レオノールは一人暗い廊下を早足で歩いていた。
昼休みに図書室でちょっと読書をしていたつもりだったのだが、ふっと灯が消え、本から顔を上げると辺りは真っ暗。
やっちまった。
いつのまにか消灯時間を過ぎ、レオノールがいることに気付かなかったマダム・ピンスが灯を消したらしい。しかも彼女は足早に去ってしまった。
仕方なく真っ暗な闇の中壁伝いに寮への経路を辿る。
いや辿っていたつもりだったのだが、明らかに道に迷っていた。そもそも図書室は四階で寮は地下にあるのにまだ二回しか階段を降りてない。
これ、まずいかも。
夜のホグワーツはかなり冷える。
昼間はそれなりに気温があるので薄着だ。
昼から本に没頭して授業をすっ飛ばした挙句迷子で寮に帰れず凍死、なんて笑えない。
ここどこだ?
焦りが余計に記憶を曖昧にする。
立ち止まって深く息を吸った。
落ち着け。
あまりにも暗いので灯りを付けようと杖を取り出した。そこで心臓が止まりそうになった。
だれかいる。
近くの教室から囁き声が聞こえてくる。不思議と人に会えたという安心感はなく、不安が増した。
「…はい………ちください、必ず………しますから……どうか…」
冷たくてかたい声だ。
誰の声だろう。
声は一人分しか聞こえないが明らかに独り言ではない。誰かと話しているみたいだ。
だれと話してるんだろう。
急にゾワッと背筋に悪寒が走り、教室とは逆方向へ後ずさった。
教室からそれなりに離れたところで今度は背後で衣擦れの音がした。
ほとんど飛び上がりながらそちらに杖を向ける。
スネイプ先生だった。
暗闇の中からぬっと現れた先生は杖灯りで顔がよく見えるようにし、静かにと言いたげに口に指を当てた。教室にちらっと視線をやると、レオノールの腕を掴んでそのままぐんぐんと歩いていく。
「こんな時間まで何をしていた?」
1つ目の階段を降りたところでスネイプが言った。スネイプが大股で歩くので小走りしないとついていけない。
「本を読んでました。図書室で」
「昼間からずっとか?」
なぜか午後の授業をすっ飛ばしたことがバレてる。
「マグゴナガルとフリットウィックが君が授業に出ていないとわざわざ伝えに来た」
レオノールはチラッとスネイプの顔を見る。
いつもに増して不機嫌そうな顔だ。
かなり迷惑だったらしい。
「…ごめんなさい」
スネイプは何も言わなかった。
気づくと地下室の前まで来ていた。スネイプに促されて中に入ると、温かい夕食を出してくれた。パンプキンパイにパンプキンスープという、あのスネイプ先生でもここまでハロウィンに染まってしまうのかとなんだか衝撃を受けるメニューだった。
「学校はどうだ?」
スネイプはレオノールが大方食べ終わったところに紅茶を出す。
レオノールはティーカップを両手で包んでちょっと考える。悪戯はなくなったものの相変わらず溶け込めない寮、依怙贔屓のひどい授業、先生たちが四階に隠しているもの。
「…順調です」
顔を上げると向かいに座っているスネイプとばっちり目があった。
「ここは学校と云えども危険の潜む場所だ。あまり一人で出歩くな。それと……クィレルには近くな。レオノール、曲がりなりにも私は君の保護者だ。何かあれば私に言え。何かなくても時々顔を見せに来い」
真剣な声だった。
レオノールは今までの魔法薬学の授業を思い返しながら、自分を見下ろす男の顔を見て顔が引きつるのを感じた。
この数ヶ月ハリーと関わってきて特別問題児だとは思わなかった。年相応の男の子だ。それでもスネイプがハリーを嫌うのはハリーの非が及ばぬ処に理由がある気がした。そんな人間が自分の身を案じてる。
セブルス・スネイプはどんな人間なんだろう。
スネイプは石の扉の前まで見送りに来てくれた。
談話室を横切り、女子寮に直行する。
「どこに行ってたの?」
ベッドの天幕からパンジーが顔を出した。
「図書室」
「ドラコがあなたのこと探してたわ」
ちょっと拗ねたような言い方をする。
「あと、それ。マクゴナガル先生とフリットウィック先生からよ」
「ありがと」
「じゃ、おやすみなさい」
「ん、おやすみ」
パンジーとはなんだかんだで少し話すようになった。というより向こうが必要な時に話しかけてくるようになっただけだが。
パンジーが示したレオノールのベッド脇の机に羊皮紙とお菓子があった。マクゴナガル先生からは今日レオノールがすっぽかした授業の大まかな内容、フリットウィック先生からは蛙チョコレートだ。個性がよく表れていると思った。
蛙チョコレートを脇に退け、ベッドにごろりと寝転がった。仰向けに転がり、マグゴナガルからの羊皮紙を広げて見る。学校が始まる前に教科書は何度も読んでいたので、授業の内容を理解するのはそれほど大変ではなかった。おさらいと実技の練習といったところだ。が、基本的に授業は楽しいので午後の授業をすっぽかしてしまったのにはかなりへこむ。
今日の分の呪文、練習しなきゃ。
そんなことを考えながら、かぼちゃで膨れた腹をさすってうとうとと目を閉じた。
ふっと目を開けると昼だった。
ガバッと飛び起きると部屋にはもちろんレオノールしかいない。
慌てて荷物を詰め込んでダッシュし、なんとか午後一の授業の教室に滑り込んだ。
「昨日の午後も朝もいなかったよな」
授業を終えて教室を出るところでドラコが話しかけてきた。
「昨日は図書室。今日は寝坊した」
「だれも起こしてくれなかったのか?」
ドラコに言われてパンジーの方をちらりと見た。彼女は他のスリザリン生とつるんで先に大広間に入っていく。まあそこまで仲が良いわけではないということだ。
「その様子だと今日が何か気付いてないだろ」
そう言うドラコの横からゴイルが手を出してきた。
「なに?」
「ほら、ハロウィンさ」
「ああ」
魔法界でも子供はトリックオアトリートといって人からお菓子をせしめるようだった。昼に慌てて教科書と一緒に鞄に入れてきた蛙チョコレートをゴイルの手に乗せてやった。ゴイルは嬉しそうにその場で蛙チョコを口に放り込む。
「僕のは?」
「ない」
「ないの!?」
「一つしかもってない」
朝食も昼食も食べ損ねて腹ぺこのレオノールはあからさまに不貞腐れるドラコそっちのけでかぼちゃの香る大広間に駆け込んだ。
組み分けのときと同じようにダンブルドアの挨拶を合図にテーブルから溢れんばかりの料理が現れる。クラッブとゴイルは我先にと料理を皿に積み上げていた。今日という今日はレオノールも珍しく喜々としてテーブルからありとあらゆる料理を皿に盛った。パンプキンスープはレオノールのお気に入りで、食べ損ねた分も食べようと既に五杯はお代わりをしている。
果物のゼリーも器に盛って、さあ食べるぞというところで大きな音を立てて扉が開いた。
息も絶え絶えなクィレルがよろつきながら走り込んできて叫んだ。
「トロールが!地下室に………!」
クィレルの言葉にダンブルドアがすっと立ち上がった。喋り声やフォークが皿に当たる音など大広間のざわめきが一瞬にして消える。
「お知らせ…しなくては…と……」
それだけ言うとクィレルはばったりその場に倒れてしまった。
どこかの寮から悲鳴が上がる。それを皮切りにどのテーブルでも生徒がパニックに陥りだす。ドラコやノットでさえ急いでテーブルと椅子の間から出ようとしている。レオノールは事態の大きさがいまいち掴めず、周囲の反応に気圧されていた。
「静まれ!」
ダンブルドアの声が広間中に響き、はっと人々の動きが止まった。
「各寮の監督生は下級生を連れて寮に戻るように。先生方はトロールを」
ダンブルドアの声で冷静さを取り戻した生徒達は監督生を先頭にそれぞれの寮に向かいだす。レオノールは目を凝らしてグリフィンドール生の中にハリーとロンを探したが、どこにも見当たらない。と思ったら監督生の目を盗んで大広間からこっそり抜け出す二人が見えた。
二人を追いかけようとしたところで誰かに腕をぐっと引っ張られた。
「どこ行く気だ!」
ドラコだ。
「ハリーとロンが」
「ほっとけよ!」
「でも、」
「トロールが校内にいるんだぞ!」
ドラコと言い合っているうちに大広間から生徒はいなくなっていた。レオノールは半ば引きずられるようにして階段の手前まで来ていた。
「トロールなんて子供の手に負えるもんじゃないんだ!うっかり鉢合わせたらどうす–––!」
急にレオノールが手で口を塞いだのでドラコは最後まで言えなかった。ほとんどドラコの口の中に手を突っ込んでいることにレオノールは気づいてもいない。
レオノールは誰もいなくなった大広間から走り出ていく人物に気を取られていた。クィレルがいつもの足取りからは想像もつかない速さで出て行くところだった。レオノールとドラコには気付かず、滑るように階段を登っていく。
トロールは地下室にいるのに。
「なんで…?」
昨日スネイプに言われた言葉を思い出す。
”クィレルには近づくな。”
さっきまでのは演技だったのか?
トロールはおとり?
先生達を地下に引き止めて、その隙に自分は上階へ––––
もしかして四階に隠しているものを盗るために?
想像できる中で一番邪悪な顔をしたクィレルがレオノールの脳裏に浮かび上がった。
そのクィレルが昨日の夜聞いた不気味な冷たい声で高らかに笑う。
あまりにも突拍子もない想像なのに何故かパズルがぴたりとはまったような感覚がしてぞわあっと背筋に悪寒が走り鳥肌が立った。
そのあとすっかり力が抜けてしまったレオノールはドラコに引きずられるようにして寮にたどり着いた。