「オル・ガ・ルヴァの目標地点到着を確認。指示を待ちます……」
「ルル、起きたの?」
「……ノイズがひどい。足元、足元にあるはず。オフラインへ変更」
背中のルルはさておき、言われた通り足元に注目してみる。
いつの間にか石畳は途切れ、町は遠く、視界と地面は砂に覆われていた。
まるで砂漠に放り出された気分。
しっかし、これのどこをどう探せというのだろう。
とりあえず靴で表面の砂を蹴飛ばし、尻尾で更に広範囲を触ってみて──。
「ん?」
すぐに何か石以外の感覚に触れた。
砂へ手を突っ込んで掴み、
身長以上の大きさなので途中から後退しつつ引き抜いたそれは、見覚えのある筒だった。
というか巨大黒豆ことエレファスの右腕武器だ。
「私を撃った回転筒よね」
「ガトリング、あるいはハチの巣砲。沢山撃ててとってもド派手」
「本当に虫が好きねルル」
「ハニカム構造と玉虫色はわえの大好き。あと猫にお母さんに飛ぶのも好き」
でもおかしいな。
エレファスの両腕をブレスでぶった切ったのは学園で、双方ともに千切った腕はそこへ置いてきたはず。
それがどうしてこんな所にあるんだろ。幾ら混沌の地下迷宮とはいえ、人目に付く場にあるそれを瞬間移動できたりするのだろうか。
というか、現場からこんなデカいのが忽然と消えてたらフロレンスが警告するだろうし。
「一緒に本体もあるのかしら」
これが落ちてるって事は、この下に本体も埋まっているのかも。
尻尾を伸ばして真っ直ぐ突き刺し……お、なんかある。
「宝探しみたいで楽しいわね」
あるいは魚釣り。
子供の頃に夏祭りでやった遊びを思い出す。
「──通信環境の最適化を完了。情報の引き渡しを開始」
「ルルは相変わらず意味不明なこと言ってるし」
お、なんか触れた。
腕を突っ込んで引き抜けるような浅い所にはないので、手探り(尻尾探り?)でがっちり掴んで引き上げ作業。
こういう時に尻尾は良いね。私本人が大きく動かずとも尻尾を縮めるだけで回収できる。
「出て来た出て来た──って、んん?」
流石にエレファスの巨体をそのまま引き上げられなかったから結局私自身も動いて持ち上げたんだけど、あの、エレファス本体は持ち上げられたんだけど、その……。
両腕付いてて、壊れてなくて、完璧な状態と言いますか……。
「完成品、出てきちゃった……」
「ロード中。──あ、それが探し物」
砂の地面に降ろし、観察する。
確かに私の戦った
まず右腕だけど、回転筒ことハチの巣砲ではなく左腕と同じくな五本指のある普通の手をしている。
次に背中側となってしまうが大きな箱を背負っている。鉄の棒が幾つも飛び出た箱だ。なんの意味があるんだろう。
そして最後に正面、ガラスのあった場所。ここのガラスは確かにそのままなんだけど、装飾が異なり窓のように開けそうな構造となっている。
もしかしたら本当に開閉できて中を覗けたり人が入れたりするのかも知れないけど、中に詰まっているのは虫に違いない。やだなぁ。
「沢山いるエレファスの隊長機。学園に出たのも、今掘り出したハチの巣砲の元も、この子が指示を出して動く」
「つまり、これが言ってた脳って事でいいのね?」
「お母さんが作って、わえが手を加えた最初のひとつ。……ロックの解除」
ルルが最後にひとつ小さく呟くと、睨んだ通りエレファスの窓が開いた。
意外なことに隊長エレファスの中身に虫要素は少なく、どちらかと言うと捌いて内臓を抜き取ったお魚みたいな……。
うーん……なんて言ったらいいんだろう。お肉っぽい生々しさはあれどそこにグロテスク系へ類する不快感はなくって、だから直視したりするのに嫌悪感はなくって、そんな感じ。
「…………ほん、本を……」
「本?」
「混線がひどい……」
見れば、開いた窓から一冊の本が落ちて砂へ刺さったところだった。
拾い上げてみるとそれはずいぶん分厚い、革で丁寧に包まれた普通の古書だ。
タイトルは読み取れない。
汚れとかで読めないんじゃない。
私には理解できない文字で書かれている。
「まさか、この本が脳ってわけ?」
ありえないと言いかけて、ルルの技術や魔法は文字を使った式であることを思い出す。
文字、式を記録するのに最適なものとして本を使っているのかな。
別の世界だし本以外もあるだろうとは考えるけど、ルルはよく手帳を利用してるし色々な理由があってこれを採用しているのかも。
背中でうめき声を出すルルがうるさいので、これが原因だというのならささっと処分だ。
「一応あんたの物だから許可取るわよ。やっていい?」
「……もうお話はしたから」
いいって事ね。
「折角ならルルの好きな空で果てなさい」
母親と自身の技術が合わさった作品と言えるそれを葬るのは惜しく思えど、これが兵器として立ちふさがってしまったのだから仕方がない。
私とて相手がルルだからと嫌がらせでこんなことしたくないさ。
だから、せめてひと思いに派手に散らせてやろう。
ぽいっと。
「──ッ!」
暗い夜が朝日に照らされるように、明るく燃える。
これが私の最高火力、なりふり構わないドラゴンブレスの無慈悲な一撃だ。
ボス戦を控えていようとも、オーバーキルになろうとも、これはエレファスを送るために必要なもの。
どうルル。
これで終わったかしら。
エレファスは、ちゃんと散ったかしら。
「うん。声がしなくなった」
「それは良かった。じゃ、さっさと降りなさい」
「はへー」
それにしても、目の前にこうしてエレファスの外見が残っているのに葬ったとするのは不思議な気分だ。
せっかくならこれも一緒に消し飛ばせばよかったかな。
っていうか、声がしなくなった? あの本を葬ったら?
今更なんだけどさ、エレファスが喋りかけてたってことはさ、人工物たるそいつらに意志があったっていう……?
「本当に今更だー。えっとね、あの子は疑似的簡易的な思考制御だから人格はないよ」
「ああ、そう。……いやそれでもとんでもない技術力ね、意味わかんないし……」
「んふふふ、わえはお母さんに倣っただけ。本当にすごいのはお母さん」
はいはいお母さんお母さん。
「むー。わえをみてよく言えるー」
「あんたの計算力が高いのはよく知ってるわよ」
「んふふ」
さってと。こっからどうしようか。
ルルが惑わされてた原因たるエレファスの本体は消したし、後はこの空間の主たるボスを倒すだけなのだけども。
「それなら聞いた。エレファスが情報持ってたから」
「あらそうなの」
「わえやお母さんの作じゃない、未知があるから怖いって」
それで。
そいつは何者でどこにいるの?
「わかんない」
「……はぁ?」
次はあんたを最大火力で撃つわよ。
「エレファスは疑似人格。細かい事は言えない」
「分かってる範囲でいいから教えなさい」
「うん」
ずずず、と砂が動いた気がした。
いや、気のせいじゃない。地面が揺れてる。
「“道化師がくる。いいや、そこにいる。見えてないから、そこからくる”」
「どういう意味?」
来る、いる、見えてない所からくる?
意味が全く分からない。道化師ってなに?
地面の揺れはひどくなる一方で、このまま立っているのは危険と判断して空中へ離脱する。
ルルは飛ぶ気も動く気もないので再び背中だ。
空に静止したその瞬間、遠くにある町が崩壊した。
「“あれは偽物だ。でも本物かもしれない。道化師にはそれが、できてしまうと明言すればできてしまう”」
崩れた石畳が幾つもの尖塔を築き上げ、尖塔に囲まれた中心には町の瓦礫が重なり一つの城が組み上がっていく。
「“オル・ガ・ルヴァへ警告。道化師に会うな。見るな。それは──”」
完成した城へ尖塔が回廊を繋げた姿は、まるで巨大な蜘蛛のようだ。
しかしあれはルルの造る鉄を主材料とした兵器でも、
確かに全くの分からない、不明の存在。
先ほどからルルが口にしている道化師のせいにしても、ではその道化師とはとなれば答えようがない。
なるほど、わからないと一言で終わらせたい気持ちが分かる。だって見ても全く分からないんだもの。
「あ、ああ、あああ……?」
ずんと巨大な城の虫が砂漠へ降り立つと同時、ルルが悲鳴のような嗚咽を漏らした。
「何か看板に書いてあるわね。“レーヌカーニバル”……?」
道化師って前情報からしてカーニバルという繋がりは分かるけど、なにその名前。
「なんで、なんでなの……お母さん……」
「ルル?」
城が花火を上げて、それを皮切りに盛大な音楽と明かりで辺りを煌めかせる。
夜空の星々に負けない賑やかさだ。いいや、夜を切り裂く程と言っていい。
こんな状況じゃなければゆっくり鑑賞したいところだけど、ルルは何に怯えてるんだろう。
一体どうしたっていうんだ。
「あれは……誰……?」
ルルが私の肩越しに視線を向ける先をよく観察する。
遠いし暗かったり光がうるさかったりで分かりにくいけど……。
「あれって」
「違うよ、わえじゃない。わえじゃないんだ」
城の天辺、レーヌカーニバルの看板の上。
そこにやつはいた。
学園祭の準備中に被せたような二つ山の帽子を被り、紫の癖っ毛の髪を飛び出させ。
黄緑色の眠たげな瞳を携えこちらへ向けた、あの姿は──
「ルル、よね? どう見ても」
オル・ガ・ルヴァ。
あるいは、ルル・レヴニール。
彼女にそっくりな、本当にそっくりな、道化師がそこにいた。