ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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閑話/妖狸回顧

「げほっ、げほっ……」

 

「大丈夫っすかクヌギさん。また身体壊しちゃったっすか?」

 

「ああ、夕凪。すまないね、いつものことだから」

 

 彼女と出会ったのは、いつのことだったか。

 私は身体が弱く、他の皆のように狩りにも出られず、魔物の討伐にも行けない。

 そんな己を惨めに思っていた頃だ。お日様のように笑う彼女が、定期的に会いに来てくれるようになった。

 

「具合が悪い時には、おうどんっすよ! おうどん、作ってあげるっす!」

 

「お、おうどん……? それは、あれかい? 人間の?」

 

「見よう見まねで作ったら、意外と美味しくなったっすよ! 木の実や虫より美味しいっすから、まあ寝ててくださいっす!」

 

 彼女は、人間に興味があるようで、人間たちが主食としている『うどん』なるものを見よう見まねで作っていて、私は実に驚いた。

 人間と化け狸の間に密な交流があったのは、ずっと昔のことだ。今では『探索者』なるものが生まれ、人間たちも変わってきてしまった。

 だから、人間のことを楽しげに語る彼女に対して、私はとても強く、興味を持ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「夕凪、きみは本当に変わっているね。わざわざ人間の仲間になってまで、食べ物のことを学ぶだなんて」

 

「へへへっ、だってクヌギさん、おうどんって本当に奥が深いんすよ? それに、みんな笑顔になれるっす」

 

「人間は野蛮で、恐ろしいよ。私は君が心配だよ、決して危険な連中には近づかないでくれ」

 

 彼女は、あれからも人間との交流を続けているらしい。

 少し前から、正体を隠したまま人間の若者たちの仲間入りをして、共にうどんを作り、この迷宮内を探索しているのだ。

 とても酔狂である。理解が出来ない。でも、仲間として夕凪と同じ時間を過ごせるそんな人間たちが、私は羨ましかった。

 

「大丈夫っすよ、クヌギさん、人間とは友達になれるっすよ。ウチがその証拠っす」

 

「人間相手にきみが不覚を取るとは思わないけれど。お腹の子もいるんだから、決して無理はしないでね」

 

「へへへっ」

 

 私は病弱で、好奇心旺盛な彼女と共に狩りにも出れず、人間の仲間になる度胸もない。

 だからせめて、彼女の力になりたくて、化け狸に伝わる術を研鑽し、研究する日々だ。

 狩りにも出れないこの身体だけれど、彼女のために戦える術を開発すれば、きっといつの日か、私も、彼らとともに。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんねえ……ウチ、しくじっちゃったっすね。牛鬼が出てくるだなんて、思ってなかったっすよ」

 

「夕凪、しっかりしろ……っ!!」

 

「かーちゃ、いたいの? かーちゃ?」

 

「ポンコ、ポンコ……ああ、母ちゃん、大丈夫だと思ったんだけどなあ……失敗しちゃった……」

 

 人間が魔物に追い詰められていると知って、彼女は一人、それを助けに出た。

 その後、事態に気付いた里の者たちが駆け付けたときには、彼女は血だまりに倒れていた。それでも私とポンコを見つければ、笑顔を向けてくれた。

 笑顔で、ポンコを抱きしめて。悔しそうに、涙を流して。

 

「クヌギさん、ポンコ……頼むっすね。あとね、あっちの子たちも、助けてあげて……あれでも、仲間……」

 

「そんな、なんで……人間なんか、放っておけば……」

 

「ウチ、みんな大切だから、選べなくて……ごめんね……クヌギさん、ポンコ……」

 

 彼女は、最期までお日様のようだった。

 私にも、ポンコにも、人間の仲間にも、等しく光を当ててくれる、お日様のような女性だった。

 お日様のような夕凪が。光となって、魔力の粒となって、消えていく景色を。

 私は、ポンコを抱きしめながら、ずっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

「とーちゃ、とーちゃ」

 

「ポンコ、どうしたんだい?」

 

「あのね、さっき、人間がちかくにきてて、なにかさがしてたの」

 

 あれから、親父殿は里の掟として、人間に近づくことを禁じた。

 夕凪のような存在を出さないため、なのだろう。

 しかし、親父殿の本心は、これ以上私が苦しまない様にという優しさだったのではないかと思う。

 

「……駄目だよポンコ。人間は危険だから、ポンコが近づいちゃいけないよ?」

 

「うん、わかった。とーちゃが言うなら、ちかづかない!」

 

「うん、そうして欲しい。父さんも、嬉しいよ」

 

 夕凪は、人間の仲間を助けてあげてと、私に願った。

 人間たちは、その後にやってきた同胞たちに救助されたようだが、私は人間を助けることはしなかった。

 すまない。きみの頼みだとしても、私にはできないよ、夕凪。

 彼らの姿を見る度に、自分のなかの、悍ましい魔物が首をもたげる。

 

 

 

 

 

 

 

「親父殿。ポンコに例の術を、人化阻止の封を、施していただけませんか」

 

「いいのか、クヌギ。お前、ポンコに一生恨まれるかもしれんのじゃぞ」

 

「ポンコは、日に日に夕凪に似てくる。このままではきっといつの日か、ポンコは弱い人間たちに情を持ってしまいます」

 

 ポンコは成長とともに、夕凪に似て来た。

 人化した姿も。その好奇心旺盛なところも。己を犠牲にしてでも、仲間を、弱者を見捨てない強さも。

 それでも私は、ポンコが夕凪と同じ道を辿る未来だけは、耐えられない。

 

「お前はそれで、後悔しねえな?」

 

「もう、心が擦り切れるほどに後悔したあとですよ、親父殿」

 

「そうか。わかった。だがお前じゃない、わしの独断で、ポンコに術を施す。孫に恨まれるのは、わしだけでいい」

 

 ポンコは、これから先、自分が人化の術を使いこなせないことを、きっと悔やむだろう。悲しむだろう。

 それでも、私は、ポンコが人間に近づかないためならば、どんなに憎まれてもいい。

 夕凪の忘れ形見だ。私の宝物なんだ。人間などに、渡せるものかよ。

 

 

 

 

『違うよ。クヌギさん』

 

 

 

 

「親父殿ともあろうものが、クロムシに手酷くやられましたね」

 

「わしはどうでもいい。クヌギ、お前のほうが……」

 

「私は元から、身体が弱い。今更クロムシに瘴気を宿されたところで、変わりないですよ」

 

 親父殿ももう、全盛期の力を失いつつある。後継者たる私も、このざまだ。

 牛鬼がこの森へと昇ってくるたびに、里の者たちが戦い、撃退する。しかしそれももう、無理が出てきている。

 しかも、牛鬼の使いであるクロムシは、私たちの天敵のようなものなのだ。

 

「ねえ親父どの。私たちは、何故ここまでして牛鬼を抑えているのですか?」

 

「てめぇ、何が言いたい……?」

 

「どうせ牛鬼が襲うのは人間でしょう。私たちは隠れて、人間と牛鬼が互いに消耗するのを待てばいい。違いますか?」

 

 もし、私の心が、クロムシに汚染されていたとして。瘴気によって、捻じ曲げられたとして。

 それでも私は構わないと思う。

 夕凪を奪った彼らを、私は許さない。ポンコの幸せを奪った者たちを、私は許せない。

 

 

 

 

『ねえ、クヌギさん。そっちの道は違うっすよ』

 

 

 

 

「父ちゃん! どこ行くっすか?! その身体じゃ、里を出たら危ないっすよ!」

 

「ポンコ、大丈夫だよ。父さんは、お前を守るために一度離れるだけだからね」

 

「ポンは、ポンは……父ちゃんがいなくなるのが……」

 

 私はどうやら、瘴気を受け入れてしまったらしい。

 親父殿とも決別した。里の者たちが私に向ける視線も、哀れみ、恐怖、警戒。

 私はきっと、ポンコともこれ以上共にいられない。ポンコだけは、私みたいになってはいけない。

 

「大丈夫だ。ポンコ。父さんがお前を守ってやるからな。牛鬼からも、人間からも」

 

「父ちゃん……! 待ってよぉ! 父ちゃん!!」

 

「またね、ポンコ。いい子にしておくんだよ」

 

 私には、研鑽した術がある。

 牛鬼から流れ込む瘴気も使いこなせる。

 ならば、夕凪のために、ポンコのために。私が動くしかないだろう。

 

 

 

 

『クヌギさん、気づいて。ウチは、ずっと一緒っすよ』

 

 

 

 

「……わかってたんだ。夕凪を守れなかったのは、弱かったのは、私なんだ。人間たちは悪くない。でもね、じゃあ私の気持ちは、ポンコに幸せな家族を作ってあげられなかった私の悲しみは、どこへ行けばいいんだ……悲しくて、憎くて、辛くて……」

 

「違うよ父ちゃん、ポンは母ちゃんがいなくても、幸せだったよぉ……!! だって、父ちゃんも、爺ちゃんもいて、笑顔のうどんを一緒に食べられるんすから!!」

 

 私は、何者にもなれなかった。

 牛鬼に身をゆだねても、魔物にもなれなかった。

 けれど、人間を許すことも出来なかった。

 

「……ごめんな、ごめんなぁ……父さん、弱くて、瘴気に抗えなくて、結局最期まで、お前を悲しませてしまったね」

 

「え……父ちゃん?」

 

「ありがとう、最期に止めてくれて。父さん、母ちゃんの仲間を手にかけずに済んだよ……」

 

 けれど、これで良かった。

 ポンコの未来を潰すことだけは、しなくて済んだんだ。

 私も、胸を張って、夕凪の居る所に行けるんだ。

 

 

 

 

『ううん、クヌギさんは、生きなきゃ駄目っすよ。

 こんなに温かい心がまだあるんすから、大丈夫っす』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小梅ちゃん。父ちゃんの治療っすか! すごいっす、小梅ちゃんはまるでお医者さんっすね」

 

「ううん、オウカ師匠はね、私なんてまだまだ、茹でる前のパスタだっていうの」

 

「パスタはわかんないっすけど、おうどんは茹でる前から料理は始まってるっすよ。だから、小梅ちゃんも立派なおうどんすよ」

 

「余計に意味わかんないけど、ぽんこちゃん今日はすぐに帰っちゃうの? 遊んで行こうよぉ」

 

 化け狸の娘であるポンコと、人間の娘である小梅が仲良く語り合っている。

 これは、夢なのだろう。ポンコと小梅は、人間と化け狸。まだ出会ったことはないし、仲良く遊ぶことなどない。

 だから、この風景は現実ではあり得ない。

 

「そうっすね。ここはクヌギさんの見てる夢っすよ。でも、未来の風景かもしれないっす」

 

「未来の風景だとしても、ありえないさ。夕凪、キミと一緒にポンコを見守ることなんて、夢の中でしか出来ないよ」

 

 そこには、ポンコと、小梅と。そして私の横には、夕凪。キミが笑っている。

 あの頃と変わらない微笑みで、私の横に座っている。

 

「でも、ポンコとあの女の子が友達になる未来はあるかもしれないっす。一緒にパーティを組んで、ダンジョンの魔物と戦う未来だってあるかもしれないっすよ?」

 

「私は、そんな危険なことはあの子たちにはして欲しくないけれどね。せめて、一緒にうどんを作るくらいにならないだろうか」

 

「それなら、小梅ちゃんには将来は香川ダンジョンに来てもらわないといけないっすね」

 

 けらけらと、明るく笑う。まるで、自分だけが未来にいない事実を、笑い飛ばすかのように。

 

「夕凪。私は、キミに謝らねばならないことが――」

 

「見てたっす。でも、もう大丈夫っす。今はもう、私の大好きな、優しいクヌギさんに戻ってくれたじゃないっすか」

 

 夢の景色が白くなっていき、キャベツを眺めて遊んでいるポンコと小梅の姿が白い光に包まれて消えていく。この夢が、終わろうとしている。

 そして次第に、周囲の部屋も、そして夕凪も、光の中に消えていこうとする。

 

「夕凪、私はキミとずっと一緒に居たかったよ。置いていってほしくはなかったよ。私も一緒に逝きたいと……」

 

 それでも、夕凪は少しだけ困ったように笑って、クヌギがその先を喋らないように、彼の唇に人差し指を当てる。

 

『大丈夫。いつまでも、ウチはすぐ近くで見守ってるっすよ。大好きな、クヌギさん』

 

 幸せな夢の景色は、白い光に包まれて、消えていく。

 

 

 

 

 

 

「父ちゃん、泣いてるの? 何か怖い夢みたの? 父ちゃんが怖いなら、ポンが一緒にいてあげるっすよ?」

 

「……ああ、ポンコ。すまないね、どうやら少し眠っていたようだ。幸せな夢を見ていたんだよ。幸せすぎて、少しだけ泣けてしまったけどね」

 

「そうなんすか? 父ちゃんが寝ながら泣いてるから、ポンは心配しちゃったっすよ」

 

 満月が天井へと上がるころに、小屋の裏に隠された光の道から、ポンコがやってくる。

 ポンコは今も、妖精の国を通ってこうしてここへとやってきてくれる。人のいる時間に会うわけにはいかないけれど、この時間帯ならば誰の目にもつかない。

 

「ポンコが、人間の小梅ちゃんと仲良く遊んでいる夢を見たんだよ。一緒にキャベツを眺めていたね」

 

「小梅ちゃんとキャベツっすか? ポン、キャベツって知ってるっすけど、見て楽しいかどうかはわかんないっすね。小梅ちゃんはキャベツ見て楽しむんすかね?」

 

「まあ、夢の中の話だからね。それよりポンコ、最近の修行はどうなんだい? 人間の修行は厳しくないかい?」

 

「あ、そうなんすよ! 知ってますか父ちゃん、小麦粉にはね、ぐるてんっていうのが入っててね――」

 

 月の光の下で、ポンコは笑顔で私と話をしてくれる。

 私は道を誤って、親父殿はもちろんのこと、妖精の女王にまで迷惑をかけて、今は幾人もの人間の世話になっている。我ながら、不甲斐ない。

 けれど今は、反省よりも先に、別れ際にあのハンマーを持った少女が言っていた言葉を借りることとしよう。

 

 

 終わりよければ、だいたい大丈夫。

 

 

『クヌギさんはね、あれくらい大らかな心で過ごすくらいが丁度いいっすよ』

 

 どこかで夕凪が、呆れたように笑ったような気がした。

 

 

 

 

 

 

   四章 化け狸 了

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