「ところでお2人は料理の経験は?」
〈あるわけねえだろ〉
「焼くのは得意です!」
「そーですかい……」
荷台から木箱を下ろして簡易的な台所を作りながらゴードンさんはそんな質問を投げてきた。
「ちなみに仕上がりはいつもどんな感じで?」
「ええと、ほぼ真っ黒でした! たまに赤い部分が残ってたりしてましたけど」
「よくそれで焼くのが得意って言えやしたね?」
狼のような鋭い眼光で睨まれ、全身が子犬のように震えた。
確かにお腹を壊すことは1度くらいあったけど……。
「貴方も彼女の体を心配するとかできないんでやすが?」
〈別に死ぬわけじゃねえしいいだろ〉
「……………………」
ゴードンさんはそこらへんに転がる枝を見る目でエボニを睨み、大きく溜息を吐いた。
「こんな人らが今まで冒険者やってるのを聞くと、盗賊やってるあっしが馬鹿みたいに感じやすよ」
〈違うのか?〉
「すいやせんこの枝、火に焚べてもいいですかねい?」
「いいけど、多分燃えないと思うよ」
「焚べてはいいんですねい、さて冗談はこれくらいにして……」
簡易的な台所の設置が終わったのかゴードンさんは一息つき、解体に使われたと思われる器具を眺めたまま黙っていた。
「どうしました?」
「……ん? あぁいや血の付いてた包丁を使うのは衛生面的によろしくないかと思っておりやしてね」
〈盗賊のくせにそういうのは気にするんだな〉
「疫病とか食中毒とかに当たるとあっしのせいにされるんですよ」
「でしたらその包丁ちょっと貸してもらっても?」
「え、あぁどうぞ?」
渡された包丁を手に取り右手をかざす。
青い魔法陣が現れそこから蛇口のように水が湧き出た。
「あとは綺麗なタオルか布で拭け問題はないと思います」
「おぉ今度は水が出てきた、これも魔法で?」
「はい、空気中の水蒸気を凝結させて水を生成しました」
「ほ〜魔法ってのは便利ですねぇ」
感心してくれるのはすごく嬉しい。
だけどゴードンさんが檻を作った魔法の要領でやってみるも魔力が混ざってて所々不純物も見受けられる。
やっぱり新たに物質を作り変えるのは難しいんだな、と思い包丁を返した。
「それじゃあ料理経験皆無の人でも作れるお手軽野営ご飯を作りやしょうか」
「はい! わたしは何をすればいいですか!」
「そうですねえ、包丁は使ったことありやすかね?」
「ないです!」
「…………」
野菜と調理器具を洗ってくれと言われたので渋々洗うことにした。手伝いたかったのに。
「見た目によらずエボニの旦那って手先が器用なんですねぇ」
〈ハッ、これくらいのことなら楽勝だぜ〉
荷台に冷凍済みの肉を積め終えたエボニはというと、黒い樹液の手を上手く操り手際よく肉や野菜を切り分けていた。
「わたしだってそれくらいできるのに」
〈嘘つけ、この間ナイフでやったら手が血まみれになっただろうが〉
「それはあのナイフが使いづらかっただけであって……」
「ナイフでも手が血まみれになるってのは相当ですよ」
「うるさーいっ」
意地になって野菜を洗い流す。ちょっと身が傷ついちゃったけど。
「とりあえず全部洗い終わりました」
「ありがとうごぜえやす、あぁそうだ旦那、こっちもお願いしやす」
〈任せろ〉
エボニがわたし以外の人の話を聞くなんてよほどゴードンさんが気に入ったのかなと嬉しくなった。
「じゃあ旦那が野菜切ってる間、あっしらはソースでも作りやしょうか」
「ソースを?」
「えぇ、味気ないのは寂しいでしょう?」
そう言ってまな板の上にリンゴやニンニクに生姜、いくつかの小壺や麻袋を取り出して並べ始めた。
「これは?」
「多分前の商人の商品じゃないすかねぇ、確か中身は……」
中身を確認すると塩や胡椒、砂糖の他にもごま油や醤油、みりんといった調味料が入っていた。
「そこそこいいところで仕入れたんですけど盗賊襲われるなんて不運でしたねこの商人」
「ですねぇ、もったいない」
ゴードンさんは少しだけ気まずそうな笑みを浮かべ頬掻きながら、馬車に積んであった調理器具を取り出した。
調理器具を広げて慣れた手付きでボウルの中に醤油と砂糖とみりんを入れ、細かく切り刻んだ生姜とリンゴ、叩き潰したニンニクを入れて一気にかき混ぜる。
味の調整をしつつ、麻袋の中に入ってる種のようなものをソースの中に入れてスプーンで掬いこちらに向けてきた。
「味見しやすかい?」
「いいんですかっ!?」
「……どうぞ」
ぺろり、とスプーンを舐めとるように咥える。
ほのかな甘みが口のほのかに広がったかと思えばピリリッと舌先で踊るように辛味がした。
「ん〜! これだけでも何倍でもいけちゃうそうです! 特にこの種? みたいなのいいですね!」
「ははっ、気に入ってもらえたのなら嬉しい限りですね」
「ところでこの種、なんて名前なんですか? 初めて食べるんですよね」
「そうなんですかい? あっしもちょっと存じ上げないですねぇ」
じゃあ新種かな、と種が入っていた麻袋をポケットに仕舞い込んだ。
〈おい、頼まれたやつ終わったぞ〉
ちょうどそのタイミングで大量の切り刻んだ野菜を抱えたエボニが戻ってきた。
野菜はどれも一口サイズに切り分けられており、キャベツやにんじん、ピーマンといった栄養価の高い野菜ばかりだ。
〈大きさってこれでよかったのか?〉
「ちょっと大きい気もしやすが、まあこれくらいあった方が食べ応えありやすからいいか」
「ねえ
〈当たりめェだろ、久々にまともな栄養取れるんだからちゃんと腹に入れろ〉
「やだ、だってピーマン苦いし」
〈ハァ……お前もういくつだ?〉
「多分、25か26」
「うっわ……」
ゴードンさんはとんでもないものを見たかのような声を漏らしたが、すぐにこちらの視線に気づいたのか咳払いをして話題を変えるように口を開いた。
「じゃ、じゃあ下準備も終わったので焼きやしょうか」
「焼くなら任せ……」
「貴方様は黙って見ててください」
〈ならおれがやろう〉
「おぉ旦那、火の扱いできるんですか?」
〈よくわからんが全部燃やせばいんだろ?〉
「お願いなので2人は大人しくそこで見ててください」
しょんぼりと肩を落とす。エボニはというと“なんであんなに怒ってんだ?”と腕を組み全身を傾げていた。
そんなわたし達をよそにゴードンさんは用意していた鉄製の串に肉、野菜と交互に刺して焚き火を囲むように地面に設置。
「あとは焼き上がりまで待つ、簡単でしょう?」
「その、どれくらい待てばいいですか?」
「大体10分程度くらいかと」
「一気に火力強めて焼いた方が速くないでしょうか?」
「ちなみにそれで成功したことは?」
「…………ないです」
でしょうね、とトドメの一言を放つと焚き火に視線を戻した。
そこから話すこともなく、静かに焼き上がるのを待つ。
……空腹が酷くなってきてるな、さっきから腹痛が収まらない。
「ゴードンさんまだですか〜空腹で死にそうです〜」
「もう少しなんで待ってくださいねぇ」
「え〜早く〜死んじゃいますよ〜」
「火の元で寝っ転がらないでくだせえ、髪の毛に燃え移りやすよ」
〈なあゴードンこれならどうだ?〉
「ふむ、これは大丈夫そうですねい」
焼き上がった1本に先ほどのソースをかけて渡してくれた。
香ばしく均一に焼かれたワイルドボアの肉に輝かしくかけられたソースの匂いが混ざり、食欲を唆る。
「火傷に気をつけてくだせえね」
「わあぁ! いただきます!」
早速実食、まずはお肉。
食べた瞬間ワイルドボアの筋肉質な体からは想像できない柔らかい食感が口の中に広がり、噛む度に旨味が弾みほっぺが落ちそうになる。
ソースも甘味と辛味が舌先で踊りお肉の美味しさをより引き立ていた。
「おいし〜! こんなに美味しいお肉は初めて食べたかもしれないです!」
「そんなお袈裟ですよ、元貴族なんですからこんなものは毎日食べていたでしょうに」
「いえ、毎日生ゴミやカビたものばっかりでしたよ」
冷たい風に乗るようにわたしの言葉は夜へと溶けいき、静まり返った草原にパチッと薪が弾く音が大きく響いた。
彼の表情は見なくてもなんとなくわかる、多分凍ったような顔をしてどう言葉を投げればいいか悩んでいるんだろう。
困らせちゃいけないと思って続けるように口を開いた。
「でもおばさまと一緒に住んでからは食事すら取らないことが多かったので平気ですよ」
「なおさら不安になりやすが!? 食事制限でもされていたんですか!?」
〈ハァ……言葉足らずがすぎるぞ、イレーナ〉
いつの間にか串焼きを両手に携えたエボニが口を挟む。
〈イレーナのおば、言っちまえば師匠に当たる人物なんだが腕の立つ薬師でな? いつも自作の栄養剤などで補ってたから食事する習慣がなかったんだよ〉
「元々体が弱かったから料理ができるほどの体力は残ってなかったんだ」
「あぁなるほど、そういうことでしたかい」
ホッとしたのか胸を撫で下ろし安堵の溜息を吐いた。
エボニのフォローのおかげでおばさまへの変な誤解を生まずに済んだ。
〈まああの
「ちょっと今の安堵したあっしの心を返してくれやせんかね?」
〈残念ながら返品はむーりだ〉
楽しそうな笑い声と諦めの溜息が焚き火の音に混じって空へと舞っていく。
「……あ〜もう、なんたってこんな人らに……」
〈なんか言ったか? おっこれいい焼き色だ〉
「んっ!? ちょっとそれあっしの!」
〈先に取んねえからだよバァ〜カ!〉
2人がお肉の取り合いをしてるのを眺めて口元が緩んだ。
────“やはり誰かと一緒の食事は楽しいものだな”
ふとおばさまの言葉が脳裏をよぎった、本当にその通りだと思う。
なんて事のない食事でも、誰かと話すだけでこんなにも彩りが豊かになるのだから。
少なくともわたしはそう思い、肉を頬張った。
「はぁあ〜……お腹いっぱい……しあわせだぁ〜……」
「満足してもらえたなら嬉しいものですねい」
いつもより多く食べすぎたせいでお腹がちょっと痛いけど美味しかったので問題はナシ。
「そうだ、ちょうどいい酒があるんですが1杯どうですかね?」
「お酒かぁ〜最近飲んでないしいいよね?」
〈度数による〉
「やけに具体的なことを聞きやすね……そんなに高くないんで大丈夫とは思いやすけど」
片付け終えたゴードンさんは荷台から小さな酒瓶を取り出してコップに注いでいった。
「これもまあ先の商人から奪ったものでしてね、なかなかの値打ちものですぜ」
「へえ〜、それにしてもあんまりお酒っぽくないような?」
〈飲めばわかるだろ〉
コップ一杯のお酒を塚の部分に当てて一気に飲み干す、途端に糸が切れた棒切れのようにその場に転がった。
「珍しい、エボニがお酒で寝るなんて」
「……それ効くんですねぃ」
「お酒好きですからね、この前なんて樽1個も飲み干しちゃったんですよ」
「なおさら効くんですねぃ」
変なことを言うなぁと思いなわたしもお酒を一口飲んで、そういうことかと気づく。
お酒と聞いていたが口当たりが柔らかく甘みが強い、香りも果実の匂いがして個人的には好きな味かも。
「このお酒、寝酒とかにはちょうど良さそうですよね」
「えぇ、この使われてる果実が睡眠などに適したものなんですよ」
「そうですか」
ゴードンさんはコップを回しながら月を眺めている、そんな姿を見て思わず口に出してしまった。
「それで、
本当に、子供が疑問を聞くような感じで口から出てきた。
ゴードンさんはそんな言葉くると思っていなかったのか少し固まったのち、観念したように酒を置いた。
「今からですよ、と言ってもアンタが寝た頃ですがね」
悪びれる素振りはなく、むしろ無機質な声でそう答えた。
────
「そうですか、じゃあ寝るまでわたしと話しませんか?」
「いいですけど、アンタ状況わかってんですかい?」
「わかってますよ、だけど貴方のことを少し知りたくなってしまって」
「……変な人だ」
俯いてそう呟く彼の声色は、いつにもまして優しかった。
焚き火を囲むように反対側に座り直した彼は質問を待つかのようにこちらを見つめている。
「それじゃあそうだなぁ、いつから人殺しを始めたんですか?」
「いきなり踏み込みますねえ、大体3年前くらいから始めましたよ」
「今まで何人殺したんです?」
「……直接手を下したのは7人ですが」
「最初に殺した人のことは覚えていますか?」
「……フッ、おかしなことを聞きやすね、そんなもんアンタだって覚えていな──」
「
言葉を斬るように遮った。
揺れる焚き火から視線を外して、彼の目を見る。
「家族連れの旅人です、殺した順番も覚えていますから」
「……どういった、順番で?」
「最初に子供、次に奥さん、最後に旦那さんの順に殺しました」
「…………」
「素敵な家族でしたよ、お子さんが可愛くって奥さんも優しくて旦那さんなんて貴重なお酒を分けてくれたんです、あれ? そういえばこのお酒も
絶句する彼の表情を眺めつつ最初の殺しの記憶を話し出す。
「旅先での色んな話を聞かせてくれました、すれ違った旅人の話、子供との思い出も、全部が全部暖かくてわたしには到底手の届かない夢のような話ばかりでした」
わたしの手を小さな手が包んだ感触を覚えている。
仲睦まじい夫婦を見た時すごく羨ましかったのを覚えている。
その家族の笑顔が眩しかったのを今でも鮮明に、覚えている。
「でも、わたしにはそう見えていてもあの人達にはきっと別の何かに見えていたんでしょうね」
「別のとは……?」
「ただの換金素材です、貴方だってそうでしょう?」
図星だったのか彼の頬から撫でるように脂汗が流れ落ちた。
「当時は旅を始めたばっかでそれなりに路銀も持っていましたし、エボニのような綺麗な杖を持ってたら誰だって目に入りますからね」
焚き火に薪を投げた、激しく揺れて火の粉が舞い散る。
その先の彼は黙ったまま、わたしの思い出話に耳を傾けてくれた。
「お酒を勧められるたびにエボニを譲ってくれないかって頼まれてたんです、断る度に旦那さんの表情が鬼のようになってました、魔法使いにとってはなくてはならないものですが魔法を使わない物からしたら宝石が詰まったただの枝ですからね」
転がっていたエボニを拾い、汚れを払い落とす。
命が宿っていても温もりは感じない杖を赤子のようにあやしながら続ける。
「だから最終手段に出るしかなかった、なんだと思いますか?」
「え、それは、な、なんでしょうかね」
「
バチッ、と火が爆ぜる音に混じって生唾を飲み込む音がした。
「剣の達人だろうが鎧を着込んだ屈強な男だろうが幾千もの魔法を操る魔法使いだろうが、子供の前ではただの人間に成り下がるしかないんです、だってそうでしょう? そんな子供がまさか大人1人を殺すなんてこと普通は思わないんです」
わたしもその中の1人だった。
相変わらず爪が甘かったなと今でも思う。
「お酒を飲み油断してる間に子供がナイフを突き立てて殺す、反応が遅れて逃げ出そうとしても夫婦が囲みあって石や棒で撲殺したのち金品を盗んで質屋に売り飛ばす、それがあの家族が行っていたことです」
「……えらい具体的ですね」
「殺す前に旦那さんが全部言ったんですよ」
その瞬間は今でも脳裏に深く焼き付いている。
ナイフを突き立てきた子供の首を反射的に跳ね飛ばし、我が子を殺された怒りで半狂乱の奥さんが斧で襲い掛かってきたから腕を斬り落とした。
でも奥さんの怒りが収まるどころか悪化して石を投げようとしたので、地面から岩を生み出し胴体を切断。
その光景を見せつけられた旦那さんは頭を下げ必死に命乞いをしていた。
“
だからわたしは
それで全てが終わるはずだった。
背後から走ってくる音、荒い息遣い、振り上げられた棍棒。
いつだって人を殺す瞬間は同じような光景ばかりになる。
「それが最初に人を殺した、記憶です」
「なぜ、そうも簡単に人を殺せるんですかい?」
「
「……躊躇いなどはなかったんですかね?」
「ないです、というよりそういうことにならないようにおばさまに教え込まれたんです」
────“
この2つを嫌というほど叩き込まれた。
結果的に今日まで生き抜いて来れたけど。
「なんとも、度し難いお方なんですねそのおばさまという人は」
「そうでもないです、よく家の前で気絶してましたから」
「それは自己管理力がないだけでは……」
思わず苦笑いが溢れた。
戦闘面以外では本当に何もできない人だったからなぁあの人。
……今でも元気に過ごしているだろうか、また家の屋根吹き飛ばしてないか心配になる。
「だとしても、アンタは少しおかしいですよ」
「そうでしょうね、でも今のこの時代、殺すことが当たり前の世の中で誰も殺さないなんて甘いにも程がありますよ」
「……それもそうですね」
静まり返った草原に焚き火の音が鳴る、魔物の気配は遠ざかりこの周辺にいるのはわたし達だけのようだ。
それに随分と冷え込んで体が動きづらい、腹痛も治る気配がない。
だけどまだ眠たくない、だから。
「あの、もうひとつ質問いいですか?」
「どうぞお好きに」
「
「…………は?」