「あの、サインください!」
とある日の食堂。いつもの通り適当な定食を頂いていると、クラスメイトではないが同学年の生徒から唐突にそんなことを言われた。
サインって、私の名前?
差し出されているのは鞄と太めのペン。
……私の物じゃないのに名前書くの?
しかも割と消えない系のやつで。
「はいっ! お願いしますっ!」
そんなに言うなら書くけど……。
「ありがとうございます! 大切にします!」
「そ、そう?」
「すみません、僕もいいですか!」
「あの、わたしも!」
おうおうおうおう、なんだ、なんなんだ?
一度許可したら次から次へと、なんでみんなして私の名前を欲しがるんだ。
あれか?
竜人たる私の威を借ろうっていう、そういうやつか?
仲間だぞーとか、あるいは倒して奪ったんだぞーとかって感じの。
「家宝にしますっ!」
か、家宝て。
こんなその辺に売ってる鞄にペンで名前書いただけのなんにも付加価値ないもの、自分の代ですら最期まで残せるか怪しいと思うんだけど。
──次から次へと自分の名前を書くこと30分。
流石に付き合いきれず切り上げさせてもらい、私はすっかり冷めてしまった食事をもさもさと食べる羽目になってしまったのだった。
ホームルームが終わり放課後。
がやがやと解散していくクラスメイト達に紛れ、私はこそこそと教室を出る。
目立つ翼や尻尾は少々窮屈な最小サイズな上に鱗を透明化させている技術を応用し、気合いを込めたほぼ透明状態だ。よく見られたらバレてしまうが、そこはこう、うまいこと人混みに紛れて行くわけで。
しかしなぜだ。なぜ急に私の名前をみんなして求め出したんだ。
今まで順調だったじゃん? それがどうしてこうなった。
「……」
この学園での入学式の時、初めて私のような竜人を見たって反応が大多数だった。
声を潜めて遠くからひそひそと噂されたり、あるいはわざと聞こえるようにトカゲに呪われてると大声を出されたり、おおよそ予想のつく反応だったっけ。
ちなみに前者は少ししたら慣れたのか特にそこから発展はないし、後者は保護者付きで謝罪にきたよ。どうも平民の出で竜人って種を架空の存在だと思っていたらしく、絵本に出てくるガチ竜の子孫とは夢にも思わなかったご様子。そこも含めて予想通りなので菓子折り分ラッキーって感じ。
「だからサインは予想外……」
ここ王立ミズノハラ学園では、生徒の出身に位を別けず同等に扱う事を表明している。
貴族にとっては子へ平民の目線を教えるに丁度よく、平民にとっては卒業後に貴族へ取り入る切っ掛けとなる。……というのが売り文句であり、そのため生徒達はお互いに家を着飾ることは避けるよう言われ努めている。
別に貴族出身だとかを語る行為を直接禁止されているワケではないが、どう威張っても学園の性質上生徒同士の関係に上下は生まれないし先生方も萎縮しないし、なんならクラス中からそのアピールに対し“ダサい”とすら評価され切り捨てられるのがオチなのだ。ちなみに冗談や会話のネタに使うのはセーフ。マウント取って暴君するのがダメ。
だから階級社会の枠の上に立つ存在の竜人たる私でも食堂の戦争時に容赦なくタックルを食らうし、お手洗いを含めた清掃当番は回ってくるし、みんなと同じ定食を食べてる。
そう、だからこの学園での生活を気に入っていた。平等に、普通の人と同じ振る舞いのできるここを。
……ルル相手にちょっと上から言ってるのは、うん。それで退いてくれたらって想いがあるんだけど……。
「やっぱり尻尾と翼、これのせいなのかなぁ……」
誇りだのなんだの言って、目立つもんは目立つ。竜人であること自体は隠しようがない。
将来を見据えてコネを作るっての自体は許されてるし、でもだからって今更なぁ。
「あ、ねこちゃん」
込み合う寮の玄関は流石に使えないため自室に戻るわけでなく裏手へ行くと、猫がやってきた。
んなーと寄ってきて、私の尻尾の匂いを嗅ぐ。
人馴れしてる子だな。撫でられるかな。
「あっ」
座ったらぴゃっと逃げていった。
びっくりさせちゃったかな。
距離を開けて、観察するようにこちらを見ている。
「……怖くないよー」
確か目を合わせたらダメなんだっけ。
しゃがんだまま思いっきり横を向いて、指をパタパタ動かして呼んでみる。
どうだろう。くるかな。脈アリならちょっとくらい近付いてきてくれてるかな。
首を動かさずチラッと目だけで確認しようとしたら、角が邪魔で見えない。
おま、こんな時にも邪魔なのかよ。さっきも縮めらんないし透明にもできなかったし、なんなんだよ。
「にゃー。にゃにゃにゃー」
おいでーという声かけももう面倒になって雑ににゃーにゃー言いながら数分。
まったく猫が近付いてくる気配がない。脈なしかな。
「いないし……っ!」
もういいかなって振り向いたら、そこには何もいなかった。
なんなの?
なんの時間だったの?
私、数分も虚無に向かって呼び掛けてたの……!?
なにが竜人だ。
そんなものがか弱きお猫様相手にどうなる。
答えてみろ、答えてみろよ、私──
「帰ろ……」
立ち上がって回れ右。
「帰るの? 飛ぶのもいいと思う」
紫のもふもふことルルがいた。
いつの間にか。
こんなところに。
「……見てた?」
「猫はごはん持ってこないとやってこない。とても現金なやつら」
ねえ。見てたか聞いてるんだけど。
「おいでー。ぎぞくー」
あっ、さっきの猫……!
「義賊は一番現金なやつ。ごはんがないと分かったらすぐどっかいっちゃう」
「……まさかあんた、野良猫に食事与えてるの?」
野生動物相手にそう手を加えるのはあまりよくない。
満足するのは人間のエゴってやつだ。
「知ってる猫たち。だから名前もついてる。この子は黒猫の義賊だよー」
「ならいいんだけど」
というか、猫の名前に義賊て。
ルルの手元からペーストの食事らしきものをぺろぺろと舐め取っていく黒猫は、しばらくすると満足したのかひと声鳴いて食べるのをやめた。
でも側から離れない。
……もしかして、撫でるチャンス……!?
「おみずー」
「ああ、そっちか……」
皿にした自身の手へ魔法で水を出していく。
躊躇もなく例の文字の書かれた手帳を見せているが、ここは特に指摘も追求もしなくてよいだろう。
しばらくすると今度は鳴かず、満足げに歩き去っていった。なんというか、貰うだけ貰ってとかふてぶてしいやつだな……。
「義賊ね、式が近いんだって」
……ん?
「寮長さんが言ってた。猫も解を求めるんだね」
「あんたね。それはたぶん式じゃなくって……」
式。
シキ。
……
「お年寄りだから賢いのかも。わえの──わぷっ」
「……」
「んゆ? なんでわえを撫でる?」
あの黒猫は現金なんじゃない。
もう身体が言うことを聞かないから、お気に入りの寝床へ戻れる体力を残す最低限で動いているんだ。
「そうだ」
ルルは鞄から板とペンを出す。
……まさかと思うけど、あんたまで私のサインが欲しい訳じゃないでしょうね。
もう今日は散々書いたしキレそう。
「違うよ。義賊の名前書いて」
それは、別に良いけど……。
でもなんで私が?
「わえ、猫の言葉わからないから」
……は?
「さっきにゃーにゃー言ってたし、義賊にわかる言葉と文字で名前欲しいの」
やっぱり、見ていたのね?
さっき私が虚無へ向かって話しかけてしまったところを……っ!
「ねえ、ねえ、まって。なんで怒ってるの? ねーえー!」