ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
既にクヌギの手足は煤化が進んでおり、丸眼鏡の優男姿だったクヌギは変化の術を維持できず、本来の姿の大きな狸となっている。
もう、カレーうどんを食べ進めることも出来なくなっていて、ポンコはその父の毛皮に顔を埋めて、ただただ、嗚咽の声をこぼしていた。
しかし、桃子の声にポンコも顔を上げる。
「ぐす、師匠……でも、でも……」
「最後まで諦めないのがポンコちゃんでしょ!! ヘノちゃん、つむじ風の魔法と、扉を開くのはお願い!」
桃子はポンコを立ち上がらせて、半ば強引に化け狸となったクヌギを背中に抱える。元が病弱なだけあって、毛皮のボリュームの割に身体は細い。体格差こそあれど、【怪力◎】を持つ桃子にとってはこのくらいの動物ならば背負える範疇だ。
そして桃子は、ヘノに魔法の支援を指示する。今からでも、つむじ風の魔法の高速移動があれば、あの扉までは間に合う距離だ。
「そうか。女王なら。どうにか出来るかもしれないな」
「そ、そうですね……ティタニア様なら、ど、どうにか出来るかも……」
桃子は、恥も外聞も捨てて、いま一番頼りになる存在に頼ることにした。
妖精の女王ティタニアならば、あの玉座の部屋から動くことはない。間に合いさえすれば、確実にそこに居る。彼女ならば、ヘノやニムに不可能なことでも、どうにかしてくれるかもしれない。
事情を把握していないティタニアは驚くだろうし、ヘノのように敵対心を示すかもしれない。その時は自分が頭を下げる。頼み込む。
他力本願と言われてもいい。迷惑と思われてもいい。それでも桃子は、一縷の希望に縋ることにした。
そして、現状では何がなんだかわかっていないポンコにも、桃子が何かを行おうとしていることは理解できた。そしてそれが、まだ諦めではなく、希望に繋がることだということも。
「師匠、ポンも手伝う! 諦めたくないっす!」
「ポンコ、私は……」
「妖精の国に行くよ、ポンコちゃん! ヘノちゃん! クヌギさんは足が地面にぶつかって痛いかもしれませんけど、我慢してくださいねっ」
まだ何か言おうとしているクヌギの言葉を無視して、ヘノに頼んでポンコにもつむじ風の魔法をかけてもらう。
いま自分たちがいる櫓舞台は、二階の観客席と同じ高さだ。ならば、助走をつければヘノの魔法の力で、二階観客席まで翔ぶことが出来る。
そこから最短距離で迷宮を抜けていけば、クヌギが煤になる前に妖精の国へとたどり着く。既に何度も通ったルートだ。場所は覚えている。
「先輩、後のことはお任せください! 頑張ってくださいね。ニムちゃんもほら、一緒に行ってきてあげて」
「うぅ……わ、分かりましたぁ」
「よし。ニムも手伝え。魔力全開で行くぞ」
「ポ、ポンも!」
ポンコと桃子の両脚に緑色のつむじ風が発生し、挨拶もそこそこにそのまま櫓舞台の上を駆け抜けて闘技場の二階観客席へと飛翔する。
そしてそれは一陣の風のように、そのまま観客席の奥、石壁の迷宮へと吸い込まれていった。
そして、櫓舞台に残された者たちは。
「お爺ちゃんはいいんですか?」
「……わしがここを離れるわけにはいかんよ。後始末が残っとるからな」
櫓舞台から見下ろす眼下では、既に首謀者たるクヌギの術が消え去り、魔物たちの姿は消えていた。
しかし少なからず重軽傷者が出ているようで、今は慌ただしく救助活動が行われている。そこには、人間も、化け狸も、共に戦った仲間として手を取り合う姿があった。
けれど、柚花も、長も。その眼下の光景には目も向けず。
ただただ、桃子たちが消えていった石壁迷宮を、その先を。ずっと見つめているのだった。
駆け抜けて。
駆け抜けて。
駆け抜けて。
鎧やゴーレムは出てこない。恐らく先ほどの戦いで、周辺の魔物は全てが闘技場に集まっていたのだろう。
ならば、あとはまっすぐに駆け抜けるのみだ。
そしてヘノが先んじて、ツヨマージで光の三重膜を通路の正面へと出現させていた。
既に膝まで黒い煤と化しているクヌギを抱えた桃子と、それに付き従うポンコは、そのまま妖精の国へと飛び込んだ。
時は過ぎ。
とある日の、妖精の花畑にて。
「桃子師匠、化け狸の里から小麦粉持ってきたっすよー」
いつもの妖精の畑に、元気な狸少女の声が響く。
「うわ、すごいすごーい! ポンコちゃん、小麦粉があったらナンが作れるよ!」
「なん? なんっすかそれ? なんなんっすか?」
「そう、ナンなんだよ」
「ナンナンってなんだ。桃子」
「な、なん? なんなん? ……うぅ……なんなんってなんですかぁ……?」
「ナンナンって、何かしら♪ お酒のことかしら♪」
「ククク……ナン……ククク……毒かねぇ」
「わーもう、全員でベタなコントはやめてください! もう、収拾つかなくなってるじゃないですか、はい皆さんお口チャック!」
「はーい」
「むぐぐ」
唐突に始まった終わりのないコントに我慢ならず、柚花が終止符を叩き付け、全員を黙らせる。
律儀に静かになった全員に、柚花がきちんと丁寧に、『ナン』という食べ物がどういうものかを解説し、全員が納得してくれた。と思う。少なくとも、カレーをつけると美味しい食べ物だということは理解してもらえたようだ。
そしてナンの説明を聞いた妖精たちは、各々の想像したナンの情報を他へと伝えるために、各々花畑の好きな場所へと散らばっていった。
数日後には、各々の想像によって尾ひれがついた『ナンっぽいなにか』の噂が妖精の国には蔓延していることだろう。
ナンはさておき。
桃子は調理部屋に小麦粉の袋を置いて、ここまで小麦粉を担いできた一人の少女の姿を改めて眺める。
そこにいるのは半獣姿ではない、ましてやももポン姿でもない、ひとりの人間の姿をした少女だ。
「ポンコちゃん、もう完全に人間と同じだねえ。前の狸耳と尻尾も可愛くて良かったんだけど……」
「なんかよくわかんないっすけどね、爺ちゃんが何かの術をかけてくれて、変身できるようにしてくれたっす。爺ちゃんは、やっぱり凄いっすね」
いまのポンコは、狸の毛皮のようにやや茶色がかった髪に、クリっとした黒い瞳。人間の鼻に、綺麗な耳たぶの人間の耳の女の子だ。
下はショートパンツに、上は木綿の着物という、なんだか不思議な組み合わせだが、ぱっと見では甚平や作務衣にも見える。そして足元はハイソックスに草履の組み合わせ。
そして更に、その不思議な服装の上から、奇妙なキャラクターの描かれたスカジャンを着こなす、なかなかハイセンスな人間の少女姿であった。
「ポンコちゃん、前はその服装じゃなかったよね? その、私が言うのもなんだけど、かなり奇抜だね、その組み合わせ」
「そうっすか? 前に、ももポンになったとき、この服装がとっても動きやすかったから、真似てみたっすよ!」
いくら人間姿に化けたとしても、その上に羽織る衣装には化け狸本人の意向が強く現れる。今回ポンコが選んだのは、桃子が着用していたスカジャン姿を独自にアレンジしたものだった。
だが、その不思議な和洋折衷衣装にはさすがの桃子も首を傾げる。着物と草履が和服で、それ以外が普段の桃子と同じ格好というのは、なんだか違和感がものすごい。アニメキャラならこのような服装の少女もいたりするのだろうか。
しかし、それでも目の前のポンコはこの服装を気に入っているようで、にこにこの笑顔を浮かべているのを見れば、桃子はなんとなくこれはこれでいい気がしてきた。
「そっかー。それならいいのかな? なんか、可愛い気もしてきた」
「いいんじゃないか。面白いし。似合ってると思うぞ」
「ポ、ポンコさん……ど、どう見ても、人間の女の子です……」
「いやいや駄目ですよ、冷静になってくださいよ。狸のお爺ちゃんもそうでしたけど、ひと目で狸バレですよ、そんな恰好じゃ!」
場の空気で皆してポンコの服装を褒め出したところで、この場で唯一のまっとうな服装センスを自負している柚花が吼えた。
柚花は確信する。ここは危険である。自分が舵をとらないと、全てがグダグダになる、と。
「ポンコさん、今度ファッション誌持ってくるから、もう少し現代風の服装を勉強しましょう! ついでにそうだ、ちゃんと現代の男性のファッション誌も持ってきますから、お爺ちゃんたちにも服装を何とかするように伝えておいてくださいね?」
「ひゃあ、柚花さんは頼りになるっすね! 是非ともお願いします」
柚花は心のメモ書きに『ファッション誌を持ってくること』、そして『先輩の妖精化をどうにかすること』の二つを、しっかりと書き込むのだった。
「そういえばポンコちゃん、今夜はクヌギさんのところには行くの?」
「はい、そのつもりっす! ちゃんとこっちの鞄に、お土産の木の実とか虫とか沢山詰め込んだっすよ」
「うわ?! 虫はここで出さないでいいからね!」
そして、柚花が心にメモ書きをしている間に、ポンコと桃子の二人はポンコの父、クヌギの話にシフトする。
クヌギの起こした香川ダンジョンの騒動は、ギルドからの発表としては『一種のスタンピード現象』として片付けられた。
首謀者などというものはいない。強いて言うなら、第四層に巣くう特殊個体、『牛鬼』が全ての元凶だったということで落ち着いている。
そして当のクヌギはあの後、すぐに事情を把握してくれた妖精女王ティタニアの力によって、一命を取り留めた。だが、彼の体の内部まで沁みついてしまった瘴気は、長期間かけて取り除く必要があった。
しかしさすがに、妖精の国で、ティタニアが彼を末永く世話するわけにもいかない。
そこに一枚噛んだのが、何を隠そう、柚花である。
「いやあ、ダメ元で頼んでみるもんですね、ほんと。あの人とのツテがあって、良かったですよ」
柚花には、浄化の力を持つ人間が二人も住んでいて、そしてダンジョンに入らずとも常に魔力を補給でき、魔法生物への理解があるという、クヌギの療養にうってつけの土地の管理者にツテがあったのだ。
無茶な頼みごとに応えてくれたその人物のことを思い出す。
そして心の中で、感謝するのだった。
その頃。とある山の窪地にある、簡易的に建てられた小さな小屋にて。
「そこでおれが言ったんだよ、ウワバミ様はたまには禁酒をしたほうがええんでねえかってよ。そしたらなあ」
「お婆ちゃん、くぬぎさん困ってるよ。早く畑行きなよぉ」
「ははは、いいんだよ、小梅ちゃん。私は、皆さんのお話を聞くのは嫌いじゃないからね。それに、お婆ちゃんが近くにいるだけで、私の体調は良くなるんだよ」
ここは、少し前までは『桃の窪地』という名称で、地元の村人たちだけが出入りしていた不思議な土地だった場所だ。
しかし、現在では『新たなダンジョンの入り口』として、様々な人間――ギルドから派遣された人員や、建築関係の人々――が出入りする土地となっている。厳密にはすでにこの窪地自体がダンジョンの一部であるのだが、現段階でのギルドの判断として、あくまで窪地に出来たダンジョン入り口の洞から先がダンジョン、という扱いになっている。そのため、少なくとも現段階では、窪地自体は今まで通り村人の出入りが許されていた。
そして、この小屋はその窪地内に建てられた、簡易的な小屋である。
「クヌギさん、いい男だのぉ。爺さんの次にいい男だあ。おれと再婚すっが?」
「それは光栄ですけれど、私の妻はただ一人ですからね。お気持ちだけ受け取っておきますね」
「お婆ちゃん、馬鹿なこと言ってると、リュウおじさんに言いつけるよー?」
クヌギという優し気な風貌の男性は、最近この小屋の住民となった人物である。彼は、深援隊の新メンバーという名目でダンジョン入り口すぐの場所に建てられたこの小屋に住み込み、ダンジョンから魔物が出てこないか、そして不審者が勝手に侵入しないかを監視する役目を負っている。
ある日突然現れた彼であるが、このダンジョンの管理を預かっている深援隊リーダー風間曰く、信頼できる人物からの紹介らしい。
信頼できる相手から紹介された人物をこのような小屋に住まわせるのはどうなのかという意見もあったが、クヌギが事情があり魔力を常に補給せねばならない体質なため、ダンジョン外にも関わらず魔力が存在するこの窪地は、彼が暮らすのにうってつけの環境なのだそうだ。
本人も意外と、この掘立小屋に満足しているようである。なんなら屋根があれば東屋でも構わない、とは本人の談だ。
また、一部の人間しか知らない事情ではあるものの、風間の祖母の持つ【浄化】の力が彼の療養に必要なため、風間の祖母は定期的に彼の元へと遊びに来ていたのだった。
「ええと、じゃあくぬぎさん。今日は足からいくね?」
「はい。お願いします、小梅ちゃん」
そして、今から始まるこれはクヌギと、そして近くの集落に住む小学生の女の子、小梅の日課の一つだった。
クヌギの手足には、ダンジョンで負ったという酷い怪我の痕があり、それは未だに完治しておらず、痛々しい痕として彼の身体を蝕んでいる。
そこで、【治癒】の力を持つ小梅が、毎日のように彼の手足にその治癒の光をあてに来ているのだ。これは、小梅の師匠である治癒術のエキスパート、オウカから課された修行メニューでもある。
「くぬぎさん、これやってる間、ぽんこちゃんのお話の続き聞かせてよー」
「ええと、この前はどんなお話をしたんだったかな。ポンコが森のキノコを食べちゃった話だったかな?」
「そうそう。ぽんこちゃんが、美味しいキノコと間違えて毒キノコ食べちゃったお話。それから、どうなっちゃったの?」
彼の身体を浄化する役目をおっている風間の祖母は、クヌギがウワバミ様や雪ちゃんと同様に、人間以外の存在であることは把握している。小梅には流石にそのような話はしていないが、もしかしたら薄々勘付いている可能性もあるだろう。
この土地は昔から、そのようなものが受け入れられてきた経緯があるので、もしかしたらクヌギが化け狸だということを正直に話しても、変わらず受け入れて貰えるかもしれない。
無論、ギルドや、紹介してくれた風間の都合もあるので、クヌギから大っぴらにそれを話すつもりもないのだが。
小梅は最近、クヌギが話す「ぽんこ」という少女の話に熱中している。
それは、とある森に住む化け狸の少女の話。それがクヌギの娘だとまでは話していないが、ポンコが頑張っているときには小梅も応援し、物語の中でポンコが辛い時には小梅も悲しんでくれる。
クヌギが生まれ育ったダンジョンの中では見たことのないような、純粋で優しい『人間の子供』だった。
本物のポンコは、小梅と会ったことはない。
妖精の国を経由すればいつでもこの小屋へとやってくることは出来るが、さすがに人間の目もあるために、人のいない深夜にだけポンコは会いに来る。
その時には、ポンコにお話をするのだ。
昼間に会った人間たちのこと。小梅という人間の少女のこと。
ポンコは、まだ見ぬ人間の少女のお話に顔を輝かせて、どのような子なのかと想像を膨らませていた。
――クヌギさんも、人間をもっと知るといいっすよ。
新しい住人たるクヌギは思う。
いつの日か、もしかしたら本物のポンコと目の前の少女が、友達になれる未来もあるのかもしれないな、と。
そして己自身も、人間をもっと知ることが出来れば『仲間』と呼べる存在と出会えるのかもしれないな、と。
のどかな村人たちに囲まれて。
――人間とは仲良くなれるっすよ。
今は亡き愛妻の言葉を、噛みしめた。
「桃子師匠、今度来るときはポンのおうどんも持ってくるっすよ。ポン、二郎師匠に色々教わってるっすから、次はびっくりするほど美味しいおうどん持ってくるっすね」
「ポンコちゃんがうどん習ってるのって地属性の人だっけ? じゃあ、楽しみにしてるね、その時は私のカレーと合わせて、また美味しいカレーうどん作ろうね」
「まあ、二郎師匠は年末まで忙しい予定が入ってるみたいで、本格的な修行は年明けかららしいっすけどね!」
「そうだポンコさん、お爺ちゃんにもよろしく言っておいてくださいね。機会があったらまたモフらせてくださいって、伝えておいてください」
「あのね、あのね、柚花さんだけは里に立ち入り禁止だそうっすよ。爺ちゃんをモフりすぎで、里で変な噂が流れて困ってるって言ってたっす」
「柚花、長になにしたの?」
「あはは、ちょっとした出来心です」
カレーうどんで大騒ぎにはなってしまったけれど。
今日も、おおむね妖精の国は、平和であった。