ハリー・ポッターと忌まわしき一族   作:深田ハス

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06: 箒と犬

 

朝、談話室がいつもより騒がしいと思ったら午後に飛行訓練があったことを思い出した。

 

先日の談話室での一件で愛想尽かされるかと思ったが、心外にもそれ以降もドラコはなにかと話しかけてくるようになった。そしてもれなく巨体のクラッブとゴイルの二人も付いてくる。

ドラコの話を聞くのは嫌じゃないが、なにせ目立つので少し鬱陶しい。しかも自分の出生をドラコ達が周りのスリザリン生に教えたらしく、昨日まででもパンジーやらその他悪戯を仕掛けてきた二年生やらが謝りに来てそれはそれで面倒だった。悪戯は一応収まった。

結局ドラコは事の経緯を父親に話したらしい。談話室でドラコと話してから数日後にドラコの父親から手紙が届いた。手紙にはレオノールの母親がスリザリンで三つ下の後輩だったこと、首席だったこと、成績優秀で特に薬草学に抜きんでていたことなどが書かれていたが、家のことについてはこれといった発見はなかった。ドラコの手前最低限の礼儀としてお礼の返事を書かせてもらったが、やっぱり本とか屋敷にあるもので地道に調べるほうが良いと踏んだ。因みにノットが言っていた『吟遊詩人ビードルの物語』は図書室で探してみたがそれらしい話は載っていなかった。友達になろうと言ってきたノットだったが、差別的な視線を向けてくることがなくなって談話室や大広間で会ったりすると挨拶を交わすだけで、ドラコみたいに何度も話しかけてくることはなかった。

 

「それで、危うくヘリコプターにぶつかるところだったんだけど、間一髪で避けてみせたんだ」

ドラコの見事にヘリコプターを避けたという自慢話を聞くのはこれで七回目になる。が、このくだりの後から話が有耶無耶になるので信憑性は低い。

校庭に向かいながらレオノールはドラコの話を右から左に聞き流していた。

正直箒はあまり興味がなかった。乗ってみたいという気持ちもあるにはあるのだが、いざとなれば自分の力だけでも飛べるはずだ。

学校が始まる二週間前にダイアゴン横丁から屋敷に戻ったレオノールは人目がないのを良いことに庭で錆び付いていた小型の自動車を実験台にして色々試してみた。事実、頑張れば杖なしでも物は浮かせられる。だが自動車一台を一分間浮かせ続けるのに体力を使い果たしていては割に合わない。要はそれをするのにどれくらいの労力を使う気があるかだ。しかもダンブルドアに釘を刺されたので、やたら無闇に人前で杖無しの力を使うわけにはいかなくなっていた。

 

校庭に着いて少しするとグリフィンドール生も遅れてぞろぞろやって来た。ハリーとロンを見つけたレオノールは二人に軽く手を振る。二人はレオノールの隣にドラコがいるのを見て露骨に嫌な顔をした。

マダム・フーチに急かされて皆それぞれ箒の側に立った。レオノールも同じように位置に着こうとしたが、それをマダム・フーチが止める。

「ミス・ペベンシー、あなたは見学にしても良いのですがどうしますか?」

レオノールは首を傾げた。

なぜ自分だけ見学?

「ダンブルドア校長先生から事情は伺ってます。体力的に無理があるようでしたら今日の飛行訓練は見学でも構いません」

なるほど、とレオノールは心の中で呟いた。

今まで部屋の中でしか生活してこなかったレオノールは、入学前の一ヶ月間ダイアゴン横丁で特訓したとはいえ、並みの人の半分ほどの体力もなかった。

今でも授業に遅刻することは無いものの、授業移動が多い日はそれだけでへとへとになっている。

「では、できるところまでで良いので参加しなさい。途中辛くなったら見学に移って構いません」

レオノールがなかなか答えないのでマダム・フーチが勝手に決めてしまった。

ほらほらと促され、箒の側に立つ。

先生の指示に従って皆箒にまたがった。

「一、二の、–––––」

一人のグリフィンドール生がワンテンポ早く宙に浮いた。ネビルだ。

「こら!戻ってきなさい!」

パニックになったネビルは箒にしがみついて、どんどん高く昇っていく。

二十メートルまで浮いたネビルが急に箒から落ちてきた。

ネビルと共に何人かの女子が悲鳴を上げる。

「手首が折れているわ」

ネビルに駆け寄ったマダム・フーチが顔を青くして言った。

ネビルはまだ泣いている。

マダム・フーチはネビルを医務室に連れていくと言い、くれぐれも地面から足を離さないように、と言い残していった。

完全に先生が見えなくなったところでドラコが大きな声を出す。

「見たか?あのロングボトムの顔!」

「やめてよ、マルフォイ」

「へーぇ、パーバティってあんなマヌケが好きだったの?」

ドラコやらパンジーやらのスリザリン生が囃し立て出す中でレオノールは一人ぼーっと考えに耽った。

さっきネビルが箒から落ちてくる間に助けようと思えば多分助けられた。小型の車が浮かせられるくらいだ。小柄なネビルならかなり余裕だろう。頸のローブを上に引っ張るなり下から持ち上げるなりすれば良かったのだ––––––

「見ろよ、あのバカのばあちゃんが送ってよこした思い出し玉だ!」

「それをこっちに渡してもらおう、マルフォイ」

ドラコが草むらから玉を拾い出し、ハリーがすかさずそれにくってかかる。

––––––でもあえて助けはしなかった。余計な手出しはしたくない。またなにかを自分のせいにされるのはごめんだ。手首じゃなくて首の骨だったら即死だったかもしれない。でもそれは過去に起こり得た事実の一つなだけで現実じゃない。それにダンブルドアからも人前で使うなと言われている。だから––––––

 

「ロングボトムが後で取りにこられる場所に置いておこう。木の上なんてどうだい?」

さっと箒に跨ったドラコは滑るように宙に上がった。

ハリーも箒に跨る。ドクンドクンと心臓が鳴る。

「ちょっと!ハリー、ダメよ!フーチ先生が仰ってたじゃない!ハリーってば!!」

ハリーはハーマイオニーの金切り声を無視して思い切り地面を蹴った。

世界から一切の音が消え、なんともいえない高揚感が襲ってくる。身体中の血管が騒いだ。習ってなくてもどう箒を動かせばいいか分かった。

僕にも教えてもらわなくたってできることがあるんだ。

マルフォイに向かって急上昇する。

「どうする、マルフォイ? 君のガードマンもここまでは助けに来られないぞ?」

「そんなに欲しいなら取ってみろ!」

ドラコは思い出し玉を思い切り投げた。

咄嗟に後を追う。地面まであと三メートル。すべてがスローモーションに見えた。

地面すれすれで思い出し玉をキャッチし、箒の向きを変えて地面に着地する。

グリフィンドール生がハリーの元にどっと押し寄せた。

「凄かったぜ、ハリー!」

「前にも箒乗ったことあるの?」

「マルフォイ達がいい気味だな–––––」

「ハリー・ポッター!」

マグゴナガル先生の登場で湧き上がっていたグリフィンドール生は一気に気分が沈んだ。

「なんということを!下手をすれば首の骨を折っていたかもしれないのに!」

「先生、ハリーが悪いんじゃありません。ネビルの思い出し玉を–––」

「お黙りなさい、ミスター・フィネガン」

「でも、マルフォイが––––」

「しつこいですよ、ミスター・ウィーズリー。ミスター・ポッター、付いてきなさい」

マクゴナガルは項垂れるハリーを連れてさっさと校舎に入っていった。

「ざまあみろだ、ポッターめ!」

マグゴナガル先生が見えなくなった途端にドラコ達スリザリン生はお通夜みたいな雰囲気のグリフィンドール生を笑った。

 

「もう解散?」

一緒に校舎に戻ろうと声をかけるとレオノールは拍子抜けした声を出した。

校庭を戻りながらドラコは半分嬉しそうに半分悔しそうにさっきの話をする。

「僕が飛ぶところ見てただろ? ポッターがあれだけ飛べたのは意外だったけど、でも僕だって––––」

「飛んでた?」

レオノールは首を傾げた。

「目の前で見てただろ?」

ドラコは愕然とした。

レオノールはちょっと考える。

そういえば誰かがなんとか玉がどうしたとか言ってたな。その後で箒がどうとかなんだとか。

「二人くらい飛んでた?確かに片方はドラコだった気がする」

「目の前のしかもついさっきのことだろ? なんでそんなに覚えてないんだよ」

「考え事してた」

ドラコはがっかりした。

ポッターが思い出し玉をキャッチできたのは想定外だったが、せっかく良いところを見せれたと思ったのに。

「飛べるってのは本当だったみたいだからドラコの箒の腕前はまたの機会に見せてもらうよ」

「僕の話を信じてなかったのかよ」

「ヘリコプターの話は胡散臭かった」

ドラコは更にしょげた。

レオノールがマグル生まれでないと分かって以来、もっと言えば入学式で喋って以来、何度か話しかけたりして仲良くなろうと試みてきたが、レオノールはいつもどこか冷淡であっさりしていて、中々上手くいかない。今みたいに話しかけても聞こえていないことも度々ある。

「飛んでたもう一人はハリーだったの?」

「そうだ。それでマクゴナガルに飛んでるとこを見られて連れていかれた。きっと今頃荷物をまとめて家に帰る準備をしてるさ」

マクゴナガル先生に連行されるハリーの後ろ姿を思い出してドラコはちょっと気を取り直す。

「なんで帰る準備?」

「先生がいない間に飛んだら退学にするってフーチ先生が言ってたじゃないか」

「じゃあハリーは退学? ならドラコは?」

「僕は先生が来る前に地面に戻ってたのさ」

「狡猾なスリザリン生ってやつか。本当にハリーが退学だったら残念だな」

「どうしてだよ?」

「せっかく話せてた人がいなくなるのは残念だよ。ハリーはここ数年で初めて喋った同年代だし」

レオノールが使った”初めて”という言葉にドラコは拗ねたような顔をする。

「あ、ハリーだ」

大広間に着くと丁度ハリーがグリフィンドールのテーブルに座ろうとしていた。

「あっちで喋ってくる」

ドラコが引き留めたそうにしているのにも気付かずレオノールはさっさとグリフィンドールの中に混じっていってしまった。

「ハリー、退学になるの?」

「「レオノール!」」

ハリーとロンはレオノールが話しかけるとなぜか大袈裟に反応した。

「こっちで食べてもいい?」

「いいけど、マルフォイはどうしたの?」

「? スリザリンの方に行ったと思うよ」

レオノールはよっこらしょとハリーの隣に入れてもらった。ロンが興奮気味に話し出す。

「レオノール、ハリーがグリフィンドールのシーカーに選ばれたんだよ!」

「しーかーぁ?」

本日の日替わりスープを器に盛りながら聞きなれない言葉を鸚鵡返しにした。

「クィディッチのポジションの一つだよ!君クィディッチも知らないのかい?」

「知ってるわけない」

でもそういえばドラコがスリザリンのチームがどうとか言ってた気がする。そうかロンもドラコも生まれた時からずっと魔法界にいたんだ、と当たり前のことながら改めて共通点を見つけて少なからず驚く。

「それもそうか。とにかく、クィディッチの選手は本当は二年生からしかなれなくて、ハリーはここ百年振りの最年少のシーカーになったんだ!」

「へー、なんか凄いんだね。おめでとう、ハリー。応援したほうがいい?」

レオノールが聞くと、隣に座ってるハリーは照れくさそうな顔をした。

「応援してくれるなら、もちろん」

「おっけー。でも退学の話はどうなったの?」

「話もなにも、そもそも退学の”た”の字も出てこなかったよ。マクゴナガル先生は凄く喜んでて、これでスリザリンに勝てるかもしれないって」

「そう。スリザリン強いんだ」

「ところでマルフォイとはどうなの?」

ハリーはなにか咎めるように見てきた。

「どう?」

「飛行訓練のとき一緒にいたじゃないか」

ドラコが隣にいるのを見てハリー達が嫌そうな顔をしていたことを思い出し、ああ、と合点する。

「母親が魔法族だって教えたら話しかけてくるようになった」

「マルフォイに教えちゃったの?」

「隠すようなことじゃないからね。ひけらかすようなことでもないけど」

それから相変わらずスネイプの授業は不公平だとか魔法史で一度も寝ないでいるのは不可能だとか話していて、ふと視線を感じたハリーが振り返るとマルフォイといつもの二人がいた。

「最後の晩餐かい、ポッター?」

「地上だと元気そうだね、マルフォイ」

「ドラコ、ハリーは退学じゃないって」

レオノールは険悪な二人の間に横から口を挟んだ。

「なんでレオノールはこんなとこで食べてるんだよ」

ドラコが拗ねた声を出した。

「誰がどこで食べようが別にいいでしょ」

「そうだよ、レオノールの自由だ」

「お前は黙ってろ、ウィーズリー」

「なんだと、やるのかマルフォイ?」

レオノールを擁護したロンにドラコが口を出したところからレオノールそっちのけで男子三人の口論が始まった。

「ああ、やってやるさ。魔法使いの決闘なんてどうだい? 聞いたことすらないんじゃないのか?」

「もちろんあるさ。僕が介添人だ。そっちは誰だい?」

「クラッブだ。今日の真夜中、トロフィー室でどうだ?」

頭がついていかないうちに話がとんとん拍子に進んでいく。

「よし。じゃあ、決まりだな」

「絶対に来いよ」

「ああ、もちろんだ」

なんと、真夜中の決闘会の開催が決定してしまった。

食べ終わっていたレオノールはなぜか満足げにしているドラコと一緒に寮に戻ることにした。

一方のハリー達はレオノール達が離れるやいなやハーマイオニーに校則違反をしようとしていることで説教を食らった。

 

 

 

談話室でドラコはソファに深々と身を沈めながら新しい百味ビーンズの箱を開けた。ゲロ味だとか耳くそ味のは後でクラッブとゴイルに押し付けるつもりだ。朝も夜も苦手な二人はとっくに寝室に上がっている。

「君が夜遅くまで談話室にいるなんて珍しくないか?」

ドラコの側では、珍しく自分から隣に来たレオノールが課題を広げている。

「ベッドにいたらうっかり深夜前に寝そう」

「は?」

口に入れたビーンズがジーンズの上に転がり落ちた。

「楽しそうじゃん深夜徘徊。折角だから一回ぐらいやってみたい」

「ん…?」

ビーンズが手に持っていた箱から数個こぼれ落ちる。

「決闘の約束してたでしょ」

課題をやる手を動かし続けたままレオノールはさらっと言った。

「え、え、ちょっと、!」

ドラコは思わず立ち上がっていた。

ドラコの慌てた声に談話室に残っていた数人が振り返る。机に置いた百味ビーンズの箱が倒れてビーンズが散らばった。

「どうかした?」

レオノールはちょっと眉を上げて立ち上がった彼を見上げる。

「ああ、もう!」

ドラコは頭を抱えてドスンとソファに倒れ込んだ。

レオノールは何も言わないままペンを持つ手を止めて不思議そうに見てくる。

「…どうしても深夜徘徊やりたいなら今夜じゃないときにしろよ」

「どうして? 決闘は?」

苦虫を噛み潰したようなドラコの顔を見てレオノールは悟ったらしい。

「最初から行かないつもりだったのか」

いつもより冷めた声だ。

「いや、そもそも誰が行くかよ」

「…楽しみにしてたのに」

課題のレポート用紙の上に散らばったビーンズを集めながらレオノールがぼそっと呟いた。その声が悲しそうな声だったのでドラコはドキッとして横顔を盗み見たが、レオノールはいつも通りの表情をしていた。

「なんであいつらとつるむんだよ?」

「さあ。仲間の一人として扱ってくれるから、とか」

「同じ寮生の僕がいるじゃないか」

ドラコは拗ねた声を出す。

レオノールは黙ったままだった。

「ドラコもさ、」

しばらくしてレオノールは百味ビーンズを拾う手を止めずに口を開いた。

「私がヴィヴェール家所縁の人間だから仲良くしたいの?」

「え、」

「同じ寮で話す人ができたのは嬉しいよ。荷物に悪戯されるのもなくなったし。けど、私からすればノットやドラコは私の血筋を知って話しかけてくるようになった人の一人にすぎない。これはちょっときつい言い方だけど」

レオノールがこんな風に本音を言ってくれたのは嬉しかった。が、そんな風に思われていたのかと落胆する。

思い返してみると、確かにたくさん話しかけるようになったのはレオノールの家の話を聞いてからだ。

「逆にハリー達は生い立ちとかは抜きで仲良くしてくれてるから必然とそっちの方により親しみが湧くというかなんというか」

レオノールは箱の中の百味ビーンズをつついていた。

「僕だって入学した時から話しかけようとしてたさ。中々話しかけることが見つからなかっただけで…」

言い訳しようとするが言葉が見つからない。が、レオノールはそれでも肯定的に捉えたようだ。

「君って変わってるね」

「どこが?」

「コテコテの純血主義を装っている体に見えるけど、わりかし排他的じゃない一面もあるところが」

案外良い人なのかもねと言ってレオノールは片方の口角を上げた。

「これからは話題をストックしておくようにするよ」

「そうだね。ドラコの話は魔法界の日常が垣間見えて面白い」

レオノールはレモン味のビーンズを一つつまんで口に入れてから箱をドラコに返した。

「そうか?」

レオノールはうんと頷く。

ドラコは箱を受け取りビーンズを一つ口に入れた。ゲロ味だった。

噎せて吐き出すのを見てレオノールが笑う。

ドラコはレオノールとの距離が一歩縮んだ気がして嬉しくなった。お互いに思っていることを話したのは初めてだ。

「で、つまりハリー達はドラコが来るものだと思ってトロフィー室に来るわけだ」

そう言いながらレオノールは猛スピードで課題と筆記用具を片付けだす。振り子時計が十二時二十分前を指していた。

「そうなるな」

「それを君はフィルチに入れ耳でもしたわけだ」

ドラコは頷いた。

レオノールは「ちょっと失礼」と言って荷物を持って女子の寝室に上がり、すぐに降りてきて談話室の扉の前で振り返った。

「ドラコも行く?」

「おい、フィルチに見つかるぞ」

「かもね」

心なしかレオノールの顔に悪戯っぽい笑みが浮かんでいるように見えた。

ドラコは溜息を吐く。

「これってもう行くしかないじゃないか」

「さあ? 私は一人でも行くよ。ハリー達にドラコがズルしたって話してくる」

「わかった、わかったよ。行けばいいんだろ、くそっ」

ドラコも談話室の扉の前に立った。

「そういえば介添人がいないね。クラッブとゴイルはもう寝室だから」

「あ…」

まだ深夜ではないが、いつのまにか談話室には誰もいなくなっていた。

「仕方ない。仇は打つよ」

「倒される前提で言うなよ。しかもその体格でポッター達には勝てないだろ」

「失敬だな。言っとくけどこんな見た目でも魔力は強いほうだから」

確かにレオノールは実技の授業では毎回良い成績を取っていたなと思い出して、頭の中で決闘に使う呪文をあれこれ模索した。

 

 

フィルチの足音が遠ざかるのを耳にして、トロフィー室で息を潜めていた二人はふぅっと息を吐いた。

知らない間に夜は寒くなっていた。

談話室の暖かさにかまけて薄着で来てしまったドラコは腕をさすった。隣のレオノールも同じように薄着だったが腕から腰まで長い髪ですっぽり覆われていて暖かそうだ。

廊下に人影が見えた。きっとハリー達だ。このトロフィー室に近づいてくる。影が一つ、二つ、––––三つ?

「ハーマイオニー・グレンジャー? 決闘の審判でも頼まれた?」

三人目の影はハーマイオニーだった。ハーマイオニーは器用にも声量を抑えたまま声を荒げた。

「冗談じゃないわ! レオノールったら本当に来てるなんて。マルフォイがハリー達を嵌めるつもりだってことは見え透いてたのに」

「流石。ちゃんと見抜いてる」

「おいっ蒸し返すなよ!」

「やっぱりそうだったのね、マルフォイ。思った通りだったわ。あなた達、今すぐ寮に戻るのよ」

「無駄だよ」

レオノールがそう言う傍で男子達はすでに肩を鳴らし今にも決闘を始めそうになっている。

「そっちの介添人はどうしたんだ? 見捨てられちゃったのかい?」

「レオノールに交代しただけだ」

フィルチが来ないかと廊下を見ていたハーマイオニーは聞き捨てならないとばかりに振り返った。

「レオノールが決闘? そんな、無茶よ!レオノールとあなた達じゃ体格が違いすぎるわ!」

「悪いね、レオノール。勝負はもらった」

「どうかな?」

ハーマイオニーの抗議を無視してハリーがにやっと笑い、レオノールもさらっと言い返す。

「おい、だから僕が倒される前提で話すなよ」

ハリーとドラコはお互いに背を向け、そのまま数歩歩く。二人が振り返る前にハーマイオニーが鋭い声でそれを制した。

皆一斉に耳を澄ませる。

「……やっぱりフィルチの声よ、こっちに来てる!」

四人は飛び上がり、ハリーを先頭にして慌ててトロフィー室から駆け出す。

「やばい! 行き止まりだ!」

ロンが絶望的な声を出す。

「それ扉でしょ。どいて! アロホモーラ!」

ハーマイオニーの呪文に錠がガチャリと開き、五人はそこに雪崩れ込んだ。

「シッ。フィルチが来た」

ハリーが鍵穴から外の様子を伺う。

「…行ったみたいだ。もう大丈夫だよ」

「そんなに強く掴まないでよ。レオノールったら……」

後ろにいたハーマイオニーが急に黙り込む。

「ハーマイオニー?」

振り返ったハリーの目に奇妙なものが飛び込んできた。

みんなの後ろで爛々と金色に光る三組の眼。

眼?

ハリーにつられてロンとマルフォイも振り向く。

徐々に暗闇に慣れてくるとその姿が見えてきた。

獣臭い息の漏れる口から覗く大きな牙とそこから垂れる涎。黒々とした毛並みに覆われた胴体に三つの頭。

一言でまとめるなら、化け物。

ハリーは音を立てるのも構わず一心不乱にドアを開け、そこを飛び出た。後の四人もライオンから逃げるガゼルのようにそれに続く。来た道を駆け戻り、トロフィー室の前に来てやっと足を止めた。

「な、なに、あれ?」

ロンが上擦った声で聞く。

「知るか…」

ドラコが息も切れ切れに言う。その隣では一番体力のないレオノールがしゃがみ込んでいる。

「とりあえず早く寮に戻った方がいいわ。このままじゃフィルチに見つかっちゃう」

「そうだね。そうしよう」

「レオノール、立てるか?」

レオノールは無言で頷き、五人は二手に分かれて寮に急いだ。決闘のことはみんなの頭から飛んでいた。

ドラコの合言葉で地下牢の石壁が消えると同時にレオノールは談話室に倒れこんだ。

「おい、大丈夫か?」

「……ケル…ス……」

「は?」

「……ケルベロス…」

「ケルベロス?」

「さっきの犬。ギリシャ神話に出てくる番犬だ。ハデスが飼ってる」

「なんでそんな奴が学校にいるんだ?」

「さあ」

レオノールは近くのソファに深々と身を沈め大きく息を吐いた。

そして思わずふっと鼻で笑った。

真夜中に校内を走り回るなんて何してるんだろ?

番犬があの部屋にいた理由とか足元にあった扉とか考えたいことはいっぱいあったがそれどころじゃないくらいに疲れ切っていた。

振り子時計がボーンと一時を知らせる。

「寝なきゃ」

二人は互いにおやすみを言って寝室に上がった。

 

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