地面に開いた穴の中、闇の向こうに建物が見える。
先程までは無かった地下の町、あり得ない場所にあり得ないモノ。
「…………呼んでる……」
「ルル?」
背中にしがみついているルルが小さく呟いた。
「制御機関もそこに? エレファスが動いていたから、あって変じゃない」
「ちょっと。説明しなさい」
「エレファスは遠隔。試作だから内部に詰められなかった」
「人が聞いて分かるように」
「……」
固まった。
どうやら言語化が追い付いていないらしい。
やがて、ゆっくり喋り出す。
「エレファスは、脳が……別の場所にある」
「それはまたキモい生態してるわね」
「
「自然物じゃないからあり得ない事もできるって?」
「……ゆえ、これまで見ての通り」
ま、なんにせよだ。
きっと魔物が沢山いるとか兵器が置いてあるとか、そういうのあるんだろうし正しい対処は教わってないがなんとかなろう。
暴れてぇ!
鬱憤晴らしてぇ!
……ってわけ。
「あの町、壊しちゃうの?」
「
瓦礫に埋まってた奴がいると言ってたし、フロレンスがいなければ本当に死者が出ていた。
あいつがさらっと治療をやるせいで感覚が麻痺するけど、あり得ないからね?
「それにあいつの筒から出てた矢の数々。あれも私が受け止めてなきゃどうなってたか」
「……わえは……わえと、お母さんの繋がり」
たどたどしくルルが言葉を繋げる。
「お母さんの作った合成虫の試作、エレファス、破棄されてたのを、わえが直したの」
「……だから?」
「わえが直してあげたら、喜ぶかなって」
元々のエレファスがどんなだったかは知らないけど、容易に人を殺せる物体は褒められたもんじゃないわよ。
それも所有者の手を離れて勝手に暴れるなんて。
「それは、だから……」
『──。──か? もしもーし』
「フロレンス?」
空中を漂いながらルルと言い合っていると、耳にフロレンスの声がした。
見渡してみても奴の姿はない。
気のせいかと思って正面を向いた時、そこにはフロレンスの顔があった。
「うわ」
『“うわ”、じゃないんだよ』
正確には、フロレンスの顔が映った半透明の板だ。
そんな物が眼前に浮いていて、私達へ喋りかけている。
『マグ……あー、この前見せた魔道具の機能だ。遠距離で会話できる』
「便利ね。直接現場へ赴かず会話ができるなんて」
「ラグなしならすごい」
『ま、やれることは限られるがな』
『さて』と半透明のフロレンスが仕切り直して目線を眼下の穴へ向ける。
『恐らく察している通り、あれは
ボスタイプ?
『地上に出てくる魔物を前哨戦として、それを退ければ入口が生成され本戦が開始されるはた迷惑な
「……エレファスは、わえを探してきたの?」
『それは知らん。オレだって全部知ってるわけじゃない』
さっきから「呼んでる」だの「探してる」だの、ルルは何を言ってるんだか。
「サイン、コールが鳴ってる。探し物、緊急招集」
『
「レヴニールの名を語るやつが亡霊に惑わされるなんて、中々面白いじゃない」
『とにかく放っておけばまた“前哨戦”からだ。オレはしばらくそっち行けないから任せることになるが……』
申し訳なさそうに呟かれるけど、そこは仕方ない。
学園側も混乱しているだろうしフロレンスの能力をまだ必要としているだろう。
「
『簡単だ。ボスを倒せ。戦利品があるかどうかは分からんが、とにかくこのパターンはぶっ倒したら勝ちだ』
向こうが忙しい半面、こっちは突入してぶっ倒すだけか。
とてもシンプルな方針で助かっちゃうね。
「ルル。向こうへ真っ直ぐ行きなさい。というかさっさと逃げ帰りなさい。邪魔だから」
「……んーん。エレファスと、お話する」
さっきから惑わされてる奴は信用できないのよ。
それで寝返られるというか、変な事されても困る。
「合成虫エレファスを兵器にしたのはわえ。決着は、わえが、つけないといけない」
「ふーん?」
「できなくとも、見届ける責任は……それくらいの、ことは……」
へぇ、分かってるじゃん。
『いいねぇあんたら。大好きだ』
「フロレンスが言うと気持ち悪いわね」
「気軽に言うと怒られるんだよー」
『はは、違ぇねえ。──ドラゴン娘、ルルちのこと頼んだぞ』
まぁこいつが裏切り行為しない限りは守ってやる。
実践演習だと思えば護衛の練習もまたよし。
ところでこの遠距離会話って
『流石に無理。文字通り次元が違うからな』
そっか。
んじゃ、パパッと片付けてくるわ。
『いざ出陣! 一発バーンとォ! ……行ってみよ?』
フロレンスの微妙な仕切りを受けた訳ではないが、その言葉を最後に眼下の町へ降下する。
森の中に出来た町。
この世界とは別の、次元の違う場所。
「突入5秒前。4、3……」
わざわざルルはカウントをしてる。
その通りに進むのはなんだか気に食わないので速度を速めたり緩めたりすると、それに合わせて数字が前後した。
こいつ、計器計器ってたまにいうだけあって流石に正確だな。計算も強い。
「突入!」
「わーっ!」
遊ぶのは程々にして森の中にある闇へと身をぶつけると、一瞬の抵抗の後にするりと別の世界へ入った。
「ずいぶん薄暗い、夜の町……?」
「計器に異常を検知。破損部位多数。修復不能、救難信号送信中」
着地して見上げても天井と言うものはなく、夜空の煌めきがそこにあった。
言われなければ全く知らない夜の町にしか見えないここだけど、しかし漂う雰囲気は違和感のそれだ。
石材を主に使用した道、建物、オブジェの数々には、人間がそれらを使った痕跡がまるで見当たらない。
全体に人がいたという気配はなく、無理やり町という概念を形にして庭へ置いたかのような不自然さがそこにある。
静かで、不気味だ。
心無しか空気も悪く感じる。
「ルル?」
「あっち、信号元。返信あり、誘導を開始。エレファスが呼んでる。オル・ガ・ルヴァより入電、オフラインにて待機」
「……近付いたからだいぶおかしくなってきたわね」
背中越しに腕を伸ばしたルルの声に元気はなく、亡霊の声に耐えつつかろうじて意識を保っている様子だった。
私は全く分からないけど、こんな世界を生み出す事のできる魔力の集まりだもんね。それが常に聞こえているのなら、さぞつらかろう。
そんな現場へ何度も足を運び入れるフロレンスはよく正気を保っていられる。慣れでどうにかなるものなの?
「……エレファスは、まだ脳が生きてる。機体が破損しただけ」
「今からその脳を止めに行くって訳」
「でも、違うのもいる」
「違うの?」
虚空を指していた腕がぱたりと垂れて、背中のルルはぐったりした。
私の背中へ顔を押し付けながら、言葉を迷わせながら続ける。鱗に阻まれない感覚がもぞもぞとくすぐったい。
「たぶん、それが“ボス”。わえも、お母さんも、作ってない何か」
「
「そう、かも。でも……」
それ以降は言葉が続かなかった。
どうやらもう気を保てず、眠ってしまったようだ。
「……」
寝息一つ立てず、人形のようになってしまったルルを背負い直し真っ直ぐ飛ぶ。
下手に高度を上げれば見えない天井に引っかかってしまいそうなので、浮いて移動する程度だ。
満足な速度は出ないけど安全ではある。
「さて、何が出るやら」
頼むから巨大な虫はやめてよ?
単純にそれはきもいからさ。