ハリー・ポッターと忌まわしき一族   作:深田ハス

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09: Let the right one in

 

クィディッチの初戦が終わったと思ったらもう校庭には雪が積もる季節になっていた。

あれからハリー達三人とレオノールは箒に呪文を掛けたのは誰かについて話した。といっても三人は犯人がスネイプだとかなり確信しており、レオノールは黙って聞いているだけだった。ハリーはさらにクィディッチ前日にスネイプが職員室でケルベロスのことを罵るのを聞いたと言う。

レオノールはハリーの箒に呪文を掛けたのはクィレルの方だと思っていた。どうしてハリーを危険な目に遭わせようとしたのかは知らないが、ハロウィンの日のこともあって怪しさは満載だった。が、クィレル先生が悪事を働こうとしていたとしても、スネイプ先生がハリーの箒に反対呪文を掛ける理由が見つからなかった。魔法薬学の授業を受けていればスネイプ先生がハリーのことを嫌いなのは一目瞭然だ。そんなスネイプ先生が寮生でもないハリーをわざわざ助けようとするだろうか。ハリー達ほどスネイプ先生を敵視してはいないが、それでもレオノール自身、スネイプ先生がどんな人なのか決めかねていた。

 

スネイプ先生とはダンブルドアに連れられて行ったヴィヴィエール邸で初めて会った。その時彼はレオノールの母カイラの二つ下の後輩だったと言ったがそのこと以外はほとんど話していない気がする。それ以来後見人として衣食住や学校の手続きなどでお世話になっているが、実のところレオノールはスネイプのことはほとんど何も知らなかった。さらにハリーやグリフィンドール生に理不尽な態度を取る様子を見て、レオノールの中でスネイプに対する不信感みたいなものが高まっていた。

 

そんなわけで一度はっきりさせようと、授業終わりにレオノールは一人で地下の研究室の前に立っていた。

ノックをすると、入れ、と中から不機嫌な声がする。

入ってきたレオノールを見てスネイプは驚いたように僅かに眉を上げた。

「何かあったのか?」

真剣な顔をして問いかけてくる。

「いえ、なんとなく」

思い切り怪訝な顔をされた。

無理もない、今まで散々顔を見せに来いと言われていたのに一度も顔を出したことはなかったのだ。

スネイプは怪訝な顔をしながらも紅茶を出してくれた。

レオノールは出されたティーカップをじっと見つめた。スネイプは作業の手を止め、こちらを見ている。レオノールは顔を上げずに口を開いた。

「…先生は、どうしてクィレルに近づくなって忠告したんですか?」

少しの間を置いて大きな溜息が聞こえた。顔を上げるとスネイプの眉間の皺がさらに深くなっていた。

「それは言えない。少なくとも今君に話してやることはできない」

「じゃあ、ハリーの箒にどんな呪文を掛けてたんです?」

スネイプは顔を顰める。

「なにを–––––」

「クィレル先生もですよね。先生が掛けていたのは闇の魔術と反対呪文、どっちですか?」

「…気づいていたのか」

「先生はハリーを嫌っている。それならどうして反対呪文を掛けたんですか?」

レオノールは早口で言い切った。思わず声が荒くなっていた。膝の上で手をぎゅっと握り、息を吸った。

「それは…」

スネイプは口を閉じて、言葉を探すように目を伏せた。

「どうして先生はそんなにハリーを嫌うんですか?」

「…それを今の君に言うのは憚られる。レオノール、これだけは信じてくれ–––––」

時に大人にはどうにもならない事情があることくらいレオノールにもわかる。でもなにも説明してもらえずああしろこうしろと言われるのにはもううんざりだ。

「どうやって先生を信じろと?」

スネイプははたと口を噤んだ。しまったと思ったが止められなかった。溜まっていた不信感が苛立ちに変わり、口から溢れ出てくるようだった。

「私は自分のことも知らないし、先生のことも知らない。先生はああしろこうしろと言うけれど、説明はしようとしない」

言い過ぎたと思ったが後の祭りだった。しばらくスネイプはなにも言わなかった。

気まずくなったレオノールは研究室を出ようと椅子を立った。せっかく紅茶を淹れてもらったのにと少し申し訳なくなったが、そのまま出て行こうとした。

「レオノール」

扉に手をかけたところで呼び止められた。レオノールは振り向かずに止まる。

「色々と話してこなかったことはすまない。ただクィレルに近づかない、これだけは守ってくれ。何があっても奴と二人きりになるな」

レオノールはなにも答えず、研究室を出た。

 

 

 

 

 

 

十二月の中旬に入り、校庭に降り積もる雪はさらに分厚くなっていった。

レオノールは初めて見る大雪に内心うずうずしており、遂にある日の授業終わりに分厚い雪の中に思い切り手を突っ込んだ。

掬い取った真っ白な雪は手の熱でじわじわと溶けていく。痛いくらい冷たかった。レオノールは鼻につきそうなくらい雪に顔を近づけ、にいっと唇を歪めた。

ドラコは何度も雪を掬っては手の上で溶けていく様子を眺めてにやにやしているレオノールを見て頭がおかしくなったのかと首を傾げた。

「なにしてるんだ」

「雪の結晶を見てる」

「そんなに面白いか?」

「一個一個違う形なのに全部六角形なんだよ」

「当たり前だろ。今頃気づいたのか?」

「最後に雪に触った時のことなんて覚えてないよ」

レオノールは他意もなく言ったのだろうが、ドラコはぐさっと胸を刺された気がした。

またやってしまった。ドラコは顔を顰める。

雪に夢中なレオノールは気付かない。

クィディッチの初戦の前に談話室でレオノールに言われたことがずっとドラコの中で引っかかっていた。

レオノールの過去のことはあまり知らなかった。レオノールから話すことはないし、かといってドラコから聞けるようなことでもないと思っていた。ただ話している中でドラコの中の常識とレオノールが今まで過ごしてきた環境がかけ離れていることは何度も痛感していた。ドラコにとって好きな時に好きな場所へ出歩けることは当たり前でしかなかった。レオノールにとってはそうではなかったのだということはなんとなく頭では理解できるが、それが実際どんなものなのかは到底わかりそうにもない。結局あれ以降好きに出歩くレオノールに口を出すことはできなかった。

でも好きな場所というのがグリフィンドール生と一緒に居られるところだというなら、つまりスリザリンは好きではないということなんじゃないのか。

レオノールが自分からドラコ達に近づいてくることはなかった。

ドラコにはそれが悔しかった。

レオノールはそんなドラコの想いは知らず、まだ雪の観察に熱中している。

「レオノールは帰らないのか?」

「なにが?」

ずっと素手で雪を触っているので手が真っ赤になっていた。

「もうすぐクリスマス休暇だろ」

「ああ。帰らないよ」

折角ホグワーツにいられるのにあの薄暗くて人気のない屋敷で一人クリスマスを迎えるのは御免だ。スネイプ先生は忙しい人みたいだからヴィヴィエール邸にはほとんど来ないだろうし、ついこの間失礼なことを言ってしまったので二人きりで顔を合わせなきゃいけないのは気まずかった。

「じゃあ、よければ僕の家に遊びに来ないか?」

「嬉しいけど、いいや。ホグワーツのクリスマスって楽しそう」

「そうか? スリザリンなんか誰も残らないだろ」

「それなら談話室を独り占めできるね」

やっと雪の中から戻ってきたレオノールは真っ赤な手を握ったり開いたりしている。冷たすぎて感覚がないのだろう。

「手袋くらいしろよ」

「持ってない」

そういえばレオノールはマフラーもしていなかった。いつも通り黒くて長い髪を下ろしているだけだ。

「買わないのか?」

レオノールは肩を竦めた。

「お金はスネイプ先生が持ってるし」

「なんでスネイプ先生が?」

「後見人だから。言ってなかったっけ?」

「そういえば言ってたな。お小遣いくらいもらえないのか?」

「さあ」

レオノールは横目であらぬところを見ていた。ドラコがそちらに目をやるとひそひそ話をしていたスリザリンの女子がぱっと離れる。ちらちらとこちらの様子を伺っていた。

「何かあったのか」

「私は何もしてないよ」

それだけ言うとレオノールはさっさと校舎に入っていき、ドラコはその後を追いかけた。

 

冬のホグワーツはとても寒かった。特に外に面した廊下なんかは凍っていてつるつる滑る。せっかく魔法が使えるんだから廊下が凍らないようにするとかしようよなんて考えていたら、ある日盛大に転けた。床が滑るのと転んだ時に打ち付けた足が痛いのとでよろよろしながら周囲にぶちまけられた鞄の中身を拾っているところをちょうど通りかかったクィレル先生に見られてしまった。

「ペ、ペベンシー、だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫です。転んだだけです」

「も、もしかしたら、け、怪我をしているかも知れません」

「あー、大丈夫です」

本当のことを言うと転んだ時に擦りむいた膝と腕がじんじんしていたのだが、面倒だったので言わなかった。

「ち、小さな怪我でも、あ、侮ると良くないですよ。き、傷口から菌が入ることが、あ、ありますから。よ、良かったら私の研究室で、て、手当しましょう」

そう言うとクィレル先生は手際良くレオノールの鞄を手に取ってもう片方の手を背中を支えるように出し、あれよあれよという間にレオノールはクィレル先生の研究室に向かって廊下を歩いていた。

クィレル先生のターバンからはニンニクの臭いがぷんぷんして、寒さで効きにくくなっているレオノールの鼻を内側から刺激する。手で鼻を押さえるのも失礼なのでなるべく口で息をするようにした。

クィレル先生には近づくなとスネイプ先生から言われていたが、今のレオノールは少し反抗的だった。もしかしたらクィレル先生は何かをレオノールに知らせようとしていて、スネイプ先生はそれをレオノールに知られたくないのかもしれない。そんなことさえ考え始めていた。

いつもは歩くのにもおどおどしているのになんか今日は足取りがしっかりしてるなと思っていたら、向かいから物凄い剣幕でスネイプ先生が歩いてきた。

「私の寮生に何か用ですかな、クィレル先生」

「ス、スネイプ先生。わ、私はただ、ミ、ミス・ペベンシーの怪我の手当をしようとしていただけで、」

「その必要はない。怪我をしているのなら彼女は私が医務室まで送ろう」

「で、ですが、」

スネイプ先生は問答無用でレオノールの鞄をクィレルの手から剥ぎ取り、何か言いかけるクィレル先生を無視して、レオノールの腕を掴んでぐんぐん歩き出した。

「クィレルと二人きりになるなと言ったはずだが」

しばらく廊下を歩いたところでスネイプ先生が言った。

レオノールは黙っていた。

さっき擦りむいた足と先生に掴まれている腕が少し痛い。

それから二人は無言のまま医務室まで歩いた。

レオノールが医務室に入るのを見届けると先生はさっさと踵を返して行ってしまった。

 

「外廊下が凍っていて滑った?あそこには凍結防止呪文が掛けられていますよ。当たり前でしょう?そうじゃなかったら、今頃外廊下は血だらけですし、あなたと同じように滑って怪我をした生徒で医務室は溢れかえってますよ」

擦り傷をハナハッカのエキスでちゃちゃっと治しながらマダム・ポンフリーが言ったことにレオノールは首を傾げる。

そんなことを言われても、確かにレオノールが外廊下を歩くときはいつも凍っているのだ。

 

 

「クリスマスは帰るのか?」

医務室から寮に帰り、冷えた手を談話室の暖炉の火で温めているとノットに話しかけられた。ドラコは荷物をまとめに男子寮に行っている。

「ううん、ここに残るよ」

「今はヴィヴィエール邸に住んでるんだろ。家にあるものを見たりしなくていいのか?」

「親とか家のことなんて10年近く知らなかったんだよ。今更もう1年知らなくたって大して困らないでしょ」

「あんまり興味ないんだな」

レオノールはゆらゆら動く火を眺めていた。

「だって家もあるし世話を頼める人もいるのに、母親はわざわざ私を孤児院に出したんだよ。なんか歓迎されてない気がする」

「そうかな。逆に君を孤児院に出したのに、スネイプ先生には後見人を頼んであったんだろ。何か理由があったのかもしれないだろ」

「どうなんだろうね。君は家に帰るの?」

「もちろん。両親と弟でクリスマスディナーだよ」

「楽しそうだね」

ノットに弟がいると聞いてレオノールは義理の妹のことを思い出した。彼女はどんなクリスマスを両親と過ごすのだろう。

 

 

 

 

 

 

スネイプは溜息を吐く。

ホグズミードにある洋服店のうちの一つに来ていた。

数日前ドラコ・マルフォイがやってきてレオノールにマフラーを買ってやってくれと言われた。手袋は自分がプレゼントするから、と。

失念していた。

いくら普段授業以外ではほとんど会わないといえ、他の生徒に言われるまで気付かないとは自分でも衝撃だった。伝えに来たドラコも微妙な顔をして此方を見ていた。

こうして誰かの面倒を見てみると、自分が学生の頃は生活するのに何が必要だったかなどほとんど忘れていることに気付いた。それに加えてレオノールは自分から何かを所望してきたことはないので、何を必要としているのかあまりわからなかった。

レオノールは驚くくらい自分から何かを発してくることがない。彼女の母親や彼女とスネイプの間柄について問いかけてくることもなかった。彼女の母親についてどう説明しようか心構えができていなかった自分はそれに甘えていた。どこか彼女の母親に重ねて見ていたのかもしれない。外見は瓜二つでも中身は全然違うというのに。ろくな説明もせず、必要最低限だけの関わりで済ませる。それで十分だと思ってしまっていた。もう少しフォローしてやるべきかと思いつつ、自分の忙しさにかまけていた。甘かった。

今レオノールの目にはスネイプは彼女を幽閉した養父と同等にしか映っていないのかもしれない。自業自得だった。研究室でレオノールに言われたことを反芻する。

こんな自分を見たら彼女は、カイラは、なんと言うのだろう。思った通りね、などと笑うのだろうか。

スネイプは店員に包んでもらったマフラーを受け取ると店を出て、もう一度溜息を吐いた。

 

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