ぼっちとぼっちと   作:レイジー

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第五音 湿気

「ひゃー。雨降ってるから寒いですね~」

「歩? お前今日は来れないって聞いてたけど?」

「バイト先が今日は開けられないし開けても客来ないからって休みになったんですよ。なので来ちゃいました。チケットください」

 

 星歌さん泣いてた?

 目元がちょっと擦れた跡ある。

 

「……本当にか?」

「……鋭いですね。アイツらには秘密ですよ? と言っても他三人はペラペラ話すほど雑でも……約一名口軽そうなのいるからやっぱ全員に秘密で。――ひとりに、俺が初めから行けるって言ってたらアイツはチケットを売ったと思うんですよ」

「まあ、そうだな」

「つまりチケットノルマが少し楽になる。俺、アイツを手伝う気はあっても楽させてやる気はないんですよね、こういう人生を左右しそうな局面においては特に。……なので嘘吐いてました」

「なるほどな」

「あ、ちなみにバイト休みになったのは本当です。俺が必要ないならバイト入れるかーって思ってました」

 

 ひとりは大成できるしそうなって欲しいと思ってる。

 だからこそ。

 それを見据えるなら多分俺とひとりの道は途中で別れるとも思ってる。

 ならいきなり別れるんじゃなく、ゆっくり自然に関係性を消滅させた方がお互いに良い。

 

「来て良かったとは思うよ」

「演奏聴けますしね」

「それもあるけど――」

「あれ~? 歩くん来てくれたの?!」

 

 その声は。

 

「よっす。来ちゃった」

「嬉しいよ~。今日は私の友達も全然来れなくてさ~、お客さんも全然入らないだろうから!」

「よく来た、たっぷり熱狂していって」

「台風の中ありがとう、平沢くん!」

「いーってことよ」

 

 で、ひとりは何してるの?

 パーティーしないのにそういう星型のサングラスとかのパーティーグッズ持ってるのって悲しくならない?

 

「どっ、どうしてここに!? バイトで来れないって。……そ、そっか! これは夢、私の夢!」

「ところがどっこい夢じゃありません。バイト先が今日は無理だから休みって言ったの。だから来ましたよ、と。……気分はあまり良くなさそうだね」

 

 ひとりのことだ、悪いことばっか考えて負のスパイラルから抜け出しきれてないんだろ。

 多少の空元気が見える辺り虹夏の励ましか。さっきの格好的にも。

 

「ただでさえ雨で陰鬱な気分なんだから、それ以上湿らない湿らない。今更心配してもどうせこの後なんだからさ。それにちゃんとした結束バンドとしてのライブは初めてなんだ、楽しめよ」

「う、うん……」

「それに、なんか躓きゃ突っ走れ。ひとりの長所だよ、そこ。俺、ひとりのそういう突っ走れるとこ羨ましいんだからさ」

「わ、わたしが羨ましい? ……へへっ、うへへへへっ」

 

 そういう人目を気にせずグヘれるとこもちょっと羨ましい。

 

「ぁあ~、スゴい雨~!」

 

 この声は。

 

「ぼっちちゃ~ん、きたよぉお~~~~」

「あっ、お姉さん…」

「えっ、お前ぼっちちゃん目当てで来たの?」

「そうだよぉ、いえ~ぃ。ってあ、歩じゃ~ん。ひさしぶり~」

「お久しぶりです」

 

 相変わらず飲んだくれてんなぁ。

 飲まれてるタイプのダメな人め。

 

「これ、使ってください。端の方は俺が顔とか髪拭くのに使っちゃったんですけどそこ以外は大丈夫なんで」

「ありがと~、でもお風呂借りたし今更だから良いよ~~」

「そっすか」

「……ん?」

 

 ビシャビシャじゃん、傘持ってない?

 いや、俺もカッパ着てフード脱げて濡れたし風強くて傘が役に立たなかっただけか。

 

「えっ、店長さんとお知り合いなんですか?」

「私の大学の時の後輩」

 

 へ~、そこにそんな繋がりが。

 ……大学生かぁ。俺も大学行くか? でも目的特にないしな~。

 

「ね~ね~、今日のライブ打ち上げするんだよね、居酒屋もう決めたの~?」

「酒くさ」

「美味しい場所知ってますよ~。ねーねー」

「また一段とめんどくさい奴になったな」

「飲み会覚えたての大学生に通ずるうざさがありますね」

 

 店長、PAさん、きくりさん。毛色の異なる美人が一ヶ所にいて目が幸せだなあ。

 写真撮りたい。

 家帰ったら記憶が薄らぐ前に描かないと。

 

「あぁ、濡れた~。あ! ひとりちゃん」

「……えっあっ、来てくれたんですか!?」

 

 第三者、と。

 よしよし、台風の中で個人目的で来てくれるファンがいるという事実が出来上がった。

 これでひとりは前進できる!

 

「……すごい自然に抜けてきましたね」

「っと、PAさん。……今はファンとの交流時間ですからね」

「プロデューサーですか?」

「ははっ、もしそうならもっと上手くやってると思いますよ?」

「それもそうですね」

 

 プロデューサー、ね。

 めんどくさそうだし……。そもそも出来る能力が俺にはないだろうし。

 

「にしてもやっぱり歩くんは過保護すぎますね」

「どこ判断ですか?」

「バイトが休みだからと台風の時にライブに来るのも、そもそも友人だからと高校を一緒にするのも。過保護というか重いというか」

「初めてアイツの音を聞いた時から惚れてるんですよ」

「へえ?」

 

 あの音は。

 一生忘れることのないあの音は。

 俺の人生を変えたんだ。

 

「今のアイツは鉄の塊です」

「変わった表現ですね。普通そういう時って才能の原石とかじゃないですか?」

「鉄ですよ。アイツは『後藤ひとり』っていう鉄鉱石を努力で製錬して、そこからさらに精錬して……けどアイツはそれをそのまま鉄塊のまま殴ろうとしてたんです」

「なるほど?」

「アイツの音楽は聴き手に育てられる音楽だと思ってます。けど配信だけじゃダメなんです、聴き手の熱がない。だからこの場所は良かったんです。……話が逸れました、戻します」

 

 そう。

 アイツには熱が必要なんだ。

 

「アイツが奏でる。聴き手が反応する。それを見てアイツは音を音楽にする。アイツもアイツなりに鉄の塊を鍛えようとしてましたが、聴き手が……相槌が必要なんです。そしてそれは俺じゃなく、俺たちじゃないとダメなんですよ」

「聴き手が育てる、ですか。確かにそうかもしれませんね。あの子は殻が硬そうですから」

「惚れた俺はあの音を傲慢にも更に上へ押し上げたいと思ってしまったんです。だからそうなる場所に来て嬉しくて。けどその場所が場所としての力を発揮できそうにないっていうなら――俺がその場所を盛り上げるしかないじゃないですか」

「……やっぱ重いじゃないですか」

 

 これって重いの?

 俺としては普通なんだけど……。

 好きって、ホレてるって、そういうものじゃないの?

 優先順位が高い何かをそう言うんじゃないの?

 ……ダメだ、普通がわからない。

 

 

 

「もう本番直前ですけどやっぱりお客さん少ないですね…」

「でも他のバンドのファンの人もいるし皆きいてくれるよ! 始まったらどんどん増えてくると思う!」

 

 閑散として店内。

 少女たちが状況を気にして話す中。

 静かな店に通る客の声が彼女たちを凍てつかせる。

 

「ねぇ。一番目の結束バンドって知ってる?」

「知らない興味なーい」

「観とくのたるいね」

 

 主役足り得ないどころか意識にすらない。

 あまりに冷酷な現実に数瞬の停止が必然だった。

 

「あっははは結成したばっかでまだ知られてないからね! 落ち込まないで!」

「あっ大丈夫です!」

「よーし、皆ライブ頑張るぞ~!」

 

 状況がどうであれもう進むしかない。

 空元気でどうにか。

 

「初めまして! 結束バンドです。今日はお足元の悪い中お越しいただき誠にありがとうございます~!」

「あはは喜多ちゃんロックバンドなのに礼儀正しすぎ~!」

「はは…」

 

 台本通りの退屈なMC。

 乾いた愛想笑いだけが空間に響いた。

 

「あっうっじゃあ早速一曲目いきます~」

 

 そうして始まる結束バンドの演奏。

 けれど演奏は噛み合わない。

 

(なんか…虹夏ちゃんさっきからドラムもたついてるな…。喜多さんもリハで出来てたのにずっとミスってるし、リョウさんも虹夏ちゃんと息が合ってない…。皆なんかいつもと全然違う…勢いが完全になくなってる…)

 

「やっぱ全然パッとしないわ」

「早く来るんじゃなかったね」

 

 シビアな声が。

 ファンという感情を持たない演奏でしか判断しない声が。

 雨の陰鬱さを示すように重く圧し掛かる。

 

(私たち……演奏も曲もまだまだだ)

 

 路上ライブの際の二人の心配する顔が見える。

 路上ライブで喜んでくれた二人の顔が想起される。

 

(『――躓きゃ突っ走れ』)

 

 声がひとりの脳裏で反響する。

 興味ない。早く来るんじゃなかった。

 そんな残響は吹き飛んでいた。

 

「ちょっといいじゃん…」

「ね」

 

(見事などや顔だ…)

 

 どうにかしなければと半ば暴走状態で掻き鳴らす音。

 剥きだしのひとりの心を映したその音は共鳴する。

 心惹かれる聴衆。

 得意げな星歌。

 

「ホント、来てよかった……」

 

 

 

「おつかれさま~」

「今日はよく頑張った。私の奢りだから飲め」

「お姉ちゃんありがと~! 私たち飲めないけど」

 

 台風通り過ぎて良かった。

 まだ台風が居たら打ち上げできなかったかもだし。

 

「先輩好き~」

「お前は自腹だよ。くっつくな、死ね!」

 

 きくりさん……ちゃんとお金持ってるのかな?

 手ぶらに見えるし。って、今時だとそういうもんか。

 

「ていうかこの人誰ですか?」

「誰よりベースを愛する天才ベーシスト廣井で~す。ベースは昨日飲み屋に忘れました~。どこの飲み屋かもわかんな~い」

「一瞬で矛盾したんですけど…」

 

 だと思った。

 まあ、前言ってた行動範囲的に探せばすぐ見つかるでしょ。

 あの辺りってそれぞれの繋がり結構広いから情報はすぐ回るし。

 

「……帰りてぇ」

「ふふっ、女七人に男一人は流石に辛いですか?」

「そりゃそうですよ。こんなことになるなら結束バンドのライブの後すぐ帰れば……でも結構他のバンドも楽しかったしなぁ」

「ちなみにどのバンドが好きでした?」

「どの……ん~……。それぞれ良さはありましたね。ahogeは音の通りが、マカロニペンシルは音の響きが、緑黄色野菜は音の色彩感が良かったと思います。どれか一つって言われれば……個人的には緑黄色野菜ですかね」

 

 個人の音がそれぞれ特徴がありつつ調和が取れてたのが素直にスゴイと思った。

 素人だと音が邪魔し合うだけだろうし。

 今思うとアレって多分曲の構造的にメンバーそれぞれの音質を考慮して調和するように楽器ごとのインとアウトを設定してるよなぁ。

 

「バンドって、スゴイですね……」

「歩くんって結構思考が声に出ますよね。さっきの帰りたい発言といい」

「あ、すみません……」

「いえいえ、そういう良い言葉はどんどん言っちゃってください」

「あはは」

 

 昔から治らんのよなぁ、コレ。

 

「じゃあ……PAさん」

「はい?」

「ライブの時、ひとりの暴走に付き合ってくれてありがとうございました。予定にない突然のことだったのに即座に合わせてくれて。お陰でライブがより良いものになりました」

「……ほとんど設定触ってないのに気づいたんですね」

「耳は良い方なんで。あ、照明の方にもお礼言っておいてください」

「わかりました。伝えておきますね」

 

 正直申し訳ない話、PAさんとか照明さんの仕事を軽んじてた。

 あくまでもバンドで成り立ってて、その他は刺身のツマとかタンポポみたいなものだと。

 けど……やっぱ生で体験すると違うわぁ……。

 

「PAさんには申し訳ないんですけど、今まで裏方に回る人の気分がイマイチわからなかったんですよ」

「それはヒドイですね~」

「けど……今回聴いて、その気持ちがわかった気がします。アレは……途轍もない快感でしょうね」

「ふふっ、歩くんもこちらに来ますか?」

「ん~、どうでしょう。もうしばらく自分探し(モラトリアム)を続けようと思ってますから」

 

 音楽、かぁ。

 一時の熱で生き死にを決めるなんてロックな生き様、俺にできるかなぁ?

 

「そうだ、歩くんに聞きたいことがあるんですよね」

「?」

「廣井さんとはどういう関係で? お風呂がどうとかって言ってましたよね?」

「あ~、以前ひとりが路上ライブをやった時に会ったんですけどね。まあ、あの人があの人のライブの打ち上げの後酔っぱらって自分たちの地元の方に来てて、夏場っていうのもあってまあ汗だので臭いわ。話を聞くとお風呂のない家に住んでるとかでお風呂を貸したんですよ、はい」

「なるほど。……一応言っておきますけど貴方は未成年ですからね?」

「? ……そんな間違い犯しませんよ。心配ありがとうございますっ」

「なら良いんですけど」

 

 手を出すにしてもちゃんと俺の将来がハッキリしてからですわ。

 流石に不透明なままやっちまうほどクソに成り下がる気はないし。

 

「っと、電話が来ちゃいましたのでちょっと離れますね。すみませんお待たせしました――ってああ、赤羽さん。ってことはもしかしてメッセで送った件ですか? え? ああ、変わるんですか。……はい。はい、平沢です。え~っと、確か画像の通り『YAMAHA TRB1004J』だったかと。すみません一応確認してきます。――きくりさーん!」

「え~? なになに~?」

「お宅のスーパーウルトラ酒呑童子EXさんって『YAMAHA TRB1004J』で合ってます?」

「そ~だよ~。どったの?」

「あ~、ちょっと待ってくださいね。――さっき言ったので合ってます。はい。……はい? 今いるのは――。え、わざわざこっちに来てくださったんですか?! あ、ありがとうございます。はは、そう言ってくださると助かります。え~っと、外の――あ、見つけました。今向かいます」

 

 うひー、外の空気は湿ってて気持ちワリィ。

 っと、ホントありがとうございます。

 ……今度お礼しないと。

 

「ほい、きくりさん。貴方の相棒ですよ~」

「わ~! 愛しかったぜ私の相棒~! 歩くん好き~」

「はいはい、それ言うならもう10キロくらい肉付けてから言ってください」

 

 ベース込みでこの体重って最早鶏ガラじゃん……。




 ギリギリですな
 別作品に戻ってたせいで主人公の口調が変になってるかも?
 ところで……漫画版だとライブが2018/08/24なんですけどアニメ版だと2018/08/14なんですよね。なんで?
 まあ、何か理由があって変更したんだろうな~ってことでこちらはアニメ版の日程という設定。それが意味あるのかは不明な模様
 ちなみに漫画版だと金曜日、アニメ版だと火曜日
 ……夏休みとかの兼ね合い?
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