ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
ペンション『パイカラ』に入ると、そこにいたのは白髪交じりの人の好さそうなペンションのオーナーだった。名は雪村。見た所は50歳前後くらいか。
ここがダンジョン内である以上はこの雪村も探索者なのだろうが、彼は普通のセーターを着ていて、完全に一般の街なかにいるおじさんの様に見える。
この雪村が、柚花をはじめ、各地の探索者に招待状を送った本人である。
招待客のチョイスは恐らくオウカの【天啓】によるものなのだろうと桃子と柚花は踏んでいるが、とはいえこのオーナーにも何かしらの思惑あってのことだろう。
しかし雪村は、訪れた探索者たちに挨拶をそこそこに、まずは各人に部屋の鍵を渡していく。人を集めての説明は、また後程全員揃ってからさせてもらいたい、とのことだった。
そして桃子と柚花は、順番的に最後に名前を呼ばれるのだが。
「タチバナさんと、そのお連れの方……がいるんですよね? 失礼ながら、私には判別できないのですが」
ギルドから話は伝わっているにしても、やはり半信半疑なところはあるのだろう。雪村の目には、柚花が一人で立っているようにしか見えていないようである。
この反応自体は初めから予想していたことなので、桃子は雪村の横に立って、彼の腕をぎゅっと引っ張る。
「ここにいます。笹川です、よろしくお願いします」
「……子供?! あ、いや、これは驚いたな……申し訳ない、たった今まで本当に気づきませんでした。えと、一応カードを確認させていただけますか?」
桃子が直接触れて刺激を与えれば、一時的に【隠遁】の効果を破ることが出来る。雪村が桃子を認識しているうちに、準備していた探索者カードを提示した。
雪村はまじまじとカードを見て「本当に19歳なのか……」と小さく呟いたが、年齢ばかりは信じてもらう他ないだろう。こればかりは、証明のしようもない。
「オーナーさん、先輩が腕を離したらまた忘れちゃうんで、今のうちにメモか何かしておくことをおすすめしますよ」
「そ、そうですね。タチバナさんには間違いなく連れがいると、きちんと書き込んでおこう」
「なんか、すみません。私のスキルがややこしくて」
「いや、いいんですよ。私こそお客様の存在を忘れてしまうだなんて、スキルによるものとはいえ、実に申し訳ない」
桃子がギュッと腕にしがみついているので【隠遁】の効果は失われているものの、しかしその手を離してしまえばまた彼は桃子のことを忘れてしまうだろう。
下手をしたら、今のこの会話すら記憶の改ざんにより忘れてしまうかもしれない。同じことを繰り返すのも不毛なため、柚花は雪村に記録として残すように提案する。
雪村も言われて納得し、メモに『タチバナさんの連れは間違いなく存在』と書き残している。
その間、簡単なペンションの説明を読み込んでいた柚花が、雪村へと質問を投げかける。
「お部屋とかご飯とかは、先輩のぶんは大丈夫なんですかね?」
「ええ、皆さんの食事はビュッフェ形式にさせて頂きますから、自由に食べて頂けるはずですよ。その、部屋は申し訳ない、タチバナさんと同室になっていただく必要がありますが」
「全く問題ないから大丈夫です。ね、先輩?」
「うん。一人だとなんか寂しいしね」
部屋が同室なのは仕方がない。
桃子が一人部屋では、傍からみれば空き部屋として処理されてしまう可能性がある。余計な面倒を起こさないためにも柚花と同部屋の方が良いだろう。
食事はビュッフェ形式。
つまりは、卓上に並んだ様々な料理から、自分で食べたいものをとっていくセルフスタイルにしてくれるようだ。なるほど確かに、それなら桃子への認識があろうがなかろうが関係ないので、桃子としても非常に助かる。
桃子にとって残りの問題は、ビュッフェにカレーがあるかどうかだ。カレーがなかったら自分が持ち込んでいるカレールーでも提供して、メニューに追加してもらえないかなと考えている。
調理人にも桃子の姿は見えないので、残念ながらその計画は最初から破綻しているが。
「では、今回の招待に関する説明などは夕食時に全員が集まったところでさせて頂きます。それまでは多少時間が余っていますから、どうぞ自由におくつろぎください」
桃子がカレーのことを考えているなどとは夢にも思っていないだろう雪村は、他の探索者たちと同様に柚花にも部屋の鍵を手渡して、ゆるりと頭をさげて客室へと見送るのだった。
「おお、さすが雰囲気ありますね。ペンションって感じです」
ペンション『パイカラ』の内部は、想像以上に立派なものだった。
見た目は木材を組み合わせて作った木造の建造物だ。しかし内部に入って観察してみれば、各所各所に人工的な建材を使用し、或いはダンジョン内でとれる石や土などを組み合わせ、耐久性、防寒性ともにしっかりと考えられていた。
柱や壁もしっかりと綺麗な状態を保っている。この建物が建てられたのは柚花や桃子が生まれるよりももっと前なはずなのだが、どうやら小まめに改築や手入れをしているようで、古臭さも全く感じない。
また、最新の魔石技術による道具も数多く利用されている。内部を照らす照明は、しっかりとした魔石ランプだ。定期的に交換やメンテナンスが必要ではあるが、ダンジョン内ならばかなりしっかりと灯りを確保してくれる。
柚花が受け取った鍵の部屋は、二人部屋。ベッドが二つある以外はさほどの広さはなく、簡単な机が一つと、扉のすぐ横には備え付けのクローゼットが設置されている。
そして壁には、小さな薪ストーブらしきものが設置されている。しかし不思議と、薪ストーブを点火していないというのに室内は暖かい。
柚花が不思議そうに室内を見回していると、桃子はさっそく興味を刺激されたのか、薪ストーブやら、壁から延びているパイプやら、窓のつくりやら、部屋中を観察しだす。
「すごいよ柚花、この薪ストーブ、魔石技術で温度調整できるようになってるよ。あっちのパイプはヒートポンプってやつかな? 触ったらやけどしちゃうかな」
「先輩、先輩。探検したいのはわかりますけど、荷物を下ろしてからにしましょう?」
「はーい」
背中に背負ったリュックを下ろしもせずに室内を探索し始める桃子に柚花は苦笑を浮かべつつ、自分の荷物をベッドの横に下ろす。
ここまで着て来た探索者用の防寒ジャケットも、さすがに室内だと暑い。腰に付けた双剣のベルトをひとまず外して、ジャケットを専用ハンガーにかけて身軽になる。
「当たり前だけど、ベッドは二つだね」
「まあ、あくまで二人部屋っていう扱いですからね。私は先輩とならベッド一つでもいいですけど」
椅子はあるものの、桃子も柚花も扉に近い側のベッドに直接腰を下ろす。
窓は二重、いや三重窓だろうか。桃子たちの住む関東地方では見ることのない窓のつくりだが、このダンジョンは昼の時間帯でも氷点下だというので、防寒対策の多重窓なのだろう。
「もし夜、寒かったら一緒に寝ちゃおうか。狭いようならいっそ、ベッドくっつけて、キングサイズのベッドにしちゃうのもいいね。あ、持ち上げられるよ?」
「あのですね、先輩は小さいから、一緒の布団でも狭くないので大丈夫です。だからベッドは下に置きましょう!」
ベッドに腰を下ろしたかと思ったら、また窓から外を覗いて、続いていきなりベッドを持ち上げ始める小さな先輩。
楽し気な桃子を眺めているだけでも柚花は満足ではあったが、流石にベッドを持ち上げるのは意味が分からない。柚花はさすがに窘める。
「……っていうか、先輩元気ですね。いま雪道をずっと歩いてきたばかりですよ?」
「ダンジョンだと、あんまり疲れないんだよね。ヘノちゃんが言うには、魔力が身体能力を補強してるっていうけど」
「ああ、先輩って魔力量半端ないですからね。ダンジョンでカレー食べてたら魔力でも増えるんですか?」
「あはは、そんな都合いい話なんて流石にないよー。カレーなんてみんな食べてるでしょ?」
魔力が見える柚花の目から見て、桃子の魔力は明らかに人より多い。
無論、今まで出会ってきた探索者の中にも、天性の素質とでも言うのだろうか、魔力量が他よりも多い人物がいなかったわけではない。
例えば最近見た中では、深援隊リーダーの風間などは明らかに常人と比べると魔力の量が多く、そしてそれを運用する技術も桁違いである。
柚花自身も、己が豊富な魔力に恵まれた探索者であるという自覚はある。風間ほど器用に魔力を動かせるかというと、それは無理だと答えるしかないが。彼はちょっと別格だ。
だがしかし、そんな自分や深援隊リーダーと比べてもなお、桃子のほうが魔力が多い。
一見すると【隠遁】の不思議な魔力で包まれているので魔力自体が把握しづらくなっているものの、その下に内包された魔力がそもそも多いのだと、付き合いを重ねて来た今は理解している。
これは生まれつきなのか、そうでないならヘノたち妖精の力なのか。はたまた、ソロでカレーを食べる生活をしていたら自然とこうなるものなのか。
柚花はたまに、桃子は本当に妖精の亜種なのではないかと思うこともあるが、真相は不明である。
「……まあ、荷物出しちゃいましょっか」
「夕食までどうしようか、荷物置いたら外に行ってみる?」
「じゃあ、とりあえずはペンションの周囲の散策してみます?」
すぐに出るならジャケットは脱がなくても良かったなと思いながら、柚花はハンガーにかけたばかりのジャケットを改めて着込む。
そして双剣のついたベルトを装着し、桃子に手を引かれてさっそく、ペンションの外のダンジョンの風景を観察しに向かうのだった。
「本当は雪ん子のわら帽子も持ってきたかったんだけど、あれ大きくてかさばるんだよね。折りたたむわけにもいかないし」
「魔法装備としては優秀ですけど、持ち運びできないのはなかなか難しいですね」
桃子がやってきたのは、ペンション『パイカラ』の外。とは言っても本格的なダンジョン探索ではなく、建物から見える程度の範囲の散策だ。
ざくざくと、桃子と柚花二人分の足跡が雪道に残る。
誰かがこの足あとを見れば桃子の存在に勘付くこともあるかもしれないが、勘付いたところでその足跡を辿っていけば【隠遁】に巻き込まれて認識に蓋をされてしまい、足跡のことも気にならなくなってしまう。
しばらくすればまた足跡に気付くこともできるだろうが、無限ループだ。
このペンションは、出て少し進むとすぐに大きな湖が広がっている。これが、第一層『白い湖畔』の名称の由来となった湖畔であろう。湖畔と言っても、広がっているのはただただ広範囲の氷の表面だけではあるが。
昔はまた違った風景だったのかもしれないが、今ではその湖畔も全て凍り付き、スケート靴があれば遥か向こうまで滑っていけそうだった。
「それにしても、本当に真っ白。湖もあっちまで全部凍ってるのかな?」
「昔は、もっと緑が多かったらしいですよ。ある時期を境に、第一層の環境が変わっていって、こんな極寒ダンジョンになってしまったらしいですね」
「やっぱり、コロポックルたちがいなくなっちゃった影響、なのかな」
まだ現地で確認したわけではないものの、状況証拠的には、既にコロポックルはこの地にはいないだろう。
柚花の目で見た所、明らかに他のダンジョンと比べても瘴気が淀んでいるらしい。つまりは、瘴気を循環させてくれる魔法生物が存在していない、ということである。
桃子は白い息を吐きながら、湖畔を遥か遠くまで眺める。
向こうの方には、氷の上で何か蠢く白い影がいくつかあるが、それも何かしらの魔物なのだろう。こちらへ来る気配はないのでわざわざ刺激する気もないが、やはりこのダンジョンは魔物が多い。
「でも、小さい妖精……というか、妖精の赤ちゃんとでも言うんですかね。魔力の精みたいなのは、時折飛んでますよ」
「そうなの? 私には見えないや」
「ほら、そこの木の根元とか。多分それ、花じゃないですか?」
いつだったか、ヘノたちが言っていた、妖精の赤ちゃん。
ヘノたちのように少女の姿を得る前の、心を、自我を持つ前の、ただ魔力が集まって、一つの存在としてフワフワと浮いているだけの存在。
それがある程度成長し、ティタニアの加護を得たのが桃子たちのよく知っている妖精だ。最初は妖精の国に大勢いるような小さい妖精たちの姿だが、そこから更に強い自我を持つようになったのが、ヘノやニムである。
桃子には見えない存在ではあるのだが、柚花の案内のもと、それが存在してるという木の根元をまじまじと観察してみる。
するとそこには柚花の言う通り、小さな花のようなものが雪の中から顔を出していた。
「わ、ほんとだ。何だろう、氷で出来た花みたいのが咲いてる……?」
「氷の花って感じですね。他の場所にも何か所かそういう花が咲いてて、それに集まるようにいくつかの魔力の光が漂ってましたよ」
氷の花。
薄く、透き通った氷が幾重にも重なって、それが一見すると白い花びらとなっている。当然ながら地上では見たことがないし、世界中を巡ってもこのような植物が地上で咲くことはないだろう。
言うまでもなく、ダンジョン特有の花。恐らくは、この氷で閉ざされたダンジョンだからこそ生まれた、氷で出来た花だろう。
「こんな環境でも、妖精の子供は生まれるんだね……」
「このくらいの子なら色々なダンジョンにいますけど、ティタニア様の加護がないと、これ以上の成長は望めないみたいですね」
魔力の集合体。妖精の赤ちゃん。
ティタニアの加護によって少女の姿へと変貌するというが、逆に言えばティタニアの加護のないこのダンジョンでは、この子たちが少女の姿を持つ妖精へと成長する可能性は低いのだろう。
でも、桃子は思うのだ。この極寒の地でも、コロポックルがいなくなってしまったダンジョンでも、この子たちが生きているのは、とても大きな救いだと。
どのような経緯でこの氷の花が咲くようになり、そこに妖精の赤ちゃんが生まれたのかは分からない。もしかしたら、ただの自然現象のようなものなのかもしれない。
それでも。このダンジョンに、妖精たちのような存在がまた生まれ出でる可能性はゼロではないのだ。
「いつの日か、あなたも大きくなれたらいいね」
自分の目には見えない妖精の赤ちゃんに語り掛けるように。
小さな小さな、氷の花を慈しむのだった。