からん、と折れた剣が地面を転がる。
剣の持ち手は何が起こったのかを把握できなかったようで、腕を伸ばした姿勢のまま固まっていた。
無理もない。
意気込んで上段から思いっきり頭頂へ振り降ろしたら折れたのだ。
髪の毛一本斬れず滑って角に絡めとられた刃は止まり、ちょっと首を傾けてみたら
「む、無理です……」
そんな無常なる防御力を誇る私が反撃にと拳を振り上げてみれば、対戦相手は攻撃を受け止める気も避ける気もなく降参を申し出る。
俺なら勝てる、俺ならやれると意気込んでたから策があるかと期待していたのに……。
「次どうぞ?」
「そりゃー!」
おっと、次はルルが来た。
ルール無用に放たれた不意打ちの威力は乏しく、身長差なのか見誤ったのか胸当てに弾かれる。
無抵抗な相手なんだからせめてちゃんと当てなさいよ。
──現在は授業の一環、
剣の道と書いて剣道。つまりは武芸を競うスポーツにして自衛力を獲得する手段。
スポーツなのでルールを説明しよう。
まずお互いに模擬戦用の剣を腰に据えて向かい合う。この際、刃は鞘に納めたまま柄にも触れない。
そして相手に聞こえるよう名乗りを上げ、審判あるいは示し合わせたタイミングで対戦スタートだ。
その後は初手で剣を投げ捨てようが殴りかかろうが魔法を使おうが、あるいは他の武器を拾っても構わない。
つまり、公平な状態からよーいどんで闘争を開始するだけ。
その決着は致命傷分のダメージを与えたと判断を審判が下す、相手が降参する等々で決まる。
「ふんぬ! ふんふん、ふんぬぁー!」
唸りながら剣を振るうルルのや私の身には簡易甲冑が装着されている。
基本的にこの装甲部分はノーダメージ判定だ。
あくまで基本的に、なので力さえあれば上から殴り倒す事もできるのが剣道。
ルルの腕力と私の頑丈さの差だと絶対無理なんだけどね。
「温いわ」
「うわーっ!」
なお素で甲冑以上の硬度を誇る竜の鱗も当然ノーダメ。
こうやって刃を握って止める事だって出来ちゃう。
そんで握り壊す事も。ぽきん。
「剣技を磨くって点じゃダメよね、これ」
「ひどいと思う」
「お前ら剣道のけの字もねぇじゃねえか……」
医療班として回っていたフロレンスが呆れ声を出した。
回復系魔法を使える人材はこういう時に楽できていいよねぇ。
「楽じゃねぇよ大変だよ。無茶する若造ばっかりで」
「あんたが全部治すから信頼してるんでしょ」
「ま、みんな美少女に治療してもらいたい夢と欲を持っているからな」
「流石ヤクザ」
「フローラルを抜かすなや」
回復魔法とは本来治癒能力を高めたり鎮痛作用を施す程度のものだ。
骨が折れたり肉が裂けたりって場合はしっかり物理的な処置が必要となる。
後遺症が残らないためや手術時の補助程度な役割が正しい。
しかしフロレンスの治療は完璧過ぎるものだ。
打撲擦り傷はともかく、骨が砕けようが医者が首を横に振ろうが治せてしまう。
「……いや、本当にあんたが全部治せるからって調子乗ってない?」
「かもな。痛いには痛いだろうに、それでも人は戦いをやめられないんだわ」
「練習用に刃が潰されてなきゃ死体ができてるわよ」
「潰されてるから無茶なされてるんだ」
会話しながらも近くでまた怪我人が出たので手のひらを向けてぱっと回復してしまう。
「わえも使いたい。医療キットは大事」
「お前ら怪我すんの?」
「んーん。でも使えて損はない」
おいちょっと、私はともかくルルを含めてお前
まさか私が守る前提で話してる訳じゃないよな。
「違うの?」
「違うの?」
違うだろ!
自分の身は自分で守れ!
「力なき者の剣となり盾となる、それが我々の使命じゃなかったのか!」
適当な事言うなフロレンス。斬り捨てるぞ。
「でも、とにかく使ってみたい。魔法は便利」
「まぁいっか。回復できるようになって困るってことは無いだろし」
「やったー」
できて損はない、便利っていうのは確かだけどさ。
フロレンスみたいなレベルでの行使は無理だと思う。
「そうなの?」
ルルは回復魔法の基準を知らないからのほほんとそう言えるんだ。
こいつはさり気なくさらっと大怪我すら治してしまえるが、こういうレベルは王宮が欲するはず。
いや、即死しなければ治せるなんて技量を誇る術者を王宮が放置する訳がない。ドラゴンスレイヤーほどではないが、戦争時にそんなやつが野にいたら戦況がひっくり返ってしまう。
「ふーん?」
説明したってルルは首を傾げたままだ。
竜人たる私ですら基礎的な回復魔法も使えないとすればその難しさが分かるだろう。
「クラスメイトや委員長の名前すら覚えてない私が覚えてたのよ? そういうレベルの話なの」
「そういえば名前全部覚えてた」
フロレンス・バタイユ。
バタイユ家なんて聞いたことないし何者かしら本当に。
「おっと、学園権限で詮索はなしだ」
「そうなっちゃうのよねー」
仲良くなって教え合う事は問題ない。
問題ない、が。こいつとあんまり仲良くなりたくない。
だって絶対
お金に困ってる訳じゃないから報酬目当てもナシ。
「おーしーえーてー」
「それは回復を? それともオレの経歴?」
「かいふくー」
「それは構わないんだけど、オレの秘密の一端でもあるからなぁ」
──この学園へ私が来た初日の話。
ここの生徒と馬車が衝突し、ひと目でこれはもう助からないと私含めて居合わせた全員が心の内で思った。
虫の息という表現は悪いけど、正しくその通りの状態だったんだ。
そこへ誰かに呼ばれて走ってきたのがこのフロレンス。
こんなチビを連れてきてどうするんだと思っている内にぱぱっと回復して、回復しきって騒ぎを終わらせてしまうのだから驚いた。
怪我なんてなかったと錯覚するレベルの処置に驚き、いざという時に頼るため名前を聞いてしまったよ。
「え。ドラゴン娘ってそういう理由で人の名前覚えるの?」
「当たり前でしょ。私は回復できないんだから」
面倒な性格だし仲良くしたり友達になったりとかはありえないけど、それはそれとして私にできない事をできるという点は無視できない。
プライドで人の命は救えないんだ。
「そんな嫌われることしたかなぁ」
口調と態度が壊滅的なのがね、ちょっと……。
もうちょいお淑やかにできないものかな。
「粗暴だっていいてぇのか。この究極完全体ハイパー美少女フロレンス様ちゃんに」
「その口が証拠じゃないの」
と、馬鹿やってる内にフロレンスの後ろに回りこんだルルが剣を振り上げている。
まさかの再び不意打ちとは、いいぞやれやれ。
「ダッキングブロゥ!」
しかしフロレンスはそんな背後からの一撃を腰を落として身を逸らす事で避けてしまった。
それどころか、移動させた重心をそのまま威力に乗せて拳の後ろへ反撃を入れようとしている。
「ストップ。わかれ」
剣道において状況が硬直した時、審判は「わかれ」と宣言する事で仕切り直しができる。
このままガチの殴り合いが始まればバイオレンスデスマッチになってしまうので、こいつらの試合といえど仕切り直そう。
始まってしまえばルール無用なのが剣道というのは確かだけど、はじめは肝心なんだよ。
「仕方ないな」
「んむぅ」
ルルの剣先は地面を叩き、フロレンスの拳はルルの腹部を捉える直前で止まる。
結構ガチでやりあってたなこいつら。
「まずルールに乗っ取って始めなさいよ。ほら名乗り上げから」
「しゃーねーな」
私から剣を受け取り、腰に据えたフロレンスがまずは名乗る。
「我が名はフロレンス・バタイユ、闘争の化身なり!」
闘争の化身が回復魔法を行使すんな。
続いてルル。
「わえはオ……ルル・レヴニール! えっと……《
おい困ったからって勝手に三英雄の座を取るなよ。
いやまぁ、本物はこっちの世界にいないんだし適当こいたって怒られやしないんだろうけど。
名乗り上げが済んだのでここからは自由に打ち合う手筈。
だがルルは剣を抜いて構えたまま、フロレンスは棒立ちのまま動かない。
「ふたりしてビビってるの?」
「ばっきゃろ。まったく戦い慣れしてないルルち相手に本気でやるかっての」
ふーん。
じゃあルルは?
「未知数へ踏み込む前の情報集め。わえ、演算できないと脆い」
つまり相手の力量が分かんないから斬り出せないと。
「よしルル。フロレンスに剣技で勝ったら回復魔法を教えてもらえるわよ」
「ほんと!」「おい」
ルルは戦争、闘争という戦いが嫌いだがスポーツに拒否はない。
「しゃーね。かかってこいや」
「おしゃー!」
さて。
こいつらの実力を計ってやろうか。