ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
人知れずハンマー少女
「ふう、今日は結構大豊作だった、かな?」
千葉県、房総ダンジョン。
世界各地に口を開いたダンジョンのひとつであり、その名の通り千葉県の房総半島に開いたダンジョンである。
広さは新宿区がひとつ入る程度のこのダンジョンは、都心から電車で日帰り可能であり、他所と比べると出現する魔物の大半が対処が容易なもの。
そのため、初心者パーティの経験を積む場として、あるいは一人でゆっくり過ごしたいソロ探索者の格好の狩猟場として、数多くの探索者たちにとって馴染み深いダンジョンとなっていた。
その第一層は一年中緑が生い茂る森林迷宮になっており、ダンジョン内だというのに空には青空が広がっているため、探索ではなくキャンプ目的で訪れる者も少なくない。
そんなダンジョン内部にある開けた草地では、小柄な少女が大きな切り株に腰かけ本日の収穫物を数えていた。
「ドロップアイテムはなかったけど、魔石は17個かあ。やった、これかなり大きいじゃん。臨時収入だ」
魔物を倒すと稀に出現する魔石を数えながら頬を緩める少女。
彼女もまた、ダンジョンに潜る探索者のひとりだ。
「野草類は今度またカレーの具にでもするとして、採掘ポイントで採った鉱石は……これまた大量。調子にのって採りすぎちゃったかな」
少女の名は桃子。ソロ探索者である。
140cmにも満たない小柄な身長。
デニムのショートパンツに無地のトレーナーと、古着屋で買った妙なキャラの描かれたスカジャンを組み合わせて、身長とあわせて少々子供っぽい。
そして、トレードマークのように背中で揺れる明るい栗色の大きな三つ編みが、少女らしさをアピールしている。
化粧っ気のないすっぴん顔に鎮座するのは、厚めの二重で眠たげな印象を受けるタヌキ顔。
かなりの童顔だが、これでも立派な十八歳。法律的にもしっかり成人済みのお姉さんだ。
「まあいっか。ここ数回で鉱石も十分すぎるほど集まったし、次は普通に下層にアタックしてみよっかな」
今日は森林を抜けた第二層にある、鉱山洞窟のようなダンジョンでひたすら鉱石を採掘してきた。
ダンジョン内は不思議と定期的に環境が変化していき、鉱石素材が採り尽くされるということがない。
先月の終わりに、新たな採掘ポイントが見つかったと言う噂を聞きつけ、今月は休日のたびに房総ダンジョンへ訪れ発掘作業を進めていたのだ。
特に今日は、籠いっぱいの様々な鉱石が集まった。大豊作、ホクホクの笑顔である。
「あとは鑑定所で、レアな鉱石が出るのを祈るだけだね。いいのが多いと嬉しいけど、だいたい9割くらいは低ランク鉱石なんだよなあ」
中身を確認し終えると、収穫物を全て巨大なリュックに押し込んで、よいしょ、と背負う。140cmに満たない小柄な体躯が押し潰されそうに見えるが、意外にも体幹は揺るがない。
傍らに立て掛けていた武器である巨大ハンマーを手にした姿は、さながらファンタジー物語に登場するドワーフ族の戦士のごときアンバランスさだ。
剣や弓という選択肢もあるにはあったが、駆け出しの頃にモンスターが落としていったこの戦利品の木槌が一番しっくりくる愛用品だった。
ちょうど木々の間から抜け出てきた探索者パーティが目を丸くして二度見していたが、本人は気にもしていない。
「さてと、今日はもう帰るけど、どうしようかな。あっちって確かゴブリンが大量発生してるんだったっけ……?」
先ほどのパーティが出てきた道は、比較的安全な道。やや遠回りではあるものの、魔物の出現率も低く、トラブルは少ない。
一方、逆へと続く獣道は、ダンジョンの出口には近いのだが、魔物の発生スポットとなっていた。
桃子はしばし、獣道を覗き見て。
「……まあ、私の【スキル】ならこっちからちょっかい出さない限りは大丈夫かな?」
小さく呑気に呟くと、巨大なハンマーで邪魔な木々を器用にへし折りながら、鬱蒼とした獣道を突き進んでいく。
「よいしょっ、とぉ」
小さな小川を越え、苔に足を滑らせぬよう注意して岩を上る。そして目の前に出現した小さな湿地帯には、なるほど確かにゴブリンの群れがたむろしていた。
ゴブリン。この緑色の肌の小鬼たちは、倒しても倒しても、ダンジョンのどこからか湧いてくることで有名な、初級モンスターの代表格である。
しかし、初級モンスターとはいえ、弱いのはあくまで単体の能力。群れで襲われたらよほどの手練れでない限りは無傷で済ませるのは厳しいのだが……。
「失礼しまーす」
声を抑えて、ゆっくりと歩く。
しかし、ゴブリンたちは桃子に見向きもしない。
巨大なリュックとハンマーの影に、一瞬だけギョッとした顔を向けるものの、それだけですぐに興味を失ってしまう。
「うんうん、私の【固有スキル】はこういうときは本当に便利だね」
探索者はダンジョン内で経験を積むとスキルと呼ばれる能力を習得することがある。
スキルは多岐にわたり、所有しているだけで身体能力が上がるもの、条件付きで何かしらのボーナスを得られるもの、特殊な技や魔法を放てるものなど、様々だ。
かくいう桃子もいくつかのスキルを所持していた。
【怪力◎】非常に怪力になる
【頑強○】身体が丈夫になる
【カレー製作】特殊なカレーを製作できる
【加工】簡単な素材を加工できる
そして、
【固有スキル:隠遁】ダンジョン内で、他者からの認識を阻害する
多種多様なスキルの中でも特殊なのが【固有スキル】で、これはダンジョン内で取得できるものではなく、一部の探索者が先天的に所有しているものだ。
固有スキルの大半が所持するだけで様々な効果を発動させる強力なもので、桃子の【隠遁】もまた、特殊な効果を持ったものだった。
迷宮内でのあらゆる認識を阻害するスキル。
今のようにゴブリンの群れの中を歩いても、襲われない。というか、そもそも認知されていない。
こちらから刺激を与えればさすがに注目されるだろうが、静かに歩いているだけならば、さながら道端の石ころのように思われていることだろう。
やろうと思えばドラゴンの前で昼寝もできるに違いない。さすがにやらないけど。
「ふう、ゴブリンの巣は抜けた、かな? こういうときだけは便利なんだけどなあ、【隠遁】はさ……」
固有スキル【隠遁】。
それはあらゆる魔物から認識されなくなる超強力なスキル。
……なのだが、その効果は魔物のみならず、本来仲間である人間。他の探索者からも認識されなくなるという、実に使い勝手の悪いものだった。
「お陰でデビュー初日から友達に置いてかれるし、ぼっちだよぼっち。ソロ探索が捗るからいいけどさあ」
今でも忘れない、初めて友人とダンジョンに踏み込んだあの日。
まだ自分の固有スキルの存在も知らずに踏み込んだダンジョンにて、まさかの【隠遁】が発動。あっという間に友人たちに存在を忘れられ、そのまま独りダンジョン内に置いていかれてしまったのは、桃子のトラウマのひとつである。
なんでも、他者から見て決して透明人間になるわけではないのだが、容姿も、会話も、靄がかかったかのようにハッキリとしなくなり、そのうちそこに桃子が居るということすらも、うまく思い出せなくなるらしい。
その後、友人たちは滅茶苦茶土下座した。
「うー、寂しくなってきちゃった。配信でも見よっと」
もっぱら桃子のダンジョン内の相棒はダンジョン内でも使える探索者向けのスマホのような端末である。ダンジョン内では通常のスマートフォンはさすがに電波が届かないので、基本的に使用されるのはこの端末だ。
孤独感を拗らせそうなときは、お気に入りの配信サイトを開くのだ。ダンジョン内から配信している配信者の声を聴いて、なんとなく一緒にいる気分になれた。
今日は特にお気に入りの配信者はいなかったため、適当に上位に挙がっていた雑談系配信者の声を流す。
『おお! 宝箱ですよ宝箱! これはわかる! 激レア武器ゲットだぜ!』
『やめろオイ!! あれはミミックだって反応出てるだろうが!! 馬鹿!!』
名も知らぬ探索者たちのやり取りについ吹き出してしまう。いや、ミミックのレベル次第では笑いごとでは済まない場合もあるのだが。
「みんなで配信、楽しそうでうらやましいなあ」
実は桃子も以前一度、話し相手欲しさに配信カメラを導入してみたのだが、しかし彼女の固有スキル【隠遁】は配信すら阻害してしまうという驚きの性能だったようだ。
どういう仕組みなのか、配信による個人情報の認知も許さず、桃子が画面に映るとノイズと砂嵐で配信どころではなかった。結局、名も知らぬ視聴者たちとのコミュニケーションは夢と散ることとなった。
そんなこんなで、寂しいときは配信動画を視聴することに落ち着いた。
視聴しつつ、たまにコメントを書き込むと、配信者がコメントに反応してくれることもあり、それが実に嬉しい。
ダンジョン内では、配信者こそが桃子の唯一の話し相手である。
『そういえばさ、ダンジョンでドワーフの目撃例があるって知ってるか?』
『ドワーフっていうと、ファンタジーで有名なあれ?』
『噂なんだけどよ、なんか小さな体で、その手に巨大な……あ、宝箱じゃん!!』
『おい馬鹿やめろ!!』
「あ、また噛まれてる。学習しないお馬鹿さんだなこれは……」
歩きながら配信動画にツッコミを入れ、そしてそのままミミックに齧られる配信者の姿にため息をひとつ。
そして顔をあげると、もうダンジョンの出入り口だった。門の向こうで守衛さんがこっちを見ている。
「守衛さん、いつもお疲れ様です」
「おう、お嬢ちゃん戻ったか。おかえり」
ダンジョンの外に出れば【隠遁】の効果は霧散する。
きちんと自分を認識してくれる守衛さんに、笑顔で挨拶を返すのが、桃子のダンジョン帰還のルーチンだ。
今日も今日とて、探索者カードで退出記録を取りつつ、そういえばドワーフが持ってる巨大な物って何だったの? と微妙にモヤモヤしながらダンジョンを後にするのだった。
【タチバナの真相解明チャンネル!】
こんにちは、噂を追っかけ東へ西へ、都市伝説解明系、美少女探索者のタチバナでっす!
んあ? 誰が美少女かって?
配信画面に出てるでしょうが! 艶やかな黒髪の美少女が! わかんない? 網膜が汚れてるんじゃないですか、視聴者さんたち。
さてさて、今日はここ、千葉の房総ダンジョンに来ています。
実はこの房総ダンジョンですが、実はいま、ミステリアスな噂が発生しているんです。
先月末にダンジョン変動が起きて、第二層に新しい発掘ポイントが幾つか見つかったそうなのですが、そこではなんと! 不思議な目撃例が多発しているんです!
不思議な目撃例と言いますと、過去にも私の配信では謎のカレーやら妖精の花園やら……って、なにぃ? 引き延ばし乙? わかってるからさっさと本題入れ?
うちの視聴者さんはせっかちだなあもう!
はいはい、じゃあ巻いてくよ、今日は『ドワーフ目撃情報』調べていくよー!
いやあ、まさかゴブリンの集団が出てくるとはビックリだったねえ。
視聴者さんたちもゴブリンの集団が居たらとりあえず大声で威嚇! あいつらビビリだから、威嚇するだけですぐ足を止めるからね!
あ、雑魚な視聴者さんたちはその隙に逃げなきゃ駄目だかんね?
まあ私はホラ、ぶっちゃけ強いから? 3分かからずに全滅させちゃいましたけど?
ドヤ顔ダブルピース。
関係ないけど、森のなかにやたらと歩きやすい道が出来てましたね。
木々がなぎ倒されてたけど、象でも通ったんでしょうか?
さて、第二層です!
噂の発掘ポイントに来ましたが……さすがに見かけたのは探索者かモンスターばかりでドワーフはいませんね。
え? 大声で呼べ? 嫌だよ、モンスターが集まってくるじゃんよ。お断りします。
とりあえず取材は足で! 近場にいる探索者さんたちを探してインタビューしてみましょう!
なんか意外と目撃談があってビックリしちゃいましたねー。
出てきた情報をまとめてみましょうか。
子供くらいの体格で、身体より大きなハンマーで岩を割り続けていた。
長い髭のようなものが揺れていた。
何か匂いの強いものを食べていた。
後ろに、妖精のような光がついて回っていた。
そして、どこへ行ったのかも、具体的な容貌も、不思議なことに覚えている人は無し!
極めつきは、それを目撃したという配信者さんの配信を確認させて頂いたところ、ピンポイントでノイズが酷かったりエラー落ちしていたりで確認出来なくなっている!
ダンジョン内の魔力溜まり等ではカメラが作動しなくなることも珍しくはありませんが、今回の状況はそれに類する「何か」が存在したのは確かでしょう。
後ろについていたという妖精のような光も気になりますね、妖精といえば、あの事件を思い出しますが、私も妖精を探して配信しまくったのが記憶に新しいですよね。
え? そのときの配信ではどうだったのか?
残念ながら何も収穫はありませんでしたが何か?
あ? 収穫ゼロはいつものこと? おい視聴者、喧嘩なら買うぞ! 屋上出ろ! 今すぐにな!
はい、ゴブリンで憂さ晴らししてスッキリしましたね。
ドワーフに関しては目撃例が多いので、また次も調べてみようかと思います。
次の配信日? いつにしようかなー、とりあえず今週末は無理ですね。友達とスイパラ行くんで。
日程が決まったら告知するんで、私、タチバナのSNSをチェックしてみてくださいね。
アカウントのフォロー忘れんなよ!
それじゃあねー!