ラージャン 超攻撃的生物   作:貝細工

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7話 酔生夢死

囚人服に着替えさせられた男が最後まで持っていたのは、娘が描いた海の絵だった。

大海を泳ぐ海竜とローゼルフィン、そして男手ひとつで子育てをしていた男の似顔絵。

それは贅沢をさせてやれなかった娘に、彼が父として唯一与えることができた思い出だった。

 

(この村を出るんだ)

 

(娘にもっと美しい世界を見せてやりたい)

 

(その為には──)

 

ある男がいた。男の済んでいた村は、ハンター達の社会から隔絶された地にある。

自然に囲まれた小さな村では、人とモンスターが協力して生活していた。

 

「海の向こうには何があるの?」

 

ローゼルフィンが泳ぐ海を渡った。

ギルデカランは大陸の中央にある港町だ。

 

長い間、旅をしていた。村の掟が窮屈だった男は、相棒の海竜の背中に乗って海を渡った。

モンスターを狩るハンター。

モンスターと共に暮らすライダー。

娘を連れて、砂の町へと向かった。

それは贅沢をさせてやれなかった娘に、彼が父として唯一与えることができた思い出だった。

 

灼熱イチゴが名産の小さな町。

不思議な石碑を売る商人と出会った。

アプトノスが引く荷車には、立派なディアブロスの角が取り付けられていた。

熱砂の上で商人から異世界の話を聞いた。

 

『なぁアンタ...俺を殺したのは、正義か?』

 

金獅子は電気力を含む肉を好む。

 

〜樹上の村

 

金獅子ラージャン討伐の作戦会議。

円卓を囲むようにハンターと少女、そしてモガの村長が集っている。

モガの英雄の次に村長が迎え入れたのは龍人族の研究者、バハリだ。

王国に所属する天才。王国騎士と昂獅子の戦いを直接視察している。

 

「導きの青い星からアノルパティスの狩猟を任された。悪いが俺達は参戦できない」

 

モガの英雄はチャチャブーたちと一緒に頭を下げた。モガの英雄もバハリも表情が固い。

戦力は樹上の村のハンターだけだ。

 

「じゃあラージャンと戦うのは君だけ?

王国騎士が総力をあげても敵わなかったのに、そんな装備でソロで討伐するのは不可能だよ」

 

バハリが目を丸くしてそういうと、ハンターは木陰で眠るグレンゼブルを指さしていった。

 

「森のモンスターと協力関係です。ガランゴルムとドボルベルク、それにグレンゼブル。

3頭のモンスターと1人のモンスターのチームでラージャンを迎え撃ちます」

 

イビルジョーやティガレックスが求めていた霞龍のエネルギーは森を豊かにした。

この森を縄張りとしているモンスター達は新大陸の歴戦個体のように大量のエネルギーを体に溜め込んでいた。

 

「凄いね!王域三公を味方につけたのか!」

 

(この男...導きの青い星と似ているな...)

 

興奮したバハリをモガの英雄が宥める。

 

剛纏獣ガランゴルム。岩のような甲殻を持つ巨大なゴリラのような牙獣種。

王国の近くに生息しているモンスターでも特に強い影響力を持つ三種類のモンスター《王域三公》の一角である。

体表から体肥液と呼ばれる特殊な体液を分泌することで植物の成長を促し、腕に装着する。

左腕には水属性の成分を大量に含んだ苔を纏い圧倒的な質量で標的を粉砕。

右腕には可燃性の草と溶岩を纏い、体肥液と反応させることで打撃の度に爆発を発生させる。

普段は臆病で大人しいが、怒らせると王国騎士でも手をつけられなくなるモンスターだ。

 

「バハリさんって王国の研究者なんですよね!王域三公ならラージャンを倒せますか?」

 

少女の表情が少し緩む。王国でも有名な天才と会って、かなり緊張していたようだ。

 

「王域三公の中で最強のメル・ゼナは過去に一度ラージャンに敗れている」

 

「じゃあ...」

 

「ガランゴルムもそうとは限らないよ?

ガランゴルムの強みは怪力や爆発による単純な戦闘能力じゃなくて複雑な性質を持つ体肥液が引き起こす多彩な化学反応だ」

 

植物の成長の促進と爆発。爆発性の粘菌と共生するブラキディオスが自爆で命を落とすこともあるように、ガランゴルムと体肥液を完全に扱いこなせていない。

しかし、常に体肥液と共に生活するガランゴルムの肉体は体肥液の特性に合わせて進化している。

 

「ガランゴルムが王国の最重要ターゲットに指定されている本当の理由は、体肥液の持つ無限の可能性なんだ!どう?素晴らしいでしょ?」

 

「俺が水没林の調査でガランゴルムと遭遇した時は地面から掘り起こした岩を赤熱化させて爆発させていたな」

 

スチームブレイク。岩盤を掘り起こした岩盤を右腕の熱量で赤熱化させ、その熱量で左腕に纏った苔の水分を気化させることで水蒸気爆発を起こすガランゴルムの大技だ。

灯魚竜の狩猟の際、モガの英雄はガランゴルムと遭遇して撃退している。

 

「ラージャンはバゼルギウスの爆鱗の爆発にも耐えたと聞きます。しかも素手で岩を掘り起こして相手に投げつけたという報告もあります。

岩の破片と水蒸気爆発を浴びせても倒せるとは思えません」

 

「ラージャンの耐熱性は毛皮の断熱性によるものだ。岩を赤熱化させる熱量を直接金獅子に浴びせたらどうだ?

一瞬で岩の内部まで熱を伝えられるならラージャンの毛皮を貫通して内臓を灼けるはずだ」

 

「いいね!そうしようじゃないか!後はガランゴルムにラージャンを掴ませる手段だね。

ガランゴルムが安全にラージャンに接近出来るようになるまで、君とグレンゼブルとドボルベルクが弱らせないといけないはずだ」

 

「ガランゴルムにラージャンを掴ませることは出来るのか?」

 

「わ...私、それ出来ます!」

 

「乗り人か」

 

ライダー。ハンター社会とは隔絶された地に住み、オトモンと呼ばれる小さなモンスターに乗って生活する珍しい職業。

絆石と呼ばれる特殊な石の力によってモンスターに指示を送ることができる。

絆石にはライダーとオトモンの絆を深める特別な効果があり、絆石を使うことでモンスターの潜在能力を呼び覚ますこともできる。

 

「何か知ってるのかい?モガの英雄さん」

 

「タンジアの商人の中にライダー用のアイテムを売っている男がいた」

 

モガの英雄がかつて拠点にしていた《タンジアの港》は、貿易のメッカと呼ばれる商人の憧れの地である。世界中の商人が集まるタンジアには稀にライダー達の文化圏から訪れる商人もいるという。

 

「お父さんから貰った絆石を使えば、ガランゴルムに指示を出せます」

 

「いやいや凄いね!討伐が終わったら研究してもいい?」

 

モガの英雄は興奮したバハリを宥めながら少女を心配そうに見つめた。

少女はハンターと違ってモンスターに対抗する力を持っていない。

ライダーは武装してモンスターと共に戦うこともあるが、相手はあのラージャンだ。

ライダーの装備では太刀打ちできないだろう。

 

「だが...君も戦場に居合わせるということだな」

 

「覚悟は決めました」

 

(ラージャンを討伐するためとはいえ、こんな少女をラージャンの前に立たせるのか?)

 

(危険すぎる)

 

「アノルパティスを討伐したら俺もすぐに向かう。それまでは...カヤンバ、ここに残れるか?」

 

「ワガハイ抜きでアノルパティスを狩猟するンバ!?」

 

モガの英雄は少女を護衛させるために樹上の村にカヤンバを残そうとしている。

暴鋸竜アノルパティスはラージャンと同等の危険度が指定されている強敵だ。

 

「待ってくれ!幾らあんたでも危険だよ」

 

バハリは単独行動をすることも多い熱心な研究者だが、モンスターの危険性は熟知している。

アノルパティスは古龍種を狩ったハンターすら殺害したことがあるという特級の危険生物だ。

 

「他に方法はない」

 

「別にあんた達の実力を疑ってるわけじゃないんだよ。でも相手はあのアノルパティスだ」

 

「ある男に言われたんだ。最後まで足掻こうってね」

 

「もし貴方にアノルパティスが勝ったら?」

 

「ラージャンを食うためにここに来るだろう」

 

食欲旺盛なアノルパティスは桁外れの大物を優先して狙う傾向がある。

体は小さいが体内に大量のエネルギーを蓄えているラージャンは腹を空かせたアノルパティスを誘き寄せる。

モガの英雄がアノルパティスに敗れた場合、この森でラージャンとアノルパティスが激突してしまう。

 

「古龍級生物が二頭も...まるで覇者の行進だね。グレンゼブル、ドボルベルク、ガランゴルムだけだと戦力が足りなくなるよ」

 

「アノルパティスが勝ったら私達の負けってことですか?」

 

少女は怯えながら呟いた。ラージャンと戦っている最中にアノルパティスが乱入した場合、古龍級生物同士の争いに巻き込まれることになる。

 

「いやいや勝機はあるよ。アノルパティスとラージャンの戦いに巻き込まれないように撤退して、勝者が消耗したところで総力戦を仕掛けるんだ。

フィオレーネ達はラージャンがメル・ゼナと戦って消耗した所を狙った。アノルパティスは龍属性を使えるから、ラージャンの電気刺激による肉体強化を抑制出来るはずだ」

 

バハリは王国騎士が激昂したラージャンと戦った時のことを思い出した。

メル・ゼナの放った龍属性の攻撃により雷属性エネルギーを抑制されたラージャンは闘気硬化が出来なかった。

 

「あの時の形態変化(闘気硬化)は電気刺激による肉体強化だったのか。

チャチャの最高のお面(バリア)がビームによって突破された。恐らくディオレシリーズの絶対防御も修復が間に合わないだろう」

 

モガの英雄は森でラージャンと戦った時のことを思い出した。闘気硬化状態のラージャンは圧倒的な膂力で無敵のバリアごとチャチャを吹き飛ばし、グレンゼブルの甲殻を一撃で打ち砕いている。

 

「ディオレシリーズの性能も知ってるんですね」

 

「導きの青い星から聞いたよ。ギルドが君に支給した無敵のバリアを発生させる防具だろ」

 

導きの青い星の《転身の装衣》や猛き炎の《狂化》のように、一部の英雄はモンスターの攻撃を防ぐために無敵の力を使うことがある。

ギルドは彼らの持つ無敵の力を防具の性能によって再現しようとした。

 

「無敵のバリア!?そんなの負けるわけないじゃないですか!?最強ですよ!」

 

「バリアは一度攻撃を受けると破壊される。

それに絶対防御でも拘束攻撃を防ぐことは出来ない」

 

ディオレシリーズのスキル《絶対防御》によって展開される磁力のバリアは、モンスターの攻撃を受けると崩壊する。

 

「攻撃を防げるのは一度だけってことですか?」

 

「本来のディオレシリーズは一度バリアを破壊されるとバリアが回復するまで攻撃を無効化出来ない。だがビスマス結晶の反磁性によって防具同士の連結を解除し、再度連結させればスキルを再発動させられる」

 

《絶対防御》は修復のために時間を必要とするが、バリアが崩壊する度に修復のために必要な時間が伸びる。しかし、溶岩洞で採掘されたビスマス結晶を使えば破壊されたバリアを即座に修復することができるのだ。

 

スキルの再発動によるクールタイムの短縮。

かつて龍歴院の英雄と呼ばれた男が利用した特殊な仕様を防具に搭載している。

 

体力が最大の時に攻撃力が上昇する《フルチャージ》。そして狩猟の開始から5分後に一定時間身体能力が向上する《力の解放》。

《フルチャージ》が発動すると《力の解放》の効果は解除されるが、《フルチャージ》の効果時間が終わると《力の解放》は再発動する。

《力の解放》の効果時間が終わる前に《フルチャージ》を発動させることで、本来は一度しか発動しないはずの《力の解放》の効果を何度でも発動させ続けることができる。

 

ギルドが製造したディオレシリーズの贋作は、絶対防御の再発動によって無敵の防御力を維持することができるのだ。

 

「やっぱり最強じゃないですか!」

 

最高のお面や転身の装衣(チャチャや導きの青い星)と違って無敵状態の発動を手動で行う必要がある。ラージャンと戦いながらバリアを展開し続けるのは至難の業だぞ」

 

(モンスターと協力すればきっと勝てる)

 

(ラージャンに勝てば俺も英雄の仲間入りだ)

 

(でも、それでいいのか?)

 

モンスターハンターになりたかった。

 

『お前のことなんて誰が好きになるの?』

 

ずっと目を背け続けていた。

弱きは醜さだ。ブラキディオスがメスを求めて強い粘菌を追求するように、衆人はいつも力がある者を愛する。

弱者の目にはハッピーエンドで終わるラブストーリーが醜かった。

努力をすれば報われる。無神経なマッチョイズムが貧弱な肉体を縛り付ける。

強くならなければ愛されない。弱い人間は受け入れられることすらできない。

 

だが、あの日。

 

モンスターハンターだけはありのままの自然を愛していた。

弱さも愛せるようになりたかった。弱者が弱いまま生きられる世界を作りたかった。

人間という弱者を守るために、強大な大型モンスターに立ち向かう姿に憧れていた。

弱肉強食。強い生物が弱い生物を捩じ伏せ、殺して略奪するのが自然界の掟だ。

 

村の子供達の間では、リオレウスごっこという遊びが流行っているらしい。

飛竜の王者と呼ばれるリオレウスは圧倒的な強さを誇り、子供たちの憧れの的だった。

 

装備に頼らず強くなりたかったわけじゃない。

 

「...不安なのか?」

 

「自信はあります。俺が納得出来ないのは金獅子に勝った後のことです」

 

「フリーハントでもラージャンに勝てばマスターランクの申請は通るはずだ」

 

強くならなければ愛されない。

そんな自然界の掟を否定したかった。

 

モンスターハンターになりたかった。

 

「貴方はどうしてハンターに──」

 

「ねえ」

 

質問の途中で、少女は真っ直ぐ目を見つめた。

儚くて苦い数秒の沈黙を噛み締める。

 

「助けてくれるんでしょ」

 

白い微風が吹いていた。森の匂いが運ばれて、静寂の刹那を涙が溢れた。

強さじゃない。きっと閃光だ。

 

「これが、お前がモンスターハンターになる理由だ」

 

モガの英雄はそういって微笑んだ。

かつて大海龍の襲来から村を救ったという伝説のハンター。きっと、その時に吹いた風も白かったはずだ。

 

「それが正しいかどうかは──」

 

「──ラージャンに聞いてこい」

 

最強。強くなければいけないのか。

弱いまま愛されることはできないのか。

全てを手にした獣は、眩く吠える。

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