ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「そっち、クロムシが湧き出てきます! 離れてください!」
闘技場にて、柚花はその【看破】で瘴気の集まりを事前に察知し、涌き出るクロムシに対する警告を仲間の探索者たちに発していた。
ゴーレムや動く鎧と違い、闇から発生するクロムシは厄介だ。一体一体は弱くとも、それが集団で襲い掛かってくるのだ。
そしてその攻撃が、噛みつきや引っ搔きならばまだよかった。クロムシたちは、対象の身体に付着し、そこから染み込むように憑依するのである。それが何よりも厄介だった。
「人間なら、しばらくダンジョンに入らずに地上で日光に当たれば勝手に消えていきますから大丈夫です! 狸さんたちだけは、絶対にやられないでくださいね!」
戦っている探索者たちから「おう!」と返事が聞こえる。
クロムシは厄介だ。だがしかし、人間が付着されるだけならば、実は魔力の薄い地上に出るだけでクロムシは勝手に魔力不足で大気中に拡散していき、消滅してしまうことが判明している。
クロムシは、その身体を魔力で構成している妖精や化け狸などの魔法生物たちにとっては天敵だが、それと同時に人間たちこそがクロムシの天敵とも言えた。
「タチバナ! ここは大丈夫だ、他を頼む!」
「かしこまりっ!」
クロムシと違い、動く鎧やゴーレムのような造魔たちは数に限りがあるようで、一度湧いたものを叩けばその場所にはこれ以上現れない。
なので、それらの造魔さえ排除してしまえば、あとは人間だけでクロムシをひたすら叩き続ければいいだけだ。手が空いた化け狸は他のサポートにまわれば良い。
柚花はそのようにして仲間に指示を出しながら、己も【チェイン・ライトニング】によってクロムシの集団を撃退していく。
「ああもう、先輩を迎えに行きたいのに、ちょっと私って忙しすぎじゃないですか?!」
本当はポンコのテントの裏から迷宮に走り、そこで恐らく身動きできなくなっている先輩たちの元へと向かうつもりだった。
本日このために召集された他の探索者パーティは皆、実力としては強者である。柚花より遥かに強く、柚花より遠くへ攻撃可能で、柚花より広範囲の殲滅に長けており、柚花より身体能力に特化したものも多い。
なので、乱戦になったとしても彼らに任せておけば、万が一もないだろうという計算があった。
しかし柚花の計算外だったのは、自分とクロムシの相性だ。【看破】でクロムシの発生を察知し、そして現れたクロムシの集団を【チェイン・ライトニング】で一掃できる能力を持つ柚花は、クロムシ駆除戦では相性が良すぎたのだ。
気づけば自分がクロムシ駆除戦の要となってしまい、敬愛する先輩の元へと駆け込むのはお預けになってしまうのだった。
最初は、他の探索者が多少ピンチになろうと、自分だけでも先輩の元へと駆け付けようかとも考えたが。
「くそっ、このクロムシ、どこから湧いてくるんだ!」
「人間、無理をするな! 我らは貴様らの手助けなど……ぐぅっ!」
「うるせえ! 一緒に戦うのに狸も人間もあるか! 背中を預けやがれ!」
柚花は、本質的には人間は信用ならないと思っている。
が、だからと言って人間を敵視しているわけではない。少なくとも、こんな場面を見せられたら放っておけない程度には、善性を持った少女である。
「そこのテントの影が発生源です! いま行きますから待っててください!」
「助かる!」
今回の作戦で一つだけ懸念があったとすれば、闘技場にならんだテントであった。
本来ならば戦うための地面が広がっていただけの闘技場だが、今はうどん店のテントが多く建っており、それが視界を遮り、戦いの邪魔になる。
いくつかのテントは既に戦いの余波で吹き飛んではいるものの、それでも残骸が邪魔なことには変わりない。
「まあ、今回は黒幕を確実におびき寄せるためですからね。これくらいの不利は、端から承知の上、ですけど……!」
電流で、一気に邪魔なテントの布を焼き払う。中のうどん店の用具も幾つか駄目にしてしまったが、それは必要経費でギルドに補償してもらおう。
実のところ、事前の調査によって魔物を操る術が大量に仕込まれていることが判明し、多くの魔物が発生することが分かっていたのだから、イベントを中止にすることも可能ではあった。
しかしそうすれば、今回の黒幕を野放しにしてしまうことになる。人に並ぶ知恵と、人を遥かに超えた力と、そして人間を憎む心を持った魔物など、何があっても野放しにするわけにはいかない。
そしてまた、化け狸の長とコンタクトをとれるのも、長の孫娘が人に紛れてイベントに参加するというこのイレギュラーな機会を逃せば二度とはあるまい。
多少の不利があったとしても、作戦を決行。それがギルドの判断だ。
それに、多少の不利があろうと、この場にいるのは皆、己で戦う術を持っている探索者だ。一般人が来場するイベントならばともかく、彼らは皆戦う力と覚悟がある者たちだ。
ギルドは、彼らを信じることにした。
「まあだからって、あの巨大なゴーレムまで暴れだしちゃうのは想定外でしたけどねっ」
ひたすら湧き上がるクロムシに電流を放ちながら、柚花は視線を闘技場の奥へと向ける。
その視線の先には、ビルの様に巨大なゴーレムの姿がある。あれがこの状況で暴れ出してしまえば、人間や化け狸が背中を預け合ったところで、甚大な被害は免れないだろう。
そしてその黒幕に操られているらしき巨大ゴーレムは、今すぐにでも暴れだしそうな体勢で、停止している。
そう、停止していた。
そのゴーレムと対峙するのは、一匹の巨大な狸。先ほどまで行動を共にしていた、化け狸の長である。
化け狸の長が、普通の人間の眼には映らない莫大な魔力の奔流で、巨大ゴーレムを縛りあげていた。
「すっごいなあ。お爺ちゃん、あんなにでっかい狸なんだったら、一度くらいモフらせてもらえばよかったですね」
「炎城寺マグマ。フリーレン氷河。風祭えあろ。田中二郎。キミたちには、ずっと会いたかったんだ。会って、お礼を言いたかったんだよ」
「ぐ……体が……!」
巨大ゴーレムの背後の櫓舞台の上には、5人の男女が存在していた。
うち四人はうどん四天王と呼ばれる、今回の受賞者たち。そしてもう一人は、先ほどまでは司会者の姿だったのだが、今はすでに別な姿。着流しに丸眼鏡の、やや病弱な印象を受ける、穏やかそうな男性だ。
しかし、その穏やかな瞳の奥には、どうしようもなく闇に沈んだ、瘴気の炎がうねりを上げている。
そして、マグマ、氷河、えあろ、二郎の四人は、その優男が放つただ純粋な瘴気と魔力の奔流によって、その身体を縛り上げられていた。
「初めまして。私はクヌギと言います。私は……キミたちは覚えているかな、夕凪という女性を。私は、彼女の夫です」
クヌギと名乗る男は、四人を縛りあげながらも、その穏やかな声色を崩さずに、にこやかな表情を向ける。
「そうか、あんたが……!」
「夕凪さん……当然、知っているさ。彼女が、彼女がいてくれたからこそ、今の僕たちがあるのだからね……!」
「私たち、夕凪さんのことを忘れたことなんて、ひと時もありません……!」
「僕たちの、全員の恩人です……!」
マグマたち四人は、各々武装こそしているものの、しかしその身体の自由を奪われて、苦悶の表情を浮かべている。
しかし、それでも彼らは顔を上げて、クヌギの瞳をまっすぐに見つめ返す。夕凪の名を挙げられたならば、なお更に彼らは俯くわけにはいかなかった。
「そう、か。こういう場合、私は、どうしたらいいのかな。夕凪を覚えていてくれてありがとうと、喜べばいいのか、なぜキミたちだけが呑気に生き続けているのかと、罵ればいいのかな」
四人を瘴気によって縛り上げている男――クヌギは、しかしその瞳を見返すことはなく。
そしてまるで半ば、虚空を眺めるかのように、その視線をさ迷わせ。誰に言うでもなく、自問自答するように言葉を続けている。
「あんたは、俺たちに復讐をするためにこんなことを……?」
先頭で動きを縛られているのは、炎城寺マグマ。片手には炎の意匠を象った剣を握っているものの身体は自由に動かず、舞台上に片膝をついている。
だがそれでも、彼はその剣を離さずに、真っすぐにクヌギを睨みつける。
「復讐? ああ、そうだね。私は……ああ、キミたちが許せないんだ……私の、娘の幸せを、どうしてお前たちのせいで失わねばならなかったんだ……! いや、違う。私は……私はただ、話を聞きたくて、夕凪の残したものを……いや、違う! 復讐だ!」
「なんだ、様子が……」
「なんだか、魔力が安定していない?」
目の前の男の様子がおかしい。己で頭を抱えて、ひとりその場で苦しみだしている。そして、己の言葉を自ら否定するように、絶叫する。
それに気づいたのは、特に魔法に秀でている氷河とえあろの二人。彼らは柚花のように魔力や瘴気をその目に映すことは出来ないが、しかし魔法を操る特性上、並の探索者以上に魔力の波を感じ取る術にたけている。
その二人が感じたのは、魔力の違和感だった。
まるで、二つの別々な魔力が、互いに入り乱れているような。水と油のように、せめぎ合っているような、そのような感覚。しかしそのような疑問を感じたのも一瞬で、目の前のクヌギはすっと立ち上がり、息を大きく吐く。
「ふう……この身体は抗うね。自分の身体だというのに、不思議なものだよ。さて、なんだったかな。私がキミたちに復讐するという話だったかな」
「身体が、抗うだと……?」
「どうやら何か……裏があるみたいだな」
マグマと二郎の二人もまた、クヌギの精神的な違和感に勘付くが、どちらにせよ身体が動かないことには代わりない。
だがしかし、予感があった。まだこの目の前の男は、躊躇しているのだと。少なくとも、自分たちが為す術もなくこの場で殺害される状況が整っているにも関わらず、彼はまだ手を出して来ていない。
「本来は、この場にいる人間たちも全員消してしまおうと思ったんだよ。私を苦しめる全てのものを消して、そして私も夕凪の元へ行きたかった。でも本当に、駄目だね、私は。せっかく、魔物どもを操る術を身に着けたというのに」
クヌギは、はぁ、と大きく呼吸を零し、高い櫓の上から、周囲の様子を見下ろす。
そこには初めに想定していたような、人間たちが苦しみ息絶える様子はなかった。
人間たちは武器を手にして魔物たちに抗い、そしてそこには、彼らとともに戦う化け狸の戦士たちの姿があったのだ。
人間との間に距離を置き、掟として不干渉を決めていた里の者たちが戦っている。
術の最大の切り札となる巨大ゴーレムまでもが、生まれてからずっと見続けていた顔、父親である里の長によって封じられていた。
「人間たちにも抗われるし、まさかの親父殿まで人間に手を貸すだなんて思わなかったよ。いつの間に、肺病が治まったのやら。しかし、せめてキミたち四人くらいは、この手にかけさせて貰う。それを夕凪への供養とさせてもらおう」
いくら眼下で人間と化け狸が共闘しようが、しかし今ここに。櫓の上には、邪魔するものはいない。
クヌギは懐から小さな短刀を取り出して、動けない四人へと歩み寄る。いくらクヌギの身体が弱く戦いに向かなかったとは言え、動けない人間の命を刈り取る程度のことは、容易い。
しかし、短刀を手にして、クヌギはその手をプルプルと震わせる。そして、その表情は――。
動けない四人は、そのクヌギに顔を向けて。瘴気の拘束に抗いながら、どうにか武器を握るが、しかし。
「……すまなかった。俺たちが不甲斐ないばかりに、夕凪さんが犠牲になったのは、事実だ」
「あの時、私たちに力があれば。もっと、夕凪さんと肩を並べられる強さを持っていればって、今でも……悔しくて、仕方ないです。ごめんなさい」
「なんだと……?」
彼らの口から出て来た言葉は、命乞いでも、クヌギを責め立てる言葉でもなく。
それは、謝罪だった。
手を震わせていたクヌギが、その歩みを止めて。信じられないものを見たかのように、聞き返す。
「……だが、すまないな。僕たちも、ここで死ぬわけにはいかないんだ。それこそ、彼女との約束を破るわけにはいかないからね。彼女は僕たちに、生きろと、言ってくれたんだ……!」
「僕たちが標的だということは、知っていました。だから僕たちも、あなたと話をしたかったんです。謝罪をしたかったんです、クヌギさん」
「ふざけるな! 今更謝罪など! お前たちが、私から、娘から、全て奪っていったんじゃないか! 私は、私は……!!」
そして彼らは言葉を紡ぐ。夕凪の名を。そして、彼女の言葉を。
夕凪は彼らに「生きろ」と言っていた。だからこそ、むざむざとこの場で殺されるわけにはいかない。ましてや、彼女の家族の手でその約束を反故にさせるなど、到底認めるわけにはいかない。
気づけば瘴気の拘束は緩くなり、四人は重い身体を引きずるように、立ち上がる。夕凪との約束を守るためにも、死なない為にも、武器を構える。
「俺たちだって、俺たちだってなあ! 生きてて欲しかったさ!! あの人を失って、俺らが幸せだったとでも思ってるのかよ!! 最期まであの人は、俺たちのことも、残された家族のことも心配してたんだぞ!!!」
「私は……ぐぅ、黙れ! お前たちが夕凪を語るなっ!!!」
クヌギの持つ短刀が。マグマの持つ炎の剣が、互いに交差し。それぞれの敵に目掛けて激突しようとしたその時。
その瞬間、クヌギは見た。櫓の前を守護していた巨大な石像の頭上に、一人の小さな少女が飛翔した姿を。
その手に持つ膨大な魔力の込められたハンマーを振り下ろす姿を。
そして轟音と共に、衝撃と共に。巨大ゴーレムの上半身が、吹き飛んだ。