明らかに魔法の性能がおかしい回復魔法使いと謎の女吸血鬼のマイペースな冒険生活   作:ジョク・カノサ

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15話  仮初の希望

 アイスさんが話を聞いてくれたことで僕達は一旦、吸血鬼だなんだという話を後回しにすることになった。

 

 巣の上に居た僕達はそのまま糸を伝って親蜘蛛が居た場所へ。アイスさんも同じく上にあがって僕達とは違う糸から目的地に向かう。今更だけど巣の縦方向の糸はくっつかないらしい。

 

 アイスさんの手には剣が握られたまま。蜘蛛達を全部倒したというレイさんの言葉を信じていないのか、それともレイさんを警戒しているのか。それは分からなかった。

 

 やがて僕らは合流し、ピクリとも動かない親蜘蛛が居る場所へと辿り着いた。

 

「ほ、本当に死んでる……?」

 

 蜘蛛の大きさは僕の背丈二つ分くらい。足が長く、頭と眼と胴体全てが大きい。動かないとは言っても近くで見ると迫力が凄く、気持ち悪いというよりも純粋な怖さを先に感じた。

 

「疑わなくてもいい。確実に死んでいる」

 

「はー……そう言えば、なんでこの蜘蛛は最後まで動かなかったんだろう」

 

「それは恐らく――騎士、これの後ろにあるだろうモノを処理してこい」

 

「図に乗るな吸血鬼。そもそも貴様の指示など受けずとも、元よりそのつもりだ」

 

 そう言ってレイさんを一睨みをした後、アイスさんはそこに何があるのか既に分かっているといった感じで蜘蛛の後ろ側へと回って行った。

 

「こいつが動かなかった理由、それは恐らく卵だ」

 

「!」

 

 それを聞いてすぐに分かった。この蜘蛛は卵を守る為に動かず、その分の仕事を小蜘蛛達にやらせていただんだと。

 

 そして、蜘蛛の足元にあるもの。釣り上げられた際に見えた(これ)は。

 

「そしてこの繭は餌。自分か、生まれた子の為か。それは分からないが」

 

 丁度人一人が入るくらいの白い繭。ここにはそれが五個あった。その内の一つ、僕が人が居ると気づいたキッカケである腕が外に突き出ている繭。それが僕達の目の前にある。

 

「中がどうなっているかは私にも分からない」

 

「はい。分かってます」

 

 捕まってる人が居るとアイスさんには言った。助けないと、とも。

 

 でも実際、この中に居る人が生きているかどうかは分からない……というかそうでない可能性の方が高いだろう。捕まってから間も無い人ばかりじゃないんだろうし。

 

 でも。

 

「生きてさえいればなんとかなるかもしれない。それにほら、僕回復魔法使えますし。怪我してたりしても治せます」

 

「それは……そうだな」

 

 レイさんは少し困ったような表情だった。まあ、中の人が生きてるとしたらまず欲しいのは水とか食べ物だろうしね。回復魔法は要らないかもしれない。

 

 それでもいざとなったらすぐに使えるよう心構えをしておくつもりだった。というか僕にはこれしか出来ないし。

 

 僕は一度、大きく息を吐いて――レイさんに頼んだ。

 

「繭を開けてください」

 

 

 

 ☆

 

 

 

「サンゴっ!!」

 

 焦りの声音だった。先程、あの付き添いがみっともなく釣りあげられた際に聞いた声。それよりも高く、複雑な声のように感じた。

 

「なんだ……?」

 

 真珠のように丸々とした蜘蛛の卵。その最後の一つを凍らせ潰し、私は即座に元居た場所へと向かう。

 

 そこに私が想像していた光景は無かった。口元の飾りを外し、擬態を解き、その内に秘めた危険度を感じさせる非人間的な真白い肌を晒したレイと呼ばれる吸血鬼。

 

 ヤツが傲岸不遜と言ってもいい威容で立ち、ヤツとどういう関係なのかもなぜ付いて来たのかも分からんアレがその後ろに控える。それがこの眼に映ると思っていた。

 

「ぅっ……えぇぇ……」

 

「見てはダメだ!ああっ、ダメだサンゴ……」

 

 糸で出来た床に手をつき、青ざめた顔で吐しゃ物を散らす付き添い――サンゴ。それに対して膝をつき、心配の声をかけつつも具体的な行動を取れず、無様とも言えるような慌てふためいた仕草をする吸血鬼。

 

「背中?背中を擦ればいいのか?水は要らないか……?」

 

 束の間に動きを止めた頭上の蜘蛛共と、それらを全てを殺したと語る吸血鬼。巣に上がり糸を歩き、それが紛れもない真実であると理解し、私は燻るような怒りを一時忘れ――寒気を感じていた。同時に取り戻した理性的な思考。

 

 こんな真似が出来る吸血鬼に私は果てして勝てるのか、と。

 そして、そこまでの力を持つ吸血鬼が人間に対等な存在として親愛を向ける筈はない。ペットとそれを飼う吸血鬼。

 

 この二人の関係性を漠然とそのようなものだと捉えていた。人間が犬にそうするように、愛玩物として飼うことなら有りうるかもしれない。先程の一幕もペットを攫われて焦りを見せたと、そのように。

 

 だがそれは違う。あの吸血鬼がアレに向ける感情はその類のモノではない。直観的にそう判断した後に。

 

「!? くっ……」

 

 ()()に気が付いた。奴らの前にあったのは繭だ。果物をカットしたように中心で割け、その中を見せた繭。

 

 そこにあったのは肉片であり、骨片であり、服や装飾品がところどころに混じった()()だった。更にそこから強烈な異臭――人間の死臭が漂ってきていた。

 

 同時に思い出す。いつだかに聞いたことがある、蜘蛛の食事方法。

 

 奴らは捕まえた獲物に自身の消化液を注入し、中身を液状にして啜り上げるという。

 

 ならばこれはその延長か。繭の中に獲物を閉じ込め、消化液で満たし、中身だけに留まらず全てを溶解させ餌とする為の。

 

 鼻を抑えて顔を顰める中、ふと繭の横に落ちる形を保った腕が見えた。その断面を見て私を悟る。

 

 捕らえる際に苦労でもしたのか繭からはみ出た腕。だからこそ無事だったのだろう。だからこそ中身につられて断面がぐずぐずになり、繭が割れると同時に千切れたのだろう。

 

 そしてこれを見たからこそ、ヤツは捕らえられた人間がまだ生きているかもしれないと思ったのだろう。

 

 コイツが見た希望は滑稽なまやかしに過ぎなかった。そしてその代償を今、払っている。

 

「う、ぇ…………」

 

 吸血鬼の対応も虚しく、何度も嘔吐を繰り返す。当然だろう。こうまで凄惨かつ生理的に受け入れ難い人間の死にざまは、私とてそう見た事がない。

 

 見た限りコイツはただの人間だ。武を鍛えた人間でも無ければ精神を鍛えた人間でもない。そんなヤツが見て取り乱さない光景じゃない。

 

「……レイさん」

 

「な、なんだ?私に何が出来る?何をしてほしい?」

 

 だから少し落ち着いた今、次に出て来るのは弱音だと。そう思っていた。

 

「次の繭をお願いします」

 

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