ラージャン 超攻撃的生物   作:貝細工

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ラージャンハート

木の机に導蟲の入った虫籠を置く。

月明かりでは足りない光を導虫の光で補う。

あの頃の装備。あの頃のナイフ。

世界が渇いて輝いていたころ。

夜更け前、仲間達と一緒に戦った記憶が蘇る。

 

(まだいけるか)

 

狩人の資質を自分に問う。

 

『私も昔はハンターだったんです。だから、昔の仲間に会う前に一度でも命を賭けてみたい』

 

『生きて帰れませんよ』

 

考えたくなかったから眠って日々をやり過ごした。でもいつまでも眠っていられない。

何かを成すには人生は短い。

生き残っただけの自分。そして、自分に未来を託して散っていった仲間。

仲間(あいつら)はきっと、俺が長生きすることを望んでいるはずだ。

それが出来ないからハンターだ。

 

この体は旅に出ることを拒絶している。

村から見下ろした金獅子ラージャンの戦い。

それはこれまで見たどんなモンスターよりも苛烈で危険だった。そんなモンスターと対峙するのは命を無駄にする行為なのかもしれない。

寝転がったまま、この挑戦に意味があるのか考えても答えが出ることはなかった。

 

これは、自分のための戦いだ。

 

この感情に同情して自分の代わりに戦ってくれる(死んでくれる)ハンターならいくらでもいる。腰抜けな自分も、ギルドナイトから村の村長になったんだ。権力はある。

だが若者の命が燃料のように消費される社会にはいつか限界が来ることも分かっている。

生贄のように新星を捧げ、戦いによって金獅子を鎮めることでなんとか平和が守られていた。

 

あの時、村から降りてグレンゼブルに加勢した青年のように、命を賭けて強大な敵と戦おうとするハンターは沢山いる。

きっと村から避難することのできない老人や子供たちを守りたいから、ラージャンに立ち向かうことができるのだろう。

情け深い人ほど早死にする世界だ。幸せな結末を迎える物語は少ないが、不幸な物語を隠蔽してでも未来に希望を抱かせないと前に進むことができない。

ギルドで働いている時、そうやって焚書が行われていく様子をずっと見てきた。

 

金獅子ラージャンの狩猟。

 

それは死にに行くということだ。

金獅子は抗うのではなく、耐えるもの。

隠れて、息を潜めて、遭遇しなかった者だけが生き残る黄金の暴風雨。

まるで火竜の巣か、灯魚竜の口の中だ。

 

その景色が知りたい。

 

食事が終わった。寝静まった夜間のこと。

あの頃のインナーに袖を通して、嵐の中に散る決意と共に。

 

「達者でな」

 

降下。

 

これまでの狩猟の記憶が走馬灯のように蘇る。

この先は禁足地、ラージャンが出没している地域だ。もう引き返すことはできない。

朧朧とした夜に、草木が体を撫でる。

トンと音を立てて着地して、呼吸を整えた。

体は震えて、心臓が鳴っている。生きている。

 

毒怪鳥ゲリョスの装備を着込んだ。

ずんぐりとした形で不格好だが、ゴム質の皮は絶縁性に富んでいる。雷属性を操るラージャンの狩猟に向いている装備だ。

弾力性のあるゲリョスの皮は、グレンゼブルの腹皮のように打撃に強いが斬撃に弱い。

 

「ラージャンとは一度は戦ってみたいと思ってたんだ」

 

ギルドナイトはモンスターとの戦いを生業とするハンターの中でも、とりわけ対人戦に秀でた選ばれしもの。

その実力は、単騎で王家直属の騎士団に匹敵する戦力と目されている。

 

「願えば叶うものだな、斉天」

 

羅刹、開眼。日輪のような二つの瞳が闇の中に浮かびあがる。

体毛の内側に秘めた筋繊維から神経系まで完全無欠。微かな風に揺れるだけで狩人の目を釘付けにする極上の肉体美。

まるでゴールデントロフィーだ。

 

夜戦、開幕。

 

古龍の角を噛み砕く強固な牙を剥き出しにして吠えるラージャンに対して、背負っていた武器を構える。機械のように落ち着いている古龍とは違って呼吸のリズムが不規則だ。

竜よりも人間に近い顔付きをしているため、表情が分かる。

 

超攻撃的生物を体感する。高揚と絶望。

拳を少し開き、指の第二関節を地面につけたナックルウォークの状態から握り拳への移行。

咆哮の終了と同時に飛んできた右拳を躱す。

素早い拳が地面を貫き、日輪のような瞳が動いて獲物の姿を捉えた。

まるで機械のように正確で素早い動きだ。

 

(なんだ...?今一瞬、腕に力を入れた)

 

左腕を握り拳にしていない。つまり、左手のパンチで追撃を仕掛けてこないということだ。

しかし、攻撃が止んだわけではないだろう。金獅子の表情はまだ凄まじい怒りに満ちている。

 

(怯むな!動きが止まっている!チャンスだ!)

 

妖気を放ちながら金獅子の体を斬りつけた異形の片手剣は、迸る黒い稲妻によって獲物を侵食する。

 

祀導器。古代の技術で作られた歪な片手剣。

所持者の未来を映すという盾には、何も映っていない。二又に分かれた刃は甲殻を削り、肉を千切りとる。

 

(先手を取った!)

 

斬った直後に刃を突き刺し、体によじ登って剥ぎ取りナイフを突き立てる。

金獅子は右手を地面に突き刺したまま左手で背中を掻いた。掴まれないように飛び退き、再び武器を構えて睨み合う。

 

ナックルウォークは物を掴むことが得意な樹上性の生物の特徴だ。

金獅子の握力で強く握り締められた場合、人間は鎧をつけていても圧死する。

一瞬の判断の遅れが死に直結する死線。大量の死を纏った金獅子の姿はまさに羅刹だ。

更に金獅子は地面に埋めていた右腕を引っこ抜くと月光を遮るほど巨大な岩を引き摺り出し、重さを感じさせないほど軽々と跳躍しながら投げ飛ばした。

 

最強という名の絶望。

 

離れ離れになりたくなかった。

何かを成すために生きているのか、生きるために何かを成すのか。余った人生は追悼のための残火だ。弔意が毎日に充満している。

夢から離れて生きることを選んだ人間が、死の間際で編み出した絶技。

 

「侮るな」

 

自然との調和。

それがハンターズギルドの掲げていた理念。

しかしその陰で、人知れず命を落としていった狩人たちがいる。

災害を司る怪物達の襲来に耐えても、状況が好転したことは一度もなかった。

 

これは、かつての仲間に託されたクエスト。

 

もう誰も殺させない。

 

《滅・昂竜撃》

 

『泣くなよ。俺たち頑張っただろ?』

 

『でも、お前...その傷...』

 

『大切な仲間を庇った。この傷は俺の誇りだ』

 

『俺が...俺が強ければ...!』

 

『違うよ。弱くていい。それでもお前はこの世界を生きてくれ』

 

生きててよかったことなんて一つもなかった。

けれど、あの時代は──

 

──苦痛に喘ぐ日々の中で、勇気と希望が輝いていたんだ!

 

翔蟲を用いずに放たれた《滅・昂竜撃》は、金獅子の投げた巨大な岩石を粉砕した。

砕けて降り注ぐ岩の破片の間から、ようやく空を照らしはじめた朝日が差し込む。

金獅子の日輪の如き眼光は、遂に太陽と重なった。モンスターは、紺碧の空そのものだった。

 

「あの日々はお前(強敵)が居たから楽しかった」

 

剣を投げる。首を狙って飛んだ祀導器は金獅子の肩の辺りに突き刺さり、黒い稲妻を流した。

 

(このまま距離を詰めて、剣を回収して追撃で仕留める!)

 

龍属性が迸る中、金獅子の口内に雷属性エネルギーが収束する。気光ブレスではない。

 

雷弾だ。

 

毒怪鳥ゲリョスの装備は絶縁性に富んでいるため、金獅子の操る雷への耐性が高い。

これは、仲間と一緒に成し遂げたかった偉業。

 

「これで終わりだ!!ラージャン!!」

 

目に映ったのは、眩しく広がる青空。

あの時は飛竜が飛んでいた。この空を見た時、何かに呼ばれている気がして、武器を手に取りハンターになった。

楽しかった。しかし、成功ばかりではなかった。多くの仲間を失って悲しみに打ちひしがれることもあった。

 

(生きる力に満ち溢れてたんだ)

 

大自然が育んだ生命に挑んだ先にある絶景。

過酷な道のりだったが、歩き続けている間は希望を抱いて生きていた。

いつの日か忘れた感情を手に、空を眺める。

霧は溶け、曇天は晴れる。生命の営みと繋がっていた愛しい数十年間に帰りたかった。

帰り道で気付いた。

 

俺はもう──

 

絶縁破壊。

絶縁体に加わる電場の強さが一定値を超えることで絶縁体の絶縁性が失われる現象。

ゲリョスの皮の雷耐性を金獅子の電圧が上回り、装備ごと肉体が破壊された。

 

ラージャンには、敵わなかったのだ。

 

仰向けに倒れて天空を見つめる。

誰かの足音が近づいてくる。

ラージャンじゃない。人間だ。

託すもの。託されたもの。

作戦会議の時、樹上の村を訪れたバハリが食事と睡眠は生命の資本だといっていた。

 

(まだだ!まだ事切れるな!)

 

命を賭けて強大な敵と戦おうとするハンターに生命の資本を託す。

それが、かつてハンターだった男に残された最後のクエストだ。

 

「村長...!」

 

「次はお前の番だ。勝てよ」

 

食事スキル、《ネコの後は任せた!》が発動。

 

仲間は、紺碧の空そのものだった。

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