現代最強の術師五条悟と呪いの王両面宿儺の呪い合いの中で、五条悟が感じているのは違和感だった。
人外魔境新宿決戦IF短編です。多分ギャグ。
(単行本25巻以降、単行本化されてない部分のネタバレを含みます。未読の方はご注意ください)
――違和感。
人外魔境新宿決戦。
現代最強である「五条悟」と、史上最強の呪いの王「両面宿儺」による呪い合い。
開幕早々撃ち放たれた出力200%の虚式【茈】に始まり、高度な領域勝負、反転術式を用いた術式の焼き切れのリセットなど…凡そ有象無象の術師には真似ることすら許されない数々の神業の応酬の中で、しかし五条悟が感じていたのはそれだった。
認めるのは非常に癪ではあるものの、実力を見誤るほど蒼い瞳はくすんではいない。対する相手、両面宿儺の方が自分よりも格上だ。
にもかかわらず。
(…何を待っている?)
五条悟を屠った後の事を考えれば余力を残して戦うのは理解できる。
未だ自分には及ばないものの優秀な生徒たちも控えているし、一か月の間に色々と策も練ってきた。だからこそ。
今まで相対してきた宿儺の少ない情報と、伏黒恵の肉体を奪い取る手管。それを踏まえて見えてくる、呪いの王でありながら用意周到かつ決して奢らない狡猾さを鑑みればその方針は当然だ。
しかし。そうだと仮定してもなお、五条悟には両面宿儺の戦いはいささか消極的過ぎるように思えた。
(自分は影に隠れてちまちま削ろう――なんてしみったれた性格じゃ無いでしょ。十種があろうが嬉々として自ら殺しに来るはず)
領域を展開しながら領域展延を行使するというふざけた技術を見せる程だ。
無量空処への適応はまだしも、あえて無下限を摩虚羅に任せる必要もない。両面宿儺は十種が無くとも単独で無下限を突破してくるだろう確信めいた予感もある。
では何故魔虚羅の適応をわざわざ待つような鈍い戦いをしているのか。
拭えない違和感と思考の狭間の中で。
不意に、魔虚羅の放った斬撃によって五条悟の腕が飛んだ。
(―!!)
瞬間、五条悟は理解した。
六眼と無下限を持つ稀代の天才だからこそ、何が起きたのか、何をされたのかを。そして違和感の正体も。
先程まで行われていた呪力適応による無限の攻略ではない、別の方法による無下限の突破。
対象を空間へ、世界へと拡張することで
(宿儺が待っていたのはこれか――!!)
宿儺が行おうとしているのは恐らく模倣。魔虚羅の見せた攻略法を、自分の術式で再現すること。
だから待っていたのだ。冷静に、冷徹に、自分の可能性を更なる次元に拡げうるこの瞬間を。
(はー、まさか僕が『花』扱いとはね)
自分と戦っているようで自分を見てはいないその戦いぶりに心の奥底で悪態をつきながらも、五条悟はそう遠くない未来に訪れるだろう自身の敗北と死を確信した。
宿儺は確実に模倣を成功させ世界を斬るだろう。それを防いで戦うだけの余力も残ってはいない。
ならばせめて、十種だけでも破壊し尽くして後に託さなければ。
自爆覚悟の【茈】を撃ち放ち、十種の破壊という目的は果たせたがしかしそれでも宿儺はしぶとく生き残った。
同一の呪力による威力の軽減を受けてなお深刻なダメージを負った身体を引きずりながら、五条悟は自分を殺す相手を見やる。
全身全霊を以てしても届かない相手との闘争を惜しみながらも、どこか清々しさも感じる最後の刻に苦笑いを浮かべつつ、その斬撃が生まれる瞬間を見届けた。
(後はよろしく!)
教え子達の顔をわずかに思い浮かべながら、奇しくも後輩と同じ呪いを残して。
―どこかで、飛行機の音がする…―
「本当にそうかい?」
聞こえたのは誰の声だったろうか、酷く懐かしく感じて、情けない事に涙腺が緩んだ。死の間際だし、恐らく走馬灯ってやつだろうと五条悟はあたりを付ける。
見回して見れば辺りは星が瞬くような宙で。相変わらず遠くから飛行機の音が聞こえている。
まぁ恐らく自意識の中だろう。誰がいるでもないけれど、言い返してやろうと声を張り上げた。
本当さ、鍛えた肉体も、身に着けた技術も、磨き上げたセンスも、場当たり的だとしても発想と瞬発力もその全てをぶつけたんだ!
何もかもをぶつけて、それでも勝てなかった。敵わなかったのだと。
―本当に?
今度は自分の声だった。
改めて思い返せばなんと実りのある戦いだったろうか。青い春に経験した伏黒甚爾戦以来の死闘。
それも初めて相対した、自身より優れた「術師」との。
自分でも魅入ってしまうような技の数々に、極めつけは術式対象を拡張した最強の一太刀。
完敗だろうと改めて結論付けようとして、ふと、五条悟はその可能性に思い至った。
「術式対象の拡張…?」
無下限呪術。仮想の「無限」を具現化し、対象との間に無限の距離を生み出す術式。
では「無限」とは何か?それは勿論距離だろう。
―本当に?
五条の家に伝えられる情報に引きずられて、今までの自分はその可能性を狭めていたのではないか。
無限とは距離か。いいや違う。無限とは概念だ。
この世に存在するありとあらゆる全てが。果て無き無限の一欠けらではないのか?
だとしたら。だとしたら。
これもまたあの時以来だろう、何もかもを支配できるかのような全能感が脳髄を貫く中、五条悟は確かに自分の
(手本は宿儺に魅せてもらった――!なら!!)
呪術とは、もっと自由であったのだ。自身に秘められた数多の可能性を踏み越えて、今。
――世界を断つ斬撃が、無限ごと五条悟を割断した。
「天晴れだ五条悟。生涯貴様を忘れることはないだろう」
上下に分かたれた五条悟の死体を見下ろしながら、両面宿儺はそう言い放つ。
彼にとってもそれ程までに充実した戦いだったことは、普段から見せる人を呪うような笑顔でないことを見れば明白だった。
――本来であれば、そのまま続く「雷神」鹿紫雲との戦いへなだれ込む歴史であった。けれど、しかし。
「ありがとう、きっと俺もオマエを忘れる事は無いよ。
さしもの宿儺もその声には目を見開いて前を見る。
確かに今、殺したはずの男の声。
「とはいえ…最初に言った言葉ぐらいは訂正しとくよ。ムカつくけど、挑戦者は俺だった」
切断された事などなかったかのような。いや、どころか消耗そのものが綺麗さっぱり消え去った五条悟が確かにそこに立っていた。
「…どういうことだ」
宿儺の問いに被りを振って、五条悟はどこか愉快そうに笑う。
反転術式なんて温いものでは無い。まるで、事象そのものの否定。
「オマエが見せてくれたお手本を、俺も真似た」
「―術式の拡張か!」
「正解!『無限』に存在する世界から、『斬撃も食らわず消耗もしなかった世界の俺』を引っ張り出した―!」
「―そして、ここからが」
刺すように立ち昇った五条悟の呪力にとっさに身構えた宿儺は、目の前で起こった事象に一瞬目を疑った。
そこに居たのは、世界に一人だけと定められた存在するはずのない他の六眼。
「俺一人じゃダメらしいからさ...!」
「あれ?これどういう状況?」
「は?恵?」
「両面宿儺…!マジ?」
「僕がいっぱいいるじゃん、ウケる」
「…うわ、ヤバいね僕、術式の対象を拡張したのか」
「あーなるほどそういうカンジね」
「僕も試してみよーっと」
「あは、マジで僕呼び出せるじゃん」
「無限の拡張か、確かに考えたこと無かったな―」
「もうヒトリの僕…!」
「一人じゃねーじゃん」
「それよりお腹すいたんだけど」
「つまりボコれば良いわけね」
「恵って事は十種?」
「いや…どうも魔虚羅は倒したっぽいねー」
「さっすが僕」
「まぁ負けるわけ無いっしょ」
「キッショ」
次から次へと虫のごとく増殖していく現代最強を目の前にして、思わず宿儺はそう吐き捨てた。
「これが俺の本気の全身全霊って事!受け取ってもらうよ宿儺!!」
呼び寄せた新たな五条悟が前の五条悟から即座に学習し、拡張された術式が別の世界の五条悟を呼び寄せる。
無限を操る術式である以上恐らくその数に際限など無いのだろう。天賦の才がこれ以上無い最悪の形で発揮されている。まさに悪夢だ。
ついには開けた新宿を埋め尽くすほどに増えたおぞましい黒い群れを眺めながら、宿儺は静かに止めていた受肉を完結させる。
一度きりの切り札だが、ここ以外の切り時などきっとないだろう。
眼前には万はゆうに超えるだろう五条悟の群れ。
これを殺しきるにはこの世界だけでは生温い。過去も、未来も、今も、世界でさえも乗り越えて。全ての「五条悟」という概念そのものを断ち切らねばならないだろう。
千年どころか生きてきた中で最大の命の危機の中、不敵に笑う五条悟に応えるように笑みを返し、
「クソゲー」
と宿儺は愉快そうに呟いた。
五条悟メタルクウラ様概念。
※追記
誤字報告ありがとうございます!