ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
桃子たちが石壁の迷宮通路に閉じ込められた時刻から、時間を遡る。
うどん大会フェス祭りがまだ開催して間もない時刻。
桃子たちが、初めてのイベント参加の準備を終えて、想定以上の客の入りに面食らっているその頃。香川ダンジョン第一層から、今日のイベント会場でもある第二層『闘技場』へと降りてくる階段に、ひとりの探索者の少女が降り立っていた。
背中までの黒髪に、チャームポイントとして左右にクリップリボン。その表情は強気で、やや猫っぽい印象を受けるぱっちりとした瞳。腰につけた鞘には、二刀一対の短剣を装備している。
そしてその少女の懐には、周囲の人目から隠れるようにこっそりと。その身から蒼い光を放つ小さな妖精が、おどおどした様子で姿を隠しつつも外の様子を窺っていた。
「わあ……噂に聞いてはいましたけど、ダンジョン二層で本当にうどんフェスなんてやってるんですね。房総ダンジョンですら二層はそこまで遊ぶ場所じゃないですよ? なかなか滅茶苦茶ですね、うどんダンジョンって」
「お、面白いですねぇ。あ、あの、下に見えるテントが全部、うどん屋さん……なんですか?」
階下へ臨む少女たちの視線の先には、延べ20を超えるであろうテントが立ち並んでいる。
これが街なかの公園で行われるフェスなどのイベントならば、このくらいの光景も珍しくはないだろう。
しかしここはダンジョンだ。人を襲う魔物が現れ、命がけで探索者たちは未知の迷宮を進んで行く。そんな場所なのだ。少なくとも、他のダンジョンでは大体そういうことになっている。
「あのテントが全部うどん屋さんみたいですよ。私たちも時間があれば、うどんダンジョンの本場のうどんってのを味わってみましょうか。地上で待機してる窓口さんには申し訳ないですけど」
少女は探索者タチバナ。先日はマヨイガにて「座敷童子の萌々子ちゃんの声」を配信したことでバズってしまった経歴を持つ、それなりに知られた美少女配信者だ。
彼女は、己に加護を与えてくれている水の妖精と共に、先ほどこの闘技場へとやってきた。
香川ダンジョンへ訪れるのは初めてであるが、彼女もまたこのうどんへの情熱には面食らい、見るもの全てに目を丸くしている。
つまりは一言で言うと。
柚花とニムが、地上のギルドの受付を通ってうどん大会の会場へとやって来て、うどんダンジョンの滅茶苦茶さにどん引きしているところである。
闘技場へと到着すると、柚花は端末を立ち上げて、地上の香川ダンジョンギルドの一室で待機しているはずの香川への同行者、窓口杏にメッセージを送る。
柚花と共にこの地へとやってきた杏は、ギルド側の人間として柚花のサポートに回っていた。
彼女は、柚花から送られてくる情報を受け取り、香川ダンジョンギルドの人員とその情報を共有するための役割として地上に残っているのだ。
そして柚花は端末の画面を一度閉じると、会場へと降りずに観客席をぐるっと回っていく。
大きな闘技場だが、観客席の上階からはその全てが見渡せるので、『目的の相手』を探すのには都合がいい。
「じゃ、じゃあ……あ、あとででいいですけど……た、たぬきうどんの、カレー屋さんを見てみたいですねぇ」
「んー、惜しいです。正しくは、たぬきのカレーうどん屋さんですね。今頃は先輩たちが手伝ってる筈なんですけど、どこにあるんでしょうね。上からじゃどのテントも同じデザインだから、ちょっと分かりづらいですねこれ」
胸元に隠れている妖精のニムと小声で会話を続けながらも、柚花の瞳は不思議な魔力の光を放ち続けている。
柚花はここに踏み込んでから、【看破】をフルに発動させて、念入りに場内をチェックしているのだ。柚花が探しているのは2つ。そのうち1つは、とある人物。もしくはそれに準ずる存在。そしてもう1つが、会場に仕込まれた、悪意のこもった『術』の数々。
今は看破で把握できる限りのその術の特性と、設置された場所だけをチェックしていき、逐一地上にいる杏へと送っていく。
しばらく会場内を歩いたのち。ふと、ニムがとある一方を指示した。
「あ、ゆ、柚花さん……あ、あそこのお爺さん……もしかしたら……」
「え、どこですか? ……おー、あれは絶対そうですね。ビンゴですね。さすがニムさん!」
うどん大会の会場は、広々とした闘技場だ。
柚花たちが歩いているのは二階の観客席。休憩がてら、空いている席についてうどんを啜る探索者たちが数人はいるものの、イベント開催中の今は探索者の大半が闘技場に降りている為、観客席はガラガラだ。
しかしそんな中で、最上段の柱の陰に立っている、ひとりの老人の姿をニムが発見する。
着流し姿で佇むその白髪交じりの老人は、珍しい形の葉巻を口に咥えて、その煙を吐き出しているようだ。
柚花の【看破】の目で見ても、それは完全に人間の魔力そのもの。なにもおかしいところは見当たらない。【看破】に頼るだけならば、それはただの人間としか思えない。
だがしかし、柚花は確信をもって、その人物へと真っすぐに近づいていった。
「こんにちは、そこのお爺さん。イベント会場で煙草は厳禁ですよ?」
「ん? ああ、お嬢ちゃん、すまないね。こいつは煙が薬になっていてな、定期的に吸わないと身体にガタが来てしまうんじゃよ」
老人に近づくと、その煙草の煙は随分と独特の香りだった。渋味と苦味を混ぜ合わせ、固めて匂いに変換したような、端的に言ってしまえば刺激臭ともいえる代物だ。
一般的な煙草の葉の香りではなく、様々な漢方をごちゃ混ぜに煎じたあとに炎で真っ黒に焦がしたような香り。近くで嗅げば、ツンとした臭気が鼻孔を刺す。
実はそれは一般的に言うタバコの葉ではなく、ダンジョン内のとある場所で栽培された特殊な薬草を乾燥させ、細かくして葉巻状に加工したものだった。
地上の煙草同様に、先端に火をつけ、その煙を吸うことによって体内から治癒効果を発動させるという、世にも珍しい品物である。
柚花の知る限りでは、そのようなものを作っている存在は今のところ一人しか知らない。
「もちろん、知ってますとも。それって妖精の畑で育てた薬草の葉巻ですよね? 化け狸のお爺ちゃん。実はそれ、私のお友達が作ったものなんですよ。ね? ニムさん」
「は、はい……それ、仲間のルイが……作った煙草ですから、ま、間違いようがないです……」
柚花が己の胸元へと声をかけると、その懐からうっすらと青い光を放つ妖精が恐る恐ると顔を出して、老人の持つ葉巻に視線を向けた。
それは柚花のパートナー。水の妖精、ニムである。
「妖精……じゃと? ふむ、どうしてわしが狸だと?」
「あのですねお爺ちゃん。お爺ちゃんは見た目も人間、魔力も完璧に人間に擬態してます。さすが化け狸って呼ばれるだけのことはありますね」
化け狸は、化けることに特化した魔法生物だ。柚花の言う通り、姿だけでなくその魔力すら擬態することも可能である。しかし、柚花は続ける。
「でも、残念ながら、今時そんな古めかしい着流し姿の人なんて地上にだってそうはいませんから、一目でバレバレですよ。皆が鎧とかつけてるなかで一人だけ着物とか、明らかに変じゃないですか」
「……やれやれ、しばらくのうちに地上の服飾文化は随分と変わっちまったようだねえ」
ネタをばらしてしまえば、単純な話だ。
柚花の言う通りで、着流し姿の探索者など、少なくとも地上のギルドでは見たことはない。なんなら、今の時代では街なかを一日中歩いたとしても、着流し姿の老人などあまり見かけないだろう。
そして、それがダンジョンならば尚更だ。
つまり、化け狸の服装は、とても目立っているのだ。良くない方向で。
「で、だ。お嬢ちゃんたちは、一体どっから来たんだい? 妖精女王のところと繋がる扉が開かれた様子はなかったがのう」
「普通に飛行機で来たんですよ。今回出店してる、カレーうどん屋さんを応援するために、はるばる東京から」
「た、狸さん、知ってますかぁ……? 大きな鉄の船が、雲より高いところを飛ぶんです……うぅ……死ぬかと思いました……」
そう、飛行機だ。
桃子が前日から妖精の国に泊まり込み、そして早朝に化け狸の森に挨拶をしに行ったこの日の朝。柚花とニムは、千葉は成田空港から香川は高松空港まで、飛行機で直接やってきたのである。
もちろん、柚花ならばティタニアに事情を話せば妖精の国から直接香川ダンジョンへと訪れることも可能であった筈だ。
しかし、今回ばかりはそういうわけにもいかない理由があった。それは桃子には伝えていない、水面下で行われている、探索者ギルドによる大規模な作戦のために。
「空とは。随分と遠い旅路を渡ってきたようじゃのう。奇遇なことに、わしもこの近くの森から、恐らく嬢ちゃんと同じ、カレーうどん店を覗きに来たんじゃよ」
「せっかくのご縁ですし、一緒に行きましょうか。私と一緒なら、お爺ちゃんと可愛い孫って感じに見えて、いいんじゃないですかね」
「可愛い孫は間に合っとるんじゃよ。それで、何が目的なんだい? 妖精連れでわざわざやってきて、偶然ってことはないだろう?」
老人――ポンコの祖父であり、化け狸の長は、目の前の人間の少女と談笑を続けている。
が、見た目的には談笑を続けている少女と老人に見えたとしても、互いにその瞳を光らせて、互いにけん制を繰り返していた。
相手の目的と自分の目的が違っていたならば、互いに実力行使も辞さないという、これは交渉だった。
しかし、先に折れたのは柚花だった。
いや、折れるも何もない。今回の事情、あらましを知っている柚花は、互いの目的がほぼ同じものだということはほぼ確信していたのだから。
「単刀直入に言っちゃいますね。今日は私、人間のギルドの仕事で来てるんです。どこかの化け狸のお父さんが、人間憎さで悪さをしないように人員を配置して、見張ってるんですよ」
「と、とても強い探索者さんが、た、沢山……今日のために集まったんですよ……」
「やたらに腕の立つ人間が多いと思ったら、そういうことかね」
どうやら、狸の長も気づいていたようである。
眼下に広がる闘技場。立ち並ぶテントと、多数が座れる休憩所や、食事テーブル。
今日、ここには普段の闘技場の姿が嘘のように、数多くの人間がやってきている。
しかし、おかしいのだ。
全員が全員ではもちろんない。だがしかし、今日に限っては香川ダンジョンに普段は居ないであろう強者たちが、明らかに多いのだ。
まるでそれは、うどんを食べにくる観光客に混ざって、常に周囲に目を光らせている、強力な警備体制のように見えた。
いや、これは実際に警備体制なのだろう。
「それで、わしに何の用件だい?」
「情報交換。そして出来れば、協力しませんか? 私は桃子先輩のために、あなたはポンコさんのために。個人的な利害は一致しますよね?」
柚花の求めているものはつまり、人間と化け狸の協力である。
今回、柚花の【看破】で会場を見て回ったところ、魔物召喚用の術が多数隠されているのを確認しており、このイベント中に大量の魔物が発生することがほぼ確実となった。
もともとは確実に何かが起きるという確証があったわけではないため、柚花の眼で下調べをした上で、何もなかったならば何もないでよいし、何かあるならば対処する。そういう作戦だったのだ。
一方、化け狸の里の者たちは、仮に人間のイベントが魔物に襲われたところで、たいして騒ぐ必要などない。だがしかし、今回に限っては話が別である。
何故ならば、今日のイベントには長の孫娘が参加していて、そこを襲う黒幕は同胞である長の息子だ。
化け狸としても、黙って見過ごすわけにはいくまい。
そのような状況でもなお、化け狸と人間は相容れないかもしれない。しかし、長はポンコが大切で、柚花は桃子が大切だ。桃子とポンコが共に行動している以上、それを守りたいという利害は間違いなく一致する。
「……やれやれ。ポンコが連れてきたお嬢ちゃんといい、最近の人間の娘は物怖じしないねぇ」
柚花の交渉に、化け狸の長は頷いたわけではない。
なぜならば、大勢の人間の犠牲を考えないならば、化け狸だけでも対処は可能なのだから。
だが、しかし。
はたして、化け狸の里は、それでいいのだろうか。長の脳裏に、孫娘の笑顔が過る。
「ゆ、柚花さんも、桃子さんも、私たち妖精が加護を与えた……す、すごい人なんですよ」
「……そうかい、妖精の女王は人間の手を取る道を選んだわけかね」
長の背中への最後の一押しは、小さな妖精だった。
妖精たちが、人間の少女の手を取っている。それも二人もだ。
これは、転機なのかもしれない。化け狸が人間の手を取る道を、その選択肢を見直すための。
「わしらも……考え直す時が来たかもしれんのう」
――人間とは、友達になれるっすよ。
匂いのキツイ葉巻を吸いながら、長は闘技場に集まる大勢の人間たちの姿を眺めながら、昔に亡くなった一人の同胞の言葉を思い返すのだった。