ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
そこは、空すら見えないほどに鬱蒼とした森だった。
上を見上げれば、ビルのように高く伸びた巨大な樹木が緑の分厚い天井を形作っており、所々に見える木漏れ日が見ようによってはプラネタリウムのような様相を醸し出している。
ダンジョンの魔法光に照らされた足元は殆どが大量の木の根と、そして木の幹に広がるシダ植物や、見たこともないツタ植物が広がっていた。
静かな森の中には、時折鳥の声が響く。原生生物だろうか。或いは、鳥のような声を発する魔物が生息しているのだろうか。
第三層へ続く階段を下りた先は、そのような場所だった。
「ここが、『妖狸の森』なんだね……すごい、雰囲気は怖いけど、空気はすごく綺麗だねえ」
「同じ森でも。房総ダンジョンとは。かなり違ってるな」
桃子は初めてくるダンジョンの景色に感嘆の声をあげ、ヘノもまた、普段居ついている房総ダンジョンとは違った森の景色に、珍しく目を奪われているようだ。
ポンコはそんな二人の姿にふんすと鼻を鳴らす。ダンジョンとはいえ、彼女にとっては実家の森だ。褒められて悪い気はしない。
「ここがポンの住んでいる森っす。やっぱり魔物もいるっすけど、自然豊かないい場所っす」
「日当たりはちょっとあれだけど、これだけ自然豊かだと、何かカレーにちょうどいいものがあるかもしれないね」
「たぬき。ここは。きのことか。たけのこはないのか?」
「きのこは沢山あるっすけど、毒きのこも沢山あるっすよ」
房総ダンジョンしかり。遠野ダンジョンしかり。このような自然タイプのダンジョンというものは、得てして食材も豊富である。
実際の森ではそう簡単に食材など見つかるものではないだろうが、ダンジョンというのは不思議なもので、意外と頻繁に謎の木の実や薬草、山菜の類などが見つかったりする。大気中に漂う魔力の成せる技なのだろうか。
なので、この鬱蒼とした見渡す限りの森にも、探せば何かしらはあるのではないかと思い、桃子は大きく周囲を見回してみる。
右を見ても木。左を見ても木。
食材はいいけれど、ポンコの案内が無ければ普通に迷子になって遭難してしまいそうだなと思った。
「師匠。ここの森もいいっすけど、今日はまずはポンのおうちに案内するっすよ。里のみんなに、師匠を紹介するっす!」
そうだった。今日の目的は『化け狸の里』なので、この鬱蒼とした森を探索するわけではない。
第一印象というのは大切だ。桃子はきちんと人間のお店で房総土産のピーナッツ菓子も選んでいた。今はうどんの本と共に紙袋に入っている。
他にも、ちょっとしたものを包んで紙袋に入れておいた。気に入ってくれればいいのだが。
「たぬき。お前のところの。里には。桃子が入っても。本当に大丈夫なのか?」
「え、駄目っすかね……?」
「もし。桃子が襲われたりしたら。ヘノも。黙ってないからな」
「キューン……」
ヘノはヘノで、妖精の里と似て非なる『化け狸の里』を警戒しているようだ。
ツヨマージを取り出して、ポンコの獣耳をツンツンしている。桃子に何かあれば、耳に穴が空くことになるぞという強い意思表示かもしれない。
「ポンコが世話になっているようじゃな、人間のお嬢さんと、風の妖精どの。まあ、こんな状態で申し訳ないが、ゆっくりしていきなさい」
そこには、のどかな田舎のような風景が広がっていた。
第三層『妖狸の森』の鬱蒼とした森林とは打って変わって、開けた道があり、木々もそこまでの背丈はなく、見上げれば綺麗な空が広がっている。
実際の田舎の村との違いは、田んぼも家も無いところだろうか。いくら人そっくりに化けるとはいえ狸は狸なので、人間のような農耕生活をしているわけではないらしい。
そのような隠れ里の木々の奥へと進むと、そこにあったのは壁のない、屋根をいくつかの柱で支えただけの建築物。いわゆる東屋だ。
そこには大きく立派な東屋が建っており、そこには白髪に着流しの老人が腰を下ろしていた。いや、背もたれに大きく身体を預けて、力なく座っている、というべきか。
しかし老人と言ってもまだ60歳程度だろう、そのぐったりとした様子に反して、近づくとものすごい威圧感を持ち合わせている。これが、長、というものか。
「お前が。狸の長か。大分。具合が悪そうだな」
「ヘノちゃん、敬語、敬語使おう敬語」
狸の長を前にして、ズイと桃子を庇うように桃子の前に陣取るヘノ。会話そのものは長の体調の話だが、しかし手にはツヨマージを構えて、何かあればすぐにでも魔法を行使できる状態である。
「構わん構わん、気にしなさるな。わしもタチの悪い肺の病気を貰ってしまってね、長らく療養しておるんじゃよ」
「化け狸でも。病気になるんだな。お腹の中に。瘴気がたまってるぞ。出せないのか?」
「体内に瘴気をばらまくタチの悪い魔物がおるんじゃよ。お嬢さんがたも、クロムシという黒い魔物には気を付けるんじゃよ」
「里に入ってから。桃子だけじゃなくて。たぬき……ポンコも。仲間から。警戒されてるぞ。どういうことだ」
「ポンコか。あの子は、里の掟を全く守ろうとしないどころか、あろうことか人間を里に連れ込んできたわけじゃからな。里の者たちが警戒するくらいは許してくれんか」
「ポンコのあれ。お前の仕業だろ」
「……妖精のお前さんに話すことではないのう」
「化け狸は。人間のことを。嫌ってるのか?」
「昔は、それなりに関わりを持つ者もいたがのう。袂を分かつ出来事があったのじゃよ」
妖精と狸の長の間で交わされる一問一答は、桃子が口を挟めないほどの、ピリついたものだった。
桃子には分からなかったが、どうやらやはり、桃子はこの里のたぬきたちからは歓迎されていないようである。そして更に、桃子を連れてきたポンコもまた、仲間からは怪訝な目で見られているようだった。
特にその周囲の目に対して敵対心をむき出しにしているのはヘノだ。普段は何も考えていない感じのヘノだが、先ほどからずっとツヨマージを現出させて、手から放さない。それだけ、このアウェーの地を警戒している。
ヘノは、何があっても桃子だけは守ると決めているのだ。
「そう警戒せんで良いじゃろ。他の連中も、妖精を連れている子に手を出そうなんざ思わんよ。妖精の女王と争いになれば、負けるのはわしらじゃ。……おーいポンコ、居るかね?」
警戒むき出しのヘノに対し、苦笑を浮かべながら両掌をひらひらとする狸の長。さすがに彼とて、一大勢力である妖精女王たちに喧嘩を売る気もなければ、そもそもそんなことをする理由もない。
とはいえ、警戒するヘノの気持ちも分からないでもない狸の長は、外にずっと控えていた孫娘の名を呼ぶ。
「ポンッ! はいっす!」
「そろそろお嬢さんがたを案内しておあげ。お前の師匠なんじゃろう?」
名前を呼ばれて、勢いよく東屋に飛び込んできた元気な孫娘に苦笑しながら、長はポンコに案内を促す。
桃子は、これ以上は話すことはない、と暗に言われているような気がした。いや、残念ながら、実際にその意図もあるのだろう。ポンコと違い、多くの化け狸たちは人間に対してさほど好意的ではないようだ。
「はいっす爺ちゃん、わかったっす! では師匠、あっちでポンと一緒におうどんの本を読むっすよ!」
「たぬき。うどんの本もいいけど。木の実とか。魚とか。珍しい食べものはないのか」
「じゃあやっぱり、本は今度にしてお魚探すっすよ! さ、師匠も!!」
しかし、それでも無暗に明るいポンコの存在は一種の清涼剤だ。
ヘノと狸の長の作り出したピリピリした空気が緩和する。ヘノも、ポンコに対してはもうツヨマージを構えたりはせず、雑談に興じている。
そして、先に東屋から外へと降りていくポンコとヘノに続いて桃子も退室しようかと思ったが、思い出したかのように狸の長を振り返り、手に持っていた紙袋を差し出す。
「あ、えと……あの、おじいさまにこれ、お土産を選んでみたんですけれど、人間のお菓子なのでお口に合うかどうかはわかりませんが」
「ほう、人間にしては気が利くお嬢さんじゃないか。落花生の菓子かね、ありがたく頂いておこうかね」
紙袋の中身は、房総ダンジョンギルド前で購入できる、房総半島土産の落花生のお菓子だ。
化け狸の味覚などは分からないが、たぬきは雑食性だというから、恐らく落花生も食べられないことはないだろう。
さすがに初手でカレー関係のお土産はやめておいた。いくらカレー大好き桃子でも、そこのところを我慢する常識は持ち合わせている。
「あと、他にも珍しいものが入っておりまして、使い方は中に説明を書いてあるんですけど――」
「では師匠、行くっすよ!」
「桃子。さっそく。行くぞ」
「わ、ヘノちゃんもポンコちゃんも早いって、ちょっと待ってーっ」
桃子が長に紙袋の中身を説明しようとしたところで外から急かす声をかけられる。
長も、「わしはいいからいってきなさい」と桃子を送り出してくれたので、仕方なく長に頭を下げて、二人を追いかけていく。
走っていく桃子たちの後姿を眺めて、長はしんみりと呟く。
「やれやれ、ポンコが人間に近づかないようにしてきた結果、妖精ごと人間を連れてくるとはね。全く、諦めが悪いのは夕凪の血かねえ……」
「疲れたぞ。ヘノは。ここの里は。苦手だ。妖精の国の方が好きだぞ」
「ヘノちゃん、私のためにずっと警戒してくれてたもんね。ごめん……じゃなくて、ありがとう、ヘノちゃん」
「なんか、里のみんながごめんなさいっす」
その後、桃子はポンコに案内されるがままに化け狸の里を巡ってたが、やはりどうやら、他の狸たちは近づいてこず、桃子たちの姿を遠巻きに眺めるだけだった。
時折、ポンコよりも小さな子狸が興味本位で桃子へと近づいてくるのだが、すぐに慌てて親狸が出てきて子供を咥えて離れていってしまった。
「うーん、やっぱり人間は警戒されちゃってるんだねえ……」
「桃子だけじゃなくて。今日はポンコも。警戒されてるみたいだけどな」
「キューン……子供たちはいつもはもっと、仲良くしてくれるっすよ。最近はちょっと、みんな心が不安になっちゃってるんす」
狸の里の沼地のほとり。お手製の釣り竿を沼に垂らしたまま、ポンコは語りだす。
「最近は長も……爺ちゃんも病気で動けなくなっちゃって、ダンジョンの魔物も増えてきたっす。父ちゃんは父ちゃんで、爺ちゃんと喧嘩して出て行っちゃって」
「なんで。お前。そんな状況で。うどんなんて作ってたんだ?」
不思議そうにヘノがポンコに問う。
確かに、と桃子は思った。里の状況が悪くなっているときに、わざわざ人間に近づいて人間の真似事をするなんて、火に油を注ぎかねない行為だとも思う。
しかし、ポンコはまっすぐ顔を上げて。まるで空に向かって宣言するように言葉にするのだった。
「ポン、少し前に知ったっす。ポンの死んじゃった母ちゃんは、おうどんが大好きで、人間と一緒におうどんを作っていたらしいっす。そして、おうどんを食べたらみんなが元気になるからって、父ちゃんにおうどんを食べさせてたらしいっすよ」
だから、ポンコは母ちゃんの意志を継いで、おうどん大会で優勝して、みんなが笑顔になるおうどんを里で振る舞いたい。父に食べてもらいたい。
ポンコはそう、真っすぐに宣言した。
「たぬき。それは別に。優勝する必要とか。ないだろ」
「え?! 優勝したうどんのほうがみんな笑顔になるっすよ!? それに、優勝賞品で父ちゃんが助けられるんだから、やっぱり優勝は目指すっす!」
「うーん、肯定も否定もしがたい難しい話だね……」
言うまでもなく、ポンコの母の言う『みんなが笑顔になるおうどん』は、大会とか、優勝とか、そういうのではない。
でも、美味しいものを作るために、向上心は大切だ。そして、優勝賞品が狸の里の今の暗澹たる状況を打破できる希望だというのならば、優勝を目指すのもまた、自然なことだろう。
もちろん、現実的に考えれば素人が付け焼刃で優勝できるほど甘いものではないのは分かっているが、具体的な目標を持って励むのは間違ったことではない。桃子はポンコの、笑顔のうどんが日の目を見る姿を見てみたい。
うどんとは。笑顔とは。カレーとは。
慣れない環境で、桃子を守るために疲れ切ってしまったヘノを膝の上で休ませながら。
桃子は、釣り竿の先で顔を出している、ナマズとも鯉ともいえない変な魚を眺めつつ、ぼんやりと考えるのだった。
【タチバナの真相解明チャンネル!】
はい、崖では危ないので配信は切ってましたけど、再開しますよー。
第三層、深淵渓谷。鵺を倒して以来は明るい渓谷になっちゃったので、深淵っていう感じではないんですけど、とんでもなく深い崖エリアであることには変わりないんですよね。
慣れてる人はロープや道具を使って直接崖を下っちゃうらしいですけど、私はその道の人じゃないので遠回りで時間をかけて迂回させてもらいましたよ。
え? 飛行タイプの魔物と戦いながらクライミングしろって? 馬鹿言わないでよ、視聴者さんは私を殺す気か!
……それにしても、腕の立つ探索者がこれだけ大人数で移動してると、鬼や烏天狗でもあまり怖く感じませんね。
普通は、あんなのが連続で襲ってきたら、即退却ものなんですけどねー。
これはあれですか、座敷童子の萌々子ちゃんが繋いだ絆とかいうことなんですかね。
『俺たち、萌々子ちゃんを守る会だからな!』
『遠野から離れても、守る会からは抜けないよ! 大好きだよ、遠野ダンジョン!』
……はい、守る会の方々からのお言葉でした。
普通、探索者同士でここまでがっちり手を組むなんてことそうそうないんですけどね。
凄いですね、ももこせ……んっ、萌々子ちゃん。
さて、そして大分歩いてもう何時間ですかね。ようやく第四層、マヨイガに到着しました!
私、実はマヨイガって初めて来るんですよ。さすがに第四層で深いですし、岩手県までくる機会がないですからね。
うっわ! なにここ、隠し扉だらけというか、殆どの道が隠し扉で飛ばされるんですね、こりゃ一度入ったら帰れなくなりますね。
皆さんよく、こんな巨大迷宮にアタック繰り返しますね。
え? ああ、私は一応、飛ばされない道は見えてますよ。
でも多分、上手く飛ばされる道を使ってショートカットしたほうが、早く進めるんでしょうね、ここって。
あ、その壺は触らないほうがいいですよー! 飛ばされます!!
『タチバナちゃんありがとーっ!』
これ、私も前の方歩いた方がいいですかね?
どこぞの鎧さんみたいに、独りで迷子になったあげく行方不明になる人とかいたら、たまりませんからね。いやホントに。