ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ククク……例のものは、役立ってくれたかい。そいつはうれしいねぇ」
「ルイと一緒に葉っぱあつめてよかったヨ」
「おい! この魚のカレー! なかなか美味しいな!」
妖精の花畑の一角。
調理部屋という名の、壁のない吹きさらしのその空間では、今日も桃子が妖精たちのためにカレーを作っていた。
今日はポンコとともに化け狸の里へと出かけていたのだが、そこでとらえたダンジョンナマズをカレー鍋に丸ごと入れてみたのだ。
先日のうどん用のカレーつゆと違い、今日は通常のご飯にかけるためのカレーなので、粘性も高くトロリとした食感だ。
うどんには意外とマッチしていたが、結論から言うと通常のカレーにもマッチした、悪くない素材だった。
「桃子。そろそろ。ヘノもお腹がすいてきたぞ。さっさと女王のところに。持っていこう」
「うん、そろそろ……あれ、そういえばニムちゃんは?」
周囲でカレーを食べている顔見知りの妖精たちの中に、いつもならヘノたちと一緒にいる水の妖精、ニムの姿が見当たらなかった。
最近は柚花が全国のダンジョンに派遣されており、ニムも柚花の活動を眺めるために花畑を離れることも多いのだが、しかしそれにしても今日はもう時間も遅く、妖精の国へと帰ってきても良い頃合いだと思うのだが。
桃子はもう一度周囲を見回す。ニムに似た色の小さな妖精たちは数多くいるけれど、しかしニムの姿はやはりないようだ。
「ニムは、後輩さんのところに見学に行ってるよぉ」
「ボクの掴んだ情報によるとだね。件の後輩君が、マヨイガに来ているのだそうだよ?」
「へえ、柚花がマヨイガに? ……あとで配信見てみようかな」
顔なじみの、ゆったりと話す妖精と、賢そうに話す妖精が桃子に教えてくれた。
なるほど、柚花がギルドから依頼されている活動は基本的には第一層までなのだが、今日はマヨイガまで出向いているとのことだ。
ならば、この時間にニムが戻ってきていないのも頷ける。桃子は気軽に日帰りをしてしまうマヨイガだが、あれでも多くの魔物の出現するダンジョンの第四層という深い場所にあるのだ。本来ならば気軽に日帰り出来る程楽な場所ではない。
時間的にも、マヨイガ内で休憩し、明日にまた帰還というスケジュールなのかもしれない。
柚花のことなので、今日も歩きながらの配信を行っているのだろう。まだ配信が続いているのかは分からないが、あとで時間があったら覗いてみようと、桃子は心に決めた。
「なるほど、化け狸の長が瘴気に……」
「女王。あの長に何かあったら。あのダンジョンは。どうなっちゃうんだ?」
カチャ、カチャと食器の音が響くのは、女王の間に置かれた食卓。
人間用サイズの食卓だが、ヘノと女王ティタニアは卓上に直接乗っかってカレーを食べている。こればかりはさすがにサイズの違いがありすぎて仕方ない。
桃子の技術ならばヘノ用のテーブルセット、ティタニア用のテーブルセットを作ることも可能だが、さすがにそこまでは要らないと二人ともに断られてしまった。
そしてカレーを食べながら、ティタニアに香川ダンジョンでの出来事を報告していく。
特に、化け狸の事情だ。
人間に知られてはいけないという掟だが、ティタニアは人間じゃないからセーフだろう。というより、ダンジョンの安寧を担う立場の者として、ティタニアには化け狸の現状を知っておいてもらうべきだろうと思ったのだ。
もし化け狸に何かがあった場合、誰があのダンジョンを安定化させるのか。と、考えれば、ティタニアもある意味では無関係では居られないのだから。
「仮にその狸の長に何かがあったとして。その場合はスタンピードというほどではないにせよ、瘴気の乱れは発生し、魔物も増え、活発化していくでしょうね」
ティタニアの説明によれば、化け狸は長以外にも一族がいる。
香川ダンジョンの瘴気の安定化は、化け狸の長がその半分ほどを担っているのは間違いないとしても、逆に言えば半分くらいは他の化け狸たちが力を使っているのだ。
なので、長が仮に消えたとしても、最悪の事態にはならないだろう、というのがティタニアの見解だ。
無論、長に何もなければそれが一番良いのだろうが。
「そこは妖精の国とは違うんですね。ここの場合はその、ティタニア様がいなくなっちゃうと……かなり、大変なことになっちゃうんですよね?」
「そうですね。妖精の国は、私と精霊樹が柱となり、支えておりますから。先日はお母さまが代わってくださいましたが、やはり入れ替わりの際の影響は様々なダンジョンに出てしまったようですね」
「ああ、やっぱりそうですよね。柚花が最近見て回ってるのって、その影響みたいですし……」
「柚花さんとニムには、申し訳ないことをしましたね」
やはりというか、なんというか。柚花がギルドから調査を依頼されている謎の異変というのは、単にティタニアがりりたんに一時的に女王の仕事を引き継いでもらった際の影響らしい。
あの時。ティタニアが桃の窪地へとやって来たとき。
ティタニアは女王の座をりりたんへと譲り、りりたんが一時的な妖精の女王としてダンジョンの瘴気を中和していた。しかし、どうしても引継ぎの際の女王不在の時間がゼロとはいかない。
いくらりりたんが力の強い先代の女王だったとしても、席を譲って即スタートとはいかなかったようだ。
「いえ、ティタニア様が謝る必要はないですよ。ダンジョンの異変って言っても、たいした被害もないみたいですし。なんなら、あの時ティタニア様が来てくれなければ、クルラちゃんは助からなかったんですから」
「ふふふ。桃子さんは優しいですね。私はでも、娘一人のために、多数のダンジョンを危険に晒したのは事実なのです……」
「女王。そこ。魚の目玉が入ってるぞ。要らないなら貰っていいか?」
すこし、桃の窪地の話で場の空気がしんみり、暗いものになってしまったのだが、そこはさすがに風の妖精ヘノである。その場の空気なんて一瞬で吹き飛ばしてしまう。
桃子とティタニアがどんなに重たい話をしていたとしても、ここで空気なんて読まずに発言できるのがヘノの良いところだ。長所と短所は表裏一体とはよく言ったものだ。
「あ、そういえばお魚の目ってDHAっていう栄養が豊富で、食べると賢くなるなんて言われてるんですよ」
「あら、そうなのですか? ではヘノ、どうぞ食べてください」
「なんだ女王。太っ腹だな。貰うぞ。うまうま……」
「……」
桃子がぼそりと呟いた蘊蓄を聞き、良いことを聞いたとばかりに魚の目をヘノに食べさせる女王ティタニア。
食べると賢くなると聞いたとたん、何故ヘノに食べさせようとしたのか。しかし、桃子はその思考から目を逸らす。何も見てない、何も気づいていない、女王の意図など知らない。桃子は心を無にした。
そして心を無にして思い出したのだが、そういえば今は柚花がマヨイガに行っているはずだ。
「あ、そうだ女王様。いま柚花がマヨイガに来ているみたいなので、ちょっと食べながらで申し訳ないんですけど、配信をチェックしてみても良いですか?」
「ふふふ。構いませんよ、柚花さんにはニムがお世話になっておりますし、私も一緒に応援いたしましょうか」
そして、普段はりりたんの配信を観るために使っている探索者用端末スタンドに端末を立てかけて、配信チャンネルのページをクリックしていく。
するとそこには、現在配信中として柚花のチャンネルもあがっていた。
【タチバナの真相解明チャンネル!】
というわけで、長い道のりでしたが、萌々子ちゃんを守る会の前線基地、マヨイガの炊事場まで辿りつきましたよー。疲れたー。
ええと、今日の予定としてはここで一度休憩して、交代で食事。その後も交代で睡眠をとって、合間合間に料理をしたり、お墓参りをしたりしましょう、という段取りです。
一応見ている人たちに釘を刺しておきますけど。今回は人数も多く、高レベル探索者が数多くいますから変に和気あいあいの空気が漂ってますけど、ここは腐ってもダンジョン第四層ですからね。
いきなり空から烏天狗が襲ってきたり、棍棒をもった怪力の鬼や包丁を持った鬼婆が突進してきたりもしますので、交代での見張りは絶対です。視聴者さんたちも、マヨイガは楽しい場所とか勘違いしないように! そんな油断してたら、よっぽど特殊なスキルの人でもない限り死んじゃいますからね。
さて、注意はこれくらいにして、炊事場を見ていきましょうか。
へー……これがマヨイガの炊事場なんですねえ。
話には聞いていましたが、古めかしい壺とかも置いてあって、本当に時代劇の台所みっ……?!
『ゆかさ……みつか……』
……こほん! 失礼しました、喉が渇いちゃって。あとでお水を貰いますね。
あ、お墓参りに行くみたいです。私もついていってみますね!
「なんか。いま。ニムみたいな声が入ってたな」
ちょうど画面の向こうで、柚花がマヨイガ内の炊事場にあった壺を何の気なしに覗きこんだ瞬間だろうか。
柚花のぎょっとした様子と、その直後に入ってきた音声。探索者タチバナの配信に最近よく入り込むという謎の声。幽霊の声とされるそれを、この場の三人ははっきりと聞き分けることができた。
「あはは、柚花が覗いた壺の中に何か隠れてたのかなあ……」
「ニム……なんで壺に」
少々ひきつった笑いになる桃子と、娘の奇行になんとも言えない表情で項垂れるティタニアであった。
お墓って、この広い中庭にあるらしいですね。なんでも、苔の生えた質素な墓石がぽつんと置いてあるんだとか。
私も一応、カレー味のスナック菓子と、チョコレートを持ってきましたけど。
え、なんでカレーかって? ああ、萌々子ちゃんは辛いお菓子は駄目なんでしたっけ。でも大丈夫ですよ、辛くない、ただのカレー風味です。
私の予感が正しければ、これも好物だと思うんですけどねえ……。
あ、あちらに既に何人かの――の方々がいら――ザザ――ね――
私もカレー味――ザザ――ってみます――
「あれ、ノイズがすごくなっちゃった。電波が悪いのかな? それとも何かの魔力がカメラに干渉しちゃってるのかなあ」
柚花が他の探索者とともに、中庭にある萌々子ちゃんのお墓――実際にはカレーおにぎりのお墓――へと向かっていると、画面と音声が少しずつ乱れ始めた。
ダンジョン配信には決して珍しいことではないのだが、稀にダンジョン内部の魔力の流れに影響されたり、魔力が強すぎる場所に来ると、やはり配信がうまくつながらなくなることがあった。
「なんだ。端末。壊れちゃったのか? 叩いたら戻るか?」
「駄目ですよヘノ。桃子さんの端末を叩いては、本当に壊れてしまいますからね」
端末を小さい手でバンバン叩こうとするヘノを、女王が後ろからハグするようにして止める。
ヘノは何も言わないが、大人しくバンバンの手を止めるので、女王のハグは嫌ではないようだ。桃子が抱き寄せた時もそうだが、ヘノは無表情な割に、こういうところに感情が表れることがある。可愛いな、と改めて桃子は思った。
「あ、映像戻りましたよ」
あーあー、ちゃんと流れてますかー?
なんかコメントによると、ちょっとノイズが酷くなってきたみたいですね。魔力溜りってわけじゃあないですし、何かあるなら私たちが見逃すとも思えないんで、魔石動力に不具合があるのかもしれませんね。磁場かなにかですかね。
まあ、無事萌々子ちゃんのお墓? ええと、お墓参りにも来れましたし、今日はここら辺までにしようと思います。
遅い時間なので、皆さんもちゃんとご飯食べて、ゆっくり過ごして
――ザザ――
――じゃあ、またねっ! バイバ――ザザ――『みんな またきてね』――
と、映像が戻ったかと思えば、なんだかあっという間に配信終了してしまった。
トラブルかとも思ったが、今はあの場所には多くの探索者がおり、更には隠れてはいるもののニムもいるはずなのだ。
ならば、魔物が出たとかそういう類のトラブルではなく、本当に機材トラブルの類だったのだろう。
「でも、最後に何か、女の子の声が聞こえなかった? また他の探索者さんかな?」
「もしかしたらまた。ニムが喋ってた声が。入ったのかもな」
「ニムちゃん、たまにマイクに声拾われちゃうんだよねえ」
「ふふふ。それにしても、柚花さんもニムも、仲良しなようでなによりですね」
配信が終了してしまったため、画面を操作して柚花の配信チャンネルから退出する。女王が端末の前を陣取っているので、桃子も聞かれるまでもなくりりたんの配信チャンネルに入室する。
何か新しい動画があれば良いのだが。
なお、後から聞いた話ではニムはこっそり柚花の衣服に潜り込んでいたらしく、この日は一晩ずっと柚花の懐に隠れていたようだ。
なので、あの最後の声がニムのものではないということも、今回の柚花の動画の最後の子供の声が大バズリしたことも、桃子が知るのはもう少し先の話だった。