ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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北海道へ

「それにしても、コロポックル……ですか」

 

 ヘノとニムはすでに花畑のパトロールに出かけており、女王の間に設置された食卓にはティタニアのほか、桃子と柚花だけが残っていた。

 桃子と柚花は人間用の椅子に座っているので、今はティタニアも目線を近づけるために食卓上に腰を下ろしている。どうやらダンジョンの瘴気の安定化というのは、特に玉座に座っている必要自体はないらしい。

 そうしてしばらくは三人で雑談に興じていたのだが、しかし、ティタニアが思い出したかのように、物憂げにつぶやく。

 

「ティタニア様、何か思い当たることでもあるんですか」

 

「いえ、思い当たらないのです。だから、あまり良い憶測ではありません。恐らく、柚花さんもある程度、予想されておりますよね」

 

「え、柚花も?」

 

「あはは、やっぱり女王様は鋭いですね……」

 

 先ほどまで話していたのは、北海道ダンジョンの話題だった。

 端末で軽く情報を検索しながら、寒さ対策はどうするだとか、ダンジョン食材はあるだろうかとか、どのような魔物が出るのだろうとか、そのような話題に花を咲かせていたのだ。

 しかし、その中にコロポックルに関わってくるような情報はなく、桃子は何のことかと首を傾げるのだが、どうやらティタニアだけでなく、柚花も何かをつかんでいるらしい。

 

「桃子さん。柚花さんに招待状が届いたということは、おそらくは【看破】を必要とする事態である、ということでしょう」

 

「あ、そっか。私はてっきり、柚花が旅行の抽選に応募でもしたのかなって思ってたけど、そう考えた方が自然ですよね」

 

「さすが先輩、先輩はそれでいいと思います」

 

「んー、多分それってあまり褒めてないね?」

 

 柚花の元に届いた招待状。

 それは、摩周ダンジョン――通称、カムイダンジョン第一層内に作られたペンション『パイカラ』からのものだった。

 

 そのペンションは本来ならば予約制であり、それなりに高額な料金も発生する。食事なども雑誌で特集される位には美味しい料理が出るらしく、昼間の時間帯に限れば外に広がる銀世界も楽しめる、ダンジョン内ということを除けば普通に魅力的なペンションだ。

 それに、どうせダンジョン内に入るならば、宿泊先だって良い場所にしたいのは当然で、遠方から摩周ダンジョンを訪れる探索者たちからは特に人気の宿泊施設となっている。

 

 そしてもう一つ。

 ペンションとしての顔を持つ『パイカラ』であるが、摩周ダンジョン内における前線基地としての顔も持つ。

 サービス目的でない、通常の探索者が利用できる前線基地としての部屋。そして当然ながらペンションのスタッフたちの部屋や作業場。更には、ペンションの防衛として地元の探索者たちが常駐するための離れなどもあり、規模としてはかなり巨大なものである。

 

 そんな名物ペンションから招待状が届いたわけだが、桃子はさほど深く考えず、てっきり抽選にでもあたったのかなと思っていた。だが、どうやら柚花とティタニアの見解は異なるようだ。

 二人の見解としては、その招待状は柚花の【看破】が目当て。つまりは、何かしらの問題が起きている可能性が大きいのではないか、と考えているようだ。

 

「だからきっと、【看破】目当てなら、私に何かを見つけさせたいってことだと思うんですよね。私、世間では座敷童子を誘き寄せた霊媒体質ってことになってますし」

 

「そして、その柚花さんの事情とはまた別な情報として、昔は平穏だったダンジョンが、今は過酷なダンジョンと変化していると仰いましたよね」

 

「あ、はい。と言っても、数十年前の話みたいですけど」

 

 それもまた、先ほど端末で調べたときに紹介されていた情報の一つ。

 昔は、少なくとも第一層は今のように真っ白な世界ではなく、草花の緑や湖畔の青が鮮やかな、美しいダンジョンだったという。

 それはもう数十年前の話であり、今ほど探索者向けの技術が発展していなかった時代のことではあるが、当時潜っていた人々もまだまだ働き盛りで現役の世代だ。彼らの語る情報が間違えているということはないだろう。

 

「おそらくですけれど、その頃にはコロポックルという方々がいらっしゃって、瘴気の安定をはかっていたものと思われます」

 

「つまり、いまのカムイダンジョンが過酷な環境ということは……」

 

 ティタニアが、そして柚花が言葉を紡ぐ。

 さすがに、ここまで来れば、桃子でも察することはできる。

 

 ダンジョンは、そこに住まう魔法生物が主となり、その環境を守護している。

 

 ティタニアや化け狸の長のような力を持つ魔法生物たちが、己の守護するダンジョンに集まる瘴気を循環させ、浄化を促し、その安定化を図っているのである。

 下層に行くほど瘴気が強くなるのは仕方ないとしても、妖精や化け狸たちがダンジョン内で平穏に生活できるのは、そして人間たちがダンジョン上層を安全に探索できるのは、全てその働きの恩恵なのだ。

 

 そしてそれは、逆もまかり通る。

 

 過去に魔法生物が存在し、彼らの力で安定化されていたダンジョンが、現代ではその恩恵を失っている。

 これがどういう意味かなど、説明の必要もない。

 そして恐らく、【看破】でみつけて欲しいものというのも、それだろう。

 

「そっか、コロポックルさんたち……いなくなっちゃったんですね」

 

「あくまで予測であり、必ずしもそうだとは限りません。ですが、第一層から環境が悪化しているということは、恐らくは……」

 

 桃子は、会ったこともないコロポックルたちのことを思い、陰鬱な気分になる。

 ネット上で画像を検索すれば、にこやかに笑う彼ら、蕗の小人たちのイラストが沢山出てくるのだ。今でも彼らは、人々に愛されているのだ。

 しかし、そんな彼らはどういう経緯かは分からないものの、いなくなってしまった。

 

 桃子の中で、それが妖精の国や化け狸の里と重なる。にこやかに己を出迎えてくれた彼らのような存在が、瘴気の中で絶滅の憂き目にあったのだ。

 想像のなかで、ヘノが、ニムが、ポンコが、闇に飲まれていく。

 もしかしたら、あり得たかもしれない世界の風景と共に、桃子の心は、だんだんと暗く沈んでいき――

 

 

「先輩!」

 

 

 はっと、我に返る。気づけば、うつむいた桃子の瞳からは、涙が零れ落ちていた。

 

「先輩。私たちが生まれるよりずっと前のことです。悲しい出来事かもしれませんけど、先輩がそんな風に落ち込んでも、どうしようもないじゃないですか」

 

「それは、そうだけど……」

 

 心配げに、柚花が桃子に寄り添うように顔を覗き込んでいる。柚花の指が桃子の頬をなぞり、涙のあとを拭ってくれた。

 いつもは柚花の方が後輩なのだけれど、今は柚花がまるでお姉さんのように桃子に寄り添ってくれている。卓上からはティタニアも心配げに見つめている。

 桃子の感情の波が視えてしまう彼女たちには、桃子が急速に哀しみに飲まれていたことがわかるのだろう。

 

「ご、ごめんねっ。ちょっと、色々と想像したら悲しくなっちゃって」

 

 桃子も慌てて自分でも目元を拭い、無理やりでも笑顔を作ってみせた。

 桃子の感情が目視できる柚花はそれに苦笑を浮かべつつも、でも桃子の意をくみ取って、明るい声で話を続けてくれる。

 

「でも先輩。私、思うんですよ! 今回の旅行は、コロポックル復活のチャンスなんじゃないかって。ティタニア様もそう思いませんか?」

 

「私からは、コメントは控えておきますね」

 

「え? 柚花? ティタニア様? それってどういうこと?」

 

 気分を切り替えて、柚花の話に耳を傾ける。

 ……が、なんだか柚花がにんまりと笑い、ティタニアは桃子から目を逸らす。

 

「柚花、もしかして私にコロポックル役をやれって言ってるの? 人魚姫とか、座敷童子みたいに?」

 

「前向きでいいじゃないですか、コロポックル復活計画。先輩に後ろ向きなのは似合いませんし、どんどんコロポックルのコスプレでもして、前向きになっちゃいましょうよ」

 

「……ん、そうだね。前向きにいかなきゃね。コロポックル役はともかく、ありがと、柚花」

 

「はい。先輩は前向きに、笑顔を浮かべているのが一番ですよ」

 

 桃子がコロポックル役をするべきかどうかはさておいて。

 柚花が桃子の笑顔を好きだと言ってくれるなら、柚花の前ではきちんと笑顔になろうと、桃子は心に決めたのだった。

 

 桃子は、もう笑顔を失わない。たった今、そう決めた。

 

 

 

「桃子。大変だぞ。ポンコのやつが。寝室で。でかくて黒い虫を見失ったぞ」

 

 

 しかし、入ってきたヘノの言葉で桃子は笑顔を失った。

 

 ついでに、同じ寝室を利用する柚花からも笑顔は消えていた。

 寝室にでかくて黒い虫など、笑い事ではない。笑顔を失わない決意とか、前向きが良いとか、そういう問題ではないのだ。

 

 一連のやり取りを見ていたティタニアだけが、微笑ましそうに笑っていた。

 

 

 

 寝室で黒くて巨大なカブトムシを発見し、それはそれで大騒ぎになるのは、これから5分後のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ行ってきますね、窓口さん」

 

 

 出発の朝。成田空港にて桃子を見送ってくれているのは、房総ギルド職員である窓口杏だ。

 杏は少し前から柚花からの相談をうけ、ギルドの担当スタッフとして、摩周ダンジョンギルド、ならびにペンション『パイカラ』との連絡役を買って出てくれたのだ。

 その尽力のお陰で、桃子の特殊すぎるスキルにも対応してもらえることになっている。持つべきは、信頼できるギルド職員だ。

 

「本当は私も保護者として現地までついていきたい所なんですが……」

 

「大丈夫ですよ、窓口さん。私、成人してますからね! 柚花の保護者役は任せてください!」

 

 柚花は未成年だ。確かに北海道のペンションに未成年の女の子を送り出すのは不安だろう。

 だからこそ、桃子は自分が保護者役だと、胸をはってみせる。

 杏が、実に様々な感情のこもった笑顔を浮かべるが、幸か不幸か桃子にはその笑顔から感情を読み取るほどの技能は備わっていないのであった。

 

「せんぱーい、そろそろ搭乗時間ですよー」

 

 そして空港の受付から戻ってきた柚花が、桃子へと声をかける。

 柚花は自分の探索者用装備を運んでもらうため、ギルドの準備した書類を提出して色々と手続きをしていたようである。

 探索者は各々が武器や鎧を持っているのだが、当然ながら通常の飛行機にそのような危険なものは持ち込めない。しかし、そんなことを言っていては探索者は遠方へと移動できなくなってしまうので、ギルドの認めた書類を提出することで持ち込みが可能となるのである。

 なお、桃子の武器は懐に入るサイズの小さな木づちなので、堂々と懐に入れた状態で機内に持ち込んでいた。

 

「あ、窓口さん、なんか今回は色々やってもらっちゃってすみません」

 

「いえ、これもギルドの仕事ですよ。お二人とも、気を付けてくださいね。北海道はこの時期ですから寒いでしょうし、防寒対策もしっかりとお願いしますね」

 

 杏の姿に気付いた柚花が駆け寄ってきて、杏に声をかける。

 桃子が呑気にダンジョン内で餅を食べている間にも、二人はどうやら正月からあれこれと今回の遠征に備えて連絡を取り合っていたようだ。

 後からそれを知らされた桃子はなんとも言えない複雑な心持ちになったのだが、まあ今更言っても仕方ないので、ここは二人に任せておこうと諦めている。

 

「大丈夫ですよ、心強い先輩がいてくれますから。防寒装備は向こうでも準備してくれてる筈ですし」

 

「何か、窓口さんにもお土産とか買ってきますね」

 

「では、美味しいものがあればそれをお願いしましょうか。無理をせず、無事に戻ってきてくださいね」

 

 杏は仕事柄、様々な探索者を見送る立場である。

 彼女が担当している職場は難易度の低いことで有名な房総ダンジョンであるが、しかしそれでも見送った探索者が重傷を負って帰ってきた経験も一度や二度ではない。

 だから、杏はいつも、彼ら彼女らの無事を心から祈っている。

 

 そして今日も。飛行機の搭乗口へと向かう手のかかる妹たちの背中を見送りながら、彼女らの無事を願い、祈りを込めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、北海道。

 

 

 摩周ダンジョンにほど近い街に存在している、摩周空港。

 ここは昔は小さな民間のエアポートだったのだが、ダンジョンの発見による地域の開拓と、そして交通機関の増強のために拡大される形で建てられた空港である。

 その通路では。空の旅を終え、ついでに空港内の定食屋にてお昼をすませてきた二人の少女が、荷物を詰め込んだトランクを脇に置き、館内マップを眺めている。

 

「あそこから外に出られますけど、さすがに空港内と違って外は寒そうですね」

 

「ええと、集合場所はどこだっけ? あっちの出口かな?」

 

 受け取った書類を見ると、空港での集合場所も記載されている。

 そこには柚花たちと同様に、紹介状によって招かれた他のゲスト探索者も集まっているはずだ。その指定の場所へ向かってみると確かに、幾人かの男女がその地点に集っているのが見える。

 ゲストの探索者だけではなく、中には現地のスタッフもいるようだが、おそらく桃子たちと同じようにトランクを所持しているのが飛行機でやってきたゲストたちなのだろう。

 が、桃子はその探索者と思われる彼らの後ろ姿に、何となく既視感のようなものを覚える。

 

「すみません、ペンション『パイカラ』に行くグループですか?」

 

「ああ、お待ちしておりました。探索者の……タチバナ様と、ササカワ様ですね?」

 

 桃子が不思議な既視感にぼんやりしている間に、柚花が現地スタッフと合流し、ギルドカードを提示して身元を確認し終える。

 そんな柚花とスタッフの会話が聞こえたのだろう。場に先に集まっていた男女のうち、女性二人がふと、こちらに視線を向けて。

 

 そして、桃子の顔を見て、同時に声をあげた。

 

 

「姫様?!」

 

「ももポンちゃん?!」

 

 

 そこにいた彼女らは桃子の顔を見て、口々に別な名前で呼びかけるのだった。

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