8話 龍天災羅刹草紙 覚醒の章
「次はお前の番だ。勝てよ」
「村長...!」
ハンターなのに、守れなかった。
『それが正しいかどうかは──』
(きっと正しいとか正しくないとかじゃない)
(違う。逃げるな)
(一度見つけた衝動から目を背けるな)
目撃者を鏖殺する王。
見られていない間、落とした影が口伝となり、その噂が広がっていく。
『彼に嫉妬してるでしょ?努力してないのに頑張ってる人の足を引っ張るお前のことなんて誰が好きになるの?』
強さ。
ブラキディオスやマガイマガドが生存競争の中で強くなることを選ぶように、人もまた強さに囚われた獣だ。
武勲をあげた英雄が伝説に名を残す裏で、数えきれないほどの狩人が夢半ばの死を迎える。
何の為に?
自然との調和。モンスターは生きるために足掻いてきた。
自然を愛することは、過酷な生存競争に打ち勝ったものだけを愛することではなかった。
弱肉強食の世界だからこそ、弱者が愛を求めることを肯定したかったのだ。
『優しさなんて何もない人でも持てるんだよ』
仇敵は目の前にいる。
絶望している場合じゃない。悲しみを燃料に武器を握り、クエストを開始する時間だ。
金獅子ラージャン。全ての牙獣種の頂点に立つという最強の獣。超攻撃的生物。
生物の持ちうる闘争本能の極致。
全てを賭けて、狩猟する。
(ビビってるよ。皆死んだんだぜ)
怒りと怒りが並び立つ絶望の死地。
殺戮を目の前にして燃えたぎる狩人。
金獅子ラージャンの息遣いが、エンジンの駆動音のように鳴り響いていた。
始めよう。
「殺してやるよ!!牙獣の王!!」
脳内を爆発させるアドレナリンの豪雨。
サイレンのように響き渡る羅刹の咆哮。
ここが狩場、この地獄の惨状こそが全てを超えた先の絶景。
孤高の強者に死を与える棍の名は──
── アヌビス。
死を呼び込む黒き怒り。漆黒の獣への憎しみによって憤りが加速する。
アヌビスは金獅子の胸を切り裂き、無慈悲に振り下ろされた金獅子の拳は青い光を纏った狩人に直撃した。
相打ち。
モンスターとハンターの攻撃が同時に炸裂。
両者が勝利を確信した。
膂力では──
──どんな狩人も、モンスターに敵わない。
しかし、ディオレシリーズの生み出す《絶対防御》は金獅子の拳すら防ぎ切る。
漆黒の斬撃が漆黒の獣を斬り、青い光が散らばる。
金獅子ラージャンが一方的に手傷を負った。
ラージャンがよろめいて地面に手をつき、そのまま地盤をひっくり返して盾にすると、狩人は紅葉のような猟虫を滞空させて待機した。
追撃してこないことに気づいたラージャンは自らの拳で岩を粉砕し、雷弾を吐く。
岩が砕けると同時に猟虫が金獅子の腕に突撃。
狩人は棍を使って岩の破片を叩き落としながら雷弾を避けた。
(おかしい...!)
超攻撃的生物と称されるラージャンが岩を身代わりに使ったカウンターを狙っている。
そして村長に対して放たれたカウンターは拳による攻撃ではなく雷弾だった。
霞龍オオナズチの神経毒により、ラージャンの五感が鈍っている。
勝てる。
ラージャンは猟虫の動きに追いつけていない。
このまま猟虫で体力を削りながら三色のエキスを回収し、ディオレシリーズの電磁バリアで競り勝つ。
前脚から採取できるエキスは赤。
その効能は鬼神の如き攻撃力の発現。
エキスによる強化のない人体では行うことのできない、超人的な棍捌きを実現する。
異界の鎧が、再び青い輝きを纏う。
正面に立たず、回り込むように駆け出す。
反時計回り。それが金獅子と戦う時の定石だ。
(これまで金獅子に挑み、死んでいった全ての人達の教訓で俺が勝つ)
ラージャンは雷弾を放ちながらバックステップで距離を取り、再び地盤をひっくり返して身を守った。落雷のように降り注いだ雷弾はディオレシリーズが展開した電磁バリアを破り、着弾地点で爆発を起こす。
(避けきれない!)
「ライダー!!」
「分かった!!」
少女が絆石を空に翳し、石から溢れ出した青い光が森を優しく照らす。
金獅子は岩に遮られて少女たちの姿が見えていない。
森の怪物が襲い来る。
「グレンゼブル!」
異世界から捕食者を穿つ水流。
鏖魔ディアブロスを突き飛ばしたゼナセリスのブレスのように、グレンゼブルのブレスも強者に突き刺さる。
(村長がやられた!モガの英雄が言っていた作戦も、ここで使う!)
「おびき出し──」
気光ブレスで反撃しようとしたラージャンの頭上から、隕石のような尾骨が落下する。
尾槌竜ドボルベルク 《メガトンスタンプ》
突然の奇襲に金獅子はなす術もなく叩きのめされ、目を瞑ってうつ伏せに倒れる。
あの時、仕留め損ねた森の生物たちだ。
怒りと共に立ち上がったラージャンに赤のエキスを摂取した狩人が飛びかかり、神速の斬撃を繰り出す。
「シナトオオモミジ!!」
猟虫が金獅子の近くを飛び回り、赤く光る鱗粉をばら撒いている。
ラージャンは狩人の斬撃を浴びながら顎門を開き、日輪のような赤い瞳で狩人を睨んだ。
(これは...モガの英雄が言っていた...!)
金獅子の口腔に稲妻が集まる。
相対した者に絶望感を与える黄金の光が周囲を照らす。体内で圧縮された膨大な雷属性エネルギーを解き放ち、地殻すら貫く必殺技。
亜光速の破壊光線!
気光の正体は──
『これはセルジバーナから聞いたんだけど、どうやら気光の正体はラージャンの体内で圧縮された雷属性エネルギーみたいだ。
古龍種が龍属性を変換して古龍天候を起こすように、ラージャンは雷属性を圧縮して性質を変える』
『つまり』
『解き放たれる前の気光エネルギーに衝撃を与えれば、ビームは出せないはずだよ』
猟虫粉塵。猟虫はモンスターの狩猟中に粉塵を撒くことができる。
シナトオオモミジの猟虫粉塵は爆破属性だ。
テオ・テスカトルやティガレックス希少種の粉塵のように、周囲のエネルギーに反応して爆発を起こす。
「それはさせねえよ!!」
金獅子がブレスの発射のために息を吸い込んだことで空気中の粉塵が口元に吸い寄せられ、気光のエネルギーに反応して爆発した。
煙を吐き出しながら膝をついたラージャンに、尾槌竜のメガトンスタンプが襲いかかる。
そして、堪忍袋の尾が切れる。
『尖爪目堅歯亜目のモンスターの中で祖先にあたる種が見つかっていないのはラージャンだけだ。
ブランゴが突然変異を起こすとラージャンになるという仮説を唱える学者もいるけど、それだけであの圧倒的な強さは獲得出来ないだろう』
『ラージャンはやっぱり古龍種だったってことじゃないですか?』
『そんな馬鹿な。ジョン・アーサーの生態樹形図では古龍種と牙獣種は共通の祖先を持っていなかった』
その者の力は、唯一古龍に匹敵する。
『...ありうる。ジョン・アーサーの生態樹形図はモンスターの生物学的な分類を記したものじゃない』
光ファイバーのように、筒状の体毛に電気を流すことで黄金に煌めく。
力を呼び覚まし、黄金の姿を現した金獅子は古の龍でさえも畏怖する。
忌み数を避けるように生えた四本の指。
人間は五本。竜人族は四本だ。
数多の狩人を駆逐せし時、伝説は蘇る。
闘気化。
王の前に、跪け。
ラージャンはメガトンスタンプを避けてドボルベルクに飛びかかり、爪で甲殻を引き裂いた。
激痛でドボルベルクが動き回り、グレンゼブルのブレスの狙いが定まらない。
稲妻のような金色の拳がドボルベルクの脳天を打ち据え、昏倒したドボルベルクを踏みつけて牙獣の王が雄叫びをあげる。
日輪のような赤い瞳が残りの獲物を探す。
恐怖で体が動かない。
目の前の暴力が暴風雨のように激しく心を殴りつけて、ひたすらショッキングな状況に闘志が失われていく。
(殺せよ)
(殺せ!)
(何も出来ないなら殺されろ!)
あの時、最強の狩人に感じた絶望。
突きつけられた実力差を握り潰すかのように牙獣の王へと挑む者。
金色の翼を解放した金獅子に、水分を含んだ植物の塊が激突する。
王域三公 ガランゴルム 出陣。
ガランゴルムは左腕には水属性の成分を大量に含んだ苔を纏い、右腕には可燃性の草と溶岩を纏う。水分によって質量が増加した左腕によるパンチが金獅子を吹っ飛ばしたのだ。
「ガランゴルムは切り札だ!まだその時じゃない!!」
「私の指示じゃないよ!」
キノコを好んで食べるガランゴルムには、体肥液によって植物の成長を促進するという生態がある。そして草食の大型モンスターであるドボルベルクは、体からドボルトリュフという栄養価の高いキノコを生やす。
かつて古龍ととある飛竜の縄張り争いに巻き込まれて縄張りを奪われるまでは、二頭は共生関係だった。
ドボルベルクを倒されたことで、ガランゴルムの怒りが爆発した。
『ガランゴルムが王国の最重要ターゲットに指定されている本当の理由は、体肥液の持つ無限の可能性なんだ!』
王vs王。ラージャンには、同じく王域三公に指定さる爵銀龍すら敵わなかった。
しかし少女の護衛についていたカヤンバは、その凄まじい闘志をみて笑みをこぼす。
「やらせてみようンバ!」
体格はガランゴルムの方が大きい。金獅子は巨大な獣を見上げて不機嫌そうに唸った。
岩のような甲殻に覆われたガランゴルムは、蒸気機関のように激しい鼻息をしながら地面を叩いている。
鎧袖一触。
黄金の獅子の電撃が剛纏獣を襲う。
高圧電流により発生した高温はガランゴルムが腕に纏っていた苔の水分を蒸発させた。
ラージャンは趾行による跳躍でガランゴルムに近づき、気光の操作で加速した拳を腹に打ち据えた。
重厚な甲殻に覆われたガランゴルムはラージャンのスピードに追いつくことができない。
矢継ぎ早に放たれた二発目のパンチはガランゴルムの顎に直撃した。
薄れていく意識の中、ガランゴルムが力を振り絞って繰り出したパンチをラージャンが掴み、片腕で上空に投げ飛ばした。
「あれは村長の...!!」
砕けたガランゴルムの甲殻が地面に散らばる。
ラージャンはボロボロになって落下するガランゴルムに向かって拳を掲げたまま跳躍した。
怒髪天を衝く。
《滅・昂竜撃》
稲妻と共に強烈なアッパーカットが剛纏獣の腹部を貫き、鮮烈な一撃が狩人たちに絶望を与える。まるで黄金の翼で空を飛ぶ龍のようだ。
ガランゴルムは大量の血を吐きながら地面に突っ伏せた。
ラージャンは動けなくなったガランゴルムの頭部を掴み、顎門を開いた。
霞龍を焼き殺した絶望の光。気光ブレスだ。
シナトオオモミジの粉塵は間に合わない。
「ねえ!ガランゴルムは戦いが苦手なのに仲間のために命を賭けて戦ってるんだよ!
けどこのままじゃ──」
「──殺されちゃう!!」
カヤンバが悔しそうに黙りこむ。
狩人は回復薬を飲みながら気光ブレスの衝撃波に備えていた。
(ガランゴルムを助けられるのはライダーである私しかいない!!)
『俺が水没林の調査でガランゴルムと遭遇した時は地面から掘り起こした岩を赤熱化させて爆発させていたな』
絆石が青く発光する。少女が送った指示はスチームブレイク。岩盤を掘り起こした岩盤を右腕の熱量で赤熱化させ、その熱量で左腕に纏った苔の水分を気化させることで水蒸気爆発を起こすガランゴルムの大技だ。
ガランゴルムは頭を掴んでいる金獅子の腕を右手で握り、体肥液で発生させた熱を送った。
『ラージャンの耐熱性は毛皮の断熱性によるものだ。岩を赤熱化させる熱量を直接金獅子に浴びせたらどうだ?
一瞬で岩の内部まで熱を伝えられるならラージャンの毛皮を貫通して内臓を灼けるはずだ』
ラージャンは気光ブレスを中断してガランゴルムの腕を殴って骨を折ったが、ガランゴルムは手を離さない。
「ガランゴルム!焼き尽くせ!」
剛纏獣 ガランゴルム 《スチームブレイク》
『違うよ。弱くていい』
岩石すら融解させるガランゴルムの必殺技が、最強の牙獣種に向けて放たれる。
王域三公の中で最も弱いモンスターが、メル・ゼナすら撃破した古龍級生物に対して全力で足掻いている。
(強さじゃない!この閃光はきっと──)
稲妻よりも眩しく、雷よりも力強い。
この閃光こそがきっと、生命だ。
「金獅子の様子がおかしいンバ!」
溶岩の熱で腕を焼かれたラージャンは、全身の電気エネルギーを体毛に集中させた。
体から溢れ出た稲妻が迸り、金色の体毛が眩く光っている。
激昂したラージャンが王国騎士と戦闘した時、毛先から走った電流が地面切り裂いたという。
腕を掴まれたラージャンが毛先から放った雷属性エネルギーは、ガランゴルムの右腕をズタズタに切り裂いた。
勝利を確信して雄叫びをあげた金獅子。
しかし、稲妻よりも速く飛び出したグレンゼブルの水流がガランゴルムの右腕を貫いた。
スチームブレイクは岩盤を掘り起こした岩盤を右腕の熱量で赤熱化させ、その熱量で左腕に纏った苔の水分を気化させることで水蒸気爆発を起こす大技だ。
グレンゼブルの吐き出したブレスに含まれる水分はガランゴルムの溶岩の熱によって水蒸気爆発を起こす。
《スチームブレイク》の再発動!!
鏖魔ディアブロスの水蒸気爆発すら上回る大規模の爆発が、森全体を巻き込んだ。
狩人は絶対防御を発動させて少女とカヤンバを守り、グレンゼブルは爆風の中でラージャンを睨みつけていた。
「私の絆ゲージは今の指示で底を尽きた」
少女はモンスターとの共闘で疲労している。
「よくやったンバ!これでラージャンも──」
「──まさか、生きて...?」
スチームブレイクの直撃で傷を負ったラージャンが空に向かって叫ぶ。
電気刺激によって赤黒く膨張した両腕を翳し、雷神が完成する。
闘気硬化。
その者の力は、牙獣種でありながら古龍種をも凌駕する。