向かいの椅子に座った。

「ほ、ほら、今日の変身術の授業でお前だけマッチ棒を変身させられただろ?」

レオノールは僅かに眉を上げた。ドラコの話しかけた話題が意外だったようだ。

「ああ」

「授業の前に何か練習してたのか?」

「何も」

「本当にか?」

ドラコは食い下がった。

内心焦っていた。

孤児院育ちでマグル生まれなはずのレオノールが一発で呪文を成功させた。かたやドラコは時間いっぱい掛かってもマッチ棒を鉛色に変化させられただけ。これでも魔法族出身の中でも並みよりは勉強のできる自信のあったドラコにとって屈辱でしかなかった。

「本当に何もしてないのか?」

「何もしてない。入学前に教科書は読んだけど」

「入学前に?」

「他にすることがなかった」

「孤児院だと出掛けたりとかもしないのか?」

ドラコの言葉を聞いたレオノールは片方の眉をぴくりとだけ動かしたきり何も答えなかった。

ドラコはふと汽車での会話を思い出す。

「四年間閉じ込められてたって話と関係あるのか?」

レオノールは目をぱちくりさせた。

「…まだ覚えてたの?」

「ま、まあ、気になったからな。あれはどういう意味なんだ?」

「そのまんま」

「そのまんまって…」

「孤児院から私を引き取った夫妻に閉じ込められてた。四年間一歩も部屋から出たことがなかった」

想像を軽く超える重い話にドラコの頭は理解が追いつかない。

「え、ちょっと待て。なんで閉じ込められてたんだ?」

「…私が魔女だったから」

そう言うレオノールの顔は能面のように生気がなかった。

「そ、それは…」

レオノールの答えを聞いたドラコはショックで何も言えなかった。

それもそうだろう。ここでは、特にドラコみたいに親も魔法族という家庭で育った人にとっては、魔法使いであることが普通なのだから。

「…大変だったんだな」

どう頭を捻っても変哲のない言葉しか思い浮かばなかったドラコを、レオノールは真顔で眺めていた。

「じゃ、じゃあ、今はどこで暮らしてるんだ?」

「産みの母親の生家」

「誰か一緒に住んでるのか?」

「誰も。時々スネイプ先生が来るけど」

「スネイプ先生!?どうして?」

「後見人だから」

「えっ?」

急に女子寮が騒がしくなって、談話室にいた人は何事かと女子寮の入り口を振り返る。

ドタドタドタと走る音と悲鳴が聞こえてパンジーとその他数人が女子寮から飛び出てきた。彼女達はきゃあきゃあ悲鳴を上げて何か慌てている。

「どうしたんだ?」

側から見たら奇行にしか思えない行動を取る彼女達にドラコは首を傾げた。

「言ったでしょ」

レオノールが言う。

「盗難防止だよ」

レオノールは少しだけ口角を上げて唇を歪ませていた。

「じゃあね」

理解の追いついていないドラコを置き去りにし、騒いでいるパンジー達の横を素通りしてレオノールは女子寮に入った。

案の定、ベッド脇の机に何冊かの教科書が散らばっている。ベッドの下にしまっていたトランクもはみ出している。だが、盗られた物はなかった。

レオノールは全ての教科書やノートに、持ち主以外が持つと強い静電気が走る呪文を掛けた。トランクには手順通りに開けないとトランクごと暴れ出すような呪文を掛けた。教科書やトランクの中身を盗んで隠そうとしたパンジー達は強い静電気と暴れるトランクに驚いて談話室に飛び出てきたのだろう。本当は勝手に持ち物に触った人は悪臭に見舞われるようになる呪文だとか全身イボだらけになる呪文なんかもあったのだが、同室のパンジーから酷い臭いがしたら自分もくさいし、イボだらけで医務室沙汰になったら先生に注意されそうなので、比較的軽い呪文を選んでみた。

レオノールはベッドに仰向けに寝転がる。

さっき女子寮から飛び出てきたのはパンジーとミリセント・ブルストロードという体格の良い一年生、後の二人は授業で見かけないので二年生だろうと考える。

思ったより少なかったな。

ドラコもグルだと思っていたのだが、女子寮に男子は入れないはずなので今は真偽はわからない。でも談話室で話した様子からすると、もしかしたらドラコは知らないのかも知れない。

これからどうしようかな。

パンジー達が怯えて荷物に手を出さなくなるのが一番楽だが、そう簡単に彼女達が手を引いてくれるだろうか。

まあ駄目だったらまた考えよう。

パンジー達のことは頭の中から追いやり、レオノールは楽しかった今日の変身術の授業を思い出しながら眠りについた。

 

 

 

翌日、今日は授業が始まって初めての週末。

目が覚めてしばらくはそのままごろごろしていたが、授業でレポートを課されたことを思い出し、寝起きのぼさぼさのままベッド脇のテーブルでレポートをやり始める。

しばらくして腹の虫が鳴ったので、切りのいいところで大広間にご飯を食べに行く。

ちょうどお昼時で、平日は次の授業のために急いでご飯をかき込んでいるレオノールには見たことのない生徒がたくさんいた。

ご飯を食べ終えるとそのままぶらぶら図書室に向かう。

レポートに使えそうな本はないか物色していたところで後ろから呼びかけられた。

「ねえ」

ホグワーツ特急で会ったハーマイオニー・グレンジャーだった。

「あなたもマクゴナガル先生の授業でマッチ棒を針に変えれたの?」

「うん」

「学校の授業が始まる前に何か勉強してた?」

「教科書は読んだけど」

「そうよね、やっぱりそれくらいするわよね。安心したわ。みんなびっくりするくらい何もしてなくて、授業でも私以外にマッチ棒を変えられた人はいなかったし、」

コホン、と本棚の後ろから咳払いがして、ハーマイオニーはハッと口を押さえる。

「いけない、図書室で煩くするとマダム・ピンスに怒られちゃうんだったわ。また良い勉強法があったら私にも教えてね。じゃあ」

レオノールが返事すらする前に、ハーマイオニーは喋りたいことを喋って行ってしまった。

それからしばらく図書室で本を読み耽った後、大広間に寄って早めの夕飯を食べてからスリザリンの寮に戻った。

 

「どこ行ってたんだい?」

談話室に入った途端にドラコに話しかけられた。

「図書室」

「だから見かけなかったのか。なあ、昨日言ってたスネイプ先生が後見人って話だけど、」

レオノールが一息吐く暇もなくドラコは話し続ける。

談話室にいる人達はドラコがレオノールに話しかけるのをちらちらと見ている。何人かはチラ見どころではなくガン見だ。マグル出身者に何話してるんだ、とでも言いたげだった。

「なんでスネイプ先生がお前の後見人なんだ?」

「なんでって?」

「スネイプ先生はスリザリンの寮監だぞ。授業もしてるんだから忙しいはずだろ。なんで君の後見人になったんだ?」

「知らない。先生は頼まれたって言ってたよ」

「頼まれた?誰に?」

「私の母親」

「なんで君の母親がスネイプ先生を知ってるんだ?」

「私の母親がスネイプ先生の先輩だったんだって」

「先輩?じゃあスリザリン生だったのか?」

大袈裟に驚くドラコにレオノールは適当に頷く。

「なんで最初に言わなかったんだよ?」

「聞かれなかったから」

「ペベンシーが母親の姓なのか?」

「いや、それは養子先の。母親は、ええと、カイラ・ヴェ、ヴィ、…」

「もしかして、ヴィヴィエールか?」

急に男の子が話しかけてきて、レオノールとドラコは振り返った。

レオノール達をガン見してきていた人達のうちの一人で、何度か授業で見かけた気がするので同学年だろう。ドラコよりも頭半分背の高い彼をレオノールは見上げた。

「ヴィヴィエールだよな」

「たぶん」

「どこかで見たことある顔だって思ってたんだ。まさかヴィヴィエールだったとはね」

急に話しかけてきた男の子になんと答えていいか分からず、レオノールは黙っていた。

「僕はセオドール・ノットだ」

そう言って背の高い男の子は手を差し出してきた。

「おい、ノット。なんだよ、急に」

「あのヴィヴェールだぞ、マルフォイ」

ノットはレオノールと握手し損ねた手を下ろしてドラコに言う。

()()ヴィヴィエールってなんだよ?」

「知らないのか?お伽話に出てくるだろ」

「お伽話?そんなのあったか?」

「おい、知らないのかよ。じゃあ吸血一族なら知ってるか?」

「もちろん知ってるさ。ならヴィヴィエール家が()()吸血一族なのか。あれはお伽話というより都市伝説だろ」

「そうだな」

レオノールは二人の男子に挟まれ、勝手に目の前で盛り上がっている二人を眺めた。

心なしかさっきよりこちらを見ている人が多い気がする。

()()吸血一族?」

色々疑問が山積みだがとりあえず吸血一族なんていう趣味の悪い呼び方はなんなのだろう。

「君本当に何にも知らないのか? 吸血一族って結構有名な一族なんだぞ」

ノットが怪訝そうに言う。

「知らない」

周りに魔法使いなんていなかったし、そもそも部屋に軟禁されてたし、知っている訳がなかろう。

「君の一族は代々特別な力を持ってて、その力を使うのに血を使うから吸血一族って揶揄されてるんだ。でも詳しいことはわかっていなくて、謎が多いんだよ。だから都市伝説的な感じで有名なんだ」

「一族の当主と結婚するのは純血の中でも魔力の強い人だとか、純血の一族なはずなのにスクイブが容認されていたらしいとか色んな噂があるな」

ノットの説明にドラコが付け足す。母親はそんなにも有名な一族の人だったのか。

「お伽話にも出てくるぞ」

「どんな話だ?」

「恋人を助けようとする魔女の話で助けられた恋人は歳を取らなくなるんだ。その魔女の一族っていうのが実在するヴィヴィエール家だっていう説が強いって聞いたぞ」

「そんなの僕は読んだことないぞ」

「古い吟遊詩人ビードルの物語かなんかの一つだったと思ったけど、マルフォイが知らないっていうからなあ」

「は、あ」

レオノールは膨大な情報量に圧倒され、頭がパンクしそうだと思った。聞いたことを整理しようと考えているところで途中から口を開けたままだったことに気づき、唾を飲み込んだ。

「ヴィヴィエール家はともかく、君の母親のことについてもっと知りたくないか?なんなら僕の父上に手紙を送って聞いてやってもいいぞ。スネイプ先生とかぶってるスリザリン生のことだったら父上は絶対何か知ってるからな」

ドラコはこれから獲物を獲りに行く猟犬みたいに踏ん反り返っている。

ノットも熱意というか称賛の籠ったような目でこちらを見ている。この寮に入って初めて向けられる類の視線だ。

急な二人の態度の変わりようにレオノールは理解が追いつかず、眉を顰めてまじまじと男子二人の顔を見ていた。それからしばらくしてやっと口を開いた。

「つまり、マグル生まれじゃないってわかったから、私と仲良くしたい、と」

「だって、母親がヴィヴィエールなんだろ」

「私はたぶんって言っただけだよ」

ノットの言葉にレオノールはつぶやくように言い返す。

「物理的証拠は?口頭確認だけ?」

指摘されるとドラコは鳩が鉄砲玉を食らったような顔になり、ノットも同じように眉を上げた。

これじゃ孤児院と何も変わらないじゃないか。

レオノールは片眉を上げながらため息を吐いた。

レオノールが何も言おうとしないのでドラコは痺れを切らしたように口を開いた。

「とにかく、父上にヴィヴィエールのことを聞いてやろうか?」

「遠慮しとく」

レオノールはにべもなく切り捨てた。

「は?」

「ヴィヴィエールのことは教えてくれてありがとう。でも別に今困ってるわけじゃないし。それに君のお父さんのこと知らないし、君のこともよく知らない」

「なんだよっ、人がせっかく親切に教えてやったのに」

「私は頼んでない」

「勝手にしてろよ」

そう言うとドラコは怒って行ってしまった。

頼んでもないのに勝手に怒ったりして、変わった人だなとドラコの後ろ姿を見ながら思う。

ドラコがレオノールの元から談話室の真ん中に戻っていくのを多くのスリザリン生がじろじろ見ている。

また有ること無いこと言われて変な噂が飛び交うんだろう。

ああ、めんどうだな。

そんなことを思っているとノットがもう一度手を出してきた。

「君は何が欲しいの?」

「僕は君と友達になりたいだけだよ」

「私がヴィヴィエールの娘だから?」

「まあね」

「でも私何も知らないよ」

「僕が教えてあげるよ」

レオノールが困ったように眉間に皺を寄せるとノットはそれを見て笑った。

「僕は嘘を吹き込むつもりなはいよ。嘘を教えたところで君には本当のことがわかっちゃうからね」

「それって一族の特別な力ってやつ?」

「うん、たぶんね」

「ふうん」

いろんなことを聞いたせいでレオノールの頭はまともに回転していなかった。

そんな様子なのでノットは助け舟を出す。

「まあ、今は困ったことがあったら頼れる友達ができたって思えばいいよ」

「うーん」

どこか納得がいかないままだったがレオノールはノットの差し出した手を軽く握った。

それ見た談話室のスリザリン生がひそひそと喋り出す。

レオノールが女子寮に入るまでスリザリン生達の視線が針のように刺さった。

とても居心地が悪かった。

 




孤児院で叩き上げられてきたレオノールと違って、ボンボンのドラコは縫い針なんて見たことがない。
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