「フヒッ...君って変わってるよね......僕もだけど...」
後ろから抱きつき、僕の髪に顔を埋めて一心に撫で回す初めてできた恋人。そしていつかは......僕に春のひだまりの心地よさだけ遺して行ってしまう人。
さっきまで、君は、君のために用意しておいた君の好きな漫画の最新刊を、お気に入りの大きな縫いぐるみを背に読んでいた。僕はそんな君を視界に入れつつ隣でゲームをしてた。君と漫画の感想を言ったりしているうちに君が僕の部屋へ来たときの恒例となりつつあるブラシッングタイムが始まった。
人に触れられるのなんてゴメンだし、ましてやいい思い出の無いこの髪。僕が全てを諦めて縛られて生きて行く事の象徴。陰口を叩かれたり怯えられたりネタにされたりすることはあれど、君みたいにキラキラと瞳を輝かせ純粋な好意を寄せる人はいなかった。
付き合い始めてから遠慮がちにでも期待を込めて見上げてくる瞳に、絆され一度だけ。それから優しく慈しむ様に触れる君の指が思いの外心地よくてだからこれは君だけの特権で僕だけの特権。
大好きなイデア先輩に張り付き、先輩の神秘的な髪
にブラシッングするこの時間が私はとても好き。
先輩の心を現すように驚いたり興奮すると火力が増したりキラキラ燐いたり、照れるとピンク色に染まったり、私を抱きしめるみたいに巻きついてくれたり。
まるで先輩の意志をそのまま持っているかに思えてとても愛おしい。
どこを触っても、うっとりするほど滑らかで、燃えているのに何処となくひんやりとしたその美しい青に顔を埋めながらふと思ってしまった。
一度考えてしまうと抗いがたい魅力にもう後には引けず、次の瞬間には私の思考はそのまま口から溢れていた。
「先輩、先輩の髪食べてもいいですか?」
「...ふぁッ!!!!」
さっきまでされるがまま大人しかった先輩が飛び上がり危ない物を見るような目で「正気か...」と問いかけてくる。
むぅ。「失礼な、正気だし本気です。」
ほんのりピンク色に染まった頬を膨らませ、上目遣いで睨まれても全く怖くないんですが...その可愛い顔僕以外の前でしないで...
「お、お腹すいたの?まだ君の好きって言ってた駄菓子あるケド...」
箱買いしてる駄菓子たちを取りに行こうと離れようとしたらキュッと掴まれた。
「お腹は空いてないです。先輩のがいいんです!ねっ少しだけでいいんです!先っちょだけ!」
「ちょっ!誤解を招く表現やめてクレメンス」
僕の体にしがみ付きそんなこと言うのホントやめてホスィ。
「僕の髪なんて食べても美味しくないよ」
下唇を噛みながらアンニュイ表情で目を伏せ先輩が言う。
「一口だけください」
しっかりとした落ち着きのある声でそんな願いを言うから...君の願いなら何だって叶えて上げたいから、君にそう言われたら僕の返事は一つだけ。
こんな呪いの髪を態々取り込みたいなんて、
君ってやっぱり変わってる。僕を好きな時点で十分アレだけど。
君の中に僕の存在が溶けて馴染んでゆく様を思えば
髪がパチパチ弾けたのがわかる。我ながら正直な髪だ。
「フヒッ...君って変わってるよね......僕もだけど...」
「いいよ」
手短にあった鋏と髪に清浄魔法をかけてから髪を切る。今日は体力育成なかったし、毎日ちゃんとお風呂入ってるけど、君に不純物を取り込ませるわけにはいかないし一応ね。
先輩が長い髪の先をひとすくい掴み、ジョキンと良く切れそうな鋏で切った。
「ハイ」
微かに震える片手で差し出される炎。
火の玉みたいになった髪を渡されまるで、あの炎が切れるのか少し疑問だったけれどいざ目の当たりにすると燃えてるけどやっぱり髪の毛なんだなって魅入られた青を両手で受け取りながら思っていた。
「アッ、アッの僕から離れると徐々に消えて行くから、食べるなら早くしないと、って、そんなもの食べたいわけないよね、そもそも冗談だったのに通じてないしこれだからキモヲタは〜あ~ホント スミマセン 、今すぐ消えマスんで」
先輩から生まれた新しい命を貰うような不思議で何処か神秘的な気持ちになりうっとりとしていたら何だか勘違いしている先輩の早口が聞こえてきた。
ってこれ早くしないと消えちゃうのか、そっか食べて消えてしまうのが勿体ないとか思っている場合じゃない。
「いただきます」
一口でなんの躊躇もなく受け入れる君。
君の中に消えていく青い光が見えなくなり本当に食べてしまったのかと、大丈夫だと思うけれど不安になる。
揺蕩う炎はしっかりとした質感を持っていて、でも普通の髪とは全く違いどちらかというと無重力空間に浮かぶ水のように自由で、しっとりと滑らかで、表面は心地よい冷たさで指を通せば仄かに温かい。
そんな極上の髪に魅入られ先輩と二人で居るときは大体先輩の髪に埋もれている。
それが今私の口で揺れている。
するり、ごくり、と飲み込んで、
パチッと喉の奥で弾けて、
私の体の中に先輩のあの美しい青が溶けてゆく。
じわり、どろり、と溶けてゆく。
私はカニバリズムやそれに近い趣味もない。
だけどどうしても先輩の炎を食べてみたかった。
この炎が消えずに私の中に定着して完全に私の身体の一部になってイデア先輩との見えない絆になって欲しくて。
もしも、いつか突然元の世界に帰ってしまっても決して消えることのないイデア先輩との繋がりがあればきっとまた世界を越えて出逢える気がするから。
「このまま永遠にイデア先輩の炎が私の中で燃え続けたら良いのに」
両手で胸元を祈るように抑えとても幸せそうに微笑む君がそんな事を言うから...
...もう君を諦めなくても良いよね...
いつか来る別れに怯えて一人震え枕を濡らす事も、慣れていた冷気が再び足元に忍び寄って来ては君という温かさを知る前の様には上手く呼吸が出来なくても...ちゃんと君を返してあげる筈だった......
僕の前でそんな事を言ってしまうなんて、束の間の夢の様な思い出だけ抱え生きていくつもりだったのに。
この陽だまりの温かさを感じられなくなっても、いつか記憶の中の君の温かさまで喪い、帰ることのない日々に心も体も蝕まれ身動きがとれなくなると解っていても......
君が望めば籠を開けてあげる筈だった。
でも、もう手放してはあげれない。
君は永遠に僕のもの。
君の中に宿る炎は 呪い か、それとも 祝福 なのか。
唯一つだけ確かなのは、死してなお君は僕から離れられない。
何処までも逝こうとも君の全ては僕だけのもの。
冥府の柘榴と僕の何処までも重い想いを君に捧げよう。
(愛しているよ、僕のペルセポネ...)