────魔女といえば。
悪魔と契約して力を得たり、人々に呪いをかけ苦しめたり、魔獣を操り街を破壊したり、王国を滅ぼしたり、魔法の研究をしたり、自然と動物を愛したり、人々の傷や病を治したり、社会に貢献したり、魔物を討伐したり、魔王を討ち滅ぼしたりとそんな多種多様な魔女が存在する。
そんな五万といる魔女の中でも歴史上に名を残せたのはたったの
1人目は最初の魔女にして“古代の大魔女”、アリスト・オルディール。
この世界における魔法の基礎を組み立て、のちの
その魔法式を元に「炎・水・雷・地・風・光・闇」の7つの属性を魔力で操れるようにした上に植物や動物の成長や再生力を活用して、新たに生命魔法と呼ばれるものを生み出した。
そのおかげで当時不可能と言われた魔力による治癒を可能にし、医学に劇的な進歩をもたらした。
また魔獣による街や村の襲撃対策、霊獣による暴走鎮火など魔物の討伐に加えて天使や悪魔といった上位存在の抹殺といった偉業を成し遂げた記録を持つ。
アリスト・オルディールの最後は魔王と相打ちになりこの世を去った。
数千年の時が経った魔王城の跡地で、彼女は安らかに眠っていると歴史に記録されている。
2人目は突如として現れた“創出の大魔女”、ガードレッド・ルザフィス。
魔工学の超新星でその類まれなる頭脳と奇抜な発明で人々の生活、主に工業と農業に大きな影響を与えた。
例えば「魔導車」と呼ばれる発明品は車や鉄道、飛行船などといった乗り物が全て魔力を動力源とし長距離の移動が可能なり石炭よりも効率的に済む。
「魔導農園」は魔力を利用し効率的かつ環境に優しい魔法工業技術で長年の問題であった食料問題が改善。魔物に畑を荒らされないと使用者から絶賛の声が上がっていたりと彼女が起こした偉業は素晴らしいものだった。
────だがガードレッド・ルザフィスは罪人として火炙りの刑の処された。
3人目は現状記録されている最後の魔女、“戦争の大魔女”。名称不明、正体不明。
その深淵より深い魔法研究の探究心、数々の戦闘魔法の他に罠や鍵の設置や解除などのサポートができる補助魔法、攻撃を防ぐための防御魔法を作り出し戦争の幅を大きく広げた戦略家。
何より空間の定義を魔法式に組み込み5体満足かつ大量に荷物や人を一瞬で移動させる転移魔法を自力で作り上げた天才魔女。
そんな彼女がひとたび歩けばそこは戦場となる。
大地は灼け、空は割れ、星は砕き落ち、人は灰に成り果て、魔物は塵と化す。
一瞬にして全てを消し飛ばすほどの魔力量、熟練された数々の魔法技術、反則級の体術を持ち合わせた彼女は東部諸国を支配下にしていた50万の残党魔王軍を単騎で一夜にして殲滅。
その後は消息不明、だが今もどこかで戦争を起こしていると噂されているとか。
文献によって記録は違うが全て史実。
“古代の大魔女” “創出の大魔女” “戦争の大魔女”、この3名の魔女が今の魔法世界を作り上げたと言っても過言ではない。
おそらくこの先の未来でこの3人を超える魔女は金輪際現れないだろう────と、読んでいた本を閉じて一息つく。
「……お腹すいちゃった」
馬車に揺られて1時間、そろそろ目的地に着く頃だろうと食事を我慢したのが問題だったか。
トランクを開けておやつを入れた袋を取り出すがちょうど切れていたを思い出す。
前の街で買っとおけばと肩を落とし項垂れているとローブを深く被った
「お嬢さん、どうかしやしたか?」
「いえ、なんでもありません」
「そうでしたか、いやぁここら辺は盗賊や魔物が多いですからね、不安になるのも無理ないでしょう」
「そんなんですね、知りませんでした」
「おや知らなかったんですかぃ? ここいらじゃ有名ですよぉ」
適当に相槌を打ちつつ会話を流す。
街に着いたらまずレストランに立ち寄ろう、でも最近自炊もしてないから食材を買って作るのもありかな、美味しい喫茶店も寄りたいな、おやつも買い置きしないと。
……あぁだめだ頭はご飯のことでいっぱいでもうまともに会話ができなくなってきている。
「おっ、着きやしたぜお嬢さん」
「あ、ありがとうございます」
トランクと杖を持って、いざご飯屋さんへと浮き足で馬車を飛び出た。
「……あれ」
見渡す限りの草原に10人程度の顔の怖い人達がこちらを囲むように立っている。
「ええと、あの馭者さん」
「へいへい、なんでしょうや?」
「ここ少なくとも街ではないと思うのですが、多分村でもないですよね?」
「ハハッ、そりゃあお嬢さん……騙されたんですよ」
馭者さんの声が一段と低くなる、それに合わせるように周りの男性達も不敵な笑みを浮かべ始めた。
「知らねえですかぃ、馭者を装った盗賊が出るって噂」
「すみません、この地方は初めてでして」
「やけに素直じゃねえですか、逆に不安になってきやした」
小首を傾げて偽馭者さんの方を見るとさらに困惑した表情でこちらを見ていた。
「それで、馭者を装った後はどうしてるんですか?」
「……んっ!? あ、あぁ、まあお金や所有物を取るんですがね、お嬢さん今持ち合わせはありやすか?」
「はい、あります、ちょっと待っててください」
トランクを開けて金袋取り出し、乱雑にひっくり返して全額吐き出させた。
出てきたのは銅貨2枚、ちなみにこれで全額だ。
他には着替えとタオル、ランプと小型ナイフ、そしてエボニーの杖。
「いやお嬢さんこれだけでよく旅をしてやしたね?」
「街のギルドで仕事を受けてましたけど、皆さんはしなかったんですか?」
「あっしら盗賊なんすよ……」
「そうだったんですね、知りませんでした」
「……ここらじゃ有名なんですがねぇ?」
はあ、と返事を返すも偽馭者さんは困惑の表情のまま、周囲の男性達もこちらの正気を疑うような視線を向けていた。
「ダッハッハ! 世間知らずってレベルじゃねえなアンタ」
「ハッ! アニキィ!」
馭者さんとは違う方から声が聞こえたのでそちらに振り返って見ると、顔に大きな傷がある体格のいい男性が煙草の咥えて歩いてきた。
背中には古びたロングソードを背負い、腰には無骨なデザインの魔銃が一丁と新調したのか真新しいナイフ1本が携えられており、筋肉質な肉体を見るにかなりの手練と推測。
周囲の男性達と偽馭者さんが頭を下げてるにこの人がリーダーなのだろうとぼんやりと考えながら軽く会釈をする。
「ふむ、その立ち振る舞いは貴族か?」
「元です、今は魔法使いを名乗っております」
「ほう、なるほどなぁ」
伸ばしてきた手を優しく叩き落とす、一瞬不機嫌そうな顔を浮かべるがまた最初の不敵な笑みに戻り男性は口を開いた。
「しっかし元貴族がこれだけなのはちいとばかし足りないと思うがな」
「すみません、今手持ちがこれしかなくて」
「なら、その杖は?」
「申し訳ないのですが、この杖は売り物ではないのでお渡しする事はできません」
「そうか、だったら」
すぅ、と胸を揺さぶるように撫でられ、嬲るかのように臀部を弄り始める。
その手を払い除けようとまた叩き落とそうとしたが、見抜かれていたのか止められてしまった。
「抵抗するなよ、したら、なぁ?」
耳元で囁くようにねっとりとした口調で呟かれた。
それに続くように不協和音のような気味の悪い笑い声がひとつまたひとつと増え、もう服を脱ぎ出す人も出てきた。
状況から察するに、今からわたしはこの人達に酷いことされるんだなとぼんやり思う。
お腹もすいて抵抗する元気がないな、せめて何か食べてからと言い出そうとしたが、顔に傷がある男性が
────同時に
「ガッ、ぁあああ゛あ゛っっああぁあ!?」
叫び声をあげながら男は体勢を崩して後ろに倒れた。
男が痛みでのたうち回ってる間に周囲にいる敵の確認。
数は15。剣士が10、そのうちの1人はこの男で残り14。
魔法使いが1、戦闘能力はない。
戦士が1、体格はいいが動きが鈍い。
「オイグズ、どもッ! この女を
男のその言葉を合図に一斉に
一瞬にして青々しい草原は真っ赤な水溜りと化し、鉄分の匂いが鼻を包んだ。
「ぎゃああ!?」「お、俺の腕がっ」「いてぇよお」「血が、血がぁ!」
男達はその場で崩れ落ちて虫のように這いずり回る。
風の音に乗るように気色悪い不協和音が混ざり合い、嫌な気持ちになった。
「ウオォオ……!」
戦士の1人が襲いかかってきていることに気づくのが遅れた、というよりあの痛みで動けるのが想定外で少し驚いたのが本音。
一番体格が大きく筋力がありそうな男は斬り落とされた手とは反対の手で愚直に大斧を振り翳す。
一直線に高速な大斧の攻撃、並の回避力では避けきれずそのまま首が跳ね飛ばされるだろうなと眺める。
「潰、スッ!!!」
切断まで数センチ────
直前で防御魔法を発動したおかげで首を斬り落とされずに済んだ。
ついでにぱらぱらと舞った破片を吸い込む心配もない。
放心状態の大男の動きが止まったのを見て
当然切断部分から血が吹き出し絶え間なく流れていく。
これならもう動くことはないけど出血量からして持って数分だろうな、と視線を男に戻す。
片腕を押さえている男を見ると状況が理解できないのか呆然としており、目が合うと小さな悲鳴をあげた。
とりあえず近付いて話をしようと一歩歩き出した、が。
「く、くるんじゃねえ!」
腰に装備されていたホルスターから魔銃を抜いて引き金を引こうと銃口を向けてきた。
銃の形からして弾丸速度は魔力補正込みで約1〜5発/秒からと仮定すると腕を斬り落としても弾丸は発射されてしまう。
加えて魔銃には防御魔法貫通効果が付与されており、発動してもすり抜けて体に当たる可能性がある。
「死ねッ! クソ野郎!」
弾丸が発射されたと同時に
じゃあもう甘んじて受けようと体勢を構えた。
〈……っるせえな〉
直後、杖から若い男性の声がした。
どうやら“彼”を起こしてしまったようだ。
黒い樹液がわたしの体を庇うようにして出現、樹液はめり込んだ弾丸を飲み込むと何事もなかったかのように杖に引っ込んだ。
「こ、今度はなんだよお!」
情けない声の後に続くように1発2発と再び発射されるが、今度は軌道をなぞるよう黒い樹液が伸びていきに男が握っていた魔銃を捕食。
硬いチョコレートのような音を鳴らしながら魔銃は樹液に吸収されていった。
〈……
しっかり嚥下までした上でこの感想は辛辣だなぁと感想を浮かべて男に近づく。
目を合わせても悲鳴をあげなくなっていたが、ズボンが濡れていることには目を瞑ろう。
「さて、と」
子犬のように怯え切った男の目線に合わせて取引を持ちかける。
「ま、まて、俺は────」
「貴方達には2つの選択肢があります、“今ここで首を斬り落とされて全員死ぬ”か“反省するか”」
「────……は、は?」
「“今ここで首を斬り落とされて全員死ぬ”か“反省するか”、どうしますか?」
男は黙っている。
簡単な2択だ。
迷う要素はないと思うのだけれど。
「ぁ……えぁ……」
「黙っているなら勝手に決めますが」
「わ、わかった! わかったから! 反省! 反省する! 心も入れ替える! だから、だから頼む! 命だけはッ!」
地面を削る勢いで土下座してきた。そこまでしなくてもいいのに。
「……わかりました、ではちゃんと反省してくださいね」
「は、はい……もうしません……すみませんでした……反省します……!」
震えた声で何度も何度も謝罪の言葉を並べてるあたりちゃんと反省してそうだ。
血溜まりに寝転ぶ人達はいつの間にか静かになっていた、小さいが謝罪の声も聞こえてくるあたりこちらも反省した様子。
「うんうん、じゃあ反省したなら回復しますね」
「“遍く紅き路は再生を起こす” “内なる自然にて理を覆せん” “ かくて命は巡りて生を宿せ”」
詠唱を唱えてわたしを中心に魔法陣を展開。
怪我人を囲むようにルーン文字が飛び交い、傷の治療を始める。
両腕を斬り落とされた男の腕から新たな腕が再生、他にも欠損した腕や脚を治していき、事切れた大柄な男性も息を吹き返した。
「……ふああ……疲れた……」
生命魔法、“古代の大魔女”が開発した魔法。
植物や動物とのつながりを強調し成長や再生の力を有する力、人間の治癒能力を促進させて傷口を防ぎ病を治して欠損した部位を再生させることができる。
ついでに死んだ人間の蘇生も可能。
しかしよほど鍛錬を積まないと使えないし魔力はたくさん使うしそれなりに医学の知識がないと大怪我や難病の治療が難しい。
それに中途半端な魔法使いが使うと傷が悪化したり最悪死亡させてしてしまうのでしっかりと資格を取って使おうね。
「う、腕が……治った……」
「はい、治しました、両腕がないのは不便だと思うので」
「そうか、それは……」
そのまま言葉を噛み殺して、顔に傷がある男性は立ち上がった。
「いやあすまなかった、今後は反省して改心することにするさ」
「そうですか、それはよかったです」
ふふっと笑みを浮かべると男性も苦笑いを返してくれた。
周囲の男性達も気まずそうだが笑顔だった。
……両手には武器が握られているけど。
「それでは、わたしはこれで失礼します」
深く頭を下げて背中を見せて歩き出した。
「………………ッ!」
途端、地面を蹴り上げる音が聞こえた。
走り出してこちらに近づいてきている音。
鉄を擦るような音の後にカランッと何かを捨てたような音が聞こえた。
背後までもう迫っていた。
何かを振り上げる影が見える。
「地獄に堕ちろ! 魔────」
トマトのように潰れた頭は脳髄を撒き散らして地面に叩きつけられた。
「…………」
先ほどの男性達は武器を構えたまま、その顔は怒りとも恐怖とも捉えられる表情だ。
「できれば武器を下ろしていただきませんか」
無理なお願いなのはわかっている、現にわたしはこの人達のリーダーを殺している。
憎まれても文句は言わない、それが道理なのだ。
「……よくも……! 俺達のリーダーを……ッ!」
雄叫びをあげて男が走り出す、続くように雄叫びをあげて全員で襲いかかってきた。
剣士は勇ましく剣を抱え、後衛の
その瞬間、
放たれた弾丸は再び彼の樹液によって防がれ、傷を負うことはなかったけどまた助けられちゃったな。
〈ったくよォ、魔銃持ちは最初に仕留めろっていつも言ってんだろが〉
「そうだったね……ごめん……」
〈はぁ、ほんっとに手間のかかる女だよ〉
心配そうな声が耳に突き刺さる、でも彼がいなかったら被弾してた可能性があるのは事実だ。
また迷惑かけちゃったなと落ち込んでいるのを察したのか、樹液の手が伸びて頬についていた血を優しく拭き取ってくれた。
〈それであの死体はほっといていいのか?〉
「あっ! 忘れてた!」
人間の死体を放置してるとアンデッドになるから処理しとかないと、死後間もない死体はまだ水気があって燃え辛いので特殊な炎で燃やさないと下手に死体が残って魔物とかが寄ってきてしまう。
「“無垢なる魂を蒼き炎に焚べ” “次なる輪廻の流れに向かい給え” “紺碧の運命は汝らを導くであろう”」
ぽつぽつと青い炎が蝋燭の火のように着き始め死体を包み込むように燃え始めた。
人の焼ける匂いは、やっぱり嫌いだな。
〈どうした? やっぱりどこか怪我してるか?〉
「ううん、寝てたのに起こしちゃったなって」
〈これくらいお安い御用だぜ、ところで
アレ、と指を差したのは馬車の裏で頭を伏せている状態で震えてる偽馭者さんだった。
〈喰っていいか?〉
「ダメだよ、それにあの人には敵意がないから大丈夫」
〈なら喰っていいよな〉
「ダメ、怒るよ」
〈わかった、喰わない〉
つまらなさそうに手を引っ込めてまた静かになった、相変わらず悪食暴食なんだから。
怯えている偽馭者さんの元まで歩いていき、こちらにも敵意がないことを示そうと声をかけようとしたが。
「お、お許しを……! 魔女様……!」
突然怯えた声で必死に許しを乞い始めた、最初の会った頃とは大違い。
なんだか申し訳なくなってきた。
「あ、あの、その」
「ヒィイ! お許しを魔女様〜!」
何もしていないのに突然“魔女様”だなんて、第一わたしは……。
「あの、わたし魔女様なん、かじゃ……」
急に体がふらつき、頭痛が酷くなってきた。
もう立っていられなってそのまま地面に倒れ込む。
「ちょちょ、大丈夫ですかぃ!?」
「………………いた」
「何がいたなんすかい?!」
「……お腹……すいた……」
「……んっ!?」
グゥ……と恥ずかしい音がお腹から聞こえたのは言うまでもない。