ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
北海道東部にある阿寒摩周国立公園。東京23区の1.5倍の広さのその広大な公園には、阿寒湖、屈斜路湖、摩周湖の三つの湖が存在する。
摩周ダンジョンはそのうち、摩周湖の南東に存在する活火山、カムイヌプリの麓から、摩周湖を望む位置に口を開くダンジョンである。
桃子らが降り立った空港がいくらダンジョンの近くにあると言われていても、それはあくまで北海道という広大な大地での話だ。首都圏の距離感で言えば近いどころか、現地まではそれなりの距離がある。
広大な冬の自然公園内を走るマイクロバスは、安全運転なこともあり、まだまだ現地までは時間がかかりそうだ。
「ねえ柚花。知ってる人ばかり集まってるんだけど、これって偶然だと思う?」
「うどん四天王と、あちらは噂のオフィーリアさんとアカヒトさんですよね? 確かに全部先輩が絡んでますけど……」
安全運転の車に揺られて。桃子と柚花は白銀に染まった自然公園の景色を眺めつつも、他の探索者に聞こえぬよう小声で意見を交換していた。
会話の内容は今回の招待状と、その人選について。自分たち以外の4人の探索者が4人とも、今まで桃子が関わってきた人たちだ。
「そういう意味では、柚花も私の関係者だもんね。もしかしたら自意識過剰かもしれないけど、私がターゲットとかそういう話かな」
「それだったら私じゃなくて先輩に招待状を渡すと思いますけど。もしくは、ヘノ先輩やニムさんの関係者を集めた、とか、ですかね」
「どうなんだろう。でも、えあろさんとマグマさんは、顔を知ってる程度なんだよね。もっと関係してる人たちもいるわけだし……」
桃子は考える。
自分を呼び出す招待状ならば、確かに柚花でなく自分に届くことだろう。だが実際には柚花が受け取っている。
また、イリアとアカヒトはまだしも、えあろとマグマは自分と関係がある人物とはとても言い難い。ポンコの師匠となっている地属性の田中のほうがいくらか関係性があると言えるだろう。
何より、自分と関係している人物というのならば、深援隊の風間とサカモトのほうがよっぽど関係が深い。
よって、桃子の関係者が集まっているという説は、恐らく間違い。それには何かが足りていない。
同じ理由で、ヘノやニムの関係者というわけでもないだろう。
しかし、ただの偶然と考えるにはあまりにも出来すぎている。桃子はあれこれ考えるが、答えは出てきそうにない。
「なんにせよ先輩、現地に行ったら何か説明もあるかもしれませんけど、警戒はしておきましょう。今回は、ニムさんたちが居ない以上、妖精のみんなの助けは得られませんから」
「うん……あ!」
「え、何かありましたか?」
妖精の助け。このワードで、最重要人物を思い出した。
空港に来るまではまさか他の探索者の顔ぶれで悩むことになるとは思わなかったので自分からコンタクトを取ろうとは思いもしなかったが、この状況は彼女も大いに関係があるはずだ。
それはもちろん、イリアとアカヒトを助けた深潭宮の本当の主。深海の魔女。先代女王こと、りりたんだ。
「いや、ちょっと連絡を取っておきたい人がいるんだけど、ごめんね、いま電話してもいい?」
「ここでですか? 私は構いませんけど。会話聞いてますけどいいですか?」
「うん。まあそもそも、相手が出てくれるかはわからないけどね」
ダンジョンにつくまでにどれくらいの距離があるかはわからないが、外の景色を見る限りはまだもう少しかかるだろう。
こんな状況でなければ柚花と一緒に冬の摩周湖の風景でも楽しみたいところだったが、今は気分的にそれどころではない。
りりたんが出てくれるかどうかは分からないにしても、試しにこちらから一度かけるくらいは許されるだろうと思い、スマホの画面をタップしようとするのだが。
桃子が触る前に、右手に持ったスマホが着信音を奏でる。バイブレーションが震える。
そして、画面に『着信 りりたん』の文字が映る。
「……先輩、電話きましたね」
以前、りりたんなら何があっても不思議ではないなどと考えたことはあるが、「何があっても不思議ではない」と「何があっても驚かない」は違うのだなと、桃子は身をもって痛感した。
普通に驚いた。
『ももたん、呼びましたか? いまはもう北海道ですか?』
「……まあ、説明不要で助かるけど。実はいま北海道のギルドの人の車でダンジョンに向かってるところだよ。ええと、私の状況はわかる?」
電話をかけてきた側が、呼びましたか? といきなり声をかけてくるのは、ちょっとしたホラー話だと思う。
しかしそれについては今更なので、今はとりあえず説明不要な幸運を喜ぶことにして、桃子は現状を簡単に報告する。
恐らくりりたんならば、詳しく説明せずともいま自分たちが困惑している状態も把握しているのだろう。
というか、下手すれば招待状を送ったのはりりたんではないかとすら桃子は疑っているのだが、どうやらそれはさすがに違うようだった。
『ふふふ。ある程度把握しておりますよ。それで、実はこちらも時間がありませんから結論から言いますね。りりたんも、今回は出し抜かれたのですよ』
「え?」
『ゆかたん経由でももたんが呼び出されるとは思いませんでした。今はりりたんも緊急で対処しないといけないことがありまして、意外と焦っているんですよ』
りりたんが、出し抜かれた上に、緊急事態で焦っている。
桃子の知る限り、りりたんは何でも知っていて、大体のことは出来る。そのりりたんが出し抜かれる状況、その相手が、いまどこかに居るということだろうか。
マイクロバスに知り合いが沢山乗っている状況よりも、そちらのほうが大変なのではないか。桃子は電話を取る前よりも、今の方が困惑している。
「ねえ、そっちでも何かあったの?!」
『ああ、いえ。りりたんの個人的な事情ですから、お気になさらず。ももたんこそ、お気をつけくださいね。今のカムイダンジョンは、とても面倒くさいですから』
「え、面倒くさいって……?」
『まあ、流石にアレはももたんにはどうにも出来ませんから、気にしても仕方ないですね。では、りりたん急いでいるので、そろそろ切りますね?』
相変わらず、マイペースで一方的な少女である。
桃子の焦りも、心配も、知ったことではないとでも言うように一方的に用件を伝えて、さっさと電話を切ろうとしている。さすがにこれはひどい。
本当に桃子のことを友達と思ってくれているのか? 桃子はちょっと自信がなくなってきた。
「待って、待って、りりたん。せめてアドバイスを頂戴。私はどうしたらいいの?」
『ふふふ。ももたんは、いつも通りが一番いいですよ。頑張ってくださいね』
「……切れちゃった」
結局、なんだかヒントをくれたような、何にもヒントをくれなかったような、そんな通話だった。
桃子は半ば唖然としながらも、しかしりりたんがくれたヒントのようなものを脳内で反芻する。
「先輩、今の電話は? 例のりりたんですか? なんて言ってました?」
「りりたん、誰かに出し抜かれて今は忙しいみたい。今のカムイダンジョンはとても面倒くさいけど、気にしても仕方ないって。それと、私はいつも通りにしておくのが一番だって。あと、柚花はゆかたん」
横で聞いていた柚花はもちろん通話の内容までは把握していなかったので、恐る恐る桃子に問いかける。
りりたんと話している桃子の様子からして、少なくともスッキリ解決するような情報はなかったのだろうと予想もつくが、しかし予想以上に何の中身もない情報の羅列だった。
桃子の怪文書じみた説明を聞いたところで、柚花にもさっぱり判断がつかない。最後のゆかたんとは?
「先輩、すみません。つまりはどういうことですか?」
りりたんからのメッセージを並べて伝えただけなので、桃子は間違ったことを言ったわけではないのだが、流石に不親切すぎたようだ。
なので、ある程度掻い摘んで、気にしなくていい部分はこの際無視して、改めて柚花に説明をする。
「あ、ごめんね。わかりやすく説明すると……りりたんも、ゆかたん経由で私が北海道に呼ばれるのは想定してなかったんだって。ただ、なんにしても私はいつも通りにしておくのが一番いいみたい」
「え、ゆかたんって私ですか?」
「ちなみに、私はももたんね」
「愛称で呼び合うなんて随分距離感が近いじゃないですか、先輩。まあ私も、ゆかたんらしいですけど……ユカタン半島みたいでなんか微妙ですね」
桃子もりりたんの思考はよく分からないので、それを更に桃子伝いに聞いただけの柚花は理解不能だろう。
ただ、りりたんがこの春に聖ミュゲットに入学するのならば、彼女は柚花の後輩だ。すでに愛称をつけられている柚花は、りりたんに気に入られているのだろうな、という予感だけはあった。
バスが摩周ダンジョンギルドへと到着する。
ダンジョン周辺にはギルドや探索者向けの施設がいくつかあるものの、やはりここは国立公園内。房総ダンジョンのように、ダンジョン周辺に街が出来るということはないようだ。
ダンジョン入り口そばにギルドが建てられる都合上、ギルド入り口からは冬の摩周湖が一望出来た。
幸運にも、今日の空は晴天だ。一面の銀世界と、蒼く広がった凍れる湖。ここがダンジョン入り口でなければ、この壮大な景色だけでもお腹いっぱいになれたかもしれない。
ギルドはやはり、首都圏に存在する房総ダンジョンギルドよりはかなり規模の小さい建物だった。建物の規模が、房総ダンジョンギルドの半分にも満たない。
国立公園内部であり、しかも冬の北海道だ。周囲に街が存在しないのもあり、桃子が今まで見て来たダンジョンと比べても、人が少ない。
人の姿がないわけではないものの、ギルドに出入りしている職員がひとクラス分いるかどうか、と言ったところか。
「ギルドって、場所によって全然違うんだねえ……」
「先輩は房総ダンジョンギルド以外はあまり見る機会ないですもんね。あそこはなんだかんだ言って首都圏の大きなギルドなんで、地方のダンジョンだとあんなにサービス豊富じゃないんですよ」
さすが、ギルドの依頼で各所に飛び回っていた柚花は経験が違う。
桃子は柚花の博識さに感嘆しつつも、ギルドスタッフの指示に従って更衣室に向かい、準備されていたダンジョン用防寒着に着替える。スキーウェアのようにも見えるが、所々に丈夫な素材のガードなどがついており、やはりダンジョン探索者向けの特殊なウエアのようだ。
柚花が指定したのか、はたまた杏が指定したのかはわからないが、桃子に渡されたのは身長135cmにぴったしの、桃色のジャケットだった。
着替えの際はどうにも、えあろやイリアの視線が気になったが、しかし彼女たちの興味はももポンや人魚姫絡みというよりは、どうみても子供にしか見えない桃子の肢体だろう。
さすがにイリアたちは口に出して聞いてはこないが、肌年齢10歳は伊達ではない。
しかし、防寒着を着こむだけなのでそこまで素肌を晒したわけではないものの、まじまじと見られてなんだか気恥ずかしい時間だった。
「皆さま。摩周ダンジョンの独自の規則なのですが、当ダンジョンでは単独行動は禁止となっております。ダンジョンである前に、遭難の危険のある冬山のようなものだとお考え下さい」
ギルドスタッフに従い、桃子たちはダンジョン入り口の前に並ぶ。
桃子が驚いたのは、このギルドは24時間でなく、8時から18時までの10時間しか開いていないのだという。
そして、その時間までにダンジョンから出てこなかった探索者は、ダンジョン内部のペンション『パイカラ』に避難するか、或いは門の横に隣接して建てられている避難小屋で夜を過ごさねばならないのだそうだ。
避難小屋と言ってもきちんとした現代建築だ。ダンジョンの外なので当然電気も通っている、ちょっとしたカプセルホテルのような代物だそうで、ここに泊まる分には滅多なことでは寒さで凍えることもない。
だがしかし、24時間体制の房総ダンジョンに慣れていた桃子にとってはまるで異国のシステムだった。
それともう一つ驚いたのが、冬の季節の昼間に限っては、年間通して銀世界になっているダンジョン内のほうが暖かいのだそうだ。
北海道、恐るべしである。
「ササカワさんもタチバナさんも、大変だったら大人に頼ってね? マグマとか、無駄に元気あるから」
「私とアカヒトも【環境耐性】のスキルを所持していますから、ダンジョン内でしたら吹雪だとしてもいくらか活動が可能なはずです。ですので、何かあれば私たちにも仰ってくださいね」
支給された専用のスノーブーツで雪を踏み進んで行く。
移動だけならばノルディックスキーなどを利用したほうが早いのだが、いつ魔物が出てきて戦闘になるか分からないダンジョンでは急な事態に対処できないスキーはあまり推奨されていないようだ。
一歩ずつでも、魔物に備えて進むほうが安全らしい。
「じゃあ、お姉様方のことは頼りにさせて頂きますね」
「ええと、よろしくお願いします」
未成年である柚花と、一応成人しているもののどうみても最年少にしか見えない桃子を、年配組はとにかく心配している。
柚花はそのようなやり取りも慣れているのか、内心はどうであれコミュニケーションの仮面を被り、円滑に関係を築いているようだ。
一方桃子は、そのスキル故に、どうしてもこのようなやり取りには慣れない。表情は硬く、ぎこちない。
「では皆様。雪道ですから、足元にはお気をつけください。魔物も出ますので、戦闘の際には力をお貸しくだされば幸いです」
スタッフに続いて、一同はダンジョンの門を潜り、白き世界へと踏み込んでいく。
「柚花……大丈夫? パーティ行動、好きじゃないんだよね」
「先輩こそ、顔が暗いですよ?」
「……いつも通りで、慣れてるはずなんだけどね。この時だけは、やっぱりちょっと寂しいんだよね」
桃子は柚花の横に並ぶ。そして、片手でぎゅっと柚花の手を握る。
柚花は双剣使いで、しかも慣れない雪道だ。なので、その片手を桃子が掴んだまま進むのは、本来ならば危険なだけである。デメリットでしかない。
だけど、今は柚花も、桃子の手を強く握り返してくれた。
「イリアさん、タチバナさん、私たちは一緒に歩きましょうか」
「そうですね。男性3人が先を進んでおりますし、女性3人は後ろを行きましょう」
前方からは、先に雪道を進んでいるメンバーが優しく声をかけてくれる。
柚花だけを見て、柚花にだけ声をかける。彼女たちにはもう、桃子は見えていない。このメンバーに、桃子などという少女は存在していない。
「……そうですね! では先陣は男性3名にお任せして、歩きやすくなった道を歩きましょうね、先輩方」
柚花は、声をかけてくれた二人に元気に愛嬌のある声を返すが、しかしその片手はしっかりと、桃子の手を握っている。
そして、他には聞こえない様に小声でそっと、小さく囁いた。
「私はちゃんといつも通り、見てますからね。桃子先輩」
「うん……ありがと、柚花」