ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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たぬ吸い桃子

「じゃあ爺ちゃん、ポン行ってくるね。優勝してくるっすよ!」

 

 土曜日の早朝。桃子たちは化け狸の隠れ里へとやって来ていた。

 今日はうどん大会の当日ということで、桃子も前日から妖精の国へと泊まり込み、朝イチでポンコと待ち合わせをしていたのだ。

 

 ヘノはこの里に対してあまり良い感情を持っていなかったため、ここへ来ることには朝まで反対していたのだが、長への手土産を渡したいからと桃子が頼み込むと、渋々ではあるが里に入ることを承諾してくれた。

 

「おい。狸の長。桃子が持ってきたお土産。貰ったからには。少しは協力するんだぞ」

 

「わかっておるよ、風の妖精どの。まあ、そう気を張りつめんでおくれ。物事の良し悪しもわからん子供たちもおるんじゃからのう」

 

 実は、先週この里を訪れた際に桃子が持ち込んだ手土産なのだが、これが思いの外、里に住まう化け狸たちのなかで好評だったのである。

 お菓子類は、もともと人間のお菓子など食べる機会のなかった狸たちにとっては思いがけないご馳走だった。

 更に、桃子が紙袋にいれて渡していたとある品物を化け狸の長はいたく気に入り、先週の帰り際には使いの狸を寄越して追加分をリクエストしてきた。

 今週はそれを長に手渡す必要もあったので、朝から里に顔を出したのだ。

 

 そして、それでも納得いかずに狸の長を警戒したままのヘノの視線の先では。

 

 

 

 

 

「あのね、もらったお菓子、おいしかったの」

 

「この前は、怖がってごめんなさい、お姉ちゃん」

 

「ううん、いいぽんよ~。お姉ちゃん、全然気にしてないから、大丈夫ぽんよ~?」

 

 桃子が、狸状態のポンコよりも更に小さな子狸に囲まれて、頬っぺたを蕩けさせていた。

 子狸はまだ赤ちゃんから脱却したて、毛並みもようやく狸っぽくなってきた程度の、カレーの器に二匹ですっぽり収まってしまいそうな小さい狸である。

 そんな子狸に桃子は骨抜きにされており、何だか口調も怪しげなものに変わってしまっていた。

 

「あの、師匠? なんでポンまで狸の姿じゃなきゃ駄目なんすか? 師匠? 聞こえてるっすかー?」

 

「ふわぁ……。ポンコちゃんたち、ちょっとケモノ臭いけど、幸せぽん……」

 

 ポンコ狸ごと子狸たちをまとめて抱き寄せて、子狸まみれの中に顔を埋めてスーハーしている。

 これが狸でなく人間の子供相手だったら確実にお巡りさんが来るであろう情景である。

 

「うーくすぐったいぽん」

 

「もっとせなかなでてー」

 

「師匠、師匠ー?」

 

 桃子の『たぬ吸い』は、この後数分ほど、桃子が満足いくまで続いた。

 

 

 

 

 

「ふう、朝から子狸さんたちを堪能しちゃった」

 

 ひたすら子狸の空気を吸い続けて、桃子は朝から実に満足げな良い顔をしている。

 ヘノや柚花は可愛いけれど、顔を押し付けて空気を吸うならば小動物に勝るものはない。

 ここがゲーム世界なら、桃子はいま絶好調で、MPも全快していることだろう。

 

「ありゃりゃ師匠、服がポンたちの毛だらけっすよ? せっかくの新しいお洋服、毛だらけっすよ?」

 

「仕方ないな。桃子。風で飛ばすから。じっとしてるんだぞ」

 

 未だに狸心地で現実世界に帰ってきていない桃子を、ポンコとヘノの二人が甲斐甲斐しく世話をする。

 顔にこびりついた獣の毛をとって、ピンクのジャケットにこびりついた獣の毛を叩いて、最終的には風で吹き飛ばす。

 さすがに桃子もそれだけ世話をされていれば、次第にしゃっきりと目も覚めてくる。

 

 そして、目の覚めた桃子を待っていたのは、ケモ耳少女による猛烈なハグだ。桃子は現実に戻ってすぐにまた、再び狸心地に引きずり込まれかけるが、すんでのところで耐えた。

 

「では、師匠。今日もお姿お借りするっすね!」

 

「うん、どーんと来ちゃってよ」

 

 ポンコは、人間に触れ合うことで、その対象の人物へと変化することが可能だ。

 以前にもその術を利用して桃子に変身したのだが、しかしその際は微妙に狸っぽさの残った姿、ももポンになってしまった。

 あのときは失敗してしまったものの、今日こそは頭から足先まで全身で桃子を再現しようと、ぎゅーっと桃子に抱きついた。

 

 そして、ポンコを中心に、ボフンッという布団を叩くような音が響きわたり、周囲に謎の煙幕が立ち込める。

 そして、その煙の中から出てきたのは――。

 

「相変わらず。桃子に変身しようとすると。耳と尻尾がついてくるんだな」

 

 本物の桃子にぎゅっと抱きついたままの、同じ容姿の小柄な少女。栗色の大きな三つ編み。新しいピンクのジャケット。狸耳と狸しっぽ。

 つまりは、相変わらずのももポンだ。

 

「ポン……どうしてなのかな。自信はあったんすけど、師匠の時だけなんだか、うまくいかないっす。里の仲間の姿になら、完全に化けられたんすけどね」

 

「もしかしたら。【隠遁】が。桃子の姿を。他の人間に見せない様に。邪魔してるんじゃないか?」

 

「はぇー、師匠のスキルはポンの変身にまで影響するんすねえ。師匠、さすがっすね」

 

「私、何もしてないんだけどね」

 

 桃子の【隠遁】の効果範囲は複雑だ。

 生きものの五感や、桃子に関する記憶にフィルタをかけるのはまだ理解できる。しかしその上で、桃子の存在をとらえようとする配信カメラなどの無機物にも影響を及ぼすのだ。

 また、ヘノやポンコのような魔法生物、あるいは魔力で形成されているタイプの魔物には効力を及ぼさないが、肉体を持ち、五感に頼るタイプの魔物には抜群の効力を発揮する。しかし通常の魔物と、魔力で形成された魔物の基準は曖昧だ。どちらも死ねば煤になる。

 

 ダンジョンそのものが不思議の塊なので、探せば【隠遁】よりも訳がわからないスキルなどもまだ数多くあるのだろう。

 が、複雑さに関して言えば、ダンジョン内でも複雑なスキルトップ100くらいにはランクインしているんじゃないだろうかと桃子は思っている。

 この度、その性質に『術による模倣にも影響が出る』というのが追加されたようだ。

 

 

 

 

 

 一行は、会場たる二層『闘技場』へとたどり着く。

 

「わ、もう会場は人がいっぱいだね。ゴーレムはこの大会のために退治した、ってこと?」

 

 観客席から見下ろした闘技場は、以前とは全く違う姿になっていた。

 不動の構えで挑戦者を待ち構えていた巨大なゴーレムの姿はなく、代わりにそこにはお祭りのような櫓舞台が建っている。

 そして同じく、闘技場にはちょっとした祭り会場の如く、簡易テントが立ち並んでいた。上から見る限り、ざっと20はあるだろうか。それぞれのテントには既に多くの探索者――いや、うどん店主たちが出入りしており、非常に慌ただし気だ。

 

「いつもなら前日くらいに大人数でゴーレムを退治して、次の復活までに大会をひらくっすけど、今回は二日前の段階で誰かが倒しちゃったみたいっすよ」

 

「まあ、実力のある探索者さんがゴーレムを退治するのは自由だもんね。凄い人がいたんだね」

 

 ゴーレムの代わりに櫓舞台が立っているとは思わなかった桃子だが、いつまでもここで見下ろしていても仕方がない。

 フード付きの外套を着て耳と尻尾を隠したポンコとともに、階段から闘技場の舞台へと降りていく。

 

「おい。たぬき。テントが沢山あるけど。お前は。どこのテントでカレーを作るんだ?」

 

「ポン……ええと、あそこっす。端っこのところっすね」

 

「なんだ。ずいぶん端っこだな。あれじゃ。あんまり人が。こなさそうだな」

 

 ポンコが指さしたのは、舞台に並んだテントの中でも、一番端。闘技場の壁に近い位置のテントだ。

 もちろん、そのテントだけが離れた場所にあるというわけではないものの、やはり中央あたりに置かれたテントと比べると、やや寂しさが漂う立地である。

 

「ええと、申請っていうのをするときに、人数を聞かれたから一人って答えたっす。そしたら、最初はこっちの端の方からがいいって、優しそうなおじさんが場所を選んでくれたっすよ」

 

「そうなのか。最初は端っこの方がいいのか?」

 

「多分だけど、いきなり人通りの多い中央だと、ポンコちゃん一人じゃ手が足りなくて、作業が追いつかなくなっちゃうからね。気を利かせてくれたんじゃないかな?」

 

 テントの間を歩いていると、やはり他のテントには店主だけでなくその仲間や助手などの、サポートメンバーがしきりに出入りしていた。

 中には完全に一人で切り盛りしている店主もいるのかもしれないが、やはりこういうイベントの際は人員が多いに越したことはないだろう。

 ポンコの申請では助手もなく一人で切り盛りするうどん店となっている。ならば、一度に多くの客を捌くことは難しい、と判断されたとしても当然である。

 無論、他の人間には見えないだけで、桃子という手伝いがきちんと存在するのだが、どうやらポンコは桃子のことは話さないでおいてくれたようだ。

 

「ポンはてっきり、子供扱いされて端に追いやられたのかと思っちゃったっすよ! 気を利かせてくれたっすね!」

 

「あはは……そ、そんなこと、ないと思うよ? うん」

 

 気を利かせてくれたのは間違いないとは思う。

 ただ、ポンコが子ども扱いされたというのもまた、それはそれで正解かもしれない。

 ポンコの話を聞くかぎり、申請をしたときには半獣人姿だ。半獣人のときのポンコは顔を隠すために深くフードを被っているのだが、しかしそれでも目の前で話をすれば、その中身がまだまだ子供なことくらいは分かるだろう。

 どう見たって怪しげな恰好をした子供だし、身元を証明するものも持っていない。もしかしたら、申請を受けたおじさん側にしてみれば、子供の冷やかしすら可能性としては考えたかもしれない。

 

 そういう意味では、きちんとテントを用意してくれて、場所の案内までしてくれたというのは、実に良心的なスタッフに当たったものだと思う。

 

「このテント。すぐ裏に。迷宮の入り口があって。うまく使えば。便利そうだな」

 

「あ、なるほど。私も裏から出入りしやすいね。表だと今日はカメラとかあるだろうから、私あんまり出入りできそうにないからね」

 

 桃子は【隠遁】の影響で、魔石動力の配信カメラなどにも姿は映らない。のはいいのだが、桃子が映らないだけでなく、その映像を全てノイズで何も見えない状態にしてしまう。

 さすがに、うどん大会を普通に楽しみにしている人たちの映像をノイズまみれにしたくはないので、桃子はこのような場所では大っぴらに表に出ることは出来ないのだ。

 もちろん、何かトラブルでもあったときには外に出るし、カメラのノイズくらいは我慢してもらう必要はあるだろうが、何もトラブルがないに越したことはない。

 

「いいっすね! 言われてみたら最高のテントっすね! なんかポンも嬉しくなってきたっすよ。なんだか、やる気が出てきたっす!」

 

「よし、最高のおうどん、作ろうね!」

 

「味見なら。まかせろ」

 

 テント内には、既にうどん作りに必要なものは揃っていた。

 簡易的に組み立てられた調理台に、設置式のかまどが2つ。そしてどう準備したのかは知らないが大量の水の入ったタンクもある。これを料理に利用しろということなのだろう。

 材料は持ってきたし、既にうどん生地もポンコが里で作ってきたものが準備されている。

 あとは開始までの間に鍋に火を入れて、カレーうどんを作っていくだけだ。

 

 

 ポンコの、はじめてのうどん大会が、まもなく始まろうとしている。

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