半年前。
異邦人オル・ガ・ルヴァが発見される直前の事だ。
赤ん坊の頃から傍にいてくれていた犬が倒れた。
『自分の目で確かめなさい。そして、命を学びなさい』
『……はい』
それが老化によるものなのか、それとも病気によるものなのか。
お父様は自身で調べ、確かめろという。
私とてその意味を分からなかった訳じゃない。
すぐに家を発ち、手を尽くしたが──
──そんなちょっと前の出来事を思い出したのは夕暮れの寮の自室。
窓越しに聞き馴染みのある声がしたので見てみれば、寮の裏には猫とルルがいた。
沢山の猫たちに囲まれたとても楽しそうな姿を見てしまったから、柄にもなく感傷深く思い出に浸ってしまったのかも。
こういう戯れを眺める度にあの犬を思い出す。
いつまでもただ楽しいだけの戯れを続けられる訳じゃないと。
それに、今は死期の近いらしい黒猫の件がある。
ルルがその瞬間に直面するのもきっと遠からずだろう。
「よ……っと」
窓から飛び出て降り立って、ルルと猫の前へ屈む。
おやつもないのに残っている猫達は人馴れしているのか、とても気軽に触らせてくれた。
指を差し出せば体当たりのように頬を押し付けてくる。
かわいいやつらめ。
「……猫派?」
ルルの方はそんな私の様子を見て、いつも通りの眠たげな黄緑色の瞳を向けながらそう言う。
急に上からやってきて猫を撫でだしたというのに無反応とは。
「犬歯。犬の歯。狼の?」
「図太いわね。……ちょっと前まで飼ってた犬の遺骨よ」
しかも私の首元に掛かっているアクセサリーを注視する余裕まであるなんて。
逆にその堂々たる様子に驚き、ルルの呟きに対し普通に教えてしまった。
隠す事でもないんだけど、弱みと思えば教えるのが嫌になる。
「わえは骨ないから寂しい」
「そうね。お母さん大好きの骨なしだものね」
「んゆ? 知ってた?」
「ええ。よーく知ってる」
自分で考えず言いなりになって後悔して、それでも言うのがお母さん。
アクセサリーの骨を持っていないという呟きに対する皮肉なのに、この返しは呆れて続ける気にもならないな。
からかうのも可哀想だ。
てかなんで高度な計算だの兵器開発だのできておいて、こんな事は分からないの……?
たまには怒りなさいよ。馬鹿にされたらやり返しなさいよ。
こっちは殴り返してくるのを期待して煽ってんの。
「わえも欲しいなー。お揃いにしたい」
「あげないわよ。この子は私と共にあるんだから」
「そうなんだ。ヴェオもそういうかな」
まったく呑気な奴。
口を開けばお母さんヴェオお母さん。
「その子、なんてお名前?」
「……」
「名前、忘れちゃった?」
「…………ペロ吉」
「んふふふ」
あーもう、笑われるから言いたくなかったのよ!
子供の頃のネーミングセンスなんてそんなもんでしょ!
「大事な子?」
「当たり前でしょ」
半年間あちこちを駆け回り、その傍らに入学の手続きをしたり……。
本当は逆の優先順位なんだろうけどさ。でも、子供の頃から一緒だった家族だ。
だから治せるなら治そうと思ったし、それが寿命だというならせめて安らかに過ごせるようにと務めた。
最期にペロ吉がどう思ったのかは分からない。でも、私としては幸せであったと信じたい。
「ルルは生物が死んだらどうなると信じてるの?」
「ヴェオも、お母さんも教えてくれなかった」
「そう」
教えてくれなかったからなんだ、個人の感想を言え。──なんて言えるわけもなく。
あやふやな答えがルルらしいと言えばいいのか何なのかは分からないけど、下手に取り繕った言葉や言い訳を発しないだけ良い。
特にこいつの場合、自分の作った兵器でその世界の人々が──
「──でも覚えてる。レア・スは“戦士の安息と誇り”って言ってた」
知らない名前だ。
響きからしてこの世界の名前ではないし、もしかして向こうの世界の知り合いかな。
「レア・スは《
「それはまた、とんでもない人ね」
言葉の文字通りなら到底お目に掛かれないだろう英傑に違いない。
「わえは聞いた。じゃあ戦士じゃない人はって」
「その答えは?」
「皆に考えさせないのが《三英雄》の務めだろう、だって」
納得する答えは得られてなさそうだが、一応はルルも死についてを考えた事があるのか。
どうせ言われるがままで何にも考えたことないだろうと内に侮った件、ここに詫びておこう。
……それにしても、三英雄か。
レア・スの発言と態度を考えるに、やはり人類を守る力というのも納得させられる存在なんだろうね。
恐らくはこちらの世界における竜人や勇者に匹敵する立場くらいだろうか。
昔からこんな様子だろうルルへすらそう語る三英雄とは、肩書に恥じない堅物には違いない。
「あ、義賊きた」
「本当に食事する為だけに来てるわね、こいつ」
「昔からこんななんだって。見回りごくろー」
そろそろ暗めの話題を変えた方が良いかも知れない。
ルルの過去に纏わる話なのでどこに落とし穴が潜んでいるかも分からないし。
本当に黒猫義賊はいいタイミングに来てくれたね。
ふてぶてしいけど。
「……そういえばそいつ、なんで義賊って名前なの?」
メシを貰ってすぐ帰るというのは聞いたけど、まさか本当にそれだけ?
「んー……。昔から寮で失くし物があると見つけてきてくれるんだって」
「失くし物を、見つけてくる?」
「代わりに食事を要求する。仕事には報酬を、ぎぶぎぶみー」
最後の言葉は意味分からないけど、頭がいいんだろうなこの黒猫。
「義賊って悪を成敗するって名でしょ? そんなことできるの?」
ルルの差し出した食事をぺろぺろと舐めているので触れるチャンスかと思い手を差し伸べたが、ぬるりと避けられてしまった。
「知らない。寮長さんに聞けば答えてくれるかも」
「まぁ、詳しいのはそっちよね」
恐らく名義上は寮長さんの飼い猫に座する。
それに昔から知っているのも向こうだ。
「ご老体でも見回って、あちこち歩いてご飯を食べたら寝に帰る。寝たら中々起きない」
「あまり無理させないことね」
「猫は言う事聞かない。わえ達は振り回されるだけ」
私の
思えば子供ながらに結構無茶ぶりしたなぁ。
「んっ、んっ」
「……なによ」
ルルが片手で義賊に食事と水を与えながら、自身を指で差している。
器用に水を出している手帳を咥えつつだ。
そこまでして何が言いたいんだろう。
ぽとり、と手帳が落ちて地面を濡らした。
「わえの名前、聞かない?」
「興味ない」
興味があるとしたらルルの世界における命名方式。
レア・スにオル・ガ・ルヴァ。どちらもこちらには全くない響きだから。
「んゆむぅ。聞かれたら答えたのに」
「大した由来ないでしょ、どうせ」
ネグレクトの育児放棄な母親だ。
きっと凝った名前にもしてないに違いない。
というか、名字たるルヴァはともかく“オル”や“ガ”単体に意味を見出せない。
400年前の勇者がそうだったが、異界の言葉等はこちらの世界へ同調するように神が訳してくれるらしい。
ホントの所はどうだか知らないけど、都合よく翻訳されてるのは確かだ。現にルルと会話ができてるし。
たまに翻訳しきれなかったり翻訳する先が無かったりするみたいなんだけどさ。
ま、つまりだ。
先ほど言った言葉に意味を見出せないというのはこの通り。
オルはともかく、ガって何よ。ガって。
虫好きに育つのを見越して
しかもこいつが好きなのはカブトムシだし。
「あーあー。機会逃した」
「どうでもいい」
「フロレンスに教えちゃおうかなー」
頭の中で金髪のチビが笑ってる。想像内でもうぜぇなこいつ。
あとで見つけたらぶん殴っておこう。
「聞かれなくとも言っちゃう。レヴニールはお母さんの名前」
「……え?」
そういえばこいつが今名乗ってるルル・レヴニール、ルルは本名の抜き出しだけどレヴニールについてまでは知らなかったな。
レヴニール、あるいはレヴナント。他の国の言語だかで甦った死者、再び来る者という意味のハズ。
民話とかの怖い話に出てくるような名前を採用しているなんて、なんでだろうとは確かに思っていたけど……。
「あんたの母親、ずいぶん不気味な名前ね」
「そうかな」
偽名を良い機会にそれを継いだルルもルルだ。
理由を聞けば断りにくいし、お父様もさぞ心労なさった……って……んん?
「あんたのお母さん、名前でレヴニール?」
「んゆ? そうだけど。エンリカ・レヴニール」
「なんというか……普通ね」
全く普通の名前じゃんお母さん。
エンリカはこっちでも普通に聞く名前だし。
レヴニールに関しては……まぁ意味が通るだけまだマシって所かな。
なんにせよこっちと世界が違うから命名の法則も違うって話が通らんぞ。
いやまぁ、向こうにも地域ってモンがあるんだろうけどさ。
親子で全部名前違うのは見過ごせないし謎だらけ。
「じゃなくって、わえの名前聞いてー」
「どうでも──」
──よくはないな、こうなるとオル・ガ・ルヴァが気になる。
「じゃあ聞くわよ。あんたの名前の由来って?」
「んふふ。よくぞ聞いてくれたー」
食べ終えた黒猫の義賊がすぐさまどこかへ行き、立ち上がったルルが天を指差す。
手先に付いた食べカスや水っけがだらだら垂れ下がってものすごく汚い。
「わえも知らない!」
「何で聞かせたのよ!」
すぱこーん!
痛めつけない程度で頭をすっぱたくと、やけに気持ちがいい音がした。
フロレンス
「今度は殴られそうなんだけど」