「おびき出し」
二つ名筆頭、鏖魔ディアブロスとの対峙。
現大陸の狩人の頂点に立つ男は、貴重な特殊痕跡を消費しておびき出しを使用した。
最強の狩人を発見した鏖魔は狂暴走状態となり、憤怒によって狂気的な雄叫びをあげた。
かつて、龍歴院にてその名を轟かせた美しき狩人とその相棒は、鏖魔の暴力を前に道半ばで屠られた。
どこまでも冷ややかな現実。全ての狩人や討伐隊を蹂躙し、血液を浴びて甲殻を濃紺色に染めてきた。重ね塗りされた血色でも拭い去ることのできない怨みを抱えて、怪物はやがて伝説に成り果てた。
そんな鏖魔が、殺すことに意味や感情を感じなくなってから幾年もの月日が経過した現在にて、恨みの理由を思い出す。
八つ当たりで殺した英雄は数知れず。だが、片時も忘れたことはない。
平凡な狩人にへし折られた片角。この感情はあの時と同じ。
憐憫の目を向けるハンター。
「いちいち数えてないけど...僕、君より殺した数多いよ?」
凶兆の赤と吉兆の青。今にも溢れ出しそうな笑みを見て、分厚い甲殻の奥底で広がり始めた血管。
二つ名筆頭か、五期団推薦組筆頭か。
鏖殺の暴君か、新大陸の白き風か。
強烈な殺意に近づくことができるのは、恨みか、それとも愛情か。
頂上決戦。
おびき出しはモンスターを召喚する魔法ではない。解析した特殊痕跡と環境生物を利用して狙ったモンスターを誘き寄せる技法だ。
つまり、呼び出したモンスターが立ち寄れない場所では使うことができない。
砂漠の大穴には滅星竜エストレリアン希少種と鏖魔ディアブロスが生息しているため、ほとんどモンスターが寄り付かない。
大穴は高低差も激しく、凶暴な角竜種も多数生息しているため、モンスターの数は少ない。
鏖魔ディアブロスの猛威にも臆さず、砂漠の大穴に出現するモンスター。
神出鬼没の怪物の正体といえば──
赤衣の男が冷や汗を垂らす。
おびき出しで呼んだモンスターが到着するまで、導きの青い星は鏖魔ディアブロスと一人で戦うことになる。
通常個体の角竜とは比べ物にならないほどの身体能力と水蒸気爆発による攻撃範囲は、標的を有無を言わさず撃破する筈だった。
生体エネルギーを意のままに操る赤龍ムフェト・ジーヴァの研究によって、赤衣の男は生物の持つエネルギーの量を認識出来るようになっていた。
戦闘開始と同時に導きの青い星から感じ取ったエネルギーの量は人間よりも大型の古龍種に近かった。常人の倍以上のエネルギーを放つ人間はカムラの猛き炎以外存在しない。だが、猛き炎すら比べ物にならないほど恐ろしい何かが導きの青い星の体内で蠢いている。
(まるで人型の竜結晶だ...!)
黒龍ミラボレアスとの決戦によって負った二種類の後遺症。黒龍伝説の《継承》と《超越》。
《継承》は治癒力や心肺機能を向上させ、《超越》は全てのスキルの効果を極限まで引き出す。
黒龍との戦いの後遺症。それは黒龍のとある特殊な生態によって胸殻に取り込まれかけた時に現れ出た異能であり、常人であれば精神が破綻するほどの莫大なエネルギーである。
ハンター達が護石や装飾品によって発動させているスキルは体内の生体エネルギーを高度な機構に流し込むことで発動させている。
導きの青い星が保有する黒龍のエネルギーはあらゆるスキルに自動で最適化し、効果を最大化させる。
彼が狩場に立ったその瞬間に、世界最強のモンスターハンターが降臨する。
狩猟を儀礼として愛する導きの青い星は携帯した武器による白兵戦を嫌う。しかし、環境利用を制限した状態でも狩猟の腕前はカムラの猛き炎に勝るとも劣らない。
どこをとっても完全無欠のハンター。その唇は常に薄い笑みを見せ、物憂げな目元は狩猟対象へと向ける底無しの慈悲を示している。
携えた剣の名は竜熱機関式【鋼翼】改。
工房の傑作が熱を吐き、鏖魔へと向けられる。
刃の後ろから紫色のエネルギーが迸る。
厚く巨大な剣で、豪快に斬りかかる。
ぶつ切り。返り血で深い青色に染まった甲殻を叩き切る。
狩人の超人的な筋力と竜熱機関による推進力が組み合わさり、鏖魔の重甲が割れて血液が滲む。間髪入れず、再び大剣が紫のエネルギーを噴射する。
刹那の睨み合いの直後、凄惨な角が狩人の体に向けられた。だが、推薦組筆頭の怪物は余裕綽々といった表情でその鋒を回避した。
(振り向くのが速い!)
最強と最凶、笑顔と憤怒が交わる。
モンスターの特徴を熟知している導きの青い星は、ボクサーさながらのサイドステップで側面に回り込むことで角竜種との正面対決をいなした。
積み上げられた互いの経験が言葉を交わさずともコミュニケーションを作り出し、静寂と共にチェスのように攻防が進んでいく。
数々の英雄を打ち倒してきた鏖魔ディアブロスは、熟練の狩人が正面からの攻撃を行わないことを知っていた。
導きの青い星が対峙してきたモンスターは人智を超えた力を手にしたことにより、人と対峙したことのない化け物ばかりだった。
故に、本能や感情ではなく経験によって先を読んだ頭部の方向転換への反応は遅れる。
怪物退治の知識と狩人退治の知識の交錯。
最強の経験は裏目に出た。ハンターとの戦いに慣れた怪物の相手は不慣れだったのだ。
誘い込まれたのは、絶対に避けなければいけなかった正面衝突。
知識を武器に戦うハンターならば誰もが知っている。膂力では、どんな狩人もモンスターに敵わない。
鏖魔ディアブロスの筋力は通常個体のものを大きく上回る。そのパワーは最強の狩人と称される導きの青い星すら当然凌駕していた。
体格差は十倍以上。力比べに敗れた導きの青い星は剣を弾かれて大きくのけ反る。
導きの青い星は歯を食いしばり、衝撃を耐えながらも鏖魔からの視線は外さない。
そして、鏖魔の奥の手が襲いくる。
鏖魔の体から大量の水分が放たれた。
装衣の変更が間に合わない速度で放たれた鏖魔の追撃。耐熱の装衣は火属性に対する耐性を高めるが、爆風を防ぐことはできない。
鏖魔ディアブロス 『水蒸気爆発』
狭い洞窟で放たれた逃げ場のない爆撃。
かつて大穴を形成した鏖魔の必殺技だ。
サボテンを食べて体に溜め込んだ水分によって大規模な水蒸気爆発を起こし、地形すら変えるほどの衝撃波で外敵を一掃する。
戦闘に巻き込まれないように距離を取っていた赤衣の男も吹き飛ばされるほどの爆発。
衝撃波が洞窟の入り口から溢れて噴き出し、大穴の周辺の生物たちが一斉に逃げ出した。
導きの青い星は仰向けに倒れて、天井を仰いでいる。
「僕に避けさせないために水蒸気の量を減らしたね」
「発動のタイミングは完璧だね。威力も申し分ない」
赤衣の男は驚愕した。
鏖魔の水蒸気爆発が直撃しても、導きの青い星は生きていたのだ。
精霊の加護。ロンディーネ達が激昂したラージャンとの戦闘で使っていたスキルだ。
導きの青い星はスキルの覚醒によりスキル効果の発動する確率は4割まで上昇し、6割ものダメージを無効化する。
導きの青い星は、精霊の加護によってダメージを軽減して《継承》で体力を上昇させることで鏖魔の水蒸気爆発を耐え切った。
スキルの覚醒によって発動の確率を上げているとはいえ、発動するタイミングを選ぶことはできない。それでもこの男は精霊に愛されている特別な狩人なのだ。
導きの青い星はサシミウロコを齧り、体に刻まれた無数の傷を治癒させながら立ち上がる。
絆石が赤い光を放つ。鏖魔の血管も膨張して赤く輝き出した。
「やはり血管の拡張か。ティガレックスやエスピナスに近い能力だね」
血管の拡張による肉質の軟化。そして甲殻の可動域が広がることによる運動能力の向上。
いかなる英雄にも悲惨な結末を齎した残酷な砂漠の死神が顕現する。
耐熱の装衣を脱いだ導きの青い星は、金色に輝く転身の装衣を装着。
《威嚇》は耐熱の装衣のスロットに嵌めていた装飾品によるスキルだ。
耐熱の装衣を脱いで威嚇の効果が終了したことで、《威嚇》を警戒していたゼナセリスが戦場に舞い降りる。
小柄な黒い飛竜、裂水竜ゼナセリスの翼には垂刃と呼ばれる触腕のような器官が生えている。
垂刃は振り回すことで獲物を甲殻ごと切り刻む凶器となる。
水の豊富な土地を好むゼナセリスは水をブレスとして放ち、垂刃による斬撃と組み合わせて獲物を狩猟する。
「続けよう」
垂刃による高速の斬撃が導きの青い星を襲う。
転身の装衣は導きの青い星が持つ装衣の中で最強の能力を持つ装衣だ。
衝撃を察知すると眩い光によって体を反応させ、攻撃を回避する。
転身の装衣が光を失うまで、裂水竜と鏖魔の攻撃は当たらない。
二頭の怪物による猛攻。
角と垂刃。直撃すればマスターランクのハンターでも致命傷を負う二種類の凶器。
まるで金獅子ラージャンのような暴力の嵐。
最強の狩人が高笑いする。
「なぜ生きていられる...!」
他のハンターとは格が違う狩猟能力に、赤衣の男は衝撃を受けた。
二つ名を持つモンスターの中でも最強といわれている鏖魔ディアブロスと情報が少ない異世界の捕食者ゼナセリス。一頭でも対処が難しい相手とたった一人で戦っている。
転身の装衣の効果時間は回避が発動する度に減少する。耐熱の装衣を装着していれば、裂水竜の乱入を防ぎながら鏖魔との戦いに専念することができた。
しかし、導きの青い星は耐熱の装衣の効果時間が切れる前に装衣を変更した。
攻撃を回避するたびに転身の装衣の放つ光が弱くなっている。
垂刃による斬撃が鏖魔に当たった。
同士討ち。
導きの青い星を狙った攻撃は転身の装衣によって躱され、ゼナセリスの垂刃が鏖魔の体を切り刻んでいる。
裂水竜も鏖魔の攻撃に巻き込まれて甲殻がボロボロになっていた。
導きの青い星は攻撃を回避しながら叫ぶ。
狂気の眼が、赤衣の男を見つめる。
「鏖魔ディアブロスによる異世界のモンスターの処分!異世界のモンスターによる研究者たちの護衛!護衛に使っている異世界のモンスターはディアブロスに対抗できるんだろ!?」
鏖魔ディアブロス以外にも大穴には多数の角竜種が生息している。縄張り意識が強い角竜種たちは異世界から召喚されたモンスター達を殺すことで生態系のバランスを保っている。
この洞窟では、ディアブロスから研究者を守るためにゼナセリスとグレアドモスが飼われている。
「じゃあ
鏖魔ディアブロスが水蒸気爆発を起こした時、ゼナセリスはその膨大な水分を恐れなかった。
雄大な滝に育まれた生物を食らい尽くす捕食者は、水を攻撃に利用する。
「──鏖魔を退けられる!」
水ブレス。水属性は、鏖魔ディアブロスの最大の弱点である。ゼナセリスが放った激しい水流のブレスが鏖魔を突き飛ばした。
導きの青い星の装衣は、装飾品を嵌め込んでスキルを発動させることができる。
役目を果たした転身の装衣は輝きを失った。
装衣の効果時間が終了すると、装衣に嵌め込まれていた装飾品の効果も失われる。
装衣の解除後、スキルを失った導きの青い星は大剣を構えて鏖魔の方を向いた。
導蟲は古龍種に反応している時のように青く光っている。
「流石は導きの青い星。素晴らしい腕前でした。鏖魔ディアブロスをここまで追い詰めたハンターは貴方が初めてでしょう。
しかし、装衣の効果が切れた貴方は鏖魔には敵いません。あと一歩でしたね」
導きの青い星は息を切らしながら鏖魔と向かい合った。《威嚇》の効果が切れた導きの青い星に向かってゼナセリスが吠える。
「調和完了」
導きの青い星に向かって突進を開始した鏖す悪魔の真横から、健啖の悪魔が襲いかかる。
無防備な首に齧り付き、軽々と捩じ伏せて振り回し、周囲にぶつけて投げ飛ばす。
首から血を流しながら地面に叩きつけられた鏖魔に対して、生態系の破壊者が飛びかかる。
『おびき出し』
恐暴竜 イビルジョー。
森で入手した特殊痕跡を消費することで、食物連鎖の頂点に立つ存在を誘き出したのだ。
高い環境適応力を誇るイビルジョーは砂漠のような乾燥した環境にも適応している。
奇襲を食らった鏖魔には恐暴竜に抵抗する力は残っていなかった。
水属性は、スタミナの回復速度を低下させる。
ゼナセリスの放った水流の水属性エネルギーにより鏖魔の体力は底を尽きていたのだ。
「エスピナスやティガレックスのように血流を増加させて身体能力を高めると外殻は軟化する」
恐暴竜に噛みつかれた鏖魔の首は唾液によって外殻が溶けかけている。
手負いのゼナセリスだけではイビルジョーに勝つことはできない。
幾ら鏖魔でも軟化した首に竜熱機関式【鋼翼】改の斬撃を浴びればひとたまりもない。
「久々に危ない橋を渡ったけど、僕の勝ちだ」
〜樹上の村
紺碧の青空に憧れて、悲しくもないのに流れた涙と小刻みに震える体。爽快だった。
眠れば朝には希望があって、肉を頬張り、自然の恵みに感謝していた厳しくも煌めく時代。
思い出した景色はどれも綺麗で、残酷だった。
山の麓の風の香りが残る現在。
仲間達はモンスターと戦って散り、夢を叶えて生涯を終えた。
忘れ物をしている。
睡眠と食事が必要だ。