ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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人魚姫とももポン

「姫様、人魚姫様ではありませんか? 私です、イリアです!」

 

「ち、違いますよ? 人違いでは?」

 

 真っ先に桃子へと声をかけて来たのは、艶やかな黒髪の女性――イリアだった。

 琵琶湖ダンジョンの女性探索者、大府イリア。通称オフィーリア。

 

 桃子も、彼女のことはそれなりに知っている。なんなら、全身血まみれで横たわっていたイリアの、生きているのが奇跡のような痛々しい姿も見ているし、その後、ニムによって完治したときには直接触れ合い、会話を交わし合ったこともある。

 彼女は、琵琶湖ダンジョンにて瀕死の怪我を負い、そして巨大な原生生物であるペルケトゥスと、深海の魔女――りりたんに命を救われた若き女性探索者だ。その際には桃子も『人魚姫』として、彼女を救うために尽力した。

 

 なので、イリアの言う通り、桃子は間違いなく『人魚姫』であるのだが、流石にここで「そうです、私が人魚姫です」とは言えるわけがない。

 桃子は咄嗟に、首を横に振って否定した。

 

「そ、そうですよね……人魚姫様がここにいるわけがないですよね。そもそも、顔も、声すらも覚えていないというのに私は一体何を――」

 

「お、おい、イリア落ち着け、大丈夫か?」

 

 そして、桃子の顔をみて狼狽えるイリアの肩を揺する、黒髪の男性。

 こちらも桃子が知っているのは怪我で痛々しい姿だったが、イリアと共にりりたんに救助された探索者、アカヒトだろう。

 イリアほどの重傷でなかったアカヒトは、桃子に背負われて遠野ダンジョンへと転移し、現地の探索者の手で病院へと運ばれていった。彼についてはギルドが情報を制限していたので表沙汰にはなっていないが、人魚姫と座敷童子の二人に救われたという特殊な経歴を持っている。

 

 

 

「あなた、ももポンちゃんよね? えと、カレーうどん作ってたわよね? 私も食べに行ったのよ」

 

 続いて桃子に声をかけて来た女性は、つい数週間前に見たことがある相手だった。

 柔らかそうな茶色の髪に、緑色のふんわりした衣装が良く似合っている。彼女は風祭えあろ。香川ダンジョンのうどん四天王の一人で、風魔法の使い手だ。

 桃子自身は遠くから見ただけで面識はないのだが、どうやら彼女はどこかのタイミングでももポンのカレーうどん店を訪れていたらしい。

 ポンコが桃子の姿に変身した姿、通称ももポン。彼女は狸耳と尻尾以外は桃子そのものなので、桃子を見てももポンと勘違いするのも無理はない。

 

「待てえあろ! あれはポンコが化けていた姿だったんだろ?」

 

「え、じゃあ……どういうこと?」

 

「あ、あの、私はその……」

 

 そして、えあろの横に立つ、上下とも真っ赤な色合いの、目に優しくない男性も覚えている。彼は炎城寺マグマ。香川ダンジョンうどん四天王の一人で、炎のうどん店主だ。

 彼ら二人を含めたうどん四天王は、今は4人ともがポンコの師となっているはずなので、ももポンがポンコが化けた姿だということはどこかで聞いていたのだろう。

 だがしかし、そのももポンの素体となる少女の姿が何者なのかまでは、どうやら聞いていないようである。

 こちらはこちらで「そうです、私がももポンのオリジナルです」とはならない。

 

 とりあえず否定だけはしておこうと、桃子も何か言おうとしたが、しかし何を言えばいいのか。

 香川の事件の際に、彼らから桃子の姿は見えていなかったとしても、柚花は普通に化け狸の長と共に行動していたのだ。そして今、その柚花の同行者がももポンの姿をしている。それをただの偶然というのは、流石に無理があるだろう。

 むしろいっそ、ポンコが勝手に柚花の知り合いの姿をとっていた、ということにしてしまおうか。

 

 桃子は脳内であれこれと言い訳を考えるが。

 

「ちょーっとストップ! 皆さん、どなたと勘違いなさってるのかわかりませんが、私の先輩をいじめないでください!」

 

 

 

「ゆ、柚花……」

 

 桃子と彼らの間に割って入り、彼らの視線を遮ってくれたのは柚花だった。

 そして、ちゃっかり桃子を覆うように抱きしめて、すっぽりと桃子の姿ごと腕の中に隠してしまう。これは柚花による「これ以上詮索するな」という威嚇だ。

 柚花のアピールで、ひとりの少女に無遠慮な視線を向けてしまっていたことに気づいた面々は、ややバツが悪そうな顔で一歩引いて、桃子から視線を外す。

 

「すまない。俺はアカヒト。こいつはイリアだ。琵琶湖ダンジョンをメインにしている探索者だ。連れのいきなりの無礼を許して欲しい」

 

「そ、そうですね。知人……いえ、恩人に雰囲気が似ていたもので、取り乱してしまいました。イリアと申します」

 

 そして、柚花と桃子に向かってまず謝罪をし、己の名を名乗ったのはアカヒト。

 当時は毒でずっと眠っていたために、その人となりまで知る機会のなかった人物だが、どうやらしっかりと礼節を守る、真面目なタイプの男性のようだ。

 続いてイリアも、まだ少々桃子の顔を探るようにチラチラと覗き見ながらであるが、柚花と桃子に向かって名を名乗る。

 

 

 

「あの、私もいきなり変な呼び方しちゃってごめんなさいね。私はえあろ、風祭えあろよ。香川でうどん職人をしているのだけれど……タチバナさんは、その、先日会ったわよね?」

 

「はい、お久しぶりです。昨年末は……まあ、色々と、大変でしたね」

 

 香川ダンジョンでの事件は、発表によれば大規模なスタンピードとして処理されている。そこには決して黒幕などはいなかったし、四天王が何者かに命を狙われたなどという事実もなかった、ということになっている。

 なので、その場で出会っているえあろと柚花も、直接的な明言は避けて、曖昧な言葉で会釈を交わす。

 

 機密事項。

 

 ももポンや桃子の正体がなんであれ、狸に関わる話である以上、詮索は不要。えあろにもその意図が伝わったらしい。

 そして、続いてやたらとハキハキとした声で名乗るのは、火のうどん店主、炎城寺マグマ。児童漫画雑誌の熱血主人公がそのまま成長していったような男性である。

 

「よう、タチバナにも色々と聞いてみたいことはあるが、確かに今は挨拶だな! 俺は炎城寺マグマ、偽名だ! えあろと同じく香川のうどん職人だ、よろしくな!」

 

 自己紹介で、堂々と偽名宣言をされた。

 本名は名乗らないのか。その場にいたえあろ以外の全員が、心の中でそう思った。

 

 

 

「私はタチバナです。ダンジョン配信者やってますので是非とも見てみてくださいね」

 

「えと、タチバナの先輩の笹川です。一応これでも成人で、房総ダンジョンで活動しています。どうぞよろしくお願いします」

 

 柚花に続いて、桃子もおずおずと自己紹介をして頭を下げる。

 桃子としては慣れたものだが、人魚姫とかももポンとかの疑惑を抜きにしても、やはり子供としか思えないその外見が注目を集めていた。

 そして、桃子に対して色々と聞きたそうな面々から、ずい、と一人の赤い男が躍り出た。

 

「なあ小さいキミ、ササカワだったか。きみはポンコか?」

 

「えぇ?! いや、違いますよ」

 

 ドストレートに聞いてきた。ド級のストレートだ。

 桃子はポンコではないので普通に首を横に振る。これは嘘ではないので桃子もすんなりと否定できたが、しかし驚いた。機密事項とはなんだったのか。

 

「じゃあ、きみは狸か?」

 

「い、いえ、人間です!」

 

「ならよ、知り合いにカレーうどんを作る狸は――」

 

「ちょ、ちょっとマグマ、あなたね……! ごめんね、ササカワさん。ちょっとこいつ、引き剥がすわね」

 

 そしてマグマが更に質問を続けようとするが、仲間であるえあろがマグマの服を引っ張って、強引に桃子から引きはがしていった。

 連れていかれた柱の影でえあろが説教をしている声が聞こえてくる。

 どうやら炎城寺マグマという漫画みたいな名前は偽名のようだが、無駄に真っすぐなその性格は演技などではなく、本来のもののようだ。

 

 置いてきぼりにされた桃子は、柚花と顔を見合わせる。

 なんだかよく分からない終わり方だが、自己紹介タイムは終わったようである。

 

 

 

「うどん職人が招集されているのか。狸がどうこう言っているがどういうことだ?」

 

「たぬきうどんのお話ですかね。しかし招待を受けたのは探索者だけではないのでしょうか……?」

 

 生真面目な琵琶湖ダンジョン組が不思議そうに首を傾げているが、残念ながらそれに答えてくれるような人物はこの場にいなかった。

 

 

 

「皆様、お話の途中で申し訳ありませんが、ギルドまではマイクロバスの準備ができておりますのでひとまずはこちらへ」

 

「はーい、じゃあ先輩、行きましょ♪」

 

 結局、自己紹介は済ましたものの、なんだか疑問ばかり残る状況のうちに現地スタッフの準備が出来たようで、桃子は柚花に腕をつかまれてさっさとその場から移動する。

 現地スタッフに続いて空港の建物の外に出ると、そこは氷点下の冷たい世界、北海道。

 千葉や東京も寒くはあったけれど、昼間から氷点下になるようなことはまずあり得ない。生まれも育ちも首都圏内だった桃子は外の気温の低さに驚き、ようやくここが北海道なのだなあと実感するのであった。

 

 

 

 

 

 

「なるほど、うどん職人というのは香川ダンジョンの探索者の呼び名だったか。俺はてっきり、調理担当の人員も呼ばれていたのかと」

 

「すまん! 俺たちもうどんダンジョンから出ることが稀だからな。ついつい自己紹介にいつもの癖が出ちまった!」

 

 マイクロバスでは、桃子と柚花はさっさと先に二人掛け席に入ってしまったが、後の4人はどうやら男性二人、女性二人で席に着くことにしたらしい。

 ホームにしているダンジョンが違うとはいえ、探索者というものにはコミュニケーション能力も重要だ。年齢も近い同性同士は、初対面とはいえ会話もしやすいのかもしれない。

 

 運転手のすぐ後ろの席に座るのはアカヒトとマグマの男性二人。

 桃子の耳に聞こえてきた会話の主題は、マグマの『うどん職人』という自己紹介についてだった。

 うどんダンジョンについての事前知識を持つ桃子でも、流石にあの自己紹介はどうかと思う。

 

「しかし、香川ではその自己紹介で通じるんだな……」

 

「おう、うどんダンジョンだからな!」

 

 うどんダンジョンについての勘違いが加速しそうだが、残念ながら正しい知識を説明できるえあろは、マグマの発言についてはスルーを決め込んでいるようである。

 マグマの大きな声がバス中に響き渡っているが、えあろがツッコミを入れる様子はない。

 

 

 

 そして一方、そのえあろは、イリアの話を聞く側に回っていた。

 

「そうなんだ。イリアさんが噂の、人魚姫に命を救われたという探索者の子だったのね」

 

「はい。まことに残念なことに、姫様は一部では蛮族だアマゾネスだという野蛮なイメージを持たれがちです。ですが、本人はとても優しい心を持っている方なんです。恥ずかしながらそのお姿が私の記憶の中でも曖昧なのですが、小柄な身体の可愛らしい姫だった気がします。姫様はそう、その身体の中にある莫大な力を持て余し気味で、そして意思の疎通が苦手なだけの、ただただ不器用な方なのです。ついついダンジョンの壁を破壊してしまうのも、恐らくは姫様の不器用さが発露したものなのでしょう」

 

「そ、そうなのね」

 

 琵琶湖ダンジョンで、配信カメラの目の前で深潭宮の主により二人の探索者が食われたというショッキングなニュースは、一時期ダンジョン界隈のビッグニュースとなっていた。

 のちに、深潭宮の主と呼ばれていた巨大生物ペルケトゥスは温厚な原生生物で、彼と『人魚姫』によってその探索者たちが救われ、生きて帰ってきたという更なるビッグニュースが流れた時ばかりは、普段はうどんのことばかり考えている香川ダンジョンの店主たちですら、そのニュースに目を奪われたものである。

 

 だがしかし、えあろの誤算は、人魚姫について話し出したイリアの謎のスイッチが入ってしまったということだ。

 いきなり早口になり、熱心に人魚姫について語りだした。ある種の布教活動の如く喋りだすイリアには、えあろも少々表情が引きつっている。

 

「是非とも、えあろさんにも姫様の素晴らしさを伝えたいのですが、なにぶん私が説明下手なもので……どう伝えればよいのか」

 

「ううん、大丈夫、大丈夫よ。物凄く伝わってきたから」

 

 スイッチの入ってしまったイリアに苦笑を浮かべるえあろだが、実はイリアの話にダメージを受けている人物がもう一人、後部の座席に座っていた。

 優しくて、力を持て余し気味で、意思の疎通が苦手な不器用な少女こと桃子である。ついついダンジョンを破壊してしまっている張本人である。

 イリアの語る人魚姫像には、琵琶湖ダンジョンでの桃子のやらかしの印象が多分に含まれている。

 ついうっかり破壊行為に走り、探索者たちを泣かせてしまったりしたのは事実だが、こんな場所でそれを掘り返されるとは思いもしなかった。

 そしてそれと同時に、優しいだの素晴らしいだのとそれはもう熱くべた褒めされると、それはそれで恥ずかしい。

 

「先輩、良かったですね。どうやら正体、バレてないみたいですよ。っていうか、先輩本人とだいぶかけ離れてるんですよね、人魚姫の印象って」

 

「琵琶湖の人たちの中で、人魚姫はいったいどうなっちゃってるんだろうね……」

 

 前の座席では、イリアが最近の人魚姫の活躍を熱く語っている。探索者を泣かせてしまった話を広められるのはとても恥ずかしい。

 

 青い花畑で出会ったあの時。病み上がりの青白い顔で、素直にりりたんの話を聞いていたイリアが、元気になったらこんな強火の人魚姫信者になってしまうとは。

 当事者であるはずの桃子が、一番びっくりしていた。

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