ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
『あのね、はじめまして?』
「……あ、はい。初めまして?」
目が点になる、とはこういう時に使う言葉なのだろう。
成人にしてはかなり小柄な桃子だが、それよりも更に小さい、着物姿の童女が桃子の手を握っている。そして、桃子を『お母さん』と呼んでいる。
会いたいとは思っていたし、彼女に会うのが今日の目的だったのだけれど。
それでも、丁度松茸に心を奪われている最中だったために、心の準備が間に合っていなかった。
この子が、座敷童子の萌々子ちゃんだ。
「桃子。とりあえず。適当な部屋に入るか」
『あっちにね、お座布団のある部屋があるんだよ』
「あ、うん。じゃ、じゃあ……その部屋に行こうか」
萌々子に手を引かれるままに、桃子はマヨイガの奥へと。座敷童子おすすめの部屋へと、誘われるのだった。
「キャー! 可愛い、可愛すぎます! 先輩そっくりじゃないですか!」
「うぅ……なんだか、小さくなった桃子さんみたいな……ふ、不思議な感じがしますねぇ」
「お前。言われてみれば。本当に。桃子っぽいな。本当に娘なんだな」
座布団がいくつか揃っている部屋へと案内され、柚花と桃子がそこに向かい合うように座る。
そして、二人の中央……というか、桃子の膝の上にちょこんと座るのは、日本人形のように切りそろえた前髪の、着物姿の少女。座敷童子の萌々子である。
柚花、ニム、ヘノの三人は、桃子と萌々子の組み合わせをまじまじと観察し、それぞれに感想を口にする。髪型も服装も違うけれど、どうやら少なからず桃子の因子を受け継いでいるようで、三人が揃って似ているという感想を漏らす。
また、桃子には分からないことだが、萌々子の纏う魔力の質もまた桃子と似たものであるために、魔力が見える3名から見ればそれも含めて、そっくり、なのだった。
「ええと、萌々子ちゃん、クリスマスのケーキがあるんだけど、食べる? 苺は好き?」
『ええと、うん、木の実大好き!』
膝の上に童女を乗せた桃子が、甲斐甲斐しく童女の世話をしている。
桃子には子育ての経験こそないものの、しかし子供は可愛くて大好きだ。しかも、自分を「お母さん」と呼び、握った手を放そうとしない座敷童子など、可愛くないわけがない。
周囲から見て、過保護なのではないかというくらい甲斐甲斐しくしており、今はケーキを一切れずつ切って、萌々子の小さな口に運んであげている。
「萌々子ちゃんって、【隠遁】もお母さん似なんですね。先輩のと違って、記憶までは隠蔽してないみたいですけど」
「そ、それにしても、桃子さんにも見えていないのは……ふ、不思議です。ま、魔力は、同じなのに」
柚花とニムは、ケーキを食べる座敷童子を眺めながら、彼女の持つ【隠遁】について話し合う。
桃子の場合は、桃子に対する記憶にもフィルタが掛かる。サカモトのように耐性がついていたり、柚花のようにスキルで打ち消しでもしない限りは、桃子の姿のみならず、その場にいるという事実すら認識の盲点に隠れてしまうのが桃子の【隠遁】だ。
しかし萌々子の場合は、姿こそ見えなくなるけれど、座敷童子の存在を忘れることはない。先ほど試しに一度だけ桃子の手を離してもらったのだが、桃子は座敷童子を見失いはすれど、その存在を忘れることはなかった。
恐らくは、効果こそ似ているものの、実際には【隠遁】の効果の一部だけを受け継いだのだろう、というのが柚花たちの出した結論だ。
「わ、私、お母さんなのかあ……あの、どうしよう。親権とか、母子手帳とか、あと養育費? ああそうだ、お父さんとお母さんに孫の顔、見せないと!」
「桃子。なに言ってるのかはわからないけど。とりあえず。ケーキでも食べて落ち着け」
「ふむぐ……甘くておいしい」
なお、柚花たちが考察している一方で桃子が少しばかり混乱状態に陥っていたものの、ヘノが生クリームを桃子の口に押し込むことでどうにか正気に戻ったようである。
『あのね。萌々子ね、お母さんにありがとうって、言いたかったの。生んでくれて、ありがとうって』
ケーキを食べ終えた後、頬にクリームをつけたままの萌々子が桃子の膝から降りて、桃子の正面に座りなおす。【隠遁】が切れないように、その手はキュッと繋いだままで。
「で、でも私、あなたになんにもしてあげてない、ネグレクト親だよ……?」
「先輩、今はとりあえず静かに聞きましょう」
スキルで自然に生み出された座敷童子にネグレクトも何もない。桃子がこれ以上変なことを言い出さないように、柚花が桃子に口を閉ざすように提言する。
今はシリアスな所なので、おもしろワードはいらないのだ。
『お母さんが、萌々子をこの世界に生んでくれたもん。萌々子、この遠野ダンジョン、大好きだよ』
そして、萌々子は片手だけでなく、桃子の両手をとって、抱きしめるように胸に抱く。
『だから、生み出してくれて。ありがとう、お母さん』
「うん、うん……私も、出産経験ないけど、あなたのお母さんになれてよかった」
桃子は、座敷童子の言葉に感極まって涙ぐみ、うんうんと頷く。
意図せずに【創造】というスキルを得てしまい、それで生み出してしまった命が、つらい思いをしているのではないかと心配した。
もしかしたら、生んで欲しくなんてなかったと、そう言われることも考えた。
けれど、目の前の童女はそんなことはなく、生まれてよかったと言ってくれたのだ。
「座敷童子。お前。桃子の【創造】で生まれた自覚は。あるみたいだけど。他のドワーフとか。人魚姫とかは。わかるか?」
しばらくの桃子と萌々子の抱擁を眺めてから、ヘノがおもむろに質問する。
座敷童子が、桃子を母と認識し、自身がスキルによって生み出された存在だと理解していることは分かった。ならば、他の【創造】の産物についてはどうなのかと聞いてみたのだが、しかし座敷童子はうーんと少しの間首を傾げたあと。
『うーん、わかんないや』
「この子やっぱり内面も先輩に似てますよね」
考え込んでから「わかんないや」となる仕草が、狙ったわけではないだろうが桃子にそっくりだった。
名は体を表すというが、やはりこの座敷童子のベースとなった存在は、桃子そのもの、ということになるのだろう。
そして、ヘノの質問を皮切りに、桃子も聞きたかったことを聞いてみることにした。
「あのさ、萌々子ちゃん。ダンジョンなんかに産み出されて、寂しくないの? マヨイガにひとりぼっちで……」
『ううん、別にそうでもない、かな?』
「なんだ。桃子。そんなこと気にしてたのか」
「うぅ……き、きっと、座敷童子さんも、人間の言うところの……魔法生物ですから……そ、そこの感覚は、人間とは違うんだと思いますよぉ」
「へえ、私も知りませんでした。そういうものなんですね」
ダンジョンで一人きりで生み出されて、寂しいのではないか。仲間がいなくて、孤独なのではないか。
桃子としてはそれはとても聴きづらい、重たい質問だったのだが、しかし座敷童子どころか、ヘノやニムには逆にきょとんとされてしまった。
ニムの言葉をそのまま受け取るならば、妖精や座敷童子のような魔法生物は、ダンジョンで一人で生み出されても別に寂しいわけではない、ということなのだろう。
妖精の国にて妖精たちが仲良くしている姿しか見たことが無かったので、てっきり妖精も仲間と共生するのが普通なのかと思っていたが、もしかしたらそういうわけではないのだろうか。まだまだ妖精にも謎が多い。
『あとね、最近は人が多くて、楽しいよ。お菓子貰えたり、焼いてる松茸をこっそり貰ったり、あとはお布団とか、お皿洗いのお世話してあげてるの。あと、たまにイタズラしたりするよ』
「イタズラはどうかと思うけど……」
「松茸貰うのもどうかと思いますよ、先輩」
『中庭にね、畑を作ってる人もいるの。キャベツとか植えてるんだって。楽しみ!』
どうやら、座敷童子の萌々子は、今の話を聞く限りは寂しさや孤独感とは無縁のようである。
奇しくも、このマヨイガの炊事場は遠野ダンジョンの探索者たちのとっての重要な拠点の一つとなっており、常に探索者の誰かしらが居座っている。最近は、地上から持ち込まれた道具なども増えてきて、炊事場まわりは探索者たちにとっても居心地のよい環境になって来ているようだ。
キャベツ畑が出来たら、もしかしたらキャベツを眺めて遊ぶ座敷童子の目撃談なども増えるのかもしれない。
『じゃあ、ごちそうさまでした! ケーキね、美味しかったよ。お母さんたち、また来てくれるよね?』
「え、もう行っちゃうの? もっとお話ししててもいいんだよ?」
マヨイガの中には昼も夜もないので時間が確認できないが、しかし時刻はもう日も沈んでいる頃合い。
ケーキを食べ終えた萌々子は、ちょこんと立ち上がって、桃子たちにお別れの挨拶をする。
無論、ずっと桃子たちもこの場に残るわけにはいかないが、しかしなんだか唐突で、名残惜しかった。
『あそこの人たち、萌々子がお世話しないと危ないし。あと、早くいかないと。お夕飯とか、松茸なくなっちゃうから!』
「桃子。お前が生んだ座敷童子。なんでこんなに。食い意地張ってるんだ」
「ええ、それはヘノちゃんに似たんじゃないかなあ……」
新たに生まれた娘の意外な一面に、桃子もううむと首を傾げる。
それを見ていた柚花は、松茸に関しては確実に母親似だろうなと確信しているが、黙っておいてくれた。
『あのね、こっちのチキンっていうお肉は、探索者さんと一緒に食べるね』
「うん、うん。病気とか気を付けてね。私がいなくても、何かあったら妖精の皆とか、それこそ探索者さんたちに頼ってね、危ないことはしないでね?」
過保護なまでに心配する桃子。その手はまだギュッと萌々子の小さな手を握っており、【隠遁】は解かれていない。
しかし、するりとその手から反応が消えてしまう。
『じゃあ、お母さん、またきてね!』
萌々子の、元気な挨拶とともにその場から座敷童子の気配は消えてしまい、桃子の手にはほんのりとした体温の名残だけが残る。
一瞬、シンとした空気だけが、その部屋に舞い降りた。
「……消えちゃった。もう、お部屋から出て行っちゃった?」
「いえ先輩、今のは【隠遁】じゃなくて、本当にその場で消えちゃいました。魔力が萌々子ちゃんを覆ったと思ったらスッと消えちゃったんですけど、転移とかそういう能力ですかね……?」
「今の消えかたは。鵺の力とかも。取り込んでるのかもな」
鵺。それはこのマヨイガの上層、第三層『深淵渓谷』に長らく隠れ住んでいた大妖怪。
そういえばその鵺も、探索者に撃退される度に闇を纏って逃走し、そのまま傷が癒えるまではどこかへ姿を消していたらしい。討伐作戦の頃は柚花がその【看破】によって闇による逃走を防いでいたものの、あのまま逃げられた場合はそれこそ【看破】でも探れない場所に姿を消し、身を隠していたはずである。
ヘノが言うには、萌々子の消え方は、鵺のそれに近いものだそうだ。
「鵺の力の珠は。今は桃子が使ってるわけだしな。桃子も頑張れば。鵺みたいに消えられるのかもしれないぞ」
「も、桃子さん……どんどん人間離れ、していきますねぇ」
「まってまって、私は消えられないし、人間だからね?!」
桃子のハンマーには、鵺の力の結晶である紅珠が埋め込まれている。
そのため、鵺の持つ能力の因子が、桃子を通じて座敷童子に遺伝したのかもしれない。
あるいはただ単に、多くの人たちが『神出鬼没な座敷童子』というイメージを共有したことで、そのような力を持つ座敷童子が生まれたのかもしれない。
どちらにせよ、萌々子は本当に神出鬼没で、桃子が心配するほど孤独な存在ではなかった、ということだけは確認できた。
桃子が一番懸念していたのは、座敷童子の孤独である。
一人ぼっちの寂しさを知っている桃子は、それを自分が生み出してしまった座敷童子たちに味わわせるのが怖かった。
だけれど、萌々子本人の口でそれが否定されたことで、桃子の中の【創造】への恐怖感が、少しだけ薄れていくのを感じた。
自分の力として、もう少しだけ、好きになれる気がした。