ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「いやもう、ポンコさん可愛かったですねっ! あの子、お爺ちゃんのお孫さんなんですよね?」
柚花と長は、あれから行動を共にしていた。
協力体制を敷くと言っても、化け狸の長は人間と慣れ合うつもりはないし、人間たちをそこまで信じているわけでもない。
ただ、今のところはあくまでも、ポンコと桃子のため。個人的な利害が一致したために、目の前の妖精連れの少女とだけ、手を組んでいるのだ。
人間との連携というのも、あくまで長と柚花の間の取り決めだ。
それが、今の長が譲歩できる、ギリギリの範疇であった。
さて、そんな二人だが、意外と一緒に食事をとったりして、傍から見れば本物の孫と祖父のように仲良さげに会話をしているように見えた。
「ぬけぬけと抜かしよるわ。ありゃお前さんの言う『桃子先輩』の姿かたちじゃろうに。ポンコを褒めるフリをして、自分の先輩を褒めているだけじゃろう?」
「だって、可愛いのは間違いないじゃないですか。私もポンコさんのちゃんとした人間姿を見てみたいですけど、それこそお爺ちゃんが妨害してるんじゃないですか」
「……まあ、のう。まさか妖精連れを連れてきて、その人間に化けるとは思いもせんかった」
ポンコが人間に変化できずに、半獣姿になってしまうのは、作為的なものだった。化け狸の長が、ポンコが必要以上に人間に近づけない様にと、封印術をかけていたのである。
だがしかし、桃子という協力者を得た今となっては、その封印術はあまり意味を為さなかったともいえる。
「桃子先輩に化けきれないのも、お爺ちゃんの妨害のせいなんですか?」
「いや、あれはわしではなく、小さい嬢ちゃんの妙な魔力のせいじゃろうな」
「人化の術はお爺ちゃんに妨害されて、変化の術は【隠遁】に妨害されて、ポンコさんも散々ですね。ポンコさんの人間姿って、どんな姿なんですか?」
「あれは……そうじゃのう、おぬしに言っても分からんじゃろうが、母親にそっくりじゃよ」
「お母さんて、ユウナギさん、ですよね?」
「今日は見た目こそ桃子という娘の姿を借りたものじゃが、それでもうどんを作る佇まいは夕凪そのものじゃったよ。もし本来の姿でうどんを振る舞おうものなら、母の生き写しであったかもしれんのう」
ポンコの姿を語り合う二人はつい先ほど、情報収集の傍らで、時間を見繕ってポンコのカレーうどんを食べて来たところであった。
店ではフードで狸耳を隠した桃子姿のポンコ――通称ももポンが一人で客の対応をしていた。どうやらオリジナルの桃子が調理場、ポンコが接客という風に分担していたようだ。
店先に出ていたのがポンコならば、長の姿にも気付きそうなものだが、どうやら長は普段とは別な姿かたちに見えるように何かしら小細工をしていたようで、結局最後までポンコに正体が見破られることもなかった。
柚花は元からポンコとの面識もないために最初から普通の客として対応されていたのだが、なにぶん相手は桃子の姿である。桃子がぎこちない笑顔でカレーうどんを振る舞っているのである
頭では化け狸の少女が変身したものだとは理解していても、普段の桃子とのギャップに少々興奮具合が高まってしまったりもしたが、概ね平和にカレーうどんを食べ終えた。
ヘノや桃子が出てきたら柚花の顔を見て驚いてくれるかと少しばかり期待していたが、残念ながらどちらも奥からは出てこなかったので、サプライズは保留だ。
なお、ニムはその時に奥へと入り、桃子の服に入り込んでいる筈である。
ニムは調理の邪魔にならないようにこっそりと入り込んだようなので、後にニムの姿を見つけたときの桃子の反応が気になる柚花だった。
「さて、それでは腹ごしらえもしましたし。そろそろ私たちも準備しましょうか」
「里の男衆も呼びだした。今頃はお前さんの言うように、あの馬鹿息子の術を辿って配置についておるじゃろ」
術の形跡。
実は柚花と長でこの会場内を回っている間、会場内の至る所に仕込まれた術の形跡を確認していたのだ。
下手に解除をしようとすると逆に場が騒ぎになり、相手にも逃げられるだけなので、今はその場所だけを確認している。
情報を柚花はギルドにいる杏たち地上班に。長は部下の狸たちへと伝達し、いざ術を発動されたときに備えているのが現状である。
「息子さん、クヌギさんでしたっけ? これだけ周到な準備をしているあたり、まだ理性が残ってるみたいですね」
「あいつは、昔から身体が弱かった。牛鬼が出てもあいつは戦えん。だから、ずっと化け狸の使う術を研究しておったが……まさかこんな使い方をするとはのう」
「世の中、理性があるほうがタチ悪いことしちゃうんですよ。まあ、クヌギさんとの親子喧嘩はお爺ちゃんに任せますね」
おそらく、人間を憎んでいるのであろう長の息子、ポンコの父親、クヌギ。
それがただ荒れ狂い、怒りのまま人間を襲うだけだというならば、人間側とて対処しやすかっただろう。襲われたら、やり返せばよいだけなのだから。
しかしクヌギは、頭を使い、標的を追い込む理性を持っている。どれだけ冷静さが残っているかは不明にせよ、こちらも事前に敵の策に備え、考え、的確に対処していかねば取り返しのつかないことになるのは間違いない。
実に厄介なことだと。こんなもの、一介の女子高生が陣頭指揮を執る案件ではないだろうと、柚花は小さくため息をつくのだった。
そして更に時間は過ぎる。
うどん大会の終了アナウンスが流れてからしばらくして、一般の来場者の大半は地上へと帰っていった。そして、最後の表彰式まで覗くつもりの人間たちは各々が好きな場所へと移動している。
柚花も、今日ずっと行動を共にしていた長と共に、闘技場が良く見える観客席の最上段へと移動していた。
会場ではそれぞれのテントが撤収準備を始めており、あとは櫓舞台での表彰式を待つだけだ。
奇しくも櫓舞台の高さは二階観客席と同等。柚花たちから見れば、目線をまっすぐに向ければそこに最後の舞台がある。
表彰式が始まるまではまだしばしの時間があるのだが、その間に長は再び薬草煙草を口に咥え、懐から取り出したマッチで火をつける。
周囲に独特の香りが漂い、思い切りそれを吸ってしまった柚花は強烈な香りに眉をひそめた。
「狸のお爺ちゃん。その薬草の煙草ってすごい匂いですけど、美味しいんですか?」
「煙が臭くて、とてもじゃないが好んで吸い続けるものではないのう。効果は良いんじゃが、これを作った妖精の子とやらには、改良をしてもらわにゃならんなあ」
どうやら、狸の長も、この香りが好きで吸っているわけでは無いようだ。
つまりは本当に、肺を楽にするために我慢して吸っている、ということだろう。
しかし、この強烈な匂いばかりは、薬草を合成して葉巻を制作している妖精のルイ本人に改良してもらうほかない。
「じゃあ、今度伝えておきますね。あ、お爺ちゃん、表彰式始まりましたね。見えますか? あれ」
「ああ、うまく司会者に化けてはいるが、ありゃあうちのバカ息子じゃな。全く、あんな姿になりおって」
壇上に登ったのは、司会者の男。立ち上る瘴気が、彼が本人ではないことを、人間ではないことを物語っている。
本来ならば人間そっくりに魔力の質をも擬態できる化け狸だが、どうやらもう、人間に化けきることも難しくなっている様子である。
しかし、偽の司会者の声で、表彰式は進んで行く。壇上に呼ばれるのは、今回の大会の覇者である炎城寺マグマと、そして同じく受賞を果たしたうどん四天王のフリーレン氷河、風祭えあろ、田中二郎の三人だ。
柚花は、すでに香川のギルドで事情を聴いている。そして狸の長も、重々に承知していることである。壇上にいる四人こそが、ポンコの母である夕凪の仲間で、彼女がその身を呈して救った者たちだった。
しかし身を呈したと言っても、彼らとて無事だったわけではない。その時彼らとて己の身を削って戦い、そして運悪く、夕凪だけが帰らぬ人となったのだ。
香川ダンジョンギルドには、重傷で生死の境をさまよっていた彼ら4人と、行方不明とされた女性探索者についての捜索に関する資料がしっかりと残されていた。
「私は正直、息子さんのことは知りませんから、あの瘴気についてはわからないんですけど……どうするんです?」
柚花は、席を立ちあがり、腰に佩いた双剣を両の手に構える。
その魔力で光る瞳には、会場中に設置された術の元となる基点に、禍々しい魔力――いや、瘴気が湧き出すのがはっきりと見て取れた。
いよいよ、術が発動される。
「あれは、わしらがけじめをつけるさ。わしがもっと早く、ああなる前に対処すべきだったんじゃ」
「……じゃあ、先ほどのお話通りでいいですね? 化け狸さんたちの天敵でもあるクロムシは、人間の探索者たちが対処します」
「ああ。鎧や石像は、わしらの術で対処する。それで構わんが、嬢ちゃんはいいのかい? あの小さい娘っ子のことが心配なんじゃろう?」
既に香川ダンジョンギルドから、いまこのダンジョンに潜っているすべての探索者、すべてのパーティへと連絡が入っているはずだ。これはイベントではなく、本当の魔物の氾濫。少々特殊な形だが、スタンピードの警告。
化け狸たちとともに、闘技場に現れる多量の魔物を対処すること。各探索者は、化け狸の天敵とも言えるクロムシを一匹残らず排除すること。
その他色々と連絡事項はついているが、概ねこの戦いの準備は、水面下ですでに完了していた。
「大丈夫ですよ。今はニムさんもあちらについてますし。それに、私の先輩は滅茶苦茶強いですからね」
「そうかい、それなら……一緒にいるポンコも安全じゃな」
そして、柚花に続くように狸の長も立ち上がり、今まで人化の術で隠していた己の魔力の蓋を外す。そしてその身から溢れるのは、膨大な魔力。
妖精の女王であるティタニア程のものではない。が、しかし、人間などでは逆立ちしても勝てない、絶対的な強者がそこにいた。
そして長が魔力の蓋を外したのを皮切りに、会場中から同じような魔力の奔流を感じる。どうやら、会場に散らばっている化け狸たちも、己の本性を隠すのをやめ、戦いに備えているようである。
「お爺ちゃん、孫可愛さで、孫が人間に近づけない様に変身の妨害術をかけるとか、愛情表現がねじれすぎてるんですよ。あとで謝ったほうがいいですよ?」
「……そうじゃな、考えておこうかの」
そして、轟音。
会場から、観客席から。あらゆる場所から唐突に現れたのは、何匹ものゴーレム。何体もの動く鎧。そしてそれと共にあふれ出す、漆黒の瘴気の塊、クロムシの群れ。
しかし会場にいた観客は、調理人たちは、探索者たちは。皆がそれぞれ待っていたとばかりに己の武器を手にして、その魔物の群れへと立ち向かう。
うどんを食べてばかりの食道楽に酔いしれた人間たちと侮ることなかれ、彼らは探索者だ。己の命をチップにして魔物を狩り、迷宮を踏破していく、強き者たちだ。たかが二層の魔物の群れなど、恐れはしない。
間もなく、闘技場はすぐに戦いの場となった。
武器が叩きつけられる音、巨大なものがぶつかる衝撃、魔法による魔力の爆発。そこは、戦場だった。
己の本性を解放した化け狸の男が、獣じみた動きでゴーレムに術のこもった木の葉を叩きつけ、その動きを封じる。
探索者たちは化け狸の男にとりつこうとするクロムシを撃ち、ときには自ら盾になり、ゴーレムや動く鎧のような造魔たちに対処できる彼らを守り抜く。
停止させられたゴーレムや動く鎧は、重たい一撃を放つ重戦士や、魔の者を屠る力を持つ魔法使いたちが確実に撃破していく。
そして、観客席の最上段。この場で最大の魔力を持つ長の元にもクロムシの集団が殺到する。
その強き魔力に侵食し、その強き存在を魔へと墜とそうするクロムシの群れを、一本の電撃が襲う。
その一本の電撃が、クロムシを経由して更に枝分かれして別なクロムシを焼いていく。黒い波のように群れていたクロムシたちは、十秒足らずで全てが煤へと戻って行く。
「じゃあ、今日はご一緒できて楽しかったですよ、お爺ちゃん! 私は先輩を迎えに行きますね!」
長へ群がるクロムシの第一陣を焼き払った柚花は、振り返るとそれまで共に行動していた狸の長へと別れをつげ、颯爽と己の目的の為に駆け出していった。
「ああ、お嬢ちゃん。怪我をせんようにな、孫を頼むよ」
そして、その柚花を見送るのは、先ほどまでそこにいた白髪の老人ではない。
「さて、わしはあの檜舞台に上らせていただくとするかね。さすがに、あのでかい石像は骨が折れるが、仕方ないのう」
老人がいたはずのそこにいたのは、巨大な獣だった。
2メートル近くの体躯を持つ巨大な狸が、のそりと、舞台へと向き直る。
そしてそこには、他の者とは比較にならぬ、巨大な影が。
闘技場で5人の人間――いや、4人の人間と1匹の魔物が上った櫓舞台を守るように、そこに何人たりとも近づけまいと。闘技場の主として君臨している、巨大なゴーレムが。
その身を現し、戦いの予兆として、その巨躯で地面を揺らしているのだった。