ラージャン 超攻撃的生物   作:貝細工

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10話 ラージャン 超攻撃的生物(終)

〜荒廃した森

 

決着も目前に近づいてきたところでの暴鋸竜アノルパティスの乱入。

それは、金獅子に与えられた試練の中で最も無慈悲な出来事である。

モガの英雄との戦闘を放棄し、戦場に訪れた極海の帝王。ラージャンはここに来て未知の古龍級生物と戦わなければならない。

 

(あれがアノルパティス!!モガの英雄は!?)

 

地中から現れた暴鋸竜の出現による戦闘のギアの変化。超災害級の激突。

戦闘のレベルが最高潮に達する。

ラージャンをこの地に釘付けにしていたイビルジョーの気配を掻き消すほどのエネルギー。

同類。姿形は異なるが、間違いなく恐暴竜や爆鱗竜に匹敵する存在。

 

「回復して!あのモンスターは私が呼んだ!」

 

「しかし、今のラージャンは」

 

空中、地中、海中、そして地上。全てのフィールドを支配する王。

破壊された森の惨たらしさよりも、二頭の怪物が放つ殺気の方が恐ろしかった。

しかし、これまでの戦いでラージャンは闘気硬化を解除されるほどの傷を負っている。

アノルパティスがモガの英雄との戦いで負った傷が軽微ならば──

 

「負けるんじゃないのか」

 

日輪のような赤い瞳が闘志で燃える。

獲物を冷徹に見つめるアノルパティスとは対照的な視線だ。

状況は一変した。既に絶望に立ち向かっているのは狩人たちではなくラージャンだ。

後ろ脚を曲げて跳躍の準備をした金獅子に向かって、殺し屋が鋭利な角と牙を向ける。

 

開幕。

 

趾行の跳躍力を即座に見切ったアノルパティスが、冥海竜の外殻を切り裂いた暴鋸で金獅子を斬りつける。

金獅子は胸から血を流しながら暴鋸竜の角を掴み、直接パンチを叩き込んだ。

 

「硬い!!」

 

生物の体を叩いた音とは思えないような金属音が鳴り響く。

ラージャンの拳が弾かれ、そのまま前進したアノルパティスがラージャンを突き飛ばす。

ゲリョスやグレンゼブルの腹のように弾力を持っていたわけじゃない。

純粋に拳で砕けないほど硬かったのだ。

 

アノルパティスは稲妻を浴びながら雄叫びをあげて金獅子を睨みつける。

 

(毛先から飛ばす電撃の威力が下がっている!)

 

──龍属性はあらゆる属性の持つ侵攻力を抑制する。

 

拳骨による打撲をものともしないタフネス。

そして龍属性による電気エネルギーの抑制。

極海の帝王を前にして金獅子に浮かんだイメージは恐暴竜イビルジョーだった。

 

しかし、ラージャンの狙いはアノルパティスに外傷を負わせることではない。

絶体絶命の状況から繰り出された金獅子の拳が打ち据えたのは、暴鋸竜の下顎だった。

 

角を狙った打撃、そして顎を狙った打撃。

ラージャンは頭蓋を直接狙わない打撃を恐暴竜イビルジョーとの戦闘に用いている。

それは人間同士の徒手格闘の常識。

そして、自然界の非常識。

 

(脳震盪を狙ったのか!!)

 

金獅子が動かしたのは暴鋸竜の首の関節。

頭蓋骨を砕くのではなく、関節の力点から離れた箇所を狙うことで脳をシェイクする。

どんなに強力な生物でも頭蓋骨から脳を守ることはできない。

死角から打ち込まれた拳の一撃によって、アノルパティスの意識が僅か一瞬だけシャットダウンした。

 

雷属性の攻撃は生物の気絶率を上昇させる。

神経系の作用を狂わせるからだ。

 

冥海竜ラギアクルス希少種がアノルパティスに使っていた打撃と電撃のコンボ。

拳による打撃を得意とするラージャンは、毛先から放つ電撃によって一度の攻撃でスタンを発生させる。古龍の王を凌ぐセンスである。

 

意識を取り戻したアノルパティスは金獅子に向かって吠えながら後退りした。

研ぎ澄まされた肉体から放たれる神速の拳が見えていないのだ。土手っ腹に齧り付いて動きを止めたいところだが、迂闊に近寄れば拳殴の暴風雨の餌食になってしまう。

足取りが重くなっていく暴鋸竜に対して、金獅子は傷だらけな体でも軽やかなステップで動き回った。

 

金獅子は凶暴な暴鋸竜の前では狩人が金獅子に手出しできない三つ巴の状況を理解している。

グレンゼブルやガランゴルムの与えたダメージは確実にラージャンを弱らせていたが、ラージャンはこの土壇場でも強さ故に最も自由に駆け回ってみせた。

 

木々を足場にして跳躍して懐に潜り込み、アノルパティスが鋸角を振り翳した途端に電流を纏った鋭いボディストレートが炸裂する。

甲殻の上から肺を圧迫した重いパンチは、暴鋸竜の呼吸を止めて血中の龍属性エネルギーの濃度を低下させる。

だが、肺が圧迫されたと瞬間に暴鋸竜は体内の水分を圧縮し、強烈な水流を吐き出した。

呼吸器にダメージを負っているため、普段よりは勢いが落ちているが、暴鋸竜の体内に溜め込まれた海水は金獅子の体内の電気エネルギーを傷口から漏電させる。それは今の金獅子にとって最も厄介な攻撃だった。

 

水流から逃れるように跳躍した金獅子は闘気撃砕を繰り出そうとしたが、破壊された前脚から闘気が漏れ出たことで失敗し、気光の量が少ないボディプレスがアノルパティスを襲った。

 

(土煙の量が多い!!)

 

風は湿っている。血液より塩気を帯びた空気。

磯の香りが漂う森の中で光を放つ羅刹。

そこにアノルパティスの姿はなく、金獅子だけが狩人たちに背を向けて吠えていた。

 

狩人と少女は、何かを託された感覚すら失ってその光を眺めていた。

夜明け前、村長が憧憬にやられるより前から受け継がれてきた死闘のバトン。

古龍が毒に侵し、祀導器で龍気を注ぎ、尾槌竜と剛纏獣の活躍で闘気硬化を封じた。

それでも敵わない。傷のない金色の毛皮に覆われた背中が美しかった。

 

『彼に嫉妬してるでしょ?努力してないのに頑張ってる人の足を引っ張るお前のことなんて誰が好きになるの?』

 

闘志が凍りつく。人間は勝者の背景を勝手に美化する。機能美に彩られた金獅子の肉体は美しく、傷つけてはいけない気がした。

欠如した想像力と不公平な贔屓が暴力を生みだし、虚構が現実を作る。

ストックホルム症候群のように、壮大で残酷な自然の象徴を前に憧れを感じていた。

 

(でもそれじゃいけないんだ)

 

(美しくなれなかったとしても、人は愛されるべきなんだよ)

 

(だから俺はここを最後の仕事にしない。生き残るのは俺たちだ)

 

空は言葉を好まない。海は詩句では語らない。

〜MH3(tri)プロローグより引用

 

金獅子は生き物として足掻いているだけだ。

モンスターに話し合いは通じない。超攻撃的生物は人間と共生することもできない。

ラージャンと人間がコミュニケーションを取る唯一の方法は明日を賭けて殺し合うことだけだ。

 

勝者の背景を勝手に美化するのは人間だ。

金獅子はただ強かった。

それでも金獅子が人を殺す限り、人も金獅子を殺さなければならない。

存在同士がぶつかりあっている。

 

『人とモンスターが共存出来ない時だってある。僕は誰よりも狩りが上手いのさ』

 

狩猟。

 

敬意と殺意は共存できる。

 

雑念なく繰り出された所作の綺麗な一撃。

敬愛する神を崇めるように、金獅子の尻尾を斬りつけた。

破壊を至上の喜びとする金獅子に敬意を示せるなら、破壊しかない。

それは自己中心的な擬人主義ではなく、ひどく現実的な狩人としての業務だった。

人間との間にトラブルが発生して共存できなくなった生物への介錯。

 

死を齎すものが災害なら、行き場のない怒りを憎しみとしてぶつけることができる。

しかし、ラージャンは生物だ。人と同じように生きるために足掻く一匹の生き物。

共に生きることは出来なくても、最後に向ける感情が憎しみでなくたっていいはずだ。

 

「導きの青い星...?」

 

その洗練された動きをみた少女は、生まれて初めて日の出を見た子供のように目を輝かせてポツリと口にした。

 

「違う。俺はモンスターハンターだ」

 

ラージャンは感情を制御する器官である尻尾を切り落とされた。

かつて見逃した才能が花開き、遂に破壊のための一生に幕を下ろす時が来たのだ。

 

しかし──

 

闘気化が解除され、毛皮が真っ黒に染まった金獅子に向かって地中から暴鋸竜が襲いかかる。

死を受け入れて無抵抗になった金獅子の肉を食いちぎり、スタンの借りを返さんとした。

 

「アノルパティス!死んでなかったのか!」

 

暴鋸竜は冥海竜との戦いで雷属性によるスタンを一度経験している。

人間は短期間に何度も脳にダメージを負うと脳の損傷が慢性化し、気を失いやすくなる。

しかし、モンスターは一度気絶すると脳のダメージに対する耐性を獲得することがある。

 

アノルパティスは冥海竜との戦いによって、感電と脳震盪に対する耐性が向上していた。

 

金獅子の放つ電撃は剛纏獣の苔を乾かすほどの高熱を放つ。

そして寒冷地に生息する暴鋸竜は熱に弱い。金獅子の電気を浴びた際に、暴鋸竜の体は冷却を開始。体の関節から蒸気を放出することで熱を体の外に逃していた。

体から放った蒸気は土煙と共に金獅子の視界を覆い、その隙に暴鋸竜は地中に退避していた。

 

背中の肉を毛皮ごと食いちぎられた金獅子はそのまま投げ飛ばされ、暴鋸竜はリオレウスのように飛行して金獅子に接近する。

ラージャンは、そのタイミングを待っていた。

 

雲間を埋める電光。まるで古龍災害。

 

金獅子の尻尾は感情を制御する役割を持つ。

それは生命維持のためのエネルギーである電気力を戦闘によって枯渇させないために必要な機能だ。尻尾を損傷した場合、金獅子は生体エネルギーを温存するために闘気化を解除する。

しかし、更なる強さを求めた一部の個体は自ら尻尾を破壊することがある。

 

古龍級生物を超えたその姿は、超古龍級生物と称される。

 

昂獅子 激昂したラージャン 降臨

 

体毛の中を流れる電流が増加することで黄金の毛皮は一層輝きを増し、その体の周りには体毛から溢れた稲妻が迸るようになる。

生存より破壊を優先するラージャンだからこそ辿り着くことができた究極の姿。

かつて王国騎士や密猟者が総力をあげて敗れたという伝説の怪物である。

 

激昂したラージャンは、鋸角で追撃を仕掛けようとしたアノルパティスを巻き込み、1440万キロワットにも及ぶ落雷を発生させた。

暴鋸竜は冥海竜の大放電を浴びた時のように体内の龍属性を放出して電撃を防いだが、昂獅子は拳で暴鋸竜を滅多打ちにした。そして暴鋸竜の動体視力でさえ反応できないスピードで突進して腹部に角を突き刺した。

 

激昂したラージャン 『迅雷突進』

 

気光の操作による身体能力の向上が生み出した神速の突撃。狩人たちの目には瞬間移動のように見えている。

電気を帯びた衝撃波で少女が吹っ飛び、狩人の絶対防御が砕ける。

 

狩人は気づいた。

 

ディオレシリーズの絶対防御が消失している。

恐らく昂獅子の周囲に発生する電気エネルギーの怒涛によって絶対防御が打ち消されている。

ここから先は、絶望の力動的空間に生身で乗り込むことになる。

しかし、覚醒して特殊個体となったラージャンをここで止めなければ、滅ぼされるのは樹上の村だけではない。

瀕死の獣が国家規模の災害になったのだ。急がなければ、勝機を逃す。

 

アノルパティスは僅かな焦燥を感じた。

 

昂獅子の体の周りに発生する微量の電流が熱を生み出すことで、アノルパティスの甲殻を焼いている。冥海竜より発電量は少ないが、電流によって気温が上昇すれば放熱が間に合わなくなる。

 

昂獅子は吠えた。

 

古の龍すら超えて完全な超越者となった昂獅子の前で、スキルの発動や体温の調節などの些事に拘る猶予など存在しない。

超攻撃的生物の生態が実を結び、常にスパークする電力と粉砕する前腕が完成した。

生命エネルギーを使い切り、この戦闘に勝つ。

 

おびき出しはモンスターをコントロールすることができないので、呼び出されたモンスターは人間を攻撃する。

しかし、少女は絆石を触媒として微弱な共鳴現象を起こすことでアノルパティスの敵意をラージャンに向ける。

通常、竜人族は共鳴中は意識を喪失するという生態がある。これは異なる自我の混在によって魂が混ざらないようにするための本能行動である。

 

趾行の関節が曲がる。

 

昂獅子 激昂したラージャン『迅雷突進』

 

再び亜音速の突撃が放たれる。昂獅子は武器を取り出した狩人と鋸角を向けた暴鋸竜を狙わず、背後に横たわっていたグレンゼブルを攻撃した。角がぶつかって甲殻を砕き、蛮竜の棘が散らばる。

 

昂獅子は蛮竜ごと切断する勢いで振り下ろされた暴鋸竜の角を掴み、そのまま蛮竜の腹に突き刺した。鋸角を抜こうとしたアノルパティスに向かって、至近距離で顎門を開く。

 

昂獅子 激昂したラージャン『気光ブレス』

 

烈火の如きエネルギーの嵐がアノルパティスを突き飛ばし、体に黄金の火傷を刻む。

狩人は光を浴びながら腹部にアヌビスを突き刺したが、深く刺さらなかった。

ラージャンは特殊個体になったことで全身の筋肉の強度が上がっている。

 

アノルパティスは気光を食らった背中の甲殻の一部が破壊されて肉も深く抉られたが、気光ブレスによって貫かれることはなかった。

地上に残っていたグレンゼブルの棘は電気を引き寄せるため、避雷針となって気光ブレスを分散させることで威力を軽減していたのだ。

 

前進して食らいついたアノルパティスの頬を昂獅子の拳が打ち据える。暴鋸竜はぐらりとよろめいたが転倒せずに踏ん張り、昂獅子の腕に斬撃を浴びせた。

 

昂獅子は出血した腕で暴鋸竜の鋸角を掴み、さらにもう片方の腕で下顎を掴んで強引に顎をこじ開けた。暴鋸竜は頭を振って解こうとしたが昂獅子は離さず、そのまま顎を引き裂こうと力を込めた。

 

アノルパティスの顎は引きちぎれない。

しかし、昂獅子は電撃と打撃を組み合わせて脳にダメージを与えることで暴鋸竜からダウンを奪っている。つまり、頑丈な甲殻をもつ暴鋸竜も体の内部への攻撃には弱い。

頭を抑えられて身動きが取れないアノルパティスの口内に向けて、黄金の光を蓄えた昂獅子の口腔が向けられる。

強者から強者へと贈る、致死量のエネルギーの口移し。

 

昂獅子 激昂したラージャン『気光ブレス』

 

不発。

 

爆雷針。

 

地面に設置することで雷を引き寄せ、モンスターに落雷を与える猟具。

 

狩人が設置した爆雷針は昂獅子の口腔に溜め込まれた電気エネルギーを引き寄せることで気光ブレスを暴発させた。

暴鋸竜は鋸角から手を離した昂獅子に至近距離から水弾のブレスを放ち、そのまま倒れた。

 

脱水。アノルパティスは本来の生息地である極海より気温が高い森林地帯で何度も昂獅子の電流を浴びたことで水分を失い、さらに水弾のブレスを使ったことで意識障害を起こしてしまったのだ。

 

「後は任せろ!」

 

狩人は暴鋸竜に代わって昂獅子と接近戦を繰り広げる。左右のパンチをひらりと躱し、硬い筋肉に覆われた体を切り付けた。

避けられた昂獅子の拳が地中に減り込み、毛先から放たれた電流が地を割いて噴き出る。

地中から昇ってくる雷から逃れるように跳躍した狩人は、再び大技を放った。

 

《降竜》

 

しかし昂獅子は狩人をわざと空中に誘い込んでいた。空中から落下してくる狩人を、気光によって強化された滅・昂竜撃(アッパー)によって仕留めようとしているのだ。

 

昏倒したアノルパティスは、瀕死の状態で呼吸を繰り返すグレンゼブルと視線を合わせた。

異世界から来た二頭が、力尽きて邂逅する。

 

『僕には倒せないモンスターが来ている。グレンゼブルより強い化け物だ』

 

同時期に王は座して、波立つ海を見ていた。

一頭は地上から、もう一頭は水中から。

見上げる水面と見下ろす水面。厳しくも眩しい故郷に戻ることはもう出来ない。

不安だった。見たことのない生態系に囲まれ、得体の知れないモンスターや人間に襲われた。

人間たちに狙われるのが怖かったから暴れた。

暴れるほど人間たちに狙われた。

縄張りで生きているだけの生物に、何の罪があったのだろうか。

 

『僕の調査では既に古塔の起動によって異世界からモンスターを連れてきている。きっとディオレックスかゴウガルフを狙ったんだろうね』

 

人の都合に巻き込まれ、人の都合に殺される。

グレンゼブルはもう助からない。

絆石の影響がなければ、アノルパティスは身勝手な人間たちを襲っていただろう。

 

『そのモンスターの名は蛮竜グレンゼブル。普段は優しくてとても良い子だよ』

 

生き残るべき生物は人間なのか、それともモンスターなのか。人類最強のハンターと呼ばれる導きの青い星も頭を悩ませている。

この世界で最初に出会った同郷の生物との今生の別れ。グレンゼブルの脳内に巡る走馬灯のような記憶の中で、ある人間の不可解な行動が何度も繰り返し再生された。

 

『...俺は行きます。あのモンスターが勝てば、みんなが助かるかもしれないんだ』

 

ずっと孤独だった。異世界から連れてこられたモンスターは自分だけだと思っていた。

自分を助けてくれた人間がいた。

異世界からきたモンスターはグレンゼブルだけではなかった。

 

利他的行動が生物に利益を与えることがある。

優しさという感情は人間だけが持つものではない。現にガランゴルムは仲間の仇を取るためにラージャンに立ち向かった。

 

『お前は生きろ』

 

蛮竜には草食種を囮にして肉食のモンスターを捕食するという生態がある。

凶暴な肉食モンスターから草食種を守る姿を見た人々は、蛮竜を心優しいモンスターだと信じていた。

 

飛竜種は空を制する種族だ。

 

飛竜種の涙。竜が特殊な行動をするときに溢す貴重な涙。

空を制する竜たちの涙は、空から降る。

少女は手のひらに落ちた雫を掴んで、紺碧を隠す雲を見上げた。

 

「雨だ」

 

雨水で濡れて艶めく地面。

蛮竜の目から、光が消える。

グレンゼブルには雨を降らせる生態がある。

古龍天候のようなこの不思議な現象は、メゼポルタのギルドにも解明されていない。

 

グレンゼブルは死んだ。

 

しかし、絶命と引き換えに降らせた大量の雨水により

 

──アノルパティスが、復活する。

 

角を突き立てて掻き回すことで地面に穴を開け、森の地下を通る地脈と地上を繋げる。

森は極海と違って地面に穴を開けただけでは海水が噴き出すことはない。

しかし、地脈の空気に含まれる大量のエネルギーは死んだ古龍種から還元された古龍エネルギーである。

現在はオオナズチの死により、地脈にはグレンゼブルやイビルジョーを引き寄せるほどの古龍エネルギーが充満している。

 

『塔のことはいい。それより僕が話したいのは溶岩島で見つけた痕跡についての話だ』

 

『猛り爆ぜるブラキディオスのことか?』

 

『違う。アルバトリオンの話だ』

 

『溶岩島に残された痕跡によると、アルバトリオンが使用したエネルギーは火、龍、雷、氷だけだった。

しかしアルバトリオンは龍属性から氷属性への変換の過程で水属性への変換を行っている。

僕と戦った時は水属性の液体に火属性の攻撃を当てることで引火していた』

 

『それがどうかしたのか?』

 

『これは仮説だけど、アルバトリオンは本来は水中に生息する生物なんじゃないかと思うんだ。

陸上での戦闘に慣れていない個体は水属性が攻撃に有効ということを知らない。

だから氷属性の攻撃しか使わないんだ』

 

グレンゼブルがアノルパティスに与えたのは、脱水状態から回復するための水分だけではない。高地を管轄するメゼポルタのギルドでもグレンゼブルが放つ大量の水属性エネルギーがどこに蓄えられているのか解明することは出来なかった。

しかし、捕食に由来する龍属性を操るアノルパティスは、蛮竜の天候操作を見たことで蛮竜が水を生成する方法を解明した。

それは、アルバトリオンが水属性の攻撃をするときに使っている龍属性の変換。

 

龍属性は古龍種の血液にも含まれ、全ての属性エネルギーの源といわれている。

蛮竜は捕食により蓄えた龍属性を水属性に変換することで、大量の水を作り出す。

アノルパティスは、地脈に充満している古龍エネルギーを使って水属性を作り出した。

 

暴鋸竜アノルパティス 『大間欠泉攻撃』

 

龍雷の混ざった激流が昂獅子を襲う。

電流で水蒸気爆発を起こして水流を相殺しようとした昂獅子の頭部に、狩人が放った《降竜》の一撃が炸裂した。

荒れ狂う波と稲妻に巻き込まれながら、狩人と昂獅子は二人きりで殺し合う。

龍属性による属性エネルギーの抑制により、黄金に染まっていた昂獅子の体毛は徐々に黒い色に戻っていた。

 

アノルパティスの龍雷、村長の祀導器。

そして力の解放によって解き放たれたアヌビスの龍封力が昂獅子の体内に眠る幻獣の蒼角の力を抑え込んだ。

ラージャンはスチームブレイクによる損傷の少ない右腕だけ闘気化させてパンチを繰り出したが、狩人と昂獅子の間にアノルパティスが割り込んで拳を受け止めた。

 

(これは...闘気撃砕...!)

 

追い詰められた死の間際にも、昂獅子は成長を続けている。

片腕だけで繰り出した小規模な闘気撃砕。

前進の力を使って放つ闘気撃砕より威力は低いが、片腕を部位破壊された状態でも大型モンスターを粉砕する威力の一撃を繰り出すことができる。

 

アノルパティスは狩人を見つめながら大間欠泉攻撃の激流の外に吹き飛ばされた。

人間の体では耐えられない昂獅子の奥義。

ディオレシリーズの絶対防御は使えない。

剛纏獣や蛮竜などの邪魔者たちによって力の殆どを消費してしまったが、人間を一人殺すだけなら闘気化は必要ない。

最後の敵を殺して、鏖殺を成し遂げる。

 

これが、最後の一撃になる。

 

(ラージャン。今からお前を殺すのは正義なんかじゃない。正しいとか正しくないとかじゃなかったんだよ。

直視しようとしても、やっぱり俺たちは言葉を好まないんだ)

 

それでも話す。

拳と刃が交錯する。

 

(俺たちはこうやって世界を奪い合う関係にしかなれない。でも、それは愛しいんだ)

 

決着。

 

ラージャンは霞龍オオナズチの神経毒によって五感が鈍っていたが、闘気化によって神経を流れる電気信号をコントロールすることで五感の情報伝達を復旧させた。

轟竜ティガレックスの大鳴き袋による攻撃は金獅子の聴覚を奪っていたため、金獅子はスタンした暴鋸竜が地中に退避したことを見抜けなかった。

 

激昂状態になったことで全身に漲る電気エネルギーの量が更に増えたラージャンは暴鋸竜への攻撃を外したことで神経を流れる電気信号のコントロールを強化して聴覚を補った。

そして、狩人が使用しているアヌビスはギルドが回収した黒角竜の死骸から作られている。

ギルドが大穴から運び出した黒角竜の死骸は、棘竜エスピナスとの縄張り争いによって命を落とした個体の死骸である。

つまり、アヌビスには棘竜が黒角竜に注入した濃毒血の成分が残留している。

 

エスピナスの毒は神経毒であり、多量に摂取した場合死に至る。しかし微量であれば神経を研ぎ澄ます効能があり、エスピナシリーズを装着した狩人は感覚が鋭くなるとされている。

 

強い耐毒性を持つラージャンは、エスピナスの毒により死に至ることはなかったが、毒の効能により五感が研ぎ澄まされた。

棘竜の毒による五感の強化と激昂状態によって神経を流れる電気信号のコントロールを強化したタイミングが重なり、昂獅子の動きは乱れた。

 

交錯の末、刃は首を断ち、拳は空を切る。

 

万能故の戦略の破綻。最強の獣となったラージャンが最期に仰いだのは、かつて目指し続けた空だった。

 

グレンゼブルの発生させた雲は消えて、紺碧の空から光が差し込んでいる。

青く輝く鎧を纏った狩人は、狩りによって絶命した金獅子を追悼した。

 

「勝ったぞ」

 

「見事だった。私の依頼したクエストはこれで達成だよ」

 

「...でも、意味なんて無かった。君のお父さんが死ななければいけない理由なんてなかった」

 

「人が死ななければいけない理由なんて、無い方がずっといいよ。

...私は答えが知りたかったんじゃなくて、君のその言葉を聞きたかっただけなのかもしれない。だから、もう大丈夫だよ。確かに皆死んじゃったけれど、私達は必死に足掻いた」

 

「俺はハンターになれば、みんなのために戦って、みんなを助けられると思ってた」

 

「でもそれは間違ってたでしょ」

 

「あぁ、俺はずっと誤解してたんだ。この職業のこと。俺みたいに光の当たらないところで血塗れになる奴もいる。でも綺麗かどうかなんてずっとどうでもよかったんだ。この生き方が醜くても、泥臭くても、胸を張ってハンターを名乗れる」

 

「君はもう、モンスターハンターだもんね」

 

山が詩歌では語らなくても、生命ある者の物語は紡がれる。

狩猟。それは人間との間にトラブルが発生して共存できなくなった生物への介錯。

厳しくも眩しい生存競争の中で、生命ある者たちは昼夜足掻き続ける。

 

狩人は、モンスターハンターになった。

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