ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
クリスマスとハンバーグ
『そういえば先輩。うどん騒動で確認が後回しになっちゃってましたけど、先輩はクリスマスのご予定とかはあるんですか?』
「んー、今年は24日がお休みで、25日は平日でお仕事でしょ? だから、24日にヘノちゃんたちとケーキでも食べようかなって思ってるんだよね」
12月も下旬に入り、うどん騒動も落ち着いたとある日の夜。
自室にて、自作のキーマカレーに入れるための大豆肉を炒めながら、桃子は柚花と通話を繋いでいた。
先日、柚花と共に秋葉原に行った際についでにハンズフリー用の小さなイヤホンを購入しておいたので、以前の様にずっとスマホを手に持つ必要がない。
それどころか、料理をしながら通話ができる。とてもすごい。
「柚花はクリスマスはどうするの? ミサに参加したりするの?」
『いえ、さすがに休日なので、私はパスですよ。23日は学校の友達とパーティですけど、24日は逆に空いちゃってるんで、先輩とご一緒してもいいですか? いえ、ご一緒させてくださいっ』
桃子たちの母校の聖ミュゲット女学園はいわゆるミッション系なため、クリスマスになると学校の講堂にてクリスマスイベントを開催している。イベントと言ってももちろん世間一般の恋人たちのクリスマスではなく、讃美歌を歌い、キャンドルを灯し、年度によっては演劇や演奏会などの違いもあるが、概ねそのような行事である。
とはいえ、実のところ桃子はミッション系の学園に通っていたものの、そこまで信仰が厚いわけではなかったので、ミサの参加なども友人の付き合い程度だった。
そしてどうやら柚花も、信仰に関しては桃子と同程度のようである。
「……じゃあ、柚花もいるなら、ちょっと巻き込んじゃおうかな。私ね、考えてることがあるんだけど聞いてくれる?」
『お、悪巧みですか? はい、なんでも聞きますよ♪』
「なんでもは聞かなくてもいいからね。女の子なんだから軽率なことは言わない」
クリスマスは、現代人にとっては年に一度の大イベントである。
もちろん、ダンジョンに住まう妖精たちは宗教的な意味はもちろん、パーティ的な意味合いでもクリスマスなどにはさほど関心など持っていないだろう。
しかしやはり、桃子としてはクリスマスは特別な日だし、せっかくなら特別なものを食べたいし、皆にも特別なものを食べて欲しいと思っていたのである。
「ええとそれで、実は考えてることっていうのはね――」
そして、12月24日の朝。
房総ダンジョンの入り口には、なんだか中身が大量に詰まった巨大な袋と、同じく大量に詰まった巨大な箱を持った桃子の姿があった。
「先輩、ちょっとした業者さんじゃないですか、そんな大量に買ってきたんですか?!」
この日、朝から桃子との待ち合わせで気分が浮かれていた柚花だが、ダンジョン入り口まで来たところで浮かれた気分は吹き飛んでしまう。
桃子が持っていた巨大な荷物。それは、どれだけの人数で食べるんだという大量のチキンと、大量のホールケーキが箱ごと詰まった段ボールである。
こんな大量の食材を運ぶのは業者くらいかと思っていたし、サンタクロースですら袋一杯のチキンを持ち歩いたりはしないだろう。
ギルドの受付を通る際に、柚花を見送っていたギルド職員、窓口杏がとても微妙な笑顔を見せていたのは、こういうことだったのかと柚花は納得する。
「えへへ、さすがにちょっと頼みすぎちゃったかな。でもダンジョンに入れば【怪力◎】があるから、重さとしては大丈夫だよ?」
この大量のチキンとケーキを準備した桃子本人も、流石にこの量は尋常ではないという自覚はあるようで、誤魔化すように頬をかく。
なんにせよ、今更これを店に持ち帰るなどという選択肢もないし、実際に妖精たちだって大喜びするだろうことは予想できる。
仕方ないなと、ため息交じりに柚花は桃子の手から巨大なチキン袋をひったくる。
「重さじゃなくて体積の問題ですよ。先輩の小さい身体じゃ一気に運ぶのは無理がありますって。こっちの大量のチキンは私が持ちますから、ケーキの詰まったダンボールは先輩がお願いしますね?」
「ありがとー、柚花。大好き!」
さすがに、桃子とて柚花と共にダンジョンに入る以上、荷物を持つ人員としては柚花の手伝いもある程度は想定に入れていたことだろう。
しかしうまく手伝わされているだけだとしても、にっこりと笑顔を向けられて、更に甘い言葉を投げかけられれば、柚花も嬉しい。テンション爆アゲである。
柚花は自分のチョロさに内心呆れつつ、それでもきちんと冷静で有能な後輩を演じることを心がける。
「ふぅ……先輩。先輩は女の子なんだから、誰彼構わず気軽に『大好き』とか言っちゃだめですよ? 勘違いしちゃう人とか、出てくるんですから」
「ん、気を付けます。でも柚花のことは大好きだよ」
「……あーもうムラムラする!」
柚花は自分のチョロさに負けた。
「え、どうしたの? 大丈夫? お茶でも飲んで行く?」
「いや、大丈夫です! ふぅー……さて、とりあえず荷物も多いですし、とりあえずダンジョンに入りましょうか」
柚花は深呼吸をして、心を落ち着かせる。
いくら房総ダンジョンとはいえ、ここから先はダンジョンだ。魔物が現れ人間を襲う、深き迷宮だ。どのような不可思議が起きたとておかしくはない、油断一つが命に直結する場所だ。
そんな場所で下心を持つだなんて、柚花自身が嫌っている下卑た人間そのものだ。こんな汚い自分を先輩に見られたくない。柚花は己を恥じて、自戒する。
柚花はチキンの袋は抱えつつも、空いた手をしかと双剣の片割れに伸ばして、探索者としての心のスイッチを入れた。
「もうここ、クリスマスパーティ会場じゃないですか。ここって本当にダンジョンなんでしたっけ?」
房総ダンジョンの開けた土地に広がっていた景色は、魔物が人間を襲う深き迷宮の風景ではなかった。
何をどうやって運び込んだのか、探索者によって大きなもみの木が持ち込まれていて、周囲を幾人かの探索者たちが飾り付けている。わざわざ運び込んだのか、テーブルや椅子の準備までされていた。
ある意味、想像の斜め上を行く不可思議な景色ではある。さすがはダンジョンだ。
なお、業者のような大容量のチキンとケーキを運び込む自分たちもまた、ダンジョンとしてはかなりおかしいのだが、それはそれ、これはこれである。
「まあ……一応、しっかり見張りとかは立ってるし、大丈夫だよ」
確かによく見れば、ツリーを飾り付ける探索者たちのほかに、少し離れて周囲を見張る人員が存在しているのがわかる。
よくよく見てみると皆、意外としっかりと装備を身に着けており、現場の探索者同士ではしっかりと声を掛け合っている姿を見るに、根は堅実な探索者たちなのだろう。
ならば、あれはあれでまた一つのダンジョンの楽しみ方なのだ。
そもそも世の中にはダンジョン二層でフェスを開催する奇天烈な地域もあるので、それと比べれば安全な第一層でのイベントのほうがいくらか真っ当なのかもしれない。
なんにせよ。理由は違えどどちらもぼっちを拗らせている桃子と柚花の二人には、あのような場は少々近づきがたいものがあった。
そしてそんなクリスマス会場の設置風景を眺めながら、柚花がおもむろに話題を振る。
「あー、そういえば。こんなお話知ってます? 房総ダンジョンの第一層でキャンプファイアーをするときは、最近はハンバーグをお供えするらしいですよ?」
「なにそれ。ハンバーグって……え、もしかして」
ダンジョン内でお供えもの。
もしかしたら古くからあるダンジョンでは昔から何かしら似たようなことは行われていたのかもしれないが、少なくとも最近の話題としては、遠野ダンジョンが発祥の新文化である。
無論、それは座敷童子の萌々子ちゃんのお墓のことだ。
あれも初めのうちはただのお墓参りだったのだが、最近では遠野ダンジョンでは座敷童子のお墓にお供え物をして、皆の安全を祈願するという風習になりつつあるようだった。
その中で配信されたのが、柚花の配信で拾った『またきてね』の声なのだから、萌々子ちゃんへのお供えにも力が入るというものだ。
「その、もしかして、です。いつも見守ってくれているドワーフに感謝のハンバーグを差し上げてるんだそうです。すると、いつの間にか消えてるらしいですよ?」
「私、ハンバーグつまみ食いしたことなんてないよ?」
話を聞いた桃子が首を横に振って否定をする。自分がドワーフの噂の本人だということは理解しているが、しかしつまみ食いまではしていない。
マヨイガでは実際に焼かれていた松茸や、お墓に供えられた松茸を持ちかえった前科があり、恥ずかしいことにそれが萌々子ちゃんの言い伝えに繋がっているのだが、しかし少なくとも房総ダンジョンでハンバーグをちょろまかしたことはない。
ゆえに、この地でハンバーグを食べているのはドワーフたる桃子ではない、別な存在ということだ。
「ヘノさんも流石に見知らぬ探索者の作った食べ物を勝手に食べたりはしないでしょうしね。やっぱりハンバーグを頂いているのは、先輩じゃないほうの、本物の……というか、【創造】で生まれた側のドワーフさんじゃないです?」
「そっか。そうだよね、そうなるね。やっぱり、ドワーフもいるんだね」
「状況証拠的には、どこかにいるんでしょうね。新人見守りドワーフお爺さん」
「そっか、そっか……」
話しを聞いて、足を止める桃子。
柚花が振り返ると、桃子は抱えていたケーキ箱のつまったダンボールを地面に置いて、くるりと来た道を振り返る。
振り返った視線の先では、開けたクリスマスパーティ会場がある。そしてその中央に位置するキャンプファイアーの舞台をまっすぐみてから、桃子はぺこりと頭を下げた。
「先輩?」
「ドワーフさん、私が勝手に生み出しちゃってごめんなさい。それと、皆を見守ってくれて、ありがとうございます」
訝しむ柚花の視線を他所に、ぺこりと頭を下げた桃子は、本当にいるのかも分からない『ドワーフ』へと、謝辞を述べる。
そして数秒の沈黙のあと、静けさのあとで、ゆっくりと頭をあげて、少々恥ずかし気に、柚花ににへらと笑いかける。
「えへへ、ドワーフさんが聞いてくれてたらいいんだけどね」
「先輩、そういうところ、大好きですよ」
「あはは、なんかさ。この森のどこかに、見守りドワーフさんが居てくれるなら、それはなんか嬉しいなって思っちゃって。私も、無関係じゃないんだしね」
あくまで自分の自己満足だけどね、と付け加えて。地面に置いた段ボールを再び抱えなおす。そして、再び前へと歩き出して。
『こちらこそ、感謝するぞ。母上』
「ん? いま柚花、なにか――」
「桃子。どうした。なんで。誰もいないほうに挨拶してたんだ」
そこにかけられた声は、桃子が良く知っている声。桃子の相棒の声。緑色の光を放つ風の妖精、ヘノである。彼女は不思議そうに問いかけながら、そのまま桃子の肩へと着地する。
そしてヘノの横には、柚花のパートナーである水の妖精、ニムもふよふよと浮いていた。
「うぅ……桃子さんが、また奇行に走るようになっちゃいました…めそめそ」
「え、待ってニムちゃん。またって言った? 私、奇行とか走ってないからね?!」
どうやらそれぞれのパートナーたる人間を迎えに来たところで、誰もいない森に向かってお辞儀する桃子を目撃してしまったらしい。
あくまでドワーフへの謝辞であって、奇行を行ったつもりのない桃子はちょっとだけショックを受ける。
「桃子。誰もいないほうに挨拶するのは。変だと思うぞ」
「うーん、それもそうかもね」
しかし、言われてみれば奇行である。桃子は納得した。
「いやいや、ちゃんと説明しましょうよ。桃子先輩はドワーフさんに挨拶してたんですよ」
「あ、うん、そうなの、そうなんだよ。ドワーフさんが、いつも見守ってくれているから新人探索者たちが安心して冒険出来るわけだからね。感謝は忘れちゃ駄目でしょ?」
「あっちに。ドワーフが。いたのか?」
「いや、いなかったけどね」
「やっぱり。それじゃあ。変じゃないか。桃子」
柚花が途中でフォローを挟むも、結局は桃子の奇行ということで落ち着いてしまう。
実のところ、フォローを入れた柚花としても先ほどの行いは奇行だったなと内心思ってはいたので、これ以上のフォローは出来そうになかった。
まあ、ヘノも、ニムも、そして当然柚花も、奇行の一つや二つで桃子を嫌いになるだなんていうことはないので、これはこれで問題なし。桃子も実はたいして気にもしていないので、大概これはただの日常風景である。
一行はそんな具合で、大きな荷物を妖精の国へと運び込むのだった。
【房総ダンジョン専用 聖夜の雑談スレ】
:ピザ屋バイトの俺氏、クリスマスだけで数万円稼ぐ
:何往復したの?
:一回で数件のピザ配達したから、往復数は意外と少なかったよ 7回くらい
:1日にダンジョン七往復する職業ってなんなんだ
:そりゃピザ屋だろ
:ピザ屋の概念が揺らぐ
:しかし例年だけど、房総ダンジョンクリスマス会はすごいな、お前ら暇なの? ダンジョン舐めてるの?
:正直、あれだけ一か所に探索者が集まってたら仮にゴブリンの大群が攻めて来たとしても全く問題ないと思うぞ。
:陽キャのパリピどもめ・・・深淵に沈め。
:いや、参加者の大半は意外と常識的な探索者だよ。むしろ、本当に騒いでルール無視するようなタイプの連中は周囲のまともな奴の圧に屈してすぐにいなくなるからね。お前も来なよ。
:・・・行く。
:房総ダンジョンはあんなんだから変な奴も来るんだけど、ルール違反に対する自治はすごいのよ。
:そして今年からはクリスマスのメイン食材でハンバーグが祀られるっていう新文化
:ピザ屋バイトの俺氏、ハンバーグピザを一日何枚運んだか途中で数えるのをやめた
:ピザにハンバーグを載せるなw
:ところで、今日はドワーフ見た人いるの? なんかみんなしてキャンプファイアーの前にハンバーグ供えるから、ハンバーグ広場みたいになってるんだけど
:人が多すぎてドワーフが混ざってても気づかないかもしれないなあ。
:もはやなんか、聖誕祭というよりもドワーフ感謝祭みたいになってるな
:あ、俺の置いたハンバーグいつの間にか消えてたよ。他の探索者が食べた可能性もあるけど。
:配信ちぇきってたんだけどさ、パーティ配信者の動画が一斉に砂嵐になったから、多分ドワーフ来てたね
:マ?