転生ガチシスコン兄 作:マール
俺は、兄だった。俺には、妹がいた。
可愛いやつだった。『おにぃたん』と、舌っ足らずの言葉で俺のことを呼んで慕ってくれた。
俺は兄として、こいつのことは守ってやろうと思っていた。
しかし、現実は残酷で、俺には妹を守ることなんてできなかった。
交通事故だった。
交差点、俺は妹と二人で手をつないで歩いていた。もちろん、信号は青だった。
そこに、トラックが突っ込んできた。
ただの少年だった俺に自身も、妹も守る術などあるはずもなく、俺は妹と共に死んでしまった。
ああ、俺は兄でありながら、妹を守ることができなかった。情けない話だ。
もう一度、なんて言うこともできない。
死んだらそれっきり。
当たり前のことだ。
後悔が、俺の頭を取り巻く。情けなさが、体の奥底から溢れてくる。今更何を考えったって無駄なのに。
しかし、俺は気づく。
何故、死んだはずの俺が、まだ思考を続けられているのだ?
その答えは、すぐに分かった。
俺は、もう一度生まれた。
しかし、そこは俺が元居た場所ではなかった。
所謂、異世界というものだ。
俺はこの世界に、中流貴族エイン家の長男として、もう一度生を受けたのだった。
◇ ◇ ◇
エイン家の長男として生まれてから、3年が経った。
この家は、代々魔剣士を輩出してきた一族らしく、俺も2歳になるころには剣を渡された。
魔剣士とは、その名の通り魔力と剣を使う戦士のことだ。基本的には剣に魔力を纏わせて戦うが、普通に魔法も使う。
そして剣を渡されてから俺は、ずっと練習に打ち込んだ。
これから生まれてくるかもしれない妹の為だ。前の世界では4歳差だったので、後一年で生まれてくるかもしれない。
だが、俺がこちらの世界に来れたからといって、妹も来れるかは分からない。
もしそうでなかったなら、俺はもう一度死んでしまおうと思う。
当たり前だ。妹はそのまま死んでしまって、兄だけが生きる、など許せない。
そうなってしまわないことを祈りながら、俺は今日も魔法と剣の練習に打ち込むのだった。
しかし、いくら魔剣士の家系だからと言って、まだ3歳の少年が一日中、飯を食べる時間も、寝る時間も惜しんで鍛錬に打ち込む姿は使用人やら家の人には異様に映ったのだろう。
時折俺の鍛錬を止めてこようとする人間が俺のもとに来る。ていうか今日も来た。
しかし俺の未来の妹を守るためにはまだまだ足りないので、威嚇して追い払わせてもらった。
魔力を物騒な感じで放出してやると、皆がそれを怖がってか逃げていくのだ。
まったく、そんなに一目散に逃げていくなら来なければいいのに。
ところで、そんな家の人たちの中でも、一人だけ俺のことを応援してくれる人がいる。俺の父だ。
俺がいつも通り鍛錬していると、時々現れては魔法の制御やら剣の太刀筋やらを見せてくれる。その間、無言だ。
強くなりたいなら、自分で見て盗め、という感じらしい。俺もそんなチャンスを逃したくないので、全力で見る。
俺の父は、強かった。魔力操作も剣の実力も、俺は及ばなかった。だが、いつかその背中を追いつき、追い越して見せる。
また、妹を守れない、なんてことがないようにするために。
◇ ◇ ◇
今日は、母の出産の日だ。もともと半年ほど前から妊娠してるということは知っていたのだが、前の世界とは違い、生まれてくるまで性別は分からない。
だから、俺は不安だった。
もし、生まれてきたのが男の子だったら?俺の守る妹は、いなくなってしまう。
どうか、女の子でありますように。そして、妹の生まれ変わりでありますように。
そう、願った。
「奥様、かわいい女の子ですよ!」
良かった。性別は同じだ。だが、本当に俺の、前世の妹か?
そう思い、生まれてきたばかりの妹の顔を覗き込む。
俺は、息を呑んだ。なぜなら、そこには前世の妹と全く同じ、俺の妹がいた。
無論、生まれたばかりで顔も違う。だが、俺には分かってしまった。
ああ、この子は俺の妹なのだと。
何かれっきとした理論立てがあるわけでもない。しかし、魂が共鳴してるのだとでも言うのだろうか。
間違いなく、俺の妹だと分かった。
俺は、喜びや安堵から顔を綻ばせた。
今度こそ、俺が守ってやるからな。
◇ ◇ ◇
妹が生まれてから、俺はより一層努力した。
既に8歳となっていた俺は、少し前から色々な大会に出るようになった。
しかし、そこには俺の期待に応えてくれる存在はほとんどいなかった。
皆、覚悟や心意気が足りない。
もっともこんな年から大会に出るような子供たちの中には、子供のやる気というより親の意思で来ている子も多かったのだろう。自分自身の覚悟を持っている出場者は少なかった。
だが、その中でも一人だけ俺が覚えている奴がいた。
その名は、リベイル・オルダナン。上位貴族オルダナン家の長女にして、俺の一つ上の年。
彼女は『神童』なんて呼ばれていて、各地の大会で荒らしまわっていたらしい。
実際、俺も戦ってきた中で一番強かった。
彼女が何故強いのか。
それは、きっと彼女が剣が好きだからなのだろう。
彼女は弱い相手と戦っているときはつまらなそうな顔をしているのに、強い相手と戦うときは、すごくうれしそうな顔をしていた。
しかし、彼女は強く、いつも彼女が勝って戦いが終わってしまうと、もう終わってしまったのか、と言わんばかりの悲しそうな顔をしていた。
彼女の強さは、才能だけではなく、剣を思う気持ち、そして覚悟。
正直、俺からしてもかなり強かった。
だが、彼女の剣への思いも、俺の妹を思う気持ちには勝てなかった。
始めて戦った時、彼女は最初は嬉しそうな顔をしていた。
そして、負けた時は、始めは何が起きたのか分からない、という顔。
それから悔しそうに、そして嬉しそうに笑ったのだった。
それからというもの、俺が行く大会には必ず彼女の姿があった。
どの大会でも決勝戦でぶつかり、そしていつも俺が勝って彼女が負けた。
彼女は負けるたびにどんどん強くなってきていたが、俺だって妹のためにも負けてられない。
彼女は負けた時、まだ届かないのか、と悔しがったあと、清々しい笑顔で俺にこういうのだ。
「また、戦おう」
ちなみに彼女に、俺たちいつも決勝で当たってるよね、運命かな、と聞いたら、『私もお前もシード枠なんだから当たり前だろ』と返された。
成る程、確かに前の大会で成績を残した人はシード枠だった。
当たり前のことを言われて恥ずかしかったので取り敢えず『次も、また』と言って逃げてきた。
◇ ◇ ◇
さて、俺の妹だが、やはり生まれ変わりということで間違いないと思う。
なにせ、年齢を重ねて成長していくたびに前の世界の妹と似てきているのだ。
しかし、妹は俺と違って前世の記憶はないらしい。昔みたいに『おにぃたん』呼びではなく『お兄様』と呼んでくる。ちょっと悲しい。
しかも、俺にあまり懐いていない気がする。
妹が生まれてからは大会のために各地を周って、家にはあまりいなかったせいかもしれない。
クソ、これは今世のお兄ちゃん史上最大の失敗だ。
しかし、もっと仲良くなろうと妹に近づいてみるも、何かと理由を付けられて逃げられる始末。
ああ、俺の人生はもう終わってしまったのかもしれない。
もっとも、俺がなんとしてでも妹を守ってやるので、鍛錬は欠かさないし、死ぬつもりもないが。