ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
カムイダンジョンとは、あくまで探索者の間での通称である。
北海道の東側に存在する摩周湖手前に大きな口を開いたダンジョンで、実際には『摩周ダンジョン』が正式名称となっている。
かなり古くから存在しているダンジョンであり、昭和の時代には第一層の気候も安定しており、比較的安全に足を踏み込めたため、多くの探索者がここを訪れた。
当時は本州にもダンジョンが少なかったのもあり、日本有数のダンジョンのひとつとして数えられていたほどだ。
また、ダンジョンに住む小人『コロポックル』の目撃例も当時は多く報告されていたので、コロポックルの聖地という呼ばれ方もされている。
しかし。
時代は流れ、本州にダンジョンが立て続けに発生し始めると、立地の悪い摩周ダンジョンへとやってくる探索者は減ってくる。
更に、それと比例するように第一層の環境が悪化していき、昔の緑が茂るダンジョンの姿は失われ、今では全てが氷に閉ざされた、経験豊富な探索者のみが入れるダンジョンとなっている。
昭和の時代に多くの探索者がその緑の景色を目当てに足を踏み込んだその第一層は、現代では夜ごと吹雪の吹き荒れる、氷に閉ざされたダンジョンとなっている。
雪と氷で覆われたその幻想的な風景も一見の価値があれど、危険な魔獣も多く、踏み込むには注意が必要である。
「はぐはぐ。っていうわけで、北海道のダンジョンに行くことになりそうなんだけど、北海道のダンジョンてティタニア様の領域だったりしないかな」
1月2日。年が明けて、正月のあれこれを済ませて房総ダンジョンへとやって来た桃子は、相棒たる妖精、ヘノたちとともに第一層の森林の道を歩いていた。
話の内容は、年末に柚花から誘われた北海道のダンジョンについて。この数日間はダンジョンへと来れる機会がなかったので、ヘノに報告するのは今回が初めてとなる。
「むぐむぐ。北海道って。どこか知らないけど。どんなところなんだ?」
「はぐ…ええと、北海道のダンジョンはね。まあ、まず北海道っていうのがとっても気温の低い場所なんだけど、ダンジョンの中もかなり寒いんだって。第一層から雪が吹雪いたりして、夜なんかはかなり大変みたいだね。あ、ヘノちゃんもニムちゃんも、お餅は丸呑みしないように気を付けてね?」
「はむ……はむ……こ、この甘い粉、おいしいですねぇ……」
先ほどから、話をしながら三人とも餅を食べていた。桃子は醤油の磯辺餅。ヘノとニムはきなこ餅。
というのも、先日はクリスマスパーティを開いていた房総ダンジョンキャンプファイアー広場であるが、なんと本日は探索者有志によって餅つきイベントが開催されていた。
これはどうやら房総ダンジョンギルドも出資している感謝イベントのようなものらしく、その場で餅つきをして、出来立ての餅を訪れた探索者たちに提供していたのだ。
これが香川のうどん店のように、注文してから餅を出してもらう方式ならば桃子は泣く泣く諦めたのだが、テーブルに乗せられた餅を自由にとって食べて良い方式だったので、遠慮なく餅を貰うことが出来た。
並んでいるいくつかの皿の中にはハンバーグ餅などというものもあったが、はたしてドワーフは餅にハンバーグが乗せられたものを喜ぶのだろうか。
日に日に進んで行く房総ダンジョンにおけるハンバーグの神聖化に、桃子はなんとも言えない気持ちになった。
そんなわけで、餅をもぐもぐしながらの散歩である。
「むぐ。寒いダンジョンなのか。クルラのところも。雪は降ってたけど。むぐ。それより寒いとなると。ちょっとヘノにはわからないな。ニムはわかるか?」
「はむ……さ、寒いところは、いくつかありますけど……た、多分違う場所だと思います」
「ふう、美味しかったー。でもそっかー……じゃあ、ティタニア様の領域じゃないのかな」
北海道のダンジョンは、どうやらティタニアの領域ではないようだ。
招待状を受け取った当人である柚花に改めて聞いてみたところ、北海道までの交通費や宿泊費込みの招待に、怪しいとは思いつつも参加してみることにしたのだそうだ。
いくら怪しいとはいえ、ギルド経由の招待状なので詐欺だとかの心配はないだろう。ただ、何故に探索者タチバナが選ばれたのか、という疑問が残るわけだが。
柚花の【看破】が必要ならば、昨年末のようにギルドからの依頼として直接コンタクトを取ってくるはずであるし、招待状という形式をとっているのが不思議なのだ。
そしてそれに誘われた桃子だが、桃子もやはり、柚花に同行してみようかと考えていた。
北海道ならば、ヘノと話していたようにジャガイモがあるかもしれない。それに単純に、滅多に行くことができないダンジョンへ行ける機会なのだから、普通に好奇心も疼く。しかもお金はギルド持ちだ。
また、未成年たる柚花が宿泊施設に泊まるというのなら、一応これでも法的には成人している桃子が保護者として付き添う方が良いだろうという、先輩としての心配もあった。
「あ、も、桃子さん……お、お水、飲みますかぁ?」
「わ、助かる。お水ありがとう」
お餅が喉につっかかったわけではないものの、やはりお水は美味しい。
特に、ニムが出してくれる水は彼女の魔力を含んでおり、そこら辺の湧水よりも断然美味しく感じられるのだ。飲むと、ニムの優しさが伝わってくるようである。
桃子は両手で器を作り、ニムがちょろちょろ出す水を受け取って、ごきゅごきゅと飲み干す。ヘノはそれを真顔で眺めている。
「光の膜が繋がる場所なら。ヘノが。つれていくんだけどな。北海道って。遠いのか?」
「北海道はねえ――」
「というわけで、摩周ダンジョン。通称、カムイダンジョン内にある施設から、柚花宛に招待状が来たんです」
ここは女王の間。
桃子たちは餅を食べ終えてからはヘノのつむじ風の魔法による高速移動で、真っすぐ妖精の国へとやって来た。
そして、改めて女王にも、北海道、摩周ダンジョンについて質問がてら、柚花が受け取った招待状の話を切り出してみたのだが。
「摩周……カムイ……いえ、残念ながらそこも、私の領域ではありませんね。海の向こうの国までは、私の領域が及んでおりませんので」
というように、やはり残念ながらティタニアの領域ではないようだ。というより、北海道という大地を知らなかったくらいである。
別に北海道は海の向こうの国というわけではないのだが、ティタニアの感覚ではすでにあそこは海の向こうなのだろう。この際、そこはスルーだ。
「桃子。そこには。化け狸みたいな。別な奴はいないのか?」
「あ、そっか。ええと……そうだ、ネット情報だとね、昔はコロポックルがいたみたい。コロポックルも、多分ダンジョンの魔法生物だと思うんだけど……どうなんだろうね?」
「コ、コロポックルって……な、なんだか珍しい、お名前ですねぇ」
「コロポックルとか、コロボックルとか言われてるみたいだけどね。こんな格好の小人さんなんだって」
コロポックル。北海道では古来より知られている、小人たちの名称だ。
桃子は探索者用端末を開くと、そこでコロポックルを検索し、そこに映し出されたいくつかの画像を妖精たちに向けて表示して見せる。
フキの下に住む人、という意味のその名前の通り、画像には大きなフキの葉を傘にしている小人たちの姿がいくつか表示されている。
表示されているイラスト群はあくまで描いた人々の想像のものであり、ダンジョン内に居たコロポックルそのものではない。
だがしかし、大きなフキの傘に、独自の先住民族衣装に身を包んだイメージというのが、大半の絵で共通の要素であった。
「どうだ。女王。こいつらに見覚えは。ないか?」
「な、なんだか……お名前だけでなくて、ふ、服装も珍しいですねぇ」
「この姿……残念ながら、存じませんね。そこは、どのようなダンジョンなのですか?」
桃子は端末を食卓の上に設置して、ヘノとニムが、そしてティタニアがまじまじとその画面をのぞき込んでいる。
しかしやはり、コロポックルの姿を見た上でなお覚えがないというので、いよいよ本格的に妖精の女王ティタニアとは一切関わりを持たない魔法生物のようだ。
「はい。ええと、情報によると、とにかく寒いダンジョンみたいです。第一層は、房総ダンジョンみたいに空が開けた自然タイプのダンジョンらしいんですけど、情報によれば水も植物も、全部真っ白に凍りついてるらしいですよ」
「うぅ……な、なんだか怖い場所ですねぇ」
「わざわざそんなに寒い場所に。行くのか? そもそも。招待状って。なんだ?」
「それが、よくわかんないんだよね」
「よくわからない、と言うと、どういうことでしょうか?」
桃子は、端末の画面を何度かクリックし、雪の中に佇む一つの木造の建物を表示させる。
「実は、そのダンジョンにはちょっとした名物施設があるんです。前線基地というか、ペンションというか、とにかく探索者向けの宿泊施設ですね」
摩周ダンジョンには、名物ともなっている施設が存在する。
それは第一層の半ばに存在する人工的な施設。で、外観的には木造の大きなペンションだ。
元々は、まだ今ほど過酷な環境でなかった昭和の時代に、探索者の休憩所として建てられた小屋が発端だったという。
だが、摩周ダンジョンの環境が悪化していくとともに、そこは休憩所というよりも、探索者の遭難を予防するための中継地点としての色が強くなっていく。摩周ダンジョンは、夜になると吹雪が吹き荒れ、第一層といえどギルドまで辿り着けずに探索者たちが遭難してしまう可能性があるのだ。
そして休憩所、中継地点、という歴史を経て、何度かの改築を重ねた今は、探索者たちの泊まる大型宿泊施設として扱われている。
もっと一言で簡単に説明するなら、冬山のペンションのようなものだ。ペンションに、魔物相手の防衛施設を備えただけのものである。
「も、桃子さんが寝てる……お泊りのための部屋みたいな……も、ものでしょうか」
「んー、まあ、そういうお部屋が沢山ある、大きな建物、かな? 中には寝室以外にも色々揃ってて、特別な美味しいご飯が食べられるんだって。で、そこからの招待状なんですけど、なんで呼ばれたのかがわからないんです」
「なんだそれ。面白そうだな。美味しいご飯が出るなら。ヘノも行ってみたいぞ」
「さすがに、ヘノちゃんを連れて行くのは難しいかなあ……」
ダンジョン内に前線基地が存在する場所は珍しいわけではない。ティタニアの領域のダンジョンにもそのような物は幾つか存在する筈だし、それこそマヨイガの炊事場を中心とした区画は探索者たちによって前線基地としても扱われている。
まあマヨイガの場合はダンジョンの階層そのものが木造家屋なので、雪山のペンションとは大きく事情が違うのだが、なんにせよ、つまりは存在意義としてはそのような前線基地である。
しかし、いくらしっかりとしたペンションが存在していて面白そうだからと言って、流石に今回ばかりはヘノを連れていくのは難しいだろう。
「ヘノ。ニムが飛行機で香川へ向かったときは、光の膜で通じているダンジョンだからこそ許可できましたが、流石に光の膜すら存在しないダンジョンには許可できません」
「そ、そうですよぉヘノ。し、知らないダンジョンで、帰れなくなったら……うぅ……めそめそ」
「泣くな。すまなかったから。泣くなニム。ヘノはどこにも。いかないからな。大丈夫だぞ」
泣き出してしまったニムを抱き寄せて、ヘノがぽんぽんとニムの頭を雑に撫でる。
小さなサイズの少女たちがハグをしているのを見ると、桃子もなんだか心がほっこりしてくる。
そういえば、実はニムであるが、サイズがヘノと同じくらいに変化している。いわゆる中指姫だ。
ニムに変化があったのは、うどんダンジョンの騒動が全て終わった次の日の朝のことである。
あの日はティタニアの言うように、ニムは柚花とともに飛行機というものに搭乗し、空を飛んで香川ダンジョンへとやってきたのだ。
遥か高い空から、地上の人々を見て。空から見下ろす大地を見て。ダンジョンより遥かに広い空の涯を見て。
その中で、ニムの心が成長する大きな変化があったのだろう。桃子には、そこで何があったのかは分からない。それはきっと、ニムと柚花の二人だけが知る、大切な思い出なのだろう。
とはいえ、成長したと言ってもやはりニムは泣き虫で、今もヘノにめそめそと泣きついている。
いつもは暴走するヘノに振り回されているばかりのニムだが、今日はヘノがよしよしとニムを優しく慰めている。
ニムは過去に人間の罠に捕まったトラウマがあるらしく、ヘノが未知の土地で行方不明になることを心から恐れているのだろう。ヘノに縋り付くニムと、それを泣き止ませようと四苦八苦するヘノは、まるで仲の良い姉妹のようである。
「まあ、今回は私も普通の探索者として、ギルドを経由してダンジョンに入るからね。何か面白いものがあったら、きちんとお土産として持って帰るからね」
北海道なのだから、本州では手に入らない珍しいお土産だって多いことだろう。鮭を咥えた熊の置物とかも、現地で売っているかもしれない。
でも、妖精たちには置物よりも食べ物かな? などと頭の中で思考する桃子だった。