ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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桃子フリーダム

 摩周ダンジョン第一層『白い湖畔』。

 文字通り、雪と氷に覆われた湖畔の自然ダンジョンだ。針葉樹林に覆われた道を抜けた先にある大きな湖が、この第一層の名の由来である。

 各地の自然系第一層と同様に、この地もまた景色だけを見るならば美しい自然の景色が広がっている。

 ただし、言うまでもなくダンジョンという環境である以上は魔物が出没する。

 更にはこの摩周ダンジョンは氷点下の気温と、そして足元に広がる雪と氷が探索者たちの安全を脅かす。尤も、地元北海道の探索者にとっては、寒さと氷雪は慣れたものかもしれないが。

 

 しかし、内部にペンションを建てるくらいなので、どうやらルート自体は開拓されており、道に迷うことはなさそうなのが幸いである。

 雪で消えかけているものの、大きな荷物を運ぶ台車の車輪の跡のようなものも見える。おそらくペンションに荷物を運ぶ業者などもいるのだろう。

 自分から道を外れていかない限りは、少なくとも昼間のうちは遭難の心配はなさそうである。

 

「柚花、変に思われちゃうから返事はしなくていいからね。ええと、先に言っておくけど」

 

 イリア、えあろ、柚花の三人が、雪道を警戒しつつ歩く更に横では、桃子が楽し気に景色を見ながら歩いていた。

 懐に縮小されたハンマーを忍ばせて、ほぼ手ぶら状態でまるで散歩をするように歩くその姿には、警戒心というものが欠けている。

 柚花は内心ハラハラしながらも、しかし他の探索者たちの手前、桃子に返事はせずに視線だけを送っている。

 

「私、このダンジョンと相性悪くないみたい。【環境耐性〇】っていうスキルがあるから、寒さは大丈夫みたいなんだよね。それに雪道も意外とどうにかなってるの」

 

 柚花と視線が合うと、桃子はにこりと笑顔を浮かべて一人語りを続ける。

 確かに、桃子を見る限りは寒さに苦戦する様子もなく、雪道だというのに軽々とした足取りだ。これは【環境耐性〇】だけではなく、豊富な魔力のゴリ押しと、スキル【怪力◎】や【頑強〇】との合わせ技で、人並外れてパワフルになっている桃子の身体の成せる技である。

 

「だから、ちょっとだけそこら辺見てくるね? もちろん離れないから、心配しないでいいよ。せっかくだから、景色も見てみたくて」

 

 一方的に話しかけられている柚花は、呆れ半分、心配半分の視線を向けるが、桃子はそんな柚花の気も知らずに、スキップをするように集団から離れた丘の上へと駆け上がっていく。

 相変わらず、ダンジョンをダンジョンとも思わない己の先輩の自由すぎる振る舞いに、これはあとでお説教だな、と柚花は心に決めるのだった。

 

 

 

 

「雪ばっかりだけど、確かにあっちに大きな湖が見えたよー。あと、周囲の木は見た目通りで針葉樹林のマツみたい。マツって言っても、さすがにこの気候じゃマツタケはとれないかな……」

 

 そしてトテトテと降りて来たかと思えば、桃子は丘の上から見えた景色について柚花に報告する。

 多少大きい声で話しかけても、今はヘノもいないため、魔力に揺らぎのない完全な【隠遁】だ。耳元で騒いだりしない限りは、滅多なことでは気づかれることはない。

 そして、松茸について何やら小さく呟いたあとで、桃子は一行の進む方角の右手側を大きく指さして。

 

「それでね、あっちに魔物がいるよ。なんか白いずんぐりむっくりした、雪男? みたいなのと、あと狼っぽいやつ。気を付けてね」

 

 それは松茸より早く報告してください! 柚花は視線で訴えた。桃子がその視線を正しく読み取ってくれたかどうかは分からない。多分読み取れていないだろう。

 とにかく、柚花は桃子の指さした方角に視線を向けて、瞳に魔力を集中する。

 ダンジョン内では常時発動の【看破】だけれど、意図的に集中させることでその精度を増すことが可能なスキルだ。その分、非常に眼精疲労が増すのが玉に瑕であるが。

 

 そして、魔力に焦点をあててその景色を見つめれば、確かに針葉樹林の合間に、蠢く瘴気が見える。

 瘴気。つまりは魔物である。どうやらそれは、こちらへと向かってきている様子である。

 

「皆さん、右側の森林に魔物がいます。まだ遠いみたいですけど、特有の魔力が見えるので気を付けてください」

 

「おお、すごいな! 【看破】だったか、頼りになるな!」

 

 柚花が大きい声で警戒を呼びかければ、前を行く男性陣も立ち止まって、各々の武器を構え、柚花の示す方角を睨みつける。

 立ち止まってそちらをジッと見つめれば、確かに木々の向こう。雪の中に、何か不自然な動きを見せる影が見えた。

 

「では、ここは俺たちが壁になろう。えあろさんとタチバナさんは魔法で援護を、イリアは彼女たちを護ってくれ」

 

「アカヒトも気を付けてくださいね、足場はかなり悪いですよ」

 

 男性陣がその魔物がいるであろう方向へ、前に出る。まず、案内のスタッフが手斧を構えなおし、いつでも動けるように準備をしている。

 マグマの武器は、炎の意匠を施した剣。見た目の通り炎属性の魔法を付与してあるようで、この氷点下の中でもその剣に触れた雪は瞬時に蒸気となり消えていく。

 そして、アカヒトの武器は槍。太く、しかしその反面、丈がかなり短い手槍である。いや、水中戦がメインであることを考えれば、それは銛と呼んだ方が良いのかもしれない。そしてそれを独自の構えで手に持ち、魔物の襲来に備える。

 

 

 

「タチバナさんは電撃の魔法よね。射程はどのくらいなのかしら?」

 

 えあろが杖を構えながら、横で双剣を構える柚花へと問いかける。

 見た目で戦い方が理解できる武器戦闘と違い、魔法使い同士は互いの射程や範囲を理解しておくに越したことはない。

 雑談のように問いかけたえあろだが、こうして自然に互いの戦い方のすり合わせをするのも、彼女の探索者としての経験だろう。

 

「私のはそんなに長くなくて、5メートルくらいです。ただ、相手が密集していればそこを起点に枝分かれしていくんで、もっと先まで届くこともありますけどね。えあろさんは、風魔法なんですよね?」

 

「わー、5メートルってすごいね。私のハンマーじゃ、手を伸ばしても2メートルだよ」

 

 周囲を気にしない桃子の反応に少しの苦笑を浮かべつつ、柚花は何もない空間に【チェイン・ライトニング】を放って見せる。が、空気中に一瞬だけ電撃が走っただけで、それはすぐに消えてしまう。

 柚花のこの連鎖する電撃は、小さな対象が密集している場合は絶大な効果を発揮するが、そこに何もない場合や敵が一体だけの場合は、ただ小さな電撃を1つ放つだけで終わってしまうという欠点がある。

 それで倒されてくれれば良いのだが、群れを作らず単体で襲ってくる魔物というのは得てして耐久力が高いものが多いため、そういう敵とは相性が悪い。

 

「私の【ウインドスラッシュ】なら10メートルは届くけど、そんなに強くないのよね。数メートルまで近づけば、これ……【ドライ】の魔法のほうが得意なのだけど」

 

 そう言うと、えあろは少しだけ離れた地面に向けて、【ドライ】の魔法を放つ。

 彼女の杖を向けた先の地面は、一瞬だけ空気の揺らぎが見えたかなと思ったら、次に『シュッ』という音とともに、その場の雪が掻き消えた。

 いや、よく見たらそこには小さくなった氷の粒だけが残っている。魔法名からして、つまりはこれは、氷の水分を瞬時にゼロにした、ということなのだろう。

 

「あ、これ知ってる! ヘノちゃんがね、えあろさんを真似てキノコを乾燥させまくってたんだよ」

 

「キノ……んっ、こほん。凄いですね、うどんの材料を乾燥させてるのは知ってましたけど」

 

「風の妖精のヘノちゃんが褒めるくらいには、えあろさんの乾燥魔法は完成度が高いんだよ。キノコ乾燥し放題だからね」

 

 そして、桃子が副音声の如く解説を入れる。絶対に反応してはいけない自由すぎる副音声だ。

 

 香川ダンジョンのうどん大会フェス祭りでは、えあろの魔法にインスピレーションを受けたヘノが、付け合わせの焼きキノコを全て魔法で乾燥させてしまった。

 結果としてそれはそれで美味しかったから良かったものの、食べ物に魔法を使うという発想はそれまでのヘノにはなかったらしく、珍しくえあろのことはかなり評価していた。

 あくまで調理に使用していたとはいえ、風の妖精に風魔法を褒められるというのは、属性魔法の使い手としてはとても凄いことだ。風祭えあろは、その域に達しているのだ。

 

 生き物に使用したらどうなってしまうのか恐ろしい魔法だが、食べ物や衣類乾燥にも使えるという汎用性の高さが注目ポイントだ。

 

 

 

「電撃も、乾燥も、素晴らしい魔法ですね。私は魔法の素質はないので、羨ましい限りです」

 

「イリアさんは、素手……なのかしら? 見た所、武器は持っていないわよね」

 

「イリアさん、肌の血色良くなっててよかった。前はもっと青白くて、死にそうだったんだよね」

 

「ええ。私の武器はこの拳です。スキル【鉄拳】で、水中の魚人ですら一撃で屠りますよ。己の拳なので、射程が短いのが難点ですね」

 

「魚人って、正面顔がちょっと面白いんだよ」

 

 二人の魔法に感嘆の声を上げるのは、魔法を使わない格闘タイプの探索者、イリアだ。会話の合間に桃子が喋っているが、柚花は頑張って表情筋を止めている。

 そして話の矛先のイリアだが、他の探索者たちが武器を構えている状態でも、彼女は素手のままだ。もちろん氷点下のこの環境なので、耐寒のグラブは装着しているのだが、しかしそれだけである。

 

 そして彼女は、その拳をおもむろに足元の地面に打ち付けた。

 すると、ドン、という低く重い振動とともに、足元の雪が吹き飛び、顔を覗かせた土の地面にはちょっとしたクレーターのような凹みが出来ていた。

 

「うわー! イリアさん、けっこうパワフルだったんだ。もしかして人魚姫のパワフルなイメージって、それを広めてるイリアさんの印象がかなり影響してるんじゃない? 岩も破壊しそうだし」

 

 副音声桃子が、イリアの【鉄拳】に拍手を送る。艶やかな黒髪の、どちらかというと冷静なイメージの強いイリアだが、その戦い方は実にパワフルだ。

 桃子の言うとおり、琵琶湖で語られている人魚姫のパワフルなイメージには、その話を広めるイリアの【鉄拳】のイメージも多分に含まれているのかもしれない。

 柚花も、桃子の言葉をそのまま受けたわけではないものの、しかしイリアの拳の威力には驚愕の一言である。

 

「水中の魚人を拳で倒せるって、かなりの威力ですよね。あっちのアカヒトさんもですけど、琵琶湖の方々は一撃が重そうな感じがします」

 

「ええ。水中戦では手数で戦うのが難しいため、深潭宮で戦う探索者は、何かしら一点特化の力で戦う人が多いですね。場所が場所だけに、魔法もなかなか活用できないので」

 

「魚人ってさ、魚って言うけど、全然おいしそうな外見じゃなかったよ。まあ倒したら煤になっちゃうんだろうし、食べないけど」

 

 そして先ほどから、桃子のトンチンカンな副音声が柚花の耳にだけ入ってくる。柚花の中で、桃子への説教は確定したスケジュール入りだ。

 しかし柚花は、今すぐにでも桃子にものを申したい気持ちをグッと心のなかで押し込んで、ふう、と一度息を吐いてから、心の中のスイッチを切り替える。

 

「さて、そろそろ魔物のお出ましですよ!」

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、アカヒトさんとイリアさんは凄いわね。水中で戦えるだけあって、動きが洗練されてるわ」

 

「いえ、スキル【環境耐性〇】が、たまたまこの環境でも対応していただけですよ。やはり、水中程動きやすくはありませんね」

 

「水中のほうが動きやすいのね……」

 

 雪と氷の足場とはいえ、流石にマグマもアカヒトも一流の探索者である。白い毛むくじゃらの巨漢――イエティとか、雪男の類かもしれない――を相手に一歩も引かず、隙を見て炎の刃で一刀両断にするマグマ。

 そして、手槍を構えたアカヒトは、襲い来る狼魔物に一撃ずつ、確実に隙をつき、或いはカウンターの一瞬で、確実に手槍の強烈な突きを叩き込む。

 

 そこから逃れた何体かの魔物がこちら、後方に控えた女性グループへと向かってきたが、えあろの風の刃で牽制し、近づいてきたものをイリアが拳で一撃のもとに屠ることで、危なげなく魔物の群れには対処できた。

 しかし、そこでひとり歯切れが悪いのは、柚花である。

 

「すみません、私だけなんか……足手纏いで……」

 

「そんなことないです。電撃は相性が悪かったかもしれませんが、事前に【看破】で魔物を発見してくれなければ、奇襲を受けていたかもしれませんし」

 

「そうよ、タチバナさんが皆の目になってくれるのなら、それほど心強いことはないわ」

 

 そう。実は柚花の電撃は、ほぼ効いていなかった。

 更には、電撃が連鎖する前に消失してしまい、【チェイン・ライトニング】の利点が何一つ活用できなかったのだ。

 自然の雪が持つ絶縁性が影響しているのか、はたまたこのダンジョンの空間そのものが電撃に耐性があるのかはわからないが。

 

「そうだよ柚花、魔物たちも余裕もって倒せたんだから。ね、大丈夫大丈夫っ」

 

「……そうですね、すみません。変なところで落ち込んじゃいました」

 

 いつもの飄々とした態度がどこかへ行ってしまったのか、うつむき加減で落ち込む柚花を、桃子は横から元気づける。

 桃子に合わせたわけではないのだろうが、えあろも桃子の反対側に並ぶ。そしてただ何も言わずに、寄り添うように柚花の横を歩いている。

 

「柚花、えあろさんてなんだかさ、窓口さんに似てるね。ちょっとお世話好きなお姉さんっていう感じで」

 

 そして、いまの状態とは全く関係ないことなのだが、桃子は頭に浮かんだ印象を柚花の耳元で小さく囁いた。

 えあろは、いかにも「年上のお姉さん」という感じがする。桃子からすれば同僚の和歌もまた年上のお姉さんなのだが、どこがどうとすぐに答えられはしないものの、和歌とえあろは少々ジャンルが違うようにも思えた。

 

 

 しかし、桃子はわかっていなかった。

 

「そうだ、ペンションについたらキッチンとか借りられないかしらね」

 

「えあろさん、如何いたしましたか? 何故にキッチンを?」

 

「だってイリアさん。落ち込んだときはうどんでしょう? よい小麦粉があれば良いのだけれど……」

 

 うどん。

 

 ダンジョンの探索者たちは、嬉しいときも、悲しい時も、うどんと共にあるのだ。

 それが、彼らの信念である『笑顔のおうどん』だ。

 しかし残念ながらそれは、香川のうどんダンジョン限定の常識であり、他の地域の探索者にとっては異質な価値観であった。

 

「ごめん柚花、窓口さんとは全然違かったね。えあろさん、やっぱりおうどんの人だね」

 

 桃子は考えを改めた。

 遠く北海道でまで頭の中がうどんでいっぱいの風祭えあろは、とてもではないが普通のお姉さんとは言い難いのだった。

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