『...正直、私はこの作戦に反対だ』
ガレアスの目には、悔しさが滲んでいた。
口数の少ないガレアスからこぼれるように流れた言葉を聞いてフィオレーネが首をかしげる。
『提督...?』
ガレアスはフィオレーネと目を合わせないまま、かつて新人だったころの自分を思い出していた。屈辱とさえ呼べないほどの絶望。
遭遇と同時に撤退を決心した日。
『かつて私が新人だった頃、密林で激昂したラージャンと遭遇したことがある』
沸々と湧き上がる怒りの念を消そうとしているような小さな声だった。
『アルロー教官もそう言っていました』
ハンターなら倒せないモンスターから逃走することは珍しくない。人間より遥かに強大なモンスターを前にして戦う前に撤退することも多い。しかし、密林で遭遇した昂獅子はそんじょそこらのモンスターとは格が違かった。
絶望を喰らう獣。危険という言葉が生温いと感じさせるほど危険だった。
『生還出来たことが奇跡だ』
怒りか恐怖か、普段は冷静な教官の手が震えていた。騎士を率いる司令官として、部下を危険生物の前に立たせたくないのだろう。
そんな気持ちを包むように、フィオレーネは自信に満ちた表情で微笑んだ。
『私達がもう一度、奇跡を起こします』
王国騎士を束ねるリーダー、フィオレーネ。
風変わりな実力派のハンターが揃っている王国の騎士の中でリーダーとなるためには、王国騎士達に認められるほどの実力が必要である。
特命隊クラスの実力を持つロンディーネやセルジバーナではなく、フィオレーネがリーダーの役割を担っている理由。
それは真面目で心優しい人柄と、ロンディーネを凌ぐ狩猟技術である。
『力ではロンディーネやセルジバーナに勝てない』
騎士としての高潔さと洗練された技術。
昂獅子の突破口。
《鬼人の粉塵》
《攻めの守勢》
《弱点特攻》で発動させた《超会心》
《滅・昂竜撃》
《高速変形》や《回避性能》などの自己強化系のスキルを中心に装備を構成しているロンディーネに対して、フィオレーネのスキルは狩猟対象との駆け引きを起点にして効果を展開するものが多い。
フィオレーネの狩猟技術でスキルを発動させることでロンディーネに肉薄するほどの力を発揮するスキル構成だが、狩猟中に発動条件を満たさなければ発動しないため、強敵の狩猟には向かない。
セルジバーナの窮地に無茶を効かせて条件を満たし、スキルで強化された身体能力を駆使して《滅・昂竜撃》を弱点に命中させる。
ロンディーネや特命騎士にも出来ないフィオレーネの技術だ。
「すまぬ」
ラパーチェの旋律によって体力を回復したセルジバーナがフィオレーネに詫びる。
(このグループハントでの我の役割は仲間を庇うタンクの筈だったが...昂獅子の破壊力の前には一切の守りが通じぬ)
バフォムブラッドは火属性。溶岩の灼熱すら防ぎ切る昂獅子の毛皮に熱を通すことは困難だ。
さらにメランジェ鉱石で造られたダマスクは通電性が良く、雷属性の攻撃を苦手としている。
業炎の攻めと金属の守りで戦うセルジバーナにとって、ラージャンは天敵だった。
ラパーチェの役割は演奏によるスタミナ強化と負傷した騎士の回復。
セルジバーナのバフォムブラッドが放つ灼熱は昂獅子には効かない。
稲妻を降り注がせる黄金の獅子との戦闘は、姉妹の騎士に託された。
姉妹揃って昂獅子の前に立ち、天へと伸びる翼のような立髪の気迫に対抗した。
電気を帯びた向かい風が肌に触れてビリビリと痛い。
「肩を並べて戦うのは久しぶりだな。ロンディーネが居れば怖いものなしだ」
「姉上...生きててください」
大切な仲間とのグループハント。
ロンディーネだけが狩猟対象の動きを捉えられるという責任。ロンディーネの表情が硬い。
王国最強。自分がやられたら後がないというプレッシャー。かなり神経を擦り減らしていた。
高速変形でスラッシュアックスを鋭剣モードに変更したロンディーネ。
昂獅子の視線は常にロンディーネに向けられている。
羅刹が、躍動する。
爪と剣が交錯し、ロンディーネがバックステップで攻撃を躱したところに雷弾が放たれる。
しかし、ロンディーネは機敏な動きで雷弾の攻撃範囲外に進み、力任せに斬撃を浴びせる。
覚醒した最強の騎士と牙獣の王の決闘は、絡み合う二つの雷のように激しく、近づくだけで危険な死闘だった。
フィオレーネの攻撃は昂獅子の体毛を切ったが皮まで届かず、切断された体毛の断面から強力な電流が噴き出てフィオレーネを焼く。
攻撃を躱したはずのロンディーネの脇腹が血を噴き、演奏の効果を受けて傷が塞がる。
体毛の先端から放たれた電流が高速で体を裂いたのだ。
素早い回避動作によって攻撃が避けられるなら、回避を行えない回避動作の最中に範囲攻撃を放つことで攻撃を浴びせることができる。
負傷によってロンディーネの動きが変わり、変化した動きに対応して昂獅子も攻撃を変える。
次第にロンディーネが追い込まれていく。
(ロンディーネには力では追いつけない)
(私の戦い方)
『ジャストラッシュ』
相手の攻撃をタイミングよく防ぐことで派生することができる片手剣の特殊なカウンター技。
高速で攻撃を繰り出す昂獅子に対してジャストラッシュを成功させるのは難しい。
しかし、昂獅子の攻撃はどれもロンディーネを狙っていたため、フィオレーネは昂獅子の攻撃のたびに発生する衝撃波を利用することでカウンター技を発動させていた。
昂獅子はフィオレーネに標的を変えて剛腕を振ったがバックステップによって回避され、跳躍して昂獅子を斬ったフィオレーネはそのまま駆け上がり斬りを繰り出す。
昂獅子の体を踏み台にして跳躍し、天高くから落下の勢いを利用した斬撃。
しかし、昂獅子の強靭な毛皮に阻まれて深い傷をつけることはできない。
このまま戦っていては先に倒される。
『属性解放突き』
ロンディーネが強烈な一撃を放つ。
しかし剣を刺したと同時に昂獅子もロンディーネにパンチを浴びせる。
昂獅子の体にスラッシュアックスが突き刺さったままロンディーネの体は吹っ飛ばされた。
《精霊の加護》
「護符か!」
スキルの付与されたお守りが発動して昂獅子の攻撃からロンディーネを守る。
しかし、精霊すら破壊する勢いで放たれた超攻撃的生物の拳は精霊の加護を突破。ロンディーネは立ち上がれないほどのダメージを負った。
追撃を放った昂獅子のすぐ後ろから、王国騎士剣ノーブルが疾風のように背中を突き刺す。
(くっ...ロンディーネが負傷した!演奏で回復できる怪我ではない!早くネコタクを呼ばなければ!)
「ロンディーネ!!」
「姉上!まだラージャンは倒れていません!」
(そんなことは分かっている!お前の命の方が重要じゃないか!)
昂獅子の口内に再び雷属性エネルギーが収束し、触れたものを消し去る雷砲の光が周囲を黄金に染める。回復不能の破壊力。もし食らえばひとたまりもない。
「いかん!フィオレーネ!」
セルジバーナの制止を振り切ってフィオレーネがロンディーネの方へ駆ける。
絶望が放たれるまでのわずかな時間。
牙獣の王から敬意を込めて、最強の騎士を終わらせる破壊光線。
少しでもロンディーネが生存できる確率を上げるために走る。
(そうか...)
私が救いたかったのは手記帳の子供じゃない。
いつも側にいた妹。そして仲間たち。
『ロンディーネが出撃した』
(この悔しさは...)
この戦場には、あの子供はいない。
『力ではロンディーネやセルジバーナに勝てない』
(私が守れないことが悔しいんだ)
間に合わない。
(ロンディーネが死ぬ?)
作戦失敗。そんなことはどうでもよかった。
雷砲が来る。避けなければ殺される。
セルジバーナとラパーチェが私を止める声が聞こえる。それでも、大切な妹を見捨てて攻撃を回避したら、もう何も守れない人間になってしまいそうで──
──怖かった。
激昂したラージャンの雷砲は体内で圧縮された雷属性エネルギーを放つ技。時に古龍をも食らうという生態を持つラージャンは、強力な生物を捕食して体内に取り込んだエネルギーを電気力に変化して蓄える。
その雷属性エネルギーはあの溟龍ネロミェールの放電すら上回る。
(私が弱いからロンディーネを守れなかった...!)
昂獅子が痛みを感じにくくなっていたのは、興奮して分泌されたアドレナリンではなくロンディーネの剣から流れている薬品の影響だった。
(笑っている...?)
属性解放突きや零距離解放突きで放たれる薬液はスラッシュアックスによって様々な属性を帯びている。
ロンディーネが使用している王国騎士剣斧ロイヤルに使われているビンは麻痺属性。
「属性解放突きは...なんとしても当てたかった...!」
昂獅子の体が、麻痺する。
「さぁ姉上、昂獅子にトドメを...!」
雷砲の中断。
明らかに鈍くなった昂獅子の動き。
フィオレーネ、セルジバーナ、ラパーチェ。王国騎士三名が攻勢に出る。
マヒダケに含まれる麻痺属性の成分は膨張した筋肉を収縮させる効果があり、かつてナディアというハンターがイビルジョーに対して使用することで筋肉膨張状態を終了させたという記録がある。
つまり、激昂したラージャンは麻痺によって闘気硬化が封じられている。
同時にロンディーネの身体能力によって保たれていた力の拮抗が崩れる。
王国騎士の精鋭、全滅の条件が揃う。
フィオレーネ 『滅・昂竜撃』
セルジバーナ 『真・溜め斬り』
ラパーチェ 『音撃震』
同時に繰り出された王国の精鋭達の必殺技。
昂獅子は弱点部位である頭部に向かって繰り出される三者三様の大技を、防御すらせずに食らうしかなかった。
電流と鮮血が入り混じり、狩場に昂獅子の悲鳴が響き渡る。
『セルジバーナって戦ってる時いつも怖がってるよね』
金獅子の麻痺が──
『我は皆の笑顔を守りたい!』
終わる。
『皆の笑顔、守っちゃうよ!』
痺れを切らす。昂獅子とセルジバーナが向かい合い、剛腕が近づく。王と王の対峙。
輝きを取り戻した怒髪天が翼のように揺れる。
バフォムブラッドでは焼き尽くすことの出来ない漆黒の毛皮。騎士としての役割。
「セルジバーナ!」
昂獅子は身を挺した庇おうとしたラパーチェを掴み、気光の溜まった口腔を開いた。
恐るべき昂獅子の学習能力が生み出した窮地。
ロンディーネの零距離解放突きをみて習得してしまった零距離の気光ブレス。
「てめえ!!放しやがれ!!」
女王に仕える騎士として、女王や王を憎んだことは一度もなかった。
王位が嫌いなわけではない。王として守られることより騎士として守ることを望んでいた。
牙獣の王ラージャン。
何者にも伍することのない最強の獣。
唯我独尊。騎士として戦っているうちに尊大なセルジバーナの心に根付いた愛情。
それは孤高の怪物として君臨するラージャンの存在さえ否定する新たな矜持を作っていた。
(それが王の器か!!)
民を守るのが王の使命なら、破壊を目的とする超攻撃的生物に王は務まらない。
セルジバーナの心を希望が埋める。狩場の王としての使命。女王に仕える騎士としての使命。
そして、ラパーチェに命を預けて戦える理由。
「セルジバーナ!来ないで!」
バフォムブラッドの放つ灼熱は昂獅子には効かない。ラージャンの毛皮は雪山の冷気や溶岩地帯の灼熱すら通さない。
それでもセルジバーナは昂獅子に向かって斬りかかった。
『街さえ守られるなら私は喜んで彼の手にかかろう』
〜砂の町の公明な統治者の発言より引用
王位には興味がないのに、狩場の王を名乗っていた。そんなセルジバーナをラパーチェは面白がって、一緒に戦ってくれた。
『特命騎士の任務に関わること以外で話しかけることが全然ないのだ』
己以外を尊ぶことのできない唯我独尊、そんな殺風景な戦場に音楽を運んでくれたのがラパーチェだった。
そして札付きの悪から人気者の歌姫になり、歌姫から王国騎士へと転職したという経歴を持つラパーチェもまた孤独を抱えていた。
世間から恐れられた風変わりな実力者。ラパーチェの境遇はセルジバーナと同じだったのだ。
共依存にも似ているが、民を守るという高潔な信念によって繋がれた王と姫の絆。
孤独を抜け出しても孤高を失わなかったセルジバーナは何者にも伍することのない怪物の孤独を理解するほど、昂獅子の状態に迫っていた。
気光の正体は──
(せめて、お前の王でありたい)
セルジバーナは気光の解放前に昂獅子の口腔にバフォムブラッドを突き刺し、熱によって発射寸前の気光を反応させて強制的に吐き出させた。
怯んだ昂獅子はラパーチェを投げ飛ばし、吐き出した気光をセルジバーナに照射した。
外皮に覆われていない口内なら、バフォムブラッドの灼熱で傷つけることができる。
セルジバーナの体が気光に包まれ、黄金の旋風によってダマスクが朽ちていく。
『貴様が伝説の悪魔という奴なのだろう?』
(違ったな...)
金獅子ラージャンは伝説の悪魔ではない。
生物を徹底的に殺す気性の荒さのため、伝説となることすらできないからだ。
誰も語り継ぐことの出来ないモンスター。
痕跡によって膨らんだ想像と共に口伝で悪名を轟かせる超攻撃的生物。それがラージャンだ。
「セルジバーナ...!嫌だ!」
ロンディーネに続いてセルジバーナも倒れる。
残された騎士はフィオレーネとラパーチェ。
どちらもマスターランクのハンターではない。
勝負はついた。
「くっ...ラパーチェ!撤退だ!」
人間のスピードでは逃げきれない。二人の騎士が逃げ出した瞬間、昂獅子が飛びかかる。
趾行によって加速した昂獅子の指先には古龍の鱗すら貫く鋭利な爪がついていた。
フィオレーネの心臓を狙った正確な刺突。
それは、城壁を思わせる堅牢な守りと激しい砲撃によって跳ね返された。
「おいおい...ガードしてこの威力かよ...年寄りに無理させんなよ」
さらに別の人物が盾と昂獅子の間に割って入って昂獅子の体を斬りつける。
怯まずにバックステップして睨みつける昂獅子を冷静沈着に睨み返す重鎮。
「だから私は反対したんだ」
新たに参戦した人影の数は二つ。
老兵、戦場に返り咲く。
「提督!それにアルロー教官まで!
ここは危険です!拠点に戻ってください!」
王国重装騎士アルロー。
王国司令ガレアス。
かつて王国を支えた歴戦の英雄たちだ。
アルローの砲撃で視界を塞ぎ、ガレアスが大剣でラージャンを斬る。
セルジバーナと違い武器を構えた状態での戦闘を得意としないガレアスは大剣による抜刀術を得意とする。
武器を背負った納刀状態から僅かなチャージ時間で繰り出される抜刀攻撃は熟練の技術によって威力を増す。
特命隊副長であるラパーチェでさえ、獲物を仕留めるスピードでガレアスには一度も勝ったことがないという。
昂獅子の胴体から血が垂れる。
ガレアスの抜刀術はロンディーネの零距離解放突きを凌ぐ破壊力を持つ。
提督の役割があるガレアスは前線に出ることを許可されていない。しかし、かつて激昂したラージャンと遭遇した経験のあるガレアスはラージャンの危険性を理解している。
だからこそ、部下を守るために最も信頼できる相方を引き連れて昂獅子の前に立ち塞がった。
ずっと恐れていた悪夢、克服出来ない恐怖。
若かりし頃の二人の思い出に刻まれた破壊の権化が、再び目の前で殺気と稲妻を放っている。
(まともに戦っていては命がいくつあっても足りないな...)
「アルロー!負傷した騎士を連れて逃げるぞ!」
「そうだよな!」
敗戦。騎士団の精鋭でも征伐出来なかった。
今はただ、あの頃のように駆ける。
立ち去ろうとした背中を追う猛獣の恐ろしさたるや、狩りを身体が拒絶した日を思い出す。
あれからラージャンを忘れた日はない。
怒りの念が、炎になって残っている。
報告。
《激昂したラージャン》が王国領に出現。
王国騎士が総力をあげて立ち向かったが、《気光》と呼ばれる正体不明のエネルギーを駆使したことにより撤退。
新大陸調査委員会との交渉により、通称《導きの青い星》が鎮圧に出動。
この戦いの死傷者はいない。
〜数年後 観測拠点 エルガド
「王国の騎士たちが総力を挙げて立ち向かっているが、歯が立たない...。
そこで、貴殿の力を貸してほしいのだ」
随分と逞しくなったフィオレーネが、少しあからんだ顔をあげて若いハンターの瞳を見る。
忍者のような装いの男は微かに笑い、長い戦いでボロボロになった紺色の鉢巻には白い刺繍が施されている。
モンスターの名を聞いた時からその表情がわずかに強張っていたが、男の目の内に燃える炎は死への恐怖を溶かした。
「私は貴殿の強さを身近で見てきたからわかっている。必ず成し遂げられるとね」
空と海水を青く染めるほどの日差し。フィオレーネにとって、その言葉は祈りのようだった。
強い信頼を感じ取った男は因縁を背負って稲妻逆巻く死地へと向かう。
儚いはずのその背中を、フィオレーネは穏やかな表情で見つめていた。
エルガドの門を潜り、クエストに出発する直前。桟橋の手摺にもたれかかり、腕組みをしたセルジバーナがハンターの男に話しかけた。
「いくら貴殿でも昂獅子の狩猟はさぞ厳しかろう。それでも討伐する理由はなんだ?」
少し微笑んだまま俯いて考え込んでいた男は、顔をあげて、自慢げに答えた。
ハンターの男は確信していた。きっとセルジバーナは既に答えを知っている。
太陽の光で、ハンターの瞳がキラキラと光る。
「仲間!」
気炎万丈。
無限の勇気が、炎になって燃えている。