魔女様、ゆるやかに生きていく。   作:ニャル太郎

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旅は道連れなんてよく言いますが

 

「ん〜! 干し肉おいひ〜!」

 

偽馭者さんから頂いた干し肉を口の中に頬張った。

橙色と薄紫色の空が入り混じる空の下で食べる干し肉はそれはもう絶品。

 

この独特の歯応えに口に広がる胡椒がいいスパイスになってて幸せな気持ちになる。罪悪感も少しだけ心に広がるけど。

 

「すみません、頂いた干し肉全部食べてしまって」

「いやぁ空腹で動けなくなるなんて、と言うより魔女様がそんな空腹て倒れるなんて由々しき事態でしょうに……」

「えへへ……前の街で魔導書買い込んでしまって……」

「なぜ保存食を買わないんですかい……」

「ごもっともです……」

 

干し肉を頬張りながら涙を流す。言葉のナイフが痛い。

 

〈ちなみにあの魔導書は銀貨6枚、干し肉50個分の金額だったのにな〉

「うっ……そんなこと言わないでよ……」

「どうしやした……?」

「あっ、ごめんなさい、気にしないでください」

「は、はぁ」

 

偽馭者さんは笑っているがその間はどこか怯え切っている表情、そんなに怖がらないで欲しいけど。

 

「あの、さっきみたいに普通に接してくれいいんですよ?」

「いえいえそんな! 魔女様にそんな失礼なことはできやせんって!」

 

魔女様だなんて大袈裟だなぉ、ちょっと無詠唱で魔法が使えるのと生命魔法が使えるただの魔法使いなのに。

 

「……そういえば自己紹介がまだでしたね、わたしはイレーナ、駆け出しの冒険者です」

「あ、あっしはゴードンでやす、一応元盗賊の魔法使いですな」

「やっぱり魔法使いだったんですね! 同じだ〜!」

 

偽馭者さん改めゴードンさんの両手を掴みブンブンと腕を振る。

 

「魔法使いに会えるなんて、今日はいい日です!」

「ま、魔法使いだなんて……」

 

そう言葉を吐き出してゴードンさんは俯き出した。

 

「わわっごめんなさい、わたしと一緒だなんて嫌ですよね……」

「い、いえそういう意味ではなく! あっしはその、魔法使いの中でも素人レベルの実力ですので、貴方様と比べるなんて失礼でやす……」

「えぇ〜? わたしそんなに強くないですよ?」

「……っか、はっはっは、ご冗談を」

「本当ですよ、さっきもほら、皆さんを殺してしまいましたから」

 

静かに風が吹く、夜が迫ってきているせいか異様に冷たく感じた。

 

「……それは……貴方様は悪くないです、あっしらが貴方様に危害を加えようとしたのが悪いんですから」

「でも人を殺めるのは悪いことです」

「……真面目ですね」

「普通のことでは?」

 

小首を傾げてゴードンさんを見ると、なぜか視線を逸らされてしまった。

また何かおかしなこと言ってしまったのだろうか。

 

と、考えていると()の声が響く。

 

〈いや十中八九あいつらが悪いだろ、イレーナのは正当防衛だからイレーナは悪くない〉

「ヒェエ!? また聞こえた!?」

 

体を震わせて周囲を見渡す。もちろんあたりにわたし達以外の人の姿はない。

離れた位置に多少魔物の気配はするけども、こっちに来る気配はなさそうだ。

 

「い、一体この声は……?」

「この子の声です、ほら自分で自己紹介して」

 

()に視線を移すと少しめんどくさそうに溜息を吐くとひとりでに浮き、ゴードンさんの目の前に出た。

 

黒檀(エボニー)と呼ばれる枝の先端に黒耀石(オニキス)月長石(ムーンストーン)の宝石が埋め込まれており、銀色の羽根の形を模した装飾品が付いた杖。

 

そして何より、この杖には()が宿っている。

 

〈エボニだ、よろしくな〉

「お、おぉ、杖がひとりでに話して浮いている、一体どういう原理なんですかい?」

〈どうも何も、おれが話して浮いている、それだけだろ〉

「説明になってないのですが」

〈あ? 文句あっかテメェ〉

「いえございやせんすみやせんでした」

 

光の速さで頭を下げるゴードンさんを見てエボニは嬉しそうにしていた。まったく子供なんだから。

 

「ごめんなさいゴードンさん、この子人馴れしていなくて」

「いや人馴れしてる杖とか聞いたことないのですが」

「そうなの?」

〈当たり前だろ、おれは特別だからな〉

 

くるりと自慢げに回った後、満足した様子でわたしの手元に戻ってきた。

 

「しかし見れば見るほど美しい杖ですねぇ……一体どこでこれを?」

「おばさまの倉庫で眠っていたのを譲り受けただけですが」

「そのおばさま何者ですかい……」

「何者ってただの魔法使いでしたよ、今は引退していますけど」

 

詳しいことはよく知らないけど。

 

「……ははっ、凄いですね貴方様は……」

「凄いだなんて、わたしにはもったいないお言葉です、ゴードンさんこそ魔法を扱えるでしょう?」

「いやあっしは、その、補助魔法以外はほとんど使えないものでして……」

「そうなんですか? それにしても……」

 

と、喉から出掛かった言葉を飲み込んだ。

それはまだ、言うべきでないと判断したから。

 

とりあえず今は当たり障りのない言葉を送ろうとした途端、どこかでお腹の虫が鳴き始めた。

 

「……」

「……」

〈……お前、まだ喰い足りないのか〉

「うっ……」

 

あれだけの干し肉を頂いたのに胃の中は満たされるどころか空腹を訴え始めてしまった。

おかげで全身の力が抜け落ちてそのまま背中から倒れ込み、動けなくなる。

 

空を見上げると夜の色に染まり始めていた。

 

夜は魔物が凶暴化してしまう。

こんな野原の真ん中で寝そべってたら格好のカモになる。

 

「だだ、大丈夫ですかい!?」

〈まあ3日ぶりの飯だったからな、あれだけじゃ足りないよな〉

「3日!? 今3日って言いやしたか!?」

〈あぁ、お前に会うまでしばらくは飯抜きだったからな〉

「それでよく冒険者が務まりやしたね!?」

 

言葉のナイフがショートソードの切れ味に変わった。

わたしの心の体力はもう残ってないのにぃ……。

 

「まいりやしたね、今手元にある食料はあれだけでして」

〈ここら辺にお前らの根城はないのか? そこだったら食料のひとつくらいあるだろ〉

「足がつかないように根城は持たないようにしてやしたね、食料も主に商人などを襲って食い繋いでましたからあの干し肉が最後の食料でやす」

〈なんであいつらクソ弱いくせにそこらへんの知識はあるんだよ〉

「……あっしの悪知恵のせいですかねぃ……」

〈……なるほどな、通りで手際が良かったワケだ〉

 

寝っ転がるわたしの頭を撫でながら淡々と言葉を漏らした。

 

〈仕方ない、手頃な魔物でも狩って飯にするか、ほら起きろ〉

「や〜だ〜! お腹空いてるから動きたくな〜い〜!」

〈我儘言うな、新作の魔導書が読めなくなってもいいのか?〉

「それもや〜だ〜!」

「お子様……」

 

やや引き気味の声を溢すゴードンさんを睨む。わたしの視線に気づいたのかすぐに目を逸らされた。

とはいえ腹が減ってはなんとやら、食材を探しに行かねば。

 

「ねえゴードンさん、ここら辺で食材に適した魔物っていますか?」

「食材に適した、ねぇ……」

 

ゴードンさんは少し考える素振りをした後に、思い出したかのように口を開いた。

 

「ワイルドボアなんてどうでしょう? この辺だとそいつがいいと思いやすがねい」

〈ほぉう猪か、悪かねえ〉

「匂いがちぃとばかし強いですが、肉厚でジューシーな味わいの魔物ですぜ」

「……お肉……」

 

空っぽの体に鞭打つように立ち上がらせて目を瞑った。

 

「確かこの辺の森にいた気がするんですがねい」

〈そいつ群れで行動してなかったが? この時期だと繁殖期真っ只中だと思うんだが〉

「いや確か単体でしたが……ていうかそんなにいても食べきれないんじゃ?」

〈そろそろ生き血が欲しいんだよ、できれば雌の血がな〉

「ありゃまぁ、そいつぁ恐ろしい」

 

2人の会話を音楽のよう聞き流しながら地脈と接続し魔力を全身に巡らせた。

脳内で魔法式を組み上げて周辺の簡易地図を形成、地脈からの魔力を元に個体の距離と数を割り出していく。

 

────北西513メートル先に動物系の魔物1体、周辺に同個体がいないことから単独で生息している様子。

 

「見つけた、ここから少し歩いたところにいたよ」

〈よし、あとは捕まえるだけだが……いけるか?〉

「嫌、お腹空いてるから動きたくない」

〈そうか、じゃあ〉

「…………あっしですかい!?」

 

まだ何も言っていないのに何かを察した様子でゴードンさんは自分自身を指差した。

 

「いやあっしまともに使えるの補助魔法だけなのですが!?」

〈それだけ使えりゃ充分だ〉

「補助魔法は基本罠や施錠を得意とする簡易魔法だから平気だよ」

「そんなことを言われても……」

「それに、ゴードンさんの魔法なら問題ないとわたしは思っているよ」

 

フードで目元は隠されてるがまっすぐと彼を見てそう答える。

一瞬だけ彼の顔が見えたような気がして、少しだけ笑っていたように見えた。

 

「……わかりやしたよ、でも期待しないでくださいねぇ? そんな大層な罠は張れませんので」

「大丈夫だと思うよ、多分」

「多分ですかいなぁ」

 

彼は心配そうに頬を掻いたあと小さく溜息を吐いて馬車へと歩き出す。

 

「とりあえず目的地まで移動しやしょう、手っ取り早くすませますよい」

「はい!」

 

馬車に乗り込み、わたし達は目的地へと向かった。

 

 


 

旅は道連れなんてよく言いますが

 


 

 

程なくして目的地に到着。

馬車を降りて近くの茂みに身を潜めつつ目的の魔物(今晩の夕食の材料)の姿を観察。

 

ワイルドボア、強靭な肉体に巨大な牙が特徴的な猪科の魔物。

剣を通さない硬い毛皮に覆われ、鉄の鎧さえも貫く牙、ダイヤモンドを飴細工のように砕く蹄、無限のスタミナから繰り出される突進攻撃を得意とする。

 

極めて温厚で争いを好まない性格で、全長5メートルを超えていた。

 

「でかいね」

〈でけー〉

「いや大きすぎやせん!?」

 

声を荒げるゴードンさんの口を塞ぐ。

音に敏感な魔物だから少しの物音でも逃げ出してしまう可能性があるため充分に注意をしなければならない。

 

「あの大きさはちょっと想定外だなぁ」

〈でも蹄や牙を見るに、ありゃ相当長生きしてるな、いい素材になりそうだぜ〉

「牙と蹄は薬の材料にもなる、それに……」

 

美味しそう、とよだれがこぼそうになったことに気づいて急いで拭く。またはしたないって怒られちゃうとこだった。

 

「じゃあ罠仕掛けよっか」

「いやあの大きさは無理では? あっしの罠魔法じゃ太刀打ちできる自信ないんでやすが」

「温厚な性格だからあっさり捕まるよ」

「そういうものですかねい……」

 

不安げな様子を励ましつつゴードンさんを引っ張って少し離れた位置で罠魔法の準備を始める。

 

「ここら辺なら大丈夫かな」

「ふむ、それじゃあちょっと離れててくだせえ」

 

言われた通り少しだけ場所に行き彼を見つめる。

気づけば辺りはすっかり暗くなり、銀色に輝く半月がゴードンさんを照らしていた。

 

彼がゆっくりと地面に手に振れたと同時に黄土色の光が舞い始める。

 

“地の法則を砕きて鉄を生み出せ” “ 枷縛の法を元いて檻を(つく)す” “迷いし者を逃さず殺さずに”

 

先程の弱気な声色から一変、岩のような硬く強い声で詠唱を唱えるとそれに応じるように土から採取された砂鉄は徐々に形を成していき、鉄の檻が出来上がった。

 

全長8メートル、強固な鉄製に加えて獲物が入ったら自動的に閉まる落とし扉がつけられている。

 

「……まっ、こんなもんですかねい」

〈ほぉう、罠って聞いたら普通は落とし穴の底に剣山のやつを思い浮かべると思ってたんだが〉

「ん? 捕まえるのに身を傷付けてどうするんですかい?」

〈あ? 喰い殺すぞ〉

「2人揃って正論に弱すぎやせんか?」

 

聞こえないふりをして檻の元まで歩き軽く叩いてみる。

強度に関しては問題なさそう。それにこの檻自体に()()()()()()()()()

 

本来魔法で作り上げたモノはどれだけ制限しても魔力の残滓が残る。それは一流の魔法使いでも同じこと。

 

あの僅かな魔力からの緻密な魔力操作、的確に砂鉄だけを取り出す魔法技術、巧妙に組み込まれた魔法式、複合された詠唱。

これだけの才能に恵まれてるのに魔法使いには及ばない戦闘力、いや戦闘能力自体はあるけど()()使()()に適していないだけと考えるならば体質自体が特殊なのかと推測。

 

と、考えたあたりでまたお腹が鳴った。恥ずかしい……。

 

〈……おいゴードン、イレーナを連れてその茂みに隠れてろ、おれはあの猪連れてくる〉

「わかりやした、ほら行きやすよ」

 

エボニはひょいっ、と宙を舞い獲物がいる方向へと飛んでいく。

その姿見届けながらわたしはゴードンさんにずるずると引きずられながら茂みへと移動し、身を潜める。

 

「ごめんなさい、お腹が空いててまともに動けないんです」

「今度からは携帯食料を優先的に買うことをおすすめしやすぜ」

「はぁい……」

 

正論ナイフの切れ味は健在だ、と思っているうちにタイミングよくエボニの声が聞こえた。

 

〈呼んできたぞー〉

 

声の方へと振り向くと激走してくるワイルドボアを誘き寄せていた。

光を灯しながら高速で移動するエボニに釘付けの様子でこちらに一切気がつくことなく目的の檻へと一直線に駆け抜けていく。

 

そのまま檻へとは入ると同時に落とし扉が落下、無事ワイルドボアを捕獲することができた。

 

「おぉう、ほんとにあっさり捕まりやしたね……」

〈魔物は単純だからな、人間もこうならありがたいんだけどなァ〉

「はぁ、ところでここからどうするんですかい? まだまだ元気そうですけども」

「それなら任せて」

 

檻を壊そうと蹴ったり突進するたびに金属が軋む音が鳴り響く。

かなり強固な作りをしているから問題はないけど、他の魔物が寄ってくる前に仕留めなければと檻に近づき鉄格子に触れた。

 

ひんやりと冷たい無機物の、本物の感触が伝わってくる。

止まることを忘れたかの如く依然として破壊行動を繰り返していたワイルドボアに向かってわたしは優しく語りかけた。

 

「ごめんね」

 

その一言を合図に一閃の光が落下、数秒ほど遅れて轟音が鳴り響く。

落雷に貫かれた猪は何が起きたかを理解する間も無く絶命し、その場で卒倒した。

 

血肉を燃やす匂い。命を灼き殺す匂い。決していい匂いではない。

だが生きるためには必要な匂いだ、と言い聞かせて鉄格子から手を離す。

 

「今の雷魔法でも壊れないなんて、やっぱりゴードンさんはすごいですよ!」

「そうでしょうか? アニキ達には大したことないって一蹴されたんですがねい」

〈そいつら見る目なさすぎるだろ〉

「ははっ、それほどでも」

 

ゴードンさんは苦笑しながら頬を掻き落とし扉を開けた。

 

ようやくして念願の食材が手に入ったのでまずは下準備をしなくてはとワイルドボアを引き摺り出す。

多少焦げてるが硬い毛皮のおかげか身の部分の損傷は少ない。

 

「じゃあエボニ、血抜きお願いね」

〈おうよ〉

 

エボニは例の黒い樹液を出すとワイルドボアの胴体に突き刺し、血を吸い始めた。

 

「血抜きっていうよりかは血吸いでは?」

「死体から血を抜いてるのである意味同じじゃないですか?」

「そういう風に捉えることもできやすが、いやなんでもないですわ」

 

何か言いたげな顔だったけど本人が言いたくなかったなら聞く必要はないかな。

 

〈なんだ? 2人でなんの話してた?〉

「食料確保できたので安心ですねの話をしてただけですぜ」

〈そうか、ならいい〉

 

突き刺すような視線をゴードンさんに浴びせながらエボニはわたしの手元に戻ってきた。

 

〈とりあえず体内の血は全部抜いたから飯にしようぜ〉

「そうだね、わたしもうぺこぺこだよ〜」

「しかしこれだけ大きいと解体などが大変そうですが」

「それなら任せてください、こう見えて解体の腕はちゃんとあるんですよ」

「なかったら流石にビビりやすがね」

「ふふん、まあ見ててください!」

 

えっへん、と胸を張ってワイルドボアの死体の前に立ちエボニを振り上げる。

 

「解体のその1、まず牙を叩き折ります!」

 

牙の部位に宝石が当たるように力強く振り下ろす。

綺麗に当たると牙は(ポキンッ)と折れて、無事回収。

 

「解体その2、蹄を切り落とします!」

 

エボニに魔力を回し先端部分から魔力の刃を作り出し、関節部分に沿って斬る。

しかし切れ味が良すぎたのか蹄の一部を削り落としてしまった、まあ誤差なので問題なし!

 

「おしまい! どうです?」

どうもこうも何もかも違うんですが!?

 

肩を掴まれ思いっきり揺らされた後、地面に正座させられた。

 

「まずですねぇ、もう2度と冒険者って名乗らないでくだせえ」

「なんでですか?」

「こっちの台詞なんですわ、そんな乱雑に使ったら折れちゃうでしょう?」

〈そんじゃそこらの杖と一緒にすんな、これくらいだったら日常茶飯事だし問題ないぞ〉

「なら良かった、いや良くないのですがね? 物は大事にしやしょうね?」

「こんなことするのエボニだけだよ」

〈そうだぞおれだけだぞこんなことできんの〉

「お゛〜……」

 

頭を抱えて呻き声をあげながらこちらを睨む。

その目は今までの優しげの彼からは想像できないほどの呆れに近い感情だった。

 

「解体ってのは内臓や肉を部位ごとに取り出す行為のことなんですが、そこまではわかりやすよね?」

「内臓や肉は全部燃やせば食べられるからしてないよ」

「内臓も食べるんですかい!? お腹壊しやせんか!?」

「それはエボニ専用だよ、わたしが食べたらお腹壊しちゃうから」

「あははははっ、聞いたあっしが馬鹿でしたねぇ!」

 

ゴードンさんは青筋を浮かべながら天を仰いだ。

何か間違ったことを言ったのかな。

 

〈別に火は通してあるし問題ねえよ〉

「そういうことではなく、衛生面の問題など色々あるでしょう? 他にも素材にもなるんですからもっと丁寧に」

〈牙と蹄しかしか使わねえから別にいいだろ〉

「いやワイルドボアの毛皮は結構高価なんですがね? それもこの大きさなら大体金貨10枚は下らんですよ」

〈……は?〉

「……えっ」

 

夜の冷たい風が頬を撫でた。

じんわりと背筋が凍る感覚が伝わってくる。

 

〈……イレーナ、ここまでワイルドボアって何体殺した?〉

「……多分34体くらい、その中でも12メートルくらいの個体はいたよ?」

〈……ちょっと待ってじゃあ今までのを換算した場合、金貨ひゃ……〉

「やだー! 聞きたくなーい!」

 

地面を這いずるように転げ回り今までの失態から目を背くもその事実は消えることなく記憶の中に深くこびりつく。

 

「……はぁ……」

 

色んな感情が入り乱れた大きな溜息をついたのは無関係であるゴードンさんだった。

そして何かを決心したように檻に近づき鉄格子に触れると何かの単語を呟く。

 

変換(コンバージョン)

 

その瞬間、巨大な鉄格子がみるみる縮み何かの道具の形を造っていく。

ナイフ、鉈、鋸、包丁と様々な刃物を造り出しては丁寧に置いていった。

 

「何してるんですか……?」

「世間知らずなお嬢さんに解体を見せてあげるんですよ、ほら起きなさいな」

「う〜動きたくな〜い」

「わがまま言うんじゃねえですよ」

「はい……」

 

今まで聞いた中で1番怖い声だった。

逆らった刺されそうなので最後の力を振り絞り立ち上がる。

 

「ついでにそこ転がる枝っころも連れて明かりの提供してくだせえ」

〈あの額があったら飯抜きになる頻度を下げ……あ? おい誰が枝っころだ〉

「いいから、早く明かり」

〈……わーったよ〉

 

エボニも怯むなんて、やっぱりわたしの直感は間違ってなかったんだなとエボニを拾い上げて思いゴードンさんの隣に座り明かりを灯す。

 

準備が終わったのか、足元に置いていたナイフを取り解体を始めた。

その度わかりやすく丁寧に解説を交えながら慣れた手付きで作業をしていく。

 

「ここの部位が1番美味しいんですよ、今切りだすのでちょいとお待ちをっと」

 

驚くのはその刃物、元はあの鉄格子なのにナイフや鉈などの切れ味はどれも一級レベルの品質で今持ってる粗雑なナイフの切れ味と比べものにならないほど。

 

檻を作り出した時もそうだけど、この人は本当に才ある人だ。

 

「後はここを切り出して、はいおしまい」

 

各部位の解体が終わり、肉、皮、内臓と綺麗に分けて並べた。

その腕はもはやプロ並みの技術に近い。

 

「すごいですねゴードンさん!」

「冒険者ならこれくらい普通なんですがねい……?」

「うぐっ、それはすみません……」

 

気まずい空気が流れるのもすぐにエボニが斬り伏せた。

 

〈そんなことより飯! おれは腹が減ったんだよォ!〉

「はいはいわかりやしたから拳をしまってくだせえ、馬車に調味料などがあるんでそれ使いしょう」

「準備がいいですね」

「ええまあ、前の商人から奪ったものですので」

「あぁなるほど」

「……えらい冷静ですねい」

「盗賊だと仰っていたのでなんとなく予想はしてました」

「はぁ、そうですかい、もう少し驚くとかして欲しいんですがね」

 

意味がよくわからず小首を傾げると、なんでもないですよと返されてしまった。

 

「この際ですから、食事も振る舞いますよい」

「やったー!」

 

まあ、その意味は食事の後で聞けばいいかと今は思う。

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