ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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カレーうどんと化け狸

 巨大な魔力の爆発と共に弾け飛ぶ巨大なゴーレムの身体。

 

 一番距離が近かった櫓舞台の上にも魔力爆発の衝撃波が駆け抜ける。直前まで互いに刃を交えていたクヌギやマグマも戦いどころではなく、とにかく衝撃で吹き飛ばされぬよう壇上で身を屈めている。

 

「なんだ、今のは……? この巨大なゴーレムを一撃でだって? どういうことだ、こんな力を持つ人間なんて……」

 

 爆発の波が収まっても、周囲にはゴーレムの爆発による砂煙が舞い散っており、何が起きたのかはにわかには分からない。

 しかし、砂煙が消えていくと、やはり間違いなくそこには半身を失ったゴーレムの姿があり、その末端から少しずつ黒く、煤となって消えていくのがわかる。

 それでもにわかには信じられず、唖然としてそれを見下ろすクヌギのもとに、淡々とした、少女の声がかけられた。

 

「おい。たぬき父。桃子を舐めすぎだぞ。桃子はカレーを食べる度に。魔力が上がってるんだ。そこら辺の奴らと。一緒にするな」

 

 その声の主は、緑の風を纏い櫓舞台へと現れた。神槍ツヨマージを掲げた、風を司る妖精の少女。

 その中指サイズの妖精を中心にして、壇上には緑色の魔力を帯びた嵐が吹き荒れる。緑の嵐はクヌギの瘴気による支配を吹き飛ばす。

 

「父ちゃん! 師匠は凄い人なの、ポンの師匠なの! 父ちゃんにもちゃんと紹介するから、悪いことはやめてほしいっす!」

 

 そして、風の妖精ヘノに続き、消えかかるゴーレムの身体を土台にして壇上まで駆け上がってきたのは、半獣姿の狸少女。

 

「ポンコ?! 来るな、お前はこんな場所に来ちゃいけない」

 

 クヌギはその姿を見るや否や声を荒らげて、突風の中で立ち上がり愛娘へと駆け寄る。

 

「化け狸の子供? あの顔は……」

 

「ほ……本物の風の妖精?」

 

 瘴気で縛り付けられていた人間たちは、状況について行けないものの、しかしこの緑色の風によって自分達を縛り付けていた力が霧散したことに気づく。

 続いて、その場に現れた少女たちの姿に気づけば、驚きに目を見開いた。だが、今は動かずにその遣り取りを見守っている。

 

「駄目っすよ。ポンは、父ちゃんのためにうどんを作ってきたのに、父ちゃんがいないんじゃ、何もならないじゃないっすか! ポンはね、父ちゃんを連れ戻しに来たんだよ」

 

 吹き荒れる風のなか、ポンコは父へとしがみついている。

 マグマたち人間と父の間に入り、その父を押し止めるように、ギュッと父親の腰に抱きつく。

 

 そんなポンコの言葉に反応を見せたのは、マグマたち、人間側だった。

 父ちゃん。この少女がこのクヌギの娘だというのならば、必然的にそれは――。

 

「あなたは、夕凪さんの娘さん……なのね?」

 

 最初に口を開いたのは、風祭えあろ。夕凪の仲間にして、唯一の人間の女性友達。

 えあろの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。滲む瞳で、目の前の少女――幼いながらも、母親の生き写しのような少女に、声をかける。

 

「ポンは、夕凪の娘っす。皆さんが、母ちゃんの仲間だったんすね……もっと早く、挨拶しとけばよかったな」

 

「僕たちこそ、もっと早くに会うべきだったんだ。ごめんね、せっかく会えたのに、こんな体たらくで」

 

 田中二郎。夕凪に、うどんの作り方を丁寧に伝えていたのは、堅実なうどんを愛する彼だった。

 他の仲間のうどんは特殊すぎて初心者が教わるべきではないよ、と、5人で笑いあった日々を思いながらも、夕凪と同じ瞳の少女を見つめる。

 

 しかし、その視線を憎々しげに見るのが、ポンコの父親、クヌギだ。

 人間とクヌギの間に立ち塞がり、これ以上は父を人間に近付けまいと力をいれてクヌギに抱きつくポンコに、戸惑いの声をあげる。

 

「ポンコ、なんで彼らを庇うんだい? そこにいる人間たちはね、母さんの仇なんだよ。父さんは、仇を討ちたいだけなんだよ。どうかそこをどいてくれないか」

 

「嫌っすよ!! 父ちゃんも、悪いことしたくないって顔に書いてるじゃないっすか!! 父ちゃん、ポンが来るまでにも悪いことする時間はいくらでもあったのに、悪いことせずにずっと泣いてるんじゃないすか!!」

 

 クヌギはずっと、泣いていた。

 マグマたちを拘束したときも、短刀を彼らに向けたときも、そして今も。

 その身に瘴気を宿しながらも、その言葉とは裏腹に、彼はずっと、一人で泣いていた。

 

「人を傷つけられない優しい父ちゃんが、ポンのため辛い思いをしてるなら、やめて欲しいの!! ポンは、父ちゃんに笑ってて欲しいの! 牛鬼なんかに、操られないで!!」

 

 ポンコの絶叫が響く。

 

「たぬき父。諦めろ。お前はヘノより弱い。狸の長も。桃子も。ここに上ってくる。お前はもう。なにも出来ないぞ」

 

 娘にしがみつかれて動けなくなったクヌギの頭上には、神槍を構えたヘノが陣取っている。

 いくらただの一介の妖精とはいえ、神槍を扱うヘノならばこの距離で化け狸一人を討つなど容易いことである。チェックメイトだ。

 

 その時、この第二層よりも、第三層よりも、更に地下深くから、おぞましい獣の悔しげな唸り声が響いた気がした。

 

 

 

 

 敗北を認めたクヌギは力なく短刀を取り落とすと、その手をポンコの背に回し、抱き締めた。

 

「……わかってたんだ。夕凪を守れなかったのは、弱かったのは、私なんだ。人間たちは悪くない。でもね、じゃあ私の気持ちは、ポンコに幸せな家族を作ってあげられなかった私の悲しみは、どこへ行けばいいんだ……悲しくて、憎くて、辛くて……」

 

「違うよ父ちゃん、ポンは母ちゃんがいなくても、幸せだったよぉ……!! だって、父ちゃんも、爺ちゃんもいて、笑顔のうどんを一緒に食べられるんだから!!」

 

「……ごめんな、ごめんなぁ……父さん、弱くて、瘴気に抗えなくて、そんなこともわかってなかったんだ。結局最期まで、お前を悲しませてしまったね」

 

 ポンコを抱き締める手が、その指先が、ゆっくりと、少しずつ、黒ずんだ煤へと変わっていく。

 

「え……父ちゃん?」

 

 ポンコが異変に気づいて顔を上げると、父の身体は末端からゆっくりと、煤となって崩壊を始めている。

 少しずつ、少しずつ。でも、確実に。

 

「ありがとう、最期に止めてくれて。父さん、母ちゃんの仲間を手にかけずに済んだよ……」

 

「父ちゃん?! 嫌だよぉ、父ちゃん!!!」

 

「たぬき父。お前。最初から。死ぬ気だったのか」

 

 舞台の上で、ヘノを中心に渦巻いていた風が静かに止んでいく。

 ヘノはクヌギの様子を見て、感覚的に察することができた。魔物と化したクヌギの身体は、末端から自壊を始めている。

 それが本人の意思によるものか、ただ瘴気が身体に馴染まなかっただけなのか。或いは、地の底に潜む真の黒幕によるものなのかはわからない。

 しかし、クヌギ本人は「時間が無い」と言っていた。ならば、こうなることもわかっていたのだろう。

 

「いいんだよ、ポンコ。私は、瘴気に蝕まれたときから、もう手遅れだったから。最後にポンコを抱きしめられて、もう思い残すことはないよ」

 

 クヌギは受け入れていた。瘴気に蝕まれたときから、こうなることは分かっていた。

 瘴気に踊らされ、人間への憎しみを抑えきれなかったけれど、それでも娘を大切にする想いだけは忘れずにいられた。そして、最後にこうしてポンコを抱きしめられるなら――。

 

 しかし、そんな諦念を吹き飛ばす声が、舞台上へ響く。

 

 

 

「思い残すことがないなんて、嘘だよ!」

 

 

 

 それは、カレーうどんの入った器を手に高く掲げた、三つ編みの少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「残された者の気持ちなど、お前が一番知っているはずじゃろうに……馬鹿息子が」

 

「クヌギさん! お父さんだったら、ポンコちゃんの気持ちもちゃんと考えてください! ずっと、お父さんのためにおうどん作ってたんです!」

 

 最初に壇上へと現れたのは、巨大な獣。本性を現わした化け狸の長だ。先ほどまで巨大なゴーレムを一人で抑えていたが、それが一撃で破壊された今、長もまた自由に動ける身になった。

 そしてその背に乗るようにして運ばれてきた二人の少女のうち小柄な三つ編みの少女は、きちんとラップをかけたうどんの器をその手にしっかりと掲げていた。割りばしも一緒だ。

 少女――桃子は狸の長の背中からすたっと着地すると、すたすたとポンコと、そしてクヌギの元へと向かう。

 口を真一文字に結び、キッとした表情でクヌギを叱咤していたが、しかしすぐにポンコに向き直ると、優し気に眉を下げる。

 

「し、師匠……それは……」

 

「ポンコちゃんのカレーうどん。ごめんね、温めなおしてたら少し遅くなっちゃった。お父さんに、食べて貰うんでしょう?」

 

 きちんと温められたそれは、ポンコのおうどんだ。

 ポンコが心を込めて作った麺は、以前よりも格段に丁寧で、綺麗に整っている。

 ポンコが心を込めて作ったスープは、丁寧に魚の下処理をされていて、付け合わせのキノコ類も、ポンコが一生懸命ダンジョンで集めてきたものだ。

 大勢の人に食べてもらえたそれは、でも本当は、ただ一人のために作られたものである。

 

 桃子はその器を、顔を涙でぐしゃぐしゃにしたポンコに手渡した。

 

 そして、そこに狸の長の背中から降り立ったもう一人の少女が、小さい小箱を携えてやってくる。

 黒髪の少女がその綺麗に装飾された小箱を開けると、そこには一つの白い珠が入っていた。それは不思議な魔力を放っているものの、しかしそれとは別に、食欲をそそる良い香りが漂っていた。

 

「すみません、炎城寺さん。優勝賞品のこれ、運営のテントから勝手に貰ってきちゃいました。申し訳ないですけど、ポンコちゃんにプレゼントしちゃいますね?」

 

「ああ、いいんだ。それは俺には不要なものだったからな。彼女に、是非とも使ってほしい」

 

 黒髪の少女――柚花は、狸たちの背後で黙ってそれを見守っていた炎城寺マグマへと声をかける。

 そう、この珠こそが、ポンコが今までずっと、目標にしていたアイテムだ。瘴気を抑える力のある賞品。ポンコがずっと、探していたものだ。

 本来はこの場でマグマが受け取るべき賞品だったが、しかし、今それを必要としているのが誰かなんて、この場にいる全員が理解していた。

 

「ポンコちゃん、この瘴気を抑える薬草玉ね、おうどんの調味料だったんだって。だから、はい。ポンコちゃんがおうどんを完成させて、お父さんに食べさせてあげよう?」

 

「ポ、ポン……」

 

 桃子が、ポンコの右手にその白い珠を手渡す。

 そしてポンコの手に己の手を重ねるようにして。ポンコと一緒に、それをカレーうどんに入れて、お箸でゆっくり混ぜていく。すると白い光がうどんを包みこみ、その魔力はカレースープに溶け込むようにして馴染んでいった。

 これが、ポンコのカレーうどん。クヌギに、父ちゃんに笑顔になってもらうための、カレーうどんの完成品。

 

「父ちゃん、食べられる……?」

 

「ポンコ。これが、きみの作ったおうどんなんだね」

 

 ポンコがクヌギに寄り添い、その手に割りばしを持たせて、カレーうどんを手渡す。

 クヌギの指先は既に黒く煤となっていて、割りばしを持つ手がおぼつかない。しかし、娘がその手を重ねて、父を補佐するように箸を動かす。

 

「うん。父ちゃんのためにね、ポン、作ったんだよ。笑顔になって欲しくて、頑張って、師匠にも教わってね、ポンね……ポン、父ちゃんに……ぐすっ……」

 

「美味しいよ、ポンコ。ああ、幸せだ。最後は魔物じゃなくて、きみの父親として、父ちゃんとしていられるんだから」

 

 一口ずつ。一口ずつ。

 ゆっくりとおうどんを食べるクヌギは、満面の笑顔を浮かべていた。

 しかし、それでもなおその指先は煤になるのを止めはしない。浄化の薬草で確かにその速度が遅くなったが、しかしそれだけだ。

 

「馬鹿息子が……」

 

「キューン……父ちゃん……父ちゃん……」

 

 一口ずつ。一口ずつ。

 最後の食事を味わっていく。

 

 

 

 

 その家族の姿を、桃子は。柚花は。そして妖精たちは、少し離れて見つめていた。

 

「先輩、やっぱりあの珠一つじゃ、あの瘴気は……」

 

「桃子。後輩の言う通りだ。魔物の浄化なんて。聞いたことないぞ」

 

「ヘノちゃん、違うよ。ポンコちゃんのお父さんは魔物なんかじゃないよ。あそこにいるのは、瘴気に侵されてるだけの、優しいお父さんだよ」

 

「……そうか。そうだな。すまない。桃子」

 

 ヘノはあの父親を『魔物』と断定するが、桃子がそれを否定する。

 魔力や瘴気を目視できるヘノや柚花の眼にどう映っているのかは分からないけれど、それでも、桃子の前にいるのは、心優しい父娘だった。

 決してそれは、人を襲う魔物なんかではないのだと、桃子は訴える。

 

 しかしそれでも、クヌギの煤化が止められないのは確かなことである。

 薬草で、煤化の進行が一時的に止まっているのは確かなのだ。決して、浄化が効いていないというわけではないのだ。

 

「どうにか……助けられないのかな」

 

「あれが魔物じゃないとしても。あそこまで瘴気に汚染された奴の。助け方は。ヘノも知らない。すまない」

 

「うぅ……私も浄化の力は持ってないです……悲しい……めそめそ」

 

 神槍を持つヘノでも、助けることが出来ない。

 癒しの力を持つニムでも、力にはなれない。

 ましてやただの人間でしかない桃子や柚花では、何の手段も持たないだろう。

 

 それでも桃子は、ポンコの涙を止めたいと思う。笑っていて欲しいと思う。

 桃子は、うつむいて。考えて。考えて。

 

――ももたんは困ったことがあれば私を友達として頼ってください

 

 その時、ふと言葉が浮かんだ。

 それはとても単純なことで、とても図々しいことで、とても不甲斐ないことだけれど。

 

 

「……まって、違う。諦めちゃ駄目だよ、ポンコちゃん。まだ……私たちには出来ることはあるよ! 諦めるくらいなら、人に頼ろう!」

 

「し、師匠……?」

 

 

 自分たちの力で無理ならば、より力を持つ存在に頼ればいい。恥知らずでも、図々しくとも、諦めるよりはずっといい。

 

 桃子たちには、まだ頼れる相手がいる。

 当然、りりたんもその一人だが、しかし彼女は都合よく力を貸してくれないし、こちらから連絡もとれやしない。

 しかしそもそも、りりたんが頼れるのは、万能の【製本】もあるけれど、それ以前に彼女が妖精の女王としての力を持っているからだ。

 そして桃子たちの頼れる先として、もう一人いるのだ。妖精の女王の力を持つ存在が。

 

 今も花びらの玉座で、己の領域でないからこそ、香川ダンジョンで何が起きているかを把握していない存在。

 ただただ、ヘノたちの帰りを待ちわびている女王。彼女なら、どうにか出来るかもしれない。

 

 

 それは、一縷の望みだった。

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