ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「たぬき。今日は。森の中で食材探しだぞ」
「おはようっす、ヘノさん、師匠!」
翌日。香川ダンジョン第三層『妖狸の森』探索二日目だ。
昨日は闘技場の観覧席でポンコと待ち合わせをしたのだが、今日の待ち合わせ場所は『妖狸の森』の入り口だ。
二層から続く小さな隠し階段の大まかな位置は昨日覚えたので、ヘノと二人でも降りてくることが出来た。
迷宮で多少迷ってしまったものの、昨日の床破壊事件の経験が活きた。
実はこの迷宮の石床や石壁だが、特に薄くなっている場所ならば魔力を込めたハンマーで容易に壁を破れるのだ。なので、道を間違えて袋小路に陥ったとしても、壁を壊してそのまま進んでいくという荒業が可能だった。
無論、壊すのは薄い壁だけ。丈夫な壁も頑張れば壊せるだろうが、さすがに無理して香川でもダンジョン崩壊事件を起こしたくはない。
なお、壁は3か所壊した。
「ポンコちゃん、おはよう。ご飯はちゃんと食べた?」
「ポンは朝はいつも適当なものをとって食べてるっす。ポン、師匠にも虫とか木の実とかとってあげるっすね。たまに鳥も獲れるっすよ」
「あはは、私は食べてきてるから大丈夫だよ。でも、ありがと」
桃子とヘノは、例のごとく今朝は妖精の畑でもぎたて果実のモーニングだ。
すでに妖精の畑には様々な果実がなっており、ダンジョン内でもメジャーな果物であるリンゴ系統のものと、ライチのような実がいくつか熟していたのでそれを頂いた。
妖精の畑には、なんだか地上の果物には似ているけど似ていない、ちょっとだけ似ている不思議な果実が数多く揃っている。全てが珍しく、そして魔力を多量に含んでいるので美味であり、飽きることが無い。
栄養バランスはどうなのかは分からないが、果物を食べた日は心身ともに充実しているので、おそらく栄養も抜群に違いない。
「たぬき。桃子はな。ダンジョンにいる。普通の鳥とか獣とかは。殺さない主義なんだぞ」
「え、そうなんすか?! キューン……師匠の主義も知らず、ポンは余計なことをしようとしてたっすね。ポンも鳥とか食べない方が、師匠は嬉しいっすか?」
桃子は単に、動物を殺さない主義なんじゃなくて、動物を殺せないだけである。
桃子はなんだかんだで箱入りのお嬢様校出身なので、森で鳥や生きたウサギを捕えて自分で捌いて食べることなど出来やしない。技術的なものはともかく、心理的な部分で無理なのだ。桃子は動物に情を抱いてしまう。
魔物は簡単に叩き潰せるのになぜ動物は駄目なのかと聞かれても、そこは理屈ではなく、無理なものは無理なのだとしか言えないが。とにかく桃子は原生動物を食材にするつもりはない。
なお、魚介類はそこにカウントしないので食べまくっている。
「いいのいいの、私の心の問題なの。ポンコちゃんはほら、野生動物でしょ? だから、そういうのは構わないと思うよ」
「はえー、そういうもんなんすね。ポン、別に野生動物じゃないっすけどね」
ポンコは野生動物ではなかった。
その後はしばらくの間、ポンコの案内で森の中をあちこちさ迷いながら、様々な薬草や木の実、そしてキノコを採取していた。
ポンコの地元とはいえ、さすがにここはダンジョン第三層。至る所に獰猛な獣タイプのもの、巨大な鳥タイプのもの、クロムシの集合体など、いくつかの魔物の姿も発見する。
幸いなことにこの階層の魔物は【隠遁】の効果を受けており、桃子が襲われることはないようだ。
そしてポンコもまた、魔物の標的ではないようである。
魔物は人間を見るとその性質として襲い掛かるのだが、原生生物はその標的でないことも多い。もちろん、襲われるときは襲われるのだが。
というわけで、この日は魔物に襲われることなく、三人は採取を続けていた。
「桃子。このきのこなんか。愉快で。面白いんじゃないか?」
「ヘノちゃん、それどう見ても毒キノコって感じがするから、うどんには入れないほうがいいね」
ヘノが獲ってきたのは、赤色に白い斑点でお馴染みのベニテングダケを、ダンジョン内でより進化させたようなものだった。
ところどころ、黒、いや紫の謎の渦巻き模様がにじみ出ており、ありがたいことに、素人目にもこれはヤバイでしょと想像できる見た目となっている。
「あ、それ、美味しいけどその後お腹が痛い痛いになっちゃうやつっす! 美味しいからおすすめっすよ!」
「だそうだぞ。桃子」
「駄目です、元のところに戻してきてね。毒のあるものは連れて帰れません」
いくら美味しくても、お腹が痛くなるのは毒物である。桃子は断固として毒キノコを食べないという意思を二人に表明する。
桃子はなんでもかんでもカレーに入れているようにも見えるが、毒キノコを食べてはならないという一般常識が抜け落ちているわけではないのだ。
「このキノコはともかくとして。桃子。あっちに人間がいるぞ」
ちゃっかり桃子のリュックに毒キノコを忍ばせながら、ヘノが話を変える。どうやらヘノの広い感覚に、人間と思われる気配が引っかかったらしい。
言われた方向を覗き見ると、なるほど確かに遠くの方に人間の姿が見える。3人、いや4人だろうか。
何か目的地でもあるのか、真っすぐに進んでいた。
「この森にも人間……探索者さんが来るんだ? ゴーレム倒してきたのかなあ」
「あの人たち、乾季になるとよく四人で森にやってくるっすよ。爺ちゃんや父ちゃんからは、絶対に近づかないように言われてるので、あんまり近くで見たことはないっすけど」
「おおかた。あいつらも。うどんの材料でも。探しにきたんじゃないか? 面白いキノコとか。探してるのかもな」
ポンコが言いつけを守っているのか人間たちに近づこうとしないので、桃子とヘノも離れて人間たちを眺める。
木々が邪魔だが、どうやら役割分担をしっかりしている4人パーティのようだ。
盾を構えた壁役の男性が1人目。剣を持った遊撃担当の2人目。槍のような長物を持った3人目。そして魔法で援護している4人目だ。
「わ、すごいチームワーク。魔物が来てもしっかり役割分担してて、探索者パーティって感じだね」
「あの魔法。風の魔法だな。ヘノほどじゃないけど。なかなかいい。使い手だぞ」
「やったねヘノちゃん、風を使ってくれる探索者だよ」
別に、風を使う魔術師がいたからと言ってそれでヘノが喜ぶという仕組みはないのだが、しかしそれでも、風魔法の使い手というのは稀なのだ。
そういう意味では、特別喜ぶということはないものの、ヘノはやっぱりちょっとだけ得意げだった。
「それにしても。ここの森にも。クロムシが出てくるんだな。魔物の半分は。クロムシだぞ」
「クロムシは……下層に元凶がいるんす。クロムシは、下層にいる魔物、牛鬼の手下って言われてるっすよ」
「牛鬼って……あの、牛鬼?」
牛鬼というのは、妖怪ものでは定番の強力な大妖怪の一体である。
知名度や逸話の恐ろしさからすれば鵺に勝るとも劣らない、まさに大妖怪だ。
よく知られているのが、巨大な蜘蛛の身体に、頭だけ牛のような姿の魔物であろう。
「その牛鬼かどうかはわからないっすけど、牛鬼は牛と蜘蛛を合わせたような、でかくて怖い奴っす。クロムシが活発になってきたら牛鬼が三層まであがってくる予兆っすから、絶対にこの森に来ちゃ駄目っすよ?」
「クロムシが活発になると。その牛鬼っていうのが。来るのか?」
「ヘノちゃん、前兆行動っていうやつだと思うよ。私も聞いた話でしかないけど、ダンジョンの魔物が変な行動を起こすのは、何かしら大きな魔物が来る前触れだったりするんだって」
桃子も当時は知らなかったのだが、遠野ダンジョンでも長い間、魔物たちの『前兆行動』には注意を向けられていたらしい。
無論、それは遠野ダンジョン第三層が闇に包まれた深淵の渓谷だったころの話。鵺が現れる前兆だ。鵺の現出が近くなると、第三層、そして第二層の魔物が普段と違う行動に出たのだそうだ。
鵺が討伐された今となっては、そのような前兆行動を起こすことはもうないのだろうけれど。
「でも安心するっす。牛鬼は数か月ごとにしか階層を上がってこないっすから! 少し前に里のみんなで撃退してたんで、しばらくは第四層に引っ込んでるっすよ!」
「牛鬼って、化け狸さんたちが撃退してるの?」
「そっすよ。爺ちゃんも……父ちゃん……も、それで大きな怪我をしちゃって、あんな状態っすけど……。ポンはあまり知らないっすけど、昔は人間と一緒に戦ってたときもあったらしいっすね」
「そうなんだ? 最近だと探索者さんたちも化け狸さんたちのことはあんまり知らないみたいだけど、一緒に戦わなくなった理由でもあるのかな?」
「それはっすね、そのぉ……キューン」
話の流れで、この森の過去の話になると、ポンコの言葉の歯切れが悪くなってくる。
どうやら何か、話し辛いことでもあるようだ。
「あ、ごめんね! ポンコちゃんが話し辛いことなら、無理して話さなくてもいいからね」
「……あの! 違うの、違うっす! 話したいっす! 話させてくださいっす! 師匠、こっちに来てほしいっす!」
しかし、少しの逡巡の後に、ポンコはガバッと顔を上げる。桃子の目を見つめる。
どうやら、何かを心に決めた様子で、桃子とヘノを連れて、半獣の狸少女は森の奥へと歩き出していく。
気づけば、人間の探索者たちは何処かへと消えてしまっていた。
鬱蒼とした森林の中で、そこだけが別空間のようだった。
切り倒された古木に囲まれるように、その場所にだけ空からの光が注いでる。
そこには大きな岩と、その周囲には色とりどりの花がその花びらを揺らしていた。
「ここは? すごい、ここだけ木が伐採されてて、花畑になってるんだね」
「なんだか。ここは。他の場所とは全然。違ってるな」
ポンコはその広場の中央おかれた岩の前に屈んで、物珍しそうに周囲を眺めていた桃子とヘノに振り返る。
「ここ、ポンコの母ちゃんのお墓なんす」
「お墓……?」
「最近になって、はじめて知ったんすよ。ポンコがまだちっちゃかった頃、母ちゃんは人間たちと一緒に牛鬼と戦って、でもやられちゃったっす」
「ポンコちゃん……」
ポンコの母親の話は、昨日も少しだけ聞いていた。
ポンコの母は、うどんが好きで、人間と一緒にうどんを作っていた。
その母の遺志を継いで、みんなが笑顔になるうどんを作りたいというのが、今のポンコの大切な目標なのを知った。
「母ちゃんは、人間たちと友達だったんすよ。うどん仲間だったって……仲間を牛鬼から守って……最近になって、ポンはそれを知って……だから……」
「……そっか」
「それ以降……爺ちゃんは、人間と関わることを禁止して……うどんも……駄目って……ポンは、ポンは……」
「大丈夫、大丈夫だよ……大丈夫」
うつむくポンコの顔は見えないけれど、桃子は後ろからポンコを抱きしめる。
ポンコの顔は見えないけれど、震えるポンコが孤独にならないように、後ろからぎゅっと温める。
桃子はポンコの魔力は読み取れない。ヘノならばポンコの感情が見えているのだろうか。それとも魔法生物同士だと感情までは読み取れないのだろうか。
ヘノは、先ほどからポンコの独白を、黙って聞いていた。
空気を読まないヘノでも、本当に読まなければいけない空気くらいは理解できた。
「キューン……」
どこか遠くから、ダンジョンの鳥が羽ばたく音が響く。
静かな森に、鳥の羽音だけが過ぎ去っていった。
それから、時間がすぎ。
「師匠のお話、すごく楽しいっす。ポン、人間とこんなにゆっくりお話ししたの、初めてっすよ」
「まあ普通はね、ダンジョン内でこんなゆっくり過ごせる人なんていないからね、危ないもん」
「桃子は。【隠遁】で魔物にも気づかれないからな。このくらいの階層だったら。安全にくつろげるんだ」
あれから、桃子たちはずっと花の咲き誇るその広場で過ごしていた。
成り行きでずっとポンコを抱きしめていたら、そのままポンコがウトウト眠ってしまったりして、食材探索という空気ではなくなってしまったのだ。
ポンコを膝にのせてヘノと桃子は二人で配信動画を見たり、新しいカレーの話をしたりして過ごしていたらようやくポンコが目を覚ました。
そしてそのまま一緒に配信動画を見たり、或いはポンコが知りたがっていた人間のことを色々説明したりとしているうちに、あっという間に時間も過ぎ去っていく。
もちろん、ヘノの言う通り桃子の【隠遁】ありきの時間の過ごし方である。普通の探索者がダンジョン内にこんな長時間いれば、襲ってくる魔物も1匹や2匹では足りないだろう。
「ほえー、師匠ってすごい人だったんすね! どういう仕組みっすか、ポンも教えてほしいくらいっす」
「んー、私もよくわからないや。自分でオンオフ出来ればよかったんだけどね。どういう仕組みなんだろうね」
桃子も自分のスキルとはいえ仕組みが全く分からない為、首を傾げるばかりだ。
アドバイスを求めるようにヘノに視線を向けるが、しかしヘノも【隠遁】の仕組みまではよく分かっていないのか、視線を向けても黙って見つめ合うだけで終わってしまった。
「師匠と話してて、人間のこと色々知れた気がするっすよ。森の方まで降りてくる探索者の人たちは怖い人が多いっすけど、きっと、母ちゃんは人間の良いところ、沢山知ってたんすね……」
ポンコが、ずっと寄りかかっていた墓石に向き直って、母の話をはじめた。
墓石に寄り掛かるのはどうなんだろうと桃子は少しだけ思ったが、日本人の常識と化け狸の常識は違うのだから、そのような言葉で話を混ぜっ返すのはよくないと自重する。
そして、ポンコの母親の話だ。
「私の大切な後輩がね、言ってたの。探索者さんたちはさ、命がかかってるからダンジョン内では怖くなっちゃうんだって。極限状態では、嘘もつくし、ズルいこと考える人もいるんだって」
「ポン?」
「でも、ヘノちゃんが言ってくれたの。ダンジョン内の姿はあくまで一面でしかなくて、外を歩いてる人間はダンジョン内と違って、みんな優しいって。だからきっと、お母さんはそれをよく知ってたのかもしれないね」
「ヘノも。桃子と会うまでは。人間はみんな。野蛮で。魔物と戦うのが大好きな。連中だと思ってたぞ」
妖精たちは、ダンジョンの外の人間を知らなかったから、探索者こそが人間だと思っていた。一部、その例外にあたる妖精もいたようだけれど、それは特例だ。
きっと化け狸の里も似たようなものなのだろうと思う。探索者だけを見て、人間を警戒して。でも本当は人間だって地上ではもっと平和な暮らしをしているのだ。
この香川ダンジョンならば、一層のうどんマーケットがその平和な暮らしの一端を映し出しているのではないか。ポンコの母親は、そこで大切な出会いがあったのではないか、と。桃子は考えた。
「キューン……母ちゃんのお友達、ポンも、会ってみたかったっすよ……」
「今日はお墓参りになるんだったら、せめてお花か何か持ってくればよかったね。ごめんなさい、ポンコちゃんのお母さん」
ポンコの母親の墓石を手で撫でる。ポンコの母親ならば同じく毛皮を持った狸の姿が本性なのだろうから、墓石を撫でる無礼は許してほしい。
墓石には名前もないけれど、この空間の環境を見渡せば、今でも大切にされていることが伝わってくる。
「花なら。この周囲に。花が沢山咲いてるから。わざわざ持ってこなくても大丈夫だろ。なんか。色々と咲いてるしな」
「そういえば……この花って」
「何か知ってるんすか? 師匠」
「ううん、全部、普通に地上では珍しくない花だなって。ダンジョンにも咲くことあるのかな」
ダンジョンにも様々な花が咲いているし、中には地上の花とほぼ同じ姿かたちのものも少なくない。
なので、この場に多種多様の、地上で見慣れた花が咲いていたとしても、それはたまたまかもしれない。偶然かもしれない。
でも、偶然ではなく、ここがお墓と知った上で、様々な花を植えたヒトがいるのではなかろうか。ポンコの母親には、友人たちがいたのだ。身を挺して庇ったという、友人たち。
もしかして、この花々は――と思うが、しかし桃子は首を横に振って思考を振り切った。それは桃子が勝手に踏み込む部分ではない。
「不思議っすね。気づいたら知らない花が沢山咲くようになったっす。きっと、母ちゃんが咲かせてくれたんだと思うっすよ」
「うん、そうだね。ダンジョンは、不思議なことがいっぱいだね」
傾きかけてきた木漏れ日の中で、花々を珍しそうに見て回る緑の光の妖精の姿を眺めながら、桃子はダンジョンの『不思議』に、思いを馳せるのだった。