魔女様、ゆるやかに生きていく。   作:ニャル太郎

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旅に殺意は必要ですか?

 

 

“ 自分より強い奴には手を出さない方がいい、長く生きるためのコツだ”

 

おばさまのこの言葉を思い出すたびに、わたしの足元には惨状が出来上がっていた。

 

昔から殺意を感じ取るのが得意だった、逆に言えばそれ以外の感情を読み取るのが苦手だ。

 

善意、悪意、好意などの感情を他者から向けられてもわたしにはよくわからなかった。

だけど殺意だけは違う、どの感情よりも強く固く真っ直ぐな(脆く儚くねじ曲がった)モノ。

 

善意悪意に問わず殺意だけを感じ取ってそれを通して目の前の人や魔物が何を考えてるか読み取り、こちらに害あるモノだけを殺してきた。

 

だけど“死にたくない”と答えられてしまえばわたしの中では()()に塗り替わる。

 

塗り変わってしまえば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それ故に見逃すしかできない。

まあそれで隙を見せて何度も殺されかけたけど、結局全員返り討ちにした。

 

────もしその殺意が消えたら? 否、殺意が完全に消えることはない、せいぜい弱まるくらいになるだけだ。

 

 

 


 

旅に殺意は必要ですか?

 


 

 

 

思いがけない質問だったのかゴードンさんは酷く狼狽えた様子でこちらを睨んだ。

 

「何を、おっしゃって……」

「気になったんですよ、今動けないわたしをどうして殺さないんだって」

 

ソースに使ったあの種は毒の一種、治らない腹痛と手の痺れでようやく気づけた。

お酒は一度飲んだことがあるからすぐにわかった、と言ってもわたしは結構お酒に強いからあんまり効果はないけど。

 

「最初に会った時から殺意を感じていました、この人も生きる為に人を殺すんだって、でもあなたはそれをやめた、それが気になってどうしても眠れないんです」

「……変な人通り越してもはや狂人ですよ」

「それはわたしが1番わかっています」

 

黙る彼の顔を覗こうにもフードが邪魔で見えなかった、だけど困った表情を浮かべているのは目に見えていた。

 

「……きっとアンタが望んだ理由ではないですがね」

「構いません、わたしは理由が知りたいんです」

 

深い溜息の後、観念したように口を開いた。

 

「勝てない相手に喧嘩売るわけねえでしょうに」

 

淡々と飽きれたようにそう呟く。

沈黙が2人を包み、火が爆ぜる音が時折割り込り彼の声が再び沈黙を破り裂いた。

 

「生きる為には仕方ない? そうですよ、生きるために奪うんです、そうでもしなきゃ今を生きていけねえんでねえ」

 

ずっと優しそうだった彼の声色は本性を出すかのように荒げて、獣のような低い声で話し続けた。

 

「あっしには、それしか生きる方法が思い浮かばなかったんです」

 

恐怖にも畏怖にも思えるその表情を静かに見つめていると何かを訴えるように睨み、今にもこちらに襲ってきそうな雰囲気だった。

 

「でもあの時一目見て思ったんですよ、勝てねえ相手だってね、しかもそれを至極真っ当のようにやって純粋にまっすぐ答えるアンタを見て馬鹿らしく思えてしまってね」

 

そう言い終えると、カランッと何かを落とす。

音の方へと視線を移すと鈍色に光るナイフが彼の足元に無造作に転がっていた、それは彼の殺意が消え失せたかを現すように。

 

「これで満足ですかい?」

「はい、ありがとうございます」

「……こんなことでお礼を言われても嬉しくないんですがねえ」

 

また大きな溜息を吐いてゴードンさんは不貞腐れるようにそっぽを向いた。

眠気もそろそろ限界を迎えてきているし、これ聞いたら寝よう。

 

「じゃあ最後にひとつ、毒消しをもらえませんか?」

「…………はい?」

 

腑抜けた声を出して振り返ってきた。

 

「例の種を食べてから腹痛と痺れが止まらなくなってきてるんです、このまま続くと多分死んじゃう可能性あるんですけど」

「……毒? 何それ知らんですのが……」

「えっ、でもあの時の顔って毒食べさせてやったぜの顔ですよね?」

「あの時はよくもまあ知らん人からの調理を食べれるなぁって思ったんですが……」

「毒殺するために食べさせたんじゃないんですか?」

「ほんとに何も知らなかったんです……」

「知らないに入れたんですか!?」

「……いいアクセントになるかなって思ってたんですぅ……」

 

萎れたような顔で弱々しく頷いた。嘘を言ってるようには思えない。

よくよく考えてみれば知ってて自分が食べる食材にあの毒の種を使ったソースをかけるはずないか。

 

「あ、あの、例の種ってどれくらいの毒をですかい……?」

「う〜ん、多分……」

 

ごふっ、と口から赤い液体が排出された。

鉄分の匂いから察するに、血だ。

 

「吐血するくらいには」

「何冷静に言ってるんですか! もう少し命の危険を感じてくだせえ! 見てるこっちが不安になりやすんですが!?」

 

慌てふためくゴードンさんを尻目に転がったままのエボニを拾い上げる。こういう時こそ彼の出番だ。

 

「エボニ起きて、というか聞いてたでしょ今の話」

〈なんだよ、気づいてたのか〉

「あれ旦那!? いつ起きてたんですかい!?」

〈杖が寝るわけねえだろ、馬鹿かお前〉

状況が状況じゃなかったら今頃焚き火に投げ込んでましたよ!!!

 

やってみろォ、と煽り散らかしながら例の種を使ったソースに樹液の手を伸ばして小瓶ごと(バグン)ッ、と飲み込んだ。

 

〈……血液毒と神経毒の混合毒だな、体を麻痺らせて内部から自壊させていく毒で人間だったらものの数時間で死に至るな〉

「思ったよりもやばい毒じゃねえですかい!」

〈うるせえな、毒がわかったなら解毒方法もわかったもんだよ〉

「え、それはどういう」

〈そんなもん、種の遺伝子ごと組み替えりゃあいい話だ〉

「……ん? んっ? なんて?」

「そのままの意味ですよ」

 

ゴードンさんは何を言っているんだこいつは、と首を傾げていた。

聞くより見た方ががいいだろうとポケットにしまっておいた例の種を取り出す。

 

「ちょっと難しいけど、毒を解析してもらったおかげでなんとなくこの種の遺伝子はわかったので組み換えます」

 

種を一粒取り出して地面に植えてのち、生命魔法をかける。

植えた部分から魔法陣が現れその上に無数のルーン文字が書き出されては消えてを繰り返す。

 

やがて緑色の光が舞い始め土の中から芽が生え始め徐々に成長していき、白藍色の5つの花弁を咲かせた毒消草が生えてきた。

 

「あとはこれを薬にする……だけ……」

 

地面から毒消草を引っこ抜き、綺麗な花だなぁとしばらく眺める。

 

「どうしたんですかい? 早く作った方が良いのでは? それとも作り方がわからないならあっしが作りやすが?」

「…………薬草ってね、すっごく苦いの」

この後に及んで命より味を優先するんですかッ!?

「だって苦いの嫌いなんだもん……」

 

おばさまが作る薬は甘いからそれに憧れて薬学の知識をつけたはいいが、私が作るとどうしても苦くなる。

まだ薬品生成の腕が未熟ってことなのだろうけど。

 

「子供じゃないんですから! もうそのまま飲みなさい!」

「やだ! 苦いの無理!」

「わがまま言うんじゃねえですよ! 旦那もなんか言ってくだせえ!」

〈その歳で野菜嫌いは流石にやばいぞ、イレーナ〉

「うるさ……ごはっ」

 

反論しようと口を開いた途端、血の塊を吐き出した。

 

内部崩壊が進行している証拠で血流の流れも悪くなってきているのか貧血気味になってる。

おまけに痺れは酷くなり視界も霞んできた。おまけに体中が灼けるように熱い。

 

「えぇえちょっと!?」

〈ハァ……ったく仕方ねえなァ〉

 

言い訳を考えてるうちにエボニが手に持っていた毒消草を奪い取って、口の中に突っ込んできた。

 

「ふぐ!? むぅっ! んぐううぅ!」

 

グイ、と甘ったるい匂いを放つ樹液を喉まで突っ込ませて()を飲み込ませた。

吐き出さないように口を押さえて暴れるわたしの体を無数の黒い手で抑える。

 

抵抗したところで筋力の差は歴然、諦めて嚥下すると何事もなかったかのように口から手を抜いてわたしの頭を優しく撫でた。

 

〈飲み込めたな、えらいぞ〉

「けほっ、ねえぇ! それやめてっていつも言ってるじゃん!」

〈別にいいだろ、苦くないし〉

「そういうことじゃないの! かはっ、うぅまだ口の中に残ってるぅ……」

「…………水、いりやす?」

 

ください……と頭を下げて水をもらった。

口の中を濯ぎ木陰で吐き出す、お腹に変なの入れ込まれた感覚があって気持ち悪い。

 

「とりあえず……体に問題なさそうかな……」

〈おうよかったな〉

「何がよかったなのぉ……こっちは散々だよぉ……」

〈それもこれもお前の警戒心のなさが原因だろ〉

「うぐぎぐ……それはそうだけど……」

「ま、まあなんとかなったんでよかったじゃ……」

〈元はと言えばテメェがあの種持ち込んだのが原因だろうが、もっと誠意を込めて反省しろ〉

……はい、すいやせん……

 

弱々しく呟くと子供のように肩をすくめて縮こまってしまった。

 

それにしてもゴードンさんって毒効きづらいのかな、人間なら死に至る毒を摂取しても割とピンピンしている。

だとすると体の構造が()()と違うのだろう。

 

〈ところでオメェ、いつまで顔隠してんだ〉

「えっ、いやぁそう言われましても……」

〈オメェの様子を観察してたがやたらとフードで顔を、いや頭を隠してたな? よほど見られたくねえモンでも生えてんのか?〉

「まあ、それは」

「こらエボニ、あんまり怖がらせちゃだめ」

 

エボニを宥めて落ち着かせる。

確かに話の途中途中で顔を隠すことがあったが、誰にだって隠したいことの1つや3つがあるしそれが悪いことだとは限らない。

 

「……まあ、アンタらなら見せてもいいですかね」

「え? でも」

「そんな大層な理由じゃあねえですのでね」

 

観念したように吐き捨てると深く被っていたフードを脱いだ。

 

長くの蛇頂石ような黒色の髪、燻んだ肌には所々傷がついており顔付きはやや強面な印象。

白目の面積が多く虹彩部分が小さく、いわば三白眼と呼ばれる目で黄土色に燻んだ瞳を宿しており何より目につくのは銀のピアスをつけた()()()()だった。

 

「あっし、こう見えてエルフなんですわ」

 

エルフ、長命の種族で数千年も生きる二足型の生物。

その正体は人間が()()()()()()姿()、いわば進化の一つ。

 

短命な人間よりも魔力の質が非常に高く知識も豊富に持ち合わせており、魔法を最も得意とするで信仰心が深い種族。

 

〈オメェがエルフ? 嘘つけ、だってオメェ〉

()()()()()()、そう仰りたいのでしょう?」

 

だけどゴードンさんは違った。

エルフにしては魔力量が()()()()()()、それこそ人間の10歳程度の子供くらいの魔力量だ。

 

「魔力が少ないせいで故郷では迫害され続けてたんです、やれお前はエルフの恥だとか呪われてるとかね、ほらあっし髪の毛黒ですし?」

 

人間にとっては普通の色でも、金髪や銀髪が多いエルフにとっては黒髪はまさしく呪いそのもの。

もちろん呪いなんかではなくそれもエルフの中ではある種の突然変異のようなもの。

 

「それは、その……辛いことを聞いてしまいましたね……」

「いんや? その故郷燃やされたんでむしろ清々してやすが?」

 

さも当たり前のように衝撃的な言葉に思わず固まってしまった。

 

「……もう随分前ですかねぇ、あっしの故郷は()()に燃やされたんですよ」

 

ポツリ、と彼は昔話を始めたのを黙って聞いた。

 

「その日の夜は満月でやけに静かでした、嵐の前の静けさとも言うのかよく眠れそうな感じで寝床で目を閉じて眠りにつこうとした時、突然里の中心部で大きな爆発音が聞こえてきたんですよ」

 

パチッ、と焚き火が爆ぜた。

当時の現状を再現するかのように。

 

「規模からしてどこかの軍隊が襲ってきたんじゃないかと思い慌てて逃げ出そうと外に出たら、里が一面真っ赤な炎の海に焼かれていたんです、地獄とはああいった光景を差すだろうと今でも思いやすね」

 

笑いながら薪を焚べては静かにその火を眺めている。その目に曇りも光もない。

 

「爆発音に混じって魔法がぶつかり合う音があたりに響いていましたね、うちの子ようにはそれなりの腕が立つ魔法使いがいたんですが、案外実力ってものは実際に戦わないとわからないものなんでしょうね」

 

エルフは魔法が得意だ。

()()()()()()()()()()()は魔法で負けることはない。

それこそ、()()のような魔法に長けた存在なんかと戦わなければ。

 

「次の瞬間には一瞬にして里の大半、いや全体が炎に飲まれ焼かれていきやした、その中心にいたエルフ達はさぞ熱かったでしょう、遠く離れていたあっしの肌が焼けそうなくらいでしたから」

 

爆ぜた火の粉を振り払いながら、火の調整をしながら話を続けた。

 

「ここにいたら殺される、死ぬ、それは嫌だ、と当時のあっしは思っていたんです、だから里を離れようと走り出した瞬間、炎のように真っ赤な髪の女が、まるで炎が人間を模ったような姿の魔女がじっとこちらを観察するように見つめていたんです」

 

恐怖を押し殺すように袖を強く掴み、短く溜息を吐く。

 

「数分、いや数秒くらい見つめられた時は永遠のように長く感じて生きた心地がしませんでした、いくら時間が経っても何もしてこない魔女につい話しかけてしまいました、“なぜ殺さないんだと”ね」

 

しばしの沈黙のあと、思い出したかのように笑い出した。

 

「そしたらその魔女なんて言ったと思いやす? “魔法使いのエルフを殺しにきた、だからささっと失せろ”って言って背中を見せて歩き出したんですよ」

 

ひとしきり笑った後、スッと表情が消えた。

氷のような冷たく、剣のように鋭い瞳が月明かりに照らされる。

 

「見た瞬間、今なら()れる。そんな風に思ってしまって無防備な背中に向かってナイフを突き立てようとしたんですがね……目を開けると見上げていたんですよ」

 

真っ白に輝く月をね、と懐かしむように夜空を見上げた。

 

「ようやくしてその魔女に吹き飛ばされたんだと気づきました、背中を強く打ち付けたせいか起き上がることもできずしばらく呆然として、顔のいくつかにも傷ができて、あぁこの右目の傷もその時にできたものですよ」

 

斬りつけられた傷跡が残った右目を見せてくる。

長い間時間が経っているにも関わらず深く抉ったような跡があった。

 

「動かないあっしに対して彼女、なんて言ったと思いやすか」

 

その問いの意味はわからなかった、でもなんとなく答えはわかってしまう。

 

「“おまえには魔法の才がなかった、それだけの話だ”と言って彼女は笑いながら手を振ってどこかに消えてしまいました」

 

悔しそうに、どこか寂しそうな表情を浮かべてまた溜息を吐く。

 

「それからはまぁ、それからは各地を転々としてたら奴隷商に捕まって売られたり体を売ったりとまあダラダラ生きて今に至るって感じですかねぇ」

「最後の部分のインパクト強すぎて全部吹き飛んじゃった」

〈男のエルフでも身売りってできんだな〉

「どこに食いついてんですかアンタら……」

 

また大きく溜息をついて頬杖をついた。

魔女に故郷を燃やされたのは気のお毒だけど、生きるためには体を売るなんてことをしてたなんてと世界は広いなぁと無駄に感心してしまったのだ。

 

「まぁ今となっちゃあただの思い出話なんで、どうでもいいんですがねい」

「あの、憎いとは思わなかったんですか?」

「憎い? 何がです?」

「えっと、その、魔法の才能がないって、言われて……」

 

失礼な質問に、ゴードンさんは笑いながら口を開いた。

 

「毎日言われれりゃあ慣れてしまうもんですよ、それなりに傷つきやしたが」

 

陽気な笑い声が夜に溶けていく。

気まずくなって何か言おうと口を開けると、被せるように彼が言った。

 

「“長生きすれば、自ずと見つけるものだ”って言ってくれたのでね、おかげで今は補助魔法だけでも使えるようになりやしたし」

 

自分はこれでいい、とゴードンさんは微笑んだ。

本人が嬉しそうならわたしから言う事はもう何もない。

 

〈いや、オメェの適性は()()じゃねえ〉

 

和やかな雰囲気を叩き壊すようにエボニが言い放った。

悪気でもなく意地悪でもなく、ただ真実を告げるように。

 

〈大体オメェの魔力回路の大半が()()してんだよ、そんな体じゃろくに魔力を操れないどころか体に悪影響が出るぞ〉

 

あぁそういうことかと納得した。

やたら魔力が少ないのは魔力回路の欠陥が原因、稀にそういう者も生まれてくる。

腕や足、臓器の一部がなかったり魔力が少なかったりと様々な()()がこの世界に存在するが、その()()を直すも埋め直すのも作り直すのも本人次第の技量。

 

他者であるわたしが干渉する問題ではない。

 

「んえぇ……そんなことを言われやしても、あっしにはこれくらいがちょうど良くて、それに魔法以外の事はほとんど知らんのですよ」

〈……祈祷については知らねえのか?〉

「生憎無神教でしてね」

〈じゃあ武技は? エルフは弓が得意らしいが〉

「百発ゼロ中ですぜ」

〈オメェほんとにエルフか? 偽物じゃねえの〉

「人には人の適性があるんだよ、エルフだとか人間だとかそんな先入観をあんまり押し付けないの」

 

そういうものか? と考え込むエボニを放っておいてゴードンさんの方へと振り返る。

 

「変なこと聞いてすみません、後できつく言っておきます」

「いえいえ、気にしていないですので」

 

そう言ってくれると気持ちが軽くなる、と安心したのかついあくびが出てきてしまった。

夜もふけてきたしお酒の効果と相まってもう限界だったようだ。

 

「ふぁあ……じゃあわたし寝るね……」

「このタイミングで!? 自由すぎるこの人!」

「3時間経ったら交代……体休めないと……明日に……響いちゃ……」

 

全部言い終わる前にわたしの意識は吸い込まれるように眠りに落ちた。

 

 

 


 

 

 

糸が切れたように、彼女は倒れた。

 

〈おやすみ、イレーナ〉

 

黒檀の木材で作られた杖、エボニの旦那は倒れ込んだ彼女に近づき子供寝かしつけるように頭を撫でた。

 

杖と魔法使い(物体と人間)のコンビなんてものは、初めてなもので。

 

困惑、ただただそれしか思い浮かばなかった。

 

よくもまあ自分を殺そうとした奴の目の前で呑気に寝れるとは、大層なお方だ。

しかも交代前提で寝やがった、どこまでも自由な女で笑いが溢れる。

 

「危機管理能力が無さすぎやせんか」

〈いつもこんなんだぞ〉

「なんでこの人冒険者やってんだ……」

 

頭痛がしてきた、こんなふざけた連中に手を出した自分含めた莫迦をぶん殴りたい気分になる。

などと考えながらも火を絶やさないよう注意しつつ、彼女を観察した。

 

火のような輝きを放つ橙色の長い髪で横髪を三つ編みにして結んでいる、20代後半と言ってた割には若い印象を受ける顔立ち。

簡素で古ぼけたローブの中に貴族のご令嬢が着ていそうな清楚なワンピース、それ似つかわしくない良くも悪くも冒険者のブーツ。

 

普通と言うより少し変わった人が第一印象、あの戦闘姿を見ていなければの話だが。

類稀なる魔法の才能に独特の感性を持ち合わせた変人ならぬ狂人。

 

そんな恐れ多い方が、寝息を立てて小動物のように寝ている。

 

襲われたらどうするんだ、と考えたがその心配は無用だった。

 

〈おい、今何か邪な目でイレーナを見たか?〉

「いいや、見てないですよ?」

〈それならいい、次そういった目で見たらオメェの首を噛みちぎるからな〉

 

なるほど、こんな無防備に寝ても襲われない理由がこれだろう。

 

「ふふっ、お似合いの2人ですね」

〈んぁあ? 当たりめェだろ〉

 

機嫌が良くなったのか鼻歌を歌い始め彼女の頬を撫でている。案外ちょろいな。

まあ心配をしなくても彼女はエルフからして見れば幼すぎるし自分的には好みじゃない。

 

〈そうだゴードン、おれもオメェに聞きたいことがあった〉

「あっしにですかい? 何なりとお聞きくだせえ」

〈まずその喋り方はなんだ、エルフってのはもっと、プライドが無駄に高くて自意識過剰で傲慢の権化みたいな種族だろ〉

「先入観が酷すぎる」

 

エルフにどんな印象持っているんだこの人、いや杖か。

 

「な〜んか盗賊してたら自然と身に染み付いた感じですかねぇ、それにこっちの方が弱そうでしょう?」

〈あぁ物腰が低いと警戒されにくいから殺しやすいのか〉

「そんな感じですね」

 

殺しやすいのかはともかく、弱いフリは生きていく中では必要な戦術。

並大抵の冒険者は油断してくれるので殺せる、彼女のように見破ってくる者もいたがそういう時は他人を使って殺していた。

 

それが自分の戦術だ。

 

〈フゥン、そんなもんか〉

 

質問はそれだけだったのか彼女の方にまた手を伸ばしては頬を撫でた。、なんとも不思議な杖なことで。

 

「旦那、あっしもひとつ気になってたことがあるんですがいいですかね?」

〈あぁいいぞ、好きに聞け〉

「……前の持ち主のことは覚えていやすかね」

〈ない〉

 

あっさりと答えてくれた、まあそんなものだろう。

 

「ははっ、ですよね」

〈……急になんだ?〉

「いえ、ただちょっと、あっしの故郷を燃やした魔女が似たような杖を持ってたのでもしかしたらなぁとか思っ────」

 

 

────何かが首を通り抜けた────

 

熱い なんだ 痛い これは 赤い 焼けた 痛い 空が落ちてきてる なぜ 星が落ちてる 違う これは 待て どうして 体が 誰かの 誰だ 男の体 それは 見覚えがあった

 

────それは、()()()────

 

 

「────…………ッ! ハァッ……ハァッ……」

 

長い間、真空のような場所にいた感覚に陥ってた。

 

思い出したかのように首がくっついてるか触れてみる。

切り傷はない、ちゃんと繋がっていた。正常な状態だ。

 

心臓の音がうるさい、環境音が何一つ耳に入ってこない。

 

落ち着け、深呼吸、深呼吸をして、

 

〈おい〉

「……はい」

〈どーした、急に過呼吸になって〉

「ぇ、ぁあ、なんでもないです、たはは」

 

なんでもない、なんて都合のいい言葉で必死に誤魔化す。

明らかに、何か()()()()()()()()()()()を犯したのはわかる。

 

〈そうか、まあいい〉

 

彼女を抱っこして馬車へと乗り込んだ。

起こすなよ、とでも言いたげな雰囲気だった。

 

〈そうそう、ゴードン〉

「は、はい! なんでしょうや?」

〈いいこと教えてやる────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

()ッ、と背筋が凍る。

そのセリフには聞き覚えがあった。

 

忘れるはずがない、忘れたことすらない。

あの時の、里を燃やした魔女が自分に対して放った言葉。

 

心臓を締め付ける(握り潰す)ような威圧感、近くにいるだけで灼ける(凍える)ような感触、直視した途端に眼球そのものが失明しそうなほど眩しい(昏い)存在。

 

その異常なモノと全く同じセリフを、この杖と呼ばれる物体が言い放っていた。

 

「……へえ、以後覚えておきやす」

〈それでいい、じゃあしばらく魔力回復のため一時的に意識を落とすからな〉

「何その機能」

 

答えが返ってくることなく、静かになった。

 

ドッ、と汗が噴き出る。

呼吸をした覚えがない、今ようやく空気を肺に送り込んだ。

 

まだ生きていることが奇跡のように感じる、この世のものに感謝した。

 

「…………あっし、とんでもないのに手ェ出しちゃったなぁ」

 

己の愚かさに、つい笑いが溢れた。

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