羅刹王域に降臨す・龍の章
〜王国領土内
遺跡に降りかかった金色の災難。
生ける暴風雨、その異名に違わぬ威容。
全身から溢れ出る稲妻が空気を鋭く刺し、周囲に絶え間なく黄金色のオーラを放つ。
かつて爵銀龍に滅ぼされて人類が後退を余儀なくされた地域で、獣の王は怒りに駆られて人間の痕跡を破壊し続ける。
昂りの中に凛とした理性を包んだ金色の獣は、かつてエルガドを壊滅に追い込んだ滅浄の鬼神にも匹敵する程の覇気を纏っていた。
激昂したラージャン。
金獅子ラージャンの特殊個体である。
圧倒的な強さを誇るラージャンの中でも更なる強さを追い求めた個体が寿命と引き換えに手に入れた究極の力。
それは周囲の空気も薄い金色に染め上げる野生の暴力。球状に発生した高純度のエネルギーが土や植物すらも塵に変える現象。
ラージャンの周囲の大地は眩い黄金の光を放ち、闘気だけで飛竜の群れが逃げ出す。
握りしめた遺跡の柱が強烈なエネルギーに侵食されてポロポロと崩れ、その破片から落雷をも凌ぐ巨大な電流が発生する。
逃げ出す動物に抗って進む少数精鋭、その後を追って重装備の騎士達が進む。
王国の最高戦力「特命隊」と共に現れたのは姉妹の騎士、フィオレーネとロンディーネ。
どちらも特命隊に並ぶほどの実績を持つ王国屈指の実力者である。
「フフ...。姉上、あれが牙獣の王ラージャンの特殊個体...激昂したラージャンというのですね」
妹のロンディーネ。王国最強の騎士だ。
騎士とは王国を統べる女王によって結成されたモンスター討伐のための部隊のことである。
中でも王国騎士の中でも最強といわれるロンディーネは一国の最高戦力として数えられており、大陸に数人しかいないマスターランクのハンターの中でも上位に入るほどの実力を持つ。
王国騎士剣斧ロイヤルというスラッシュアックスの使い手だ。
「今回の任務は狩猟ではなく駆除、ハンターズギルドではなく王国の司令だ。動員可能な精鋭は全員投入されている。連携を取るぞ」
姉のフィオレーネ。実力ではロンディーネに及ばないが、それでも王国騎士屈指の狩猟技術の持ち主である。愛用している王国騎士剣ノーブルは王域で採れる貴重な鉱石と緋天狗獣の爪で作られた特別な武器で、持ち主の防御力を高める効果がある。
そんな二人が肩を並べて任務に参戦したのは、激昂したラージャンが他国の侵攻を上回る脅威と判断されたからである。
通常の個体でさえ古龍種と並び、国家存亡の危機をもたらすとされるラージャンの特殊個体。
王国は《激昂したラージャン》を文明滅亡の危機を齎す黒龍ミラボレアスに並ぶほどの脅威として認定し、王国内の全ての戦力を金獅子の討伐に注ぎ込んだ。
地平を照らす金色超巨星に飛び込んでいく国精鋭達が目にしたのは
観測史上最大規模の名もなき放電現象──
──戦慄した顔を照らす篝火。
1440万キロワットの電流がドラミングする牙獣の肉体に降り注ぐ様は電電太鼓のように...激しく骨身を打ち付ける過剰なエネルギーの中で際限なくボルテージを上げる雷神の勇姿。
羅刹貫天が如く。
喝。
天に掲げた両腕から溢れ出した雷轟が昂獅子の制御を離れ、大地を削り空を引き裂いてまだ遠く離れた王国騎士達に襲いかかる。
慌てて盾を構える重装の兵士たちが思い知ったのはその後のこと、なんと大型飛竜のブレスすら凌ぐ威力の放電は攻撃ではなく、ただ存在しているだけで発生する一つの生理現象に過ぎなかった。
地衝の拳、上腕の幹から成る実は蓮華砲。
昂獅子の拳が振り下ろされると大地が液体のように脈打ち、雷を放ちながら割れて光る砂が舞い、地の底から大蛇のような極太の電流が這い出る。激昂したラージャンの腕力は生物が個体として持ちうる限界を大幅に超過し、肉体を用いた行動の全てが異なる惑星の理を現す。
暴走した力を持て余すように両腕を振り回し、球のように迸る球状の内側で常識を捨てた異世界を体現する。
「強すぎだろ、ラージャン!」
岩は撫でただけで砂になり、砂は外気に触れた途端に規格外の雷によって結晶化を繰り返す。
昂獅子が佇むだけで周囲の物質が粉砕、融解、結晶化を半永久的に繰り返し、《怒涛》と呼ばれる金色を生み出している。
──怒濤、何者をも寄せ付けず、独り金色の波に戯れるのみ。
「どうする!?このままじゃ近づけない!」
「俺はいくぞ!王国の家族を守るんだ!」
「待て!」
騒めき出した兵士達を制したのは髭面の重鎮、ガレアスだった。
彼の敬意のこもった視線の先は、王国騎士達と同じく金色の空間に突入した赤い光。
空から連なる赤い光は架け橋のように昂獅子まで繋がり、光の中を渡るように高貴な古龍が飛行している。
「あれは...」
それはかつて深淵の悪魔との戦いで誇りと正気を失い、堕落した吸血鬼に成り果てたと思われていた王国の鬼神...爵銀龍メル・ゼナだった。
「王国を裏切ったお前が、今更何をしに...」
苛立つフィオレーネの側からガレアスが口を挟む。
「分からんか」
「ガレアス殿?」
「メル・ゼナの中に残った微かな理性を頼り、今まさに使命を果たそうとしているのだ」
赤い光と共に気高く着地したメルゼナは昂獅子に向かって咆哮し、翼を折り畳んでダークロードブリスの構えを取る。
メルゼナは体内に持つ龍炎を放出し、蛸の墨のように囮にしながら高速で移動することでまるで瞬間移動のような素早い動きを見せることができる。
昂獅子の作り出す稲妻の嵐の中で、まともに立っていられるのは古龍である爵銀龍だけだ。
提督であるガレアスがその勇姿をじっと見届けている中、ダマスク装備の男が部下を撤退させた。
「交代だ。激昂したラージャンが相手では犠牲が出る。狩場の王である我が出向こうではないか」
特命隊長セルジバーナ。
フィオレーネに匹敵するほどの実力を持つ選りすぐりの騎士のみで編成された特命隊の隊長。
王家の血を引く王族の一人である。
ガレアスの前でも尊大な態度で昂獅子を睨むセルジバーナの発言に、フィオレーネも頷いた。
「そうだなセルジバーナ。私も賛成だ。騎士の大半が戦力にならないだろう」
「私はセルジバーナと一緒に戦うよ!隊長を一人で行かせるわけないでしょ」
ブナハブラの素材で作られた狩猟笛を背負ったツインテールの騒々しい乙女、ラパーチェ。
歌姫からハンターに転職した異色の経歴の持ち主だが実力は本物で、セルジバーナ率いる特命隊の副長を任されている。
「うむ。これより行う作戦は、四名の精鋭のみで行う。問題は──」
──メル・ゼナと昂獅子の勝負の行方だ。
紫色の空の下、砂と稲妻に覆われた大地の上で鬼神の末裔と羅刹が対峙する。
堕ちて尚、気品に満ちた振る舞いで昂獅子の攻撃を誘うメル・ゼナを前にして、昂獅子は歓喜と憤怒を混ぜて体を起こした。
武人と貴人、武闘家と伯爵。顔を合わせたことが信じられないほど不似合いな強者がじっとりと睨み合う。
メル・ゼナが体に寄生させている虫はキュリアといい、空を飛んで精気を吸い取る蛭のような生物だ。しかし、精気とは異なる電気と闘気を肉体から放つラージャンの前では畏怖したかのように動かない。
爵銀龍は燭台のように先端が別れた三叉の尾を昂獅子に向けて一気に肉体を突き動かした。
「刺さった!」「刺さってない」
目を丸くして拳を握り、嬉しそうに叫んだラパーチェ。目を細めて戦況を見守り、不安そうに呟いたロンディーネ。
相反する二人の見解。セルジバーナの口角がくいっと上がる。
片手。
「大したものよ」
王域三公として畏れられるルナガロンを圧倒した三又尾の刺突が、片手で弾かれた。
銀のように硬く、槍のように鋭い三又尾を発達した筋肉で弾いて防いだのだ。
「マジかマジかマジかー!そんなのズルい!」
「そう拗ねるなラパーチェ。メル・ゼナの狙いは外れていない...!」
セルジバーナがにやけたまま囁く。
尾の攻撃はブラフ。刺突を受け流された勢いで吹っ飛ばされたように見せかけてさりげなく離陸し、蛇のように昂獅子に絡みつく。
精気を吸おうと向けられた牙の一寸先で待ち構えていた黄金の閃光。
ゼロ距離の光線が鎌鼬のように爵銀龍を襲う。
至近距離で顔面に雷砲の直撃を受けた爵銀龍は表皮が焦げてボロボロと崩壊した。
たまらず離れようとするメル・ゼナの顎に、間髪入れずアッパーカットが直撃する。
目眩を起こしたメル・ゼナがダウンし、無防備になった首を昂獅子の鋭利な爪が引き裂く。
「ええー!?メルゼナ死んじゃうよ!」
「ふん...死んだら我らで引き継ぐだけよ」
「じゃあ演奏始めちゃう!?」
「死ねばな」
不適な笑みを浮かべたセルジバーナが見立てた通り、メル・ゼナは胸から無数のキュリアを昂獅子の顔面に飛ばして反撃した。
「首を裂かれて血も出てるのにー!?」
両手で頬を抑えて絶叫したラパーチェに、ロンディーネが教える。
「古龍と他のモンスターは生命の宿し方が違うんだよ」
一直線に飛んでいったキュリアの群れが昂獅子の視界を塞ぎ、雷弾によって爆散している間。
メル・ゼナは甲殻の隙間から龍炎とよく似た黒い粒子を放出して雷弾の雷属性を中和した。
キュリアの撃墜を終えた昂獅子が拳を高く振り上げ、大地と共に爵銀龍の頭を叩き割ろうとしたとき、爵銀龍の肉体は文字通り消えた。
闇の貴公子が使うという錯覚を利用した奇術。
爵銀龍メル・ゼナ 『ダークロードブリス』
キュリアのエネルギーを利用して体を突き動かし、瞬間移動のようなスピードで相手の視界から消え去る大技。
昂獅子の拳は爵銀龍のいない地面を貫き、毛先から走った電流が龍のように張って地面をズタズタに切り裂く。稲妻が地中を突き進む速度よりも速く、爵銀龍の三又尾が昂獅子の脇腹に突き刺さって血液が飛び散る。
吸血鬼の術が昂獅子に初めて外傷を負わせた。
「今度はラージャンが死にそうだよー!」
「傷が浅い!腹筋で止められたか!」
慌てるラパーチェ。静かに戦いを見物していたフィオレーネが深刻な表情で口走る。
遅れてロンディーネが悔しそうに拳を握り、セルジバーナとガレアスは無表情で戦況を観た。
「提督」
「うむ」
勢いよく尾を引き抜こうとしたメル・ゼナが感じた違和感の正体。
それは、昂獅子が一瞬にして肉体強度を飛躍的に高めたことだった。
尾で貫くまではしなやかで綿のように柔らかく、攻撃に気付いた瞬間に鋼鉄を超える強度に至った昂獅子の筋肉。
そこから生み出される筋力に恐怖を抱いて離れようとしたのも束の間、昂獅子は腹に力を入れて尾を固く締めつけながら二度目の雷砲で爵銀龍の胸を狙った。
大量のキュリアが付着するメル・ゼナの胸部は貴族のジャボのような見た目をしている。
翼で庇えず、雷砲が直撃してキュリアが全滅すればダークロードブリスは使えなくなる。
甲殻を焦がす高エネルギーのブレスがメル・ゼナを襲い、再び甲殻や鱗を焦がされたメル・ゼナが悲鳴をあげる。巻きついた時と違って、逃げようとしても突き刺した尾が抜けないため離れることができない。
そんなメル・ゼナの尾を昂獅子が掴み、まるでベテランのハンターが武器を振るうように軽々と地面に叩きつけた。
傷口から古龍の浄血が流れて銀の甲殻を朱色に染める。
「どうすんのよ!キュリアが死んじゃったら無理じゃん!」
「ガレアス提督!メル・ゼナが倒される前に出陣して共闘しましょう!」
フィオレーネとラパーチェが焦りだす。
「二人とも、メル・ゼナの尾をよく見ろ」
ガレアスに言われた通りに目を凝らしてみると、爵銀龍に刺された昂獅子の傷口の周りに大量のキュリアが集っていた。
昂獅子が蚊を落とすように手で叩くと、逃げ出したキュリアがメル・ゼナの元に戻り、昂獅子から吸い取った精気をメル・ゼナに与えた。
精気を受け取ったメル・ゼナの再生が加速し、爪で引き裂かれた首が元通りになる。
メル・ゼナの優美な戦いぶりに感銘を受けたフィオレーネが立ち上がった。
「いいぞ!キュリアを利用した!これで戦いが長引くほどメル・ゼナが有利になる!」
王国騎士にはまだ知られていないが、メル・ゼナの操るキュリアはかつて冥淵龍ガイアデルムがメル・ゼナに放った寄生生物である。
メル・ゼナは大型古龍としても規格外の圧倒的なエネルギー量でそれを使いこなし、共生している。つまり、キュリアはメル・ゼナとは別の生物なので自律行動が可能だが、偽りの君主であるメル・ゼナを裏切ることもできる。
メル・ゼナを大きく上回る昂獅子のエネルギーに触れたキュリアが最後にどちらに微笑むか、メル・ゼナでさえ知ることはできないのだ。
戦闘中、一度でも外敵に対してキュリアを使役したメル・ゼナは相手を自分より多く出血させることで君主としての器を示さなければならない。それがキュリアを用いた生命力の駆け引き、劫血やられである。
当然ラージャンはそのことを知らず、気光エネルギーによる攻撃を多用しているため、キュリアはメル・ゼナの味方についている。
覚醒したラージャンとキュリアに蝕まれているメル・ゼナが本体の実力のみで戦った場合、昂獅子は確実に勝利する。
この戦いは、本来居るはずのない存在であるキュリアをどれだけ惹きつけられるかが勝負の鍵となるのだ。
「まさに、王の器を試す勝負だな」
シンパシーを感じたセルジバーナがニタリと笑う。昂獅子と王国騎士はメル・ゼナとキュリアの関係を知らないが、セルジバーナはその直感力でメル・ゼナの作戦を見破っていた。
キュリアを使用したことで出血狙いの戦い方にシフトしたメル・ゼナに昂獅子の連続パンチが襲いかかる。
キュリアとの共生によって甲殻が擦り減っているメル・ゼナは本来の状態よりも耐久力が低下している。しかし、内出血では出血量は変わらず、キュリアの統率に影響は出ない。
二発目のパンチをダークロードブリスで回避したメル・ゼナは、金獅子の背後に移動した。
今度は逆に爵銀龍が昂獅子を前脚の爪で引っ掻き、毛皮に少量の血を滲ませる。
しかし、同時にメル・ゼナの細い腹部に昂獅子の拳が命中してバキバキと骨を砕く。
肉弾戦の実力は昂獅子の方が上だ。
ダークロードブリスによって予備動作の大きな攻撃は避けているが、昂獅子の腕の体毛から放たれる稲妻は浴びてしまっている。
感電し、雷属性やられに陥れば目眩を起こしやすくなる。稲妻を浴びるたびに蓄積する雷属性のエネルギーが爵銀龍を追い詰めている。
「いかんな。これほどの力を持つモンスターは私も見たことがない。ロンディーネ、お前ならついていけそうか?」
「何をおっしゃいます。スピード、パワー共に私より数段上、今のままだと勝てる気がしません」
「流石は牙獣の王といったところか」
パンチと同時に毛先から放たれた電撃が地面を裂き、立髪が靡くほどの衝撃波を飛ばす。
後ろにジャンプして衝撃を逃したメル・ゼナ目掛けて、無数の雷弾が降り注ぐ。
メル・ゼナはルナガロンのように二足歩行となり、頭上から飛んでくる雷弾を龍炎で打ち消して身を守った。
龍属性はあらゆる属性の持つ侵攻力を抑制する。
全ての属性と相剋である龍属性は、古龍種の体内を巡る血液の中に含まれる。
多くの古龍は角や尾によって血中の龍属性を別の属性へと変換して放出することで天災と同等の能力を発揮することができる。
メル・ゼナは古龍の中では珍しく、龍属性の変換を行わない。
本来のメル・ゼナのファイトスタイルは体の頑丈さを活かした肉弾戦だ。
そのため、属性を変換する行動には慣れておらず、キュリアを通して摂取した余分な龍属性エネルギーをそのまま放出する。
キュリアとの共生によって古龍の中では珍しく捕食を積極的に行う生態のため、古龍の中でも龍属性のエネルギー量は非常に多い。
口内から直接放つ龍属性ブレスは、あの冰龍イヴェルカーナの極体温ブレスに匹敵する威力を誇る。
雷弾を打ち消された昂獅子は爵銀龍に向かって突進し、至近距離で剛腕を振り回して激しい肉弾戦を繰り広げる。パンチに対して龍炎を纏った三又尾と爪で応戦するメル・ゼナをみたラパーチェが険しい表情で呟いた。
「龍属性...って古龍種には有効だけど、牙獣種には効かないんだよね?じゃあメル・ゼナ大ピンチじゃない!?」
「そうとも限らん。生態系の上位に居るモンスターほど龍属性の影響を受けやすい。
リオレウスやティガレックスなどは龍属性を弱点としている」
「いやいや!ガムートは龍属性全く効かないじゃん!」
「フィオレーネの言う通りだラパーチェ。巨獣ガムートは強力だが草食だ。それに対して金獅子ラージャンは肉を食らう。体の作りはリオレウスやティガレックスに近いだろう」
「あんたらねぇ!いくら物知りだからって言い方ってもんが──」
「姉上、爵銀龍を見てください」
昂獅子の強烈なアッパーを受けて空中に飛ばされたメル・ゼナはそのまま翼を広げて飛行。
真下を向いたメル・ゼナと頭上を見上げたラージャンが互いに吠える。
両者の口内には空間を歪めるほどの属性エネルギーが同時に充填された。
雷弾を出そうとした昂獅子に向けて放たれたのは、爵銀龍の龍炎爆破。
ビーム状の龍炎を下に向けて放って龍炎同士をぶつけることで、反発によって龍属性の爆発を発生させる。
怒り喰らうイビルジョーの圧縮爆破龍ブレス【爆破】と同じ手法である。
龍属性による属性の中和を学習し、雷砲に切り替えてエネルギー量で押し切ろうとした昂獅子の意表を突いた判断。
狡猾なる吸血鬼が本性を見せる。
激突。
絶大な威力の雷砲が龍炎を押し返す。
塔のように聳える黄金の柱が煌めくことで、王域は再び金色に染まる。
太陽のように眩しい閃光の中で、昂獅子は体内に溜め込んでいた無尽蔵のエネルギーを放出し続ける。
吐き出されて前進する龍炎と雷砲を中和しながら押し返された龍炎が衝突し、相剋によって爆発を起こした。
爆発した瞬間に卓越した反射神経で顔をガードし、昂獅子の雷砲が中断される。
二頭の姿は瞬く間に爆発に飲み込まれ、戦いに見入っていた王国騎士たちに戦慄が走った。
「なんてパワーだ!光と煙で何も見えん!一体どうなっているんだ!」
「我らとの決闘の前哨戦に相応しい見事な対決であった!」
「爆発は龍気を帯びていた...つまりブレスのぶつかりあいを制したのはメル・ゼナです」
「ラッキー!メル・ゼナならこの後すぐに私たち四人がかりで戦えば勝てるじゃん!」
「四人とも......よく見ろ」
超災害級の激突を前にしてもガレアスは動じず、静かに戦場を見つめた。
晴れた煙の向こう側。消耗してフラフラと飛行している目の前で起き上がる黄金の狂王。
ラパーチェの表情が引き攣る。
なんと昂獅子は──
「ラパーチェ、お前が正しかった」
──龍炎爆破を受けてもダメージを受けていなかった。
「私のせいじゃないよね!?いくら牙獣種でも無傷はありえないでしょ!?」
昂獅子のあまりの耐久力に驚愕するラパーチェ。ロンディーネがメル・ゼナの胸を指差す。
「姉上、キュリアの数が減っています。恐らくラージャンのブレスを受け止めきれなかったのではないでしょうか」
「この状況でキュリアを失うのはまずい!」
昂獅子の爪が容赦なく爵銀龍の翼膜を斬る。
古龍の浄血が金獅子の放つ稲妻で沸騰する。
昂獅子は尻尾を振って追い払おうとしたメル・ゼナの攻撃を見切り、軽々と躱して頭部にパンチを浴びせた。
殴られた爵銀龍の足がグラグラと揺れる。
(このままではメル・ゼナが殺される!)
「待てフィオレーネ。なぜお前が赴こうとしている」
メル・ゼナの方へと走り出そうとしたフィオレーネをセルジバーナが止めた。
「我々が昂獅子に近寄れない原因は昂獅子の周囲に発生する稲妻だ。メル・ゼナを戦力として利用できるうちに共闘するべきだ」
「幾度となく王国を滅ぼした爵銀龍が我らの味方をするはずがなかろう」
「現に爵銀龍はラージャンと戦っている。共通の敵がいれば、爵銀龍と共闘できる」
「セルジバーナの言う通りだ。二頭のモンスターが争っている状況はリスクが高い。この状況でモンスターの力を利用する術はない」
「提督...!」
「爵銀龍を自らの手で討ちたい気持ちは私にもよく分かる。だが、メル・ゼナはまだ負けてなどおらん」
キュリアに吸収させた龍気を取り込み、体力を回復させて昂獅子の前に立ち塞がる爵銀龍。
ダークロードブリスの構えをとり、昂獅子が接近してくるのを待っている。
昂獅子は気付いていた。
メル・ゼナの足取りがおぼつかないのは、これまでの稲妻の炸裂で雷属性エネルギーが蓄積していたことが原因。
つまり、あと数発雷属性を帯びた攻撃を炸裂させればメル・ゼナを気絶させることができる。
大型モンスター屈指の攻撃力の持ち主である昂獅子の前で気絶すれば、いくら古龍種でも確実に死亡する。
まずはダークロードブリスを攻略する!!
メル・ゼナのダークロードブリスは龍属性の粒子を体外に放出し、拡散した粒子でタコの墨のように視点誘導して相手の死角に高速で移動する技だ。
つまり、メル・ゼナは錯視によって瞬間移動をしたと錯覚させているが本当にテレポートしているわけではない。
ダークロードブリス中のメル・ゼナの移動速度は音速を超え、あのバルファルクの飛行速度すら上回る。しかし、何度も肉弾戦を繰り広げたことで昂獅子はダークロードブリスを破る方法を見つけていた。
それは、幻獣の肉体強化に着想を得た電気刺激による身体能力の飛躍的な向上である。
昂獅子 ラージャン『迅雷突進』
ミッドナイトブリスによる高速移動は筋肉の収縮によるものではない。キュリアが持つ大量のエネルギーが発する波動を利用することで、内側から体を突き動かして移動しているのだ。
そのため、メル・ゼナ自身の反射神経はミッドナイトブリスの速度に追いついていない。
ラージャンが獲物としているキリンは全身の筋肉に送る電気信号をコントロールことで肉体を強化し、生物の限界を超えたスピードを発揮することができる。
金獅子ラージャンの肉体強化はキリンのものと異なり、電気刺激により筋肉を膨張させて身体能力を強化している。
通常の金獅子よりもエネルギーの扱いに長けたラージャンは気光による力の本流をコントロールすることで更なる加速を実現した。
ミッドナイトブリスを発動する隙さえ与えない稲妻の速度の突進である。
「私には見えなかった...」
迅雷突進を見切ることが出来ず、唖然としているロンディーネ。当然、金獅子の動きはフィオレーネ達にも見えていない。
瞬間移動するはずだった爵銀龍が瞬く間に打ちのめされ、攻撃を終えた昂獅子が立っている。
セルジバーナの顔から笑みが消える。
追撃の拳が頭部を打ち、胸を打ち、腹を殴る。
爵銀龍は血を吐きながら昂獅子の連続攻撃を耐えている。爵銀龍の生命力はすでに尽きかけている。腕周りの体毛が金色に輝き、剛腕がハンターのように振り下ろされた。
(あれは電流の...!)
フィオレーネが怒りの形相を浮かべる。
昂獅子のパンチは凄まじい威力で放たれた。
衝撃波で地面すら叩き割り、頭部を打たれたメル・ゼナは平伏すように倒れた。
感電し、雷属性やられに陥れば目眩を起こしやすくなる。
体内に圧縮された雷属性エネルギーを持つ昂獅子が腕に力を込めたその刹那。
昂獅子が目にしたのは電流によって気を失う爵銀龍ではなく、昂獅子の胸筋を貫いて深々と刺さった爵銀龍の三又尾だった。
「どうしてラージャンは電流を出さないの!?」
「出さなかったのではない。出せなかったのだ」
爵銀龍が龍炎爆破を放ったとき、昂獅子は頭部にダメージを受けないために腕でガードした。
そのとき、爵銀龍が扱う濃度の高い龍属性によって金獅子の前腕は龍属性に侵されていた。
電気刺激を思うように扱えなくなったことで肉体強化が遅れ、硬化しなかった昂獅子の肉を三又尾は易々と突き刺した。
龍属性はあらゆる属性の持つ侵攻力を抑制する。
胸に残ったキュリアが昂獅子の精気を吸い取り、優雅なる君主に力を献上する。
朱に染むる夜宴、メル・ゼナの体が赤く輝き、体内の龍属性エネルギー量が急激に上昇した。
「昂獅子のパワーをメル・ゼナの狡猾さが上回った!」
フィオレーネの言葉にガレアスが頷く。
昂獅子は雷弾で爵銀龍の動きを止めようとしたが、龍属性によって侵攻力を下げられた雷弾では雷耐性の高い爵銀龍は怯まない。
電気刺激による肉体強化が解けたことで、昂獅子のパワーとスピードも低下した。
「やはり我々にとって真の敵は──」
メル・ゼナだ!
王域を破壊する超攻撃的生物。
激昂したラージャンが作り出した金色超巨星の中心にて、怒涛の金色が停止する。
寿命と引き換えに永遠に消えることはなくなったとされている黄金の毛が、暗黒に染まる。
闇と血液、龍炎の朱がメル・ゼナの口腔に集まり、周囲の地形が赤く照らされていく。
牙獣種の特性によって龍属性に強い耐性を持つ昂獅子は龍属性による攻撃を警戒せず、失われた雷属性を補う手段を考えていた。
昂獅子の足元には赤い結晶が散らばっている。
結晶の正体は、昂獅子の持つ地脈エネルギーを摂取したことで結晶化したキュリアだった。
キュリアの本来の宿主である冥淵龍ガイアデルムは栄養を蓄えたキュリアを地脈エネルギーと反応させることで結晶化させることができる。
爵銀龍メル・ゼナ 『ナイトメアクレイドル』
昂獅子の周囲を囲むように龍ブレスが放たれ、堂々と中心で力を貯める昂獅子は結晶化したキュリアと共に龍炎に包まれる。
キュリアによって蓄えた龍気を口腔から一気に放出することでその一撃は雷砲を凌ぐエネルギー量の光線となった。
「これが王域三公の中でも最強のモンスターの力か!あの昂獅子が防ぎきれていない!」
「でも龍属性は全然効かないんでしょ!?」
ナイトメアクレイドルの直撃で打ちのめされた昂獅子は腕でブレスをガードしたが、ブレスから発生した龍炎の刃が昂獅子の体を切り刻む。
属性のコントロールによって電力を体毛から体内に集中させ、龍属性による属性の抑制を防いだ昂獅子が反撃のために口を開ける。
冥流奔騰。
雷砲による反撃を始めようとした昂獅子の足元。ナイトメアクレイドルの余波で刺激されたキュリアの結晶が粉砕され、高温の爆発が発生する。結晶となったキュリアの爆発は火属性。
牙獣種の龍耐性では防げない。
一度は崩壊に追い込まれた故郷を、今度こそは守るという騎士の誓いが輝く。
牙獣種であるラージャンに対して龍炎爆破を使ったのは、爆発によってキュリアを隠すため。
昂獅子が龍炎爆破とダークロードブリスの攻略に手間取っている間に、キュリアを結晶化させて昂獅子の足元に配置していたのだ。
爆発。
昂獅子の周囲を迸っていた稲妻が消失し、視界が金色のベールを脱ぐ。
憤怒の灼炎が昂獅子を包み、キュリアと龍属性エネルギーを使い果たした爵銀龍が着地する。
晴天の下で息を切らしているのは、悪魔に魂を売ってなお、王国を守る使命のために生命力を使い果たしたメル・ゼナ。
キュリアから解放されたその体は、かつてのように白く、まるで王国騎士の鎧のようだった。
「大義であるぞ」
王国騎士達は、敵であるはずのメル・ゼナを騎士として讃えていた。
古龍種であるメル・ゼナには弱りきった自分を人間たちが攻撃しない理由は分からない。
それでもフィオレーネはかつて王国を滅ぼしたメル・ゼナに向かって敬意を込めて話しかけた。
「貴様を仕留めて王国に安寧をもたらすのはこの私だ。しかし、ラージャンとの戦いで弱りきった貴様を襲うほど我々は卑怯者ではない。
一度縄張りに戻って英気を──」
爵銀龍の心臓を貫く剛角。
フィオレーネ達が視認できない速度で突き刺したということは、迅雷突進だ。
剛角が爵銀龍を貫いた理由に、最初に気付いたのはロンディーネだった。
「気光!」
龍属性はあらゆる属性の持つ侵攻力を抑制する。迅雷突進は気光による力の本流をコントロールすることで加速する技だ。
ラージャンの扱う気光は正体不明のエネルギーであり、龍属性で抑制することはできない。
爵銀龍は昂獅子に噛みつき、精気を直に吸い取って回復しようとしたが先に顎門を開けたのは昂獅子だった。
激昂したラージャン 『気光ブレス』
ラパーチェの演奏が鳴り響く中、雷属性を帯びていない黄金の奔流が爵銀龍にとどめを刺す。
王域三公の頂点を撃破した昂獅子はわずかに弱まった稲妻を放ちながら雄叫びをあげると、爵銀龍の亡骸を片手で投げ捨てた。
上体を起こし、二足歩行の状態になって死骸の頭を潰そうとした昂獅子。
しかし、その頭上から怒りを纏った大剣が振り下ろされる。
「頭が高い。平伏せよ」
女王の命を受けて王域に降臨した特命隊隊長。
王家の血を引く唯我独尊の英雄。渦を巻く絶望の饗宴へ。