ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「僕のことは『ツインペアー』とお呼びください、麗しきお姫様方」
結局、謎のマスクの男は他の宿泊客と同様、ペンションに泊まる客ということになった。
あれから男性陣が謎の男を囲み、圧迫面接ならぬ事情聴取を行ったのだが、どうやら本当に彼はきちんとした探索者カードを持っている一般探索者で、帰り道で方角を間違え遭難してしまっただけだという。
事情聴取が長引いたのは、単純に彼が回りくどい言い回しをしているせいだった。
泊まり込むというだけなら、遭難客用の質素な部屋もあるにはある。
だがしかし、その仮面男もどうせ泊まるならばきちんとした場所に宿泊を希望しているようで、これから数日の間は桃子たちと同様にペンションの宿泊客ということになったのである。
普段ならば予約が必要なのだが、今回は【天啓】でゲストを呼ぶ都合上、他の客の予約をいれていなかったのが幸いしたようだ。
彼の名はツインペアー。もちろん偽名だとは思うが、何故か英語である。
怪しげな偽名に、桃子のみならず、他のメンバーたちも不思議そうな顔をするが、本人はどこ吹く風である。
そしてそのツインペアーは、ビュッフェの残りの食事に手を付けつつ、自己紹介を続ける。
「魔法生物の研究を生業としていて、本日は助手とともにコロポックル……白銀の世界に舞い降りた小人たちについての調べものをしていたのですよ」
お腹を空かせていても、食事はがっつかずにサラダから手をつけている。
破天荒な人物に見えて、意外としっかりと食事には気を使っているようだ。
「しかし帰りに進む方向を誤ってしまいまして、危うく僕自身がこのダンジョンの氷像と化すところでした」
周囲で話を聞いているメンバーに説明しながらも、サラダを食べたあとは、残った肉類をおいしそうに頬張っている。
線の細いマジシャンのような外見をしているが、意外と肉食だった。
「おいえあろ、安心していいぞ。こいつは見た目も言動もこの上なく怪しいが、話してみると面白いやつだ! うどんも好きだとよ!」
「あら、いい人じゃない。どのうどんが好きなのかしら」
「美しいうどん職人のお嬢さん。僕はどのようなうどんも好きですが、海鮮うどん鍋が好きですよ」
「ほう、うどん鍋ときたか……! お前、なかなかやるじゃねえか!」
マグマとえあろは、うどんが好きというだけで誰でも仲間認定してしまう、所謂うどんの民なので、既にもうツインペアーへの警戒は解いていた。
招待客たちは、まだそれぞれが出会って一日目とはいえ、香川ダンジョンの探索者がうどんの民だということはすでに理解している。なので、うどん基準の会話が繰り広げられても既にツッコミを入れる者もいない。
むしろ、初対面からうどんトークに乗っかれるツインペアーに対して皆、驚いていた。ヴェネツィアンマスクを被ったタキシードマント男も、うどんは食べるらしい。
「探索者カードも見せてもらったが、どうやら普通に摩周ダンジョンを訪れただけみたいだな。まあ、佇まいは非常に怪しいものだが」
「アカヒトがそういうのなら、本当にただの遭難者なのですかね。名前があからさまに偽名なのが気になりますけど……」
一方、琵琶湖からきたアカヒトとイリアは比較的常識人なため、ツインペアーと名乗る男のあまりの奇人ぷりに未だに距離を置いている。しかし、それでも彼を疑っているわけではないようだ。
そもそも、見た目が奇人なだけで、何も悪さをしていない人間を疑う理由などないわけだが。
「偽名……か。琵琶湖にはいないだけで、他所には偽名で活動する探索者というのも多いのかもしれないな。人魚姫の騎士としては、俺たちも第二の名くらい用意すべきだろうか?」
「いや、偽名なんて使わないし、第二の名とか要りませんってば」
アカヒトとイリアの間では、偽名についてはすでに炎城寺マグマという男が偽名を名乗っていることもあり、琵琶湖以外のダンジョンは偽名が罷り通っているのだろうという結論にたどり着く。
桃子がつい、イリアとアカヒトの会話にツッコミを入れるのだが、しかし悲しいかな【隠遁】状態の桃子のツッコミはアカヒトたちには聞こえていない。柚花だけが桃子のツッコミに苦笑を浮かべている。
ツッコミが伝わらないどころか、「やはりハムレットとオフィーリアを第二の名とするべきか?」などと続けているので、桃子は諦めた。
「なんにせよ、危うく凍れる世界に佇む氷像と化すところでしたが、『パイカラ』に辿りつけたのはまさに小人たちの導きでしょう。このような美しき女性たちとお会いできたことを考えれば、むしろ幸運だったのかもしれませんね」
食事を終えたらしきツインペアーは、相変わらずその独特の語り口調で話を続けている。彼は演劇でも嗜んでいるのか、いちいちその言葉が演技くさい。
そしてその周囲にはマグマ、えあろの香川コンビと、イリア、アカヒトの琵琶湖コンビ。彼らは律儀にツインペアーの話に耳を傾けている。
少し離れたところではオウカが爺やとともにおつまみをつまんでおり、どうやら日本酒をちびちびと味わっているようだ。
そしてオウカたちと逆側のテーブルには柚花と桃子の姿があった。
傍から見れば柚花が一人で背中を向けて端末の配信チェックをしているように見えるだろうが、実はその向かいでは桃子がプリンを食べている。
「先輩、あの仮面の人は注意してくださいね。先ほどから、感情が読めません」
「ツインペアーさん? 【看破】でも難しいの?」
そして、プリンを食べている桃子に対し、柚花は小声で話しかける。
それは、先ほどやって来た不審人物。仮面にマント姿の男、ツインペアーに注意しろという内容だ。
「【看破】も意外と完全じゃないんですよ。例えば妖精の皆さんとか、人間でも魔力制御が出来ている人の感情は読めないんですよ。例えば深援隊の風間さんとか、あの人の魔力制御は完璧です」
柚花は語る。己の【看破】で、読み取れるものと読み取れないものについて。
「それに、化け狸が人間に擬態した姿は、私でも見た目の区別はつきませんでした。きっと、ヘノ先輩たちにも化け狸の擬態は見破れないんじゃないですかね?」
「そっかあ、そうなんだ。じゃあ、あんまり柚花の【看破】に頼りすぎちゃうのもよくないね」
「まあ、化け狸なんかは化けることに特化した種族ですし、風間さんは子供のころからクルラさんの元で学んでたっていう話ですからね」
漠然と【看破】なら何でも見えるものかと思っていた桃子だが、意外とそういうわけではないらしい。
言われて思い返してみると、ポンコに初めて会ったときはフードで顔を隠していたとはいえ、ヘノは彼女が化け狸だとは気づいていなかった。
つまり、化け狸の変化は妖精の目をも欺いていたのだ。桃子は今更ながらではあるが、ヘノをも欺いていたポンコの技量に感心する。
「その風間さんと同等以上の技量が、あのツインペアーさんですね。あと、付け加えるならオウカさんのところの爺やさんも、魔力の制御は完璧です。肉体年齢はどうしようもありませんが、あの人もかなりの達人かと」
柚花の言葉通りならば、オウカの御付きの爺やとツインペアーの二人は、深援隊リーダーである風間に匹敵する魔力制御が出来ているということだ。
桃子などは今でも、武器に魔力を通すだけのことですら力の調整に苦労している。それが全身で完璧にこなせているのならば、確かに、彼らはただ者ではないと言える。
「世の中にはすごい人たちがいるんだね。でも柚花、感情が読み取れないなら、柚花も逆に気にしなくて済むってことじゃない?」
「何を言ってるんですか先輩。感情が読み取れない人間なんて、何考えてるか分からなくて怖いだけじゃないですか」
「それが普通なんだけど、ね」
歪になってしまった後輩の感性に、まいったな、どうしたものかな、と。
桃子は少しだけ、心配の感情を向けるのだった。
「なあツーペア、コロポックルの研究だったらあれは見たか? ロビーにコロポックルの衣装が飾ってあるはずだぞ!」
「ツインペアーです。しかし衣装とは、見逃していましたね。是非とも拝見させていただきましょうか?」
桃子が柚花とスキルの話をしている間にも、ツインペアーたちのやり取りは続いていた。
主に話しているのはツインペアーとマグマの二人で、たまに他のメンバーがツッコミを入れたり、質問をしたり、という具合だ。
マグマの声が大きいので、離れていても会話の内容が把握できて大変わかりやすい。
そして会話がコロポックルの衣装の話題になったときに、今更ながら桃子ははたと気づく。
ロビーにあったコロポックルの衣装のうち、頭につける頭巾はいま、桃子が被っている。あまりにフィットしていたので気にしていなかったが、不思議な力で脱げない状態のままだった。
「ね、柚花。頭のこれ、まだつけっぱなしだけどどうしようか。泥棒って思われちゃうかな」
「事情を説明すれば泥棒とは言われないかもしれませんけど、面倒くさいことにはなるかもしれませんね。私たちも一応行ってみましょうか」
謎のノリの良さを見せるマグマとツインペアーの二人は、意気揚々とロビーのコロポックル衣装を見に行こうと立ち上がり、えあろも仕方なくそれについていく。
桃子たちも立ち上がって、お酒を飲んで管を巻いているオウカと爺やの横を通り過ぎ、マグマたちを追いかけロビーへと移動する。
コロポックルの頭巾が消えていることについて問題になった場合は、どうにか誤魔化さねばならない。
だが、しかし。
ロビーで待っていたのは、頭巾が消えているどころではない状況だった。
「なんだ? こりゃあ」
「ほほう? これは……濃厚な、謎の気配が漂ってきましたね」
「ちょっとマグマ、あなたのイタズラとかじゃないわよね? これって……」
コロポックルの絵の前で。
コロポックルの衣装が飾ってあったショーケースの前で。
マグマ、ツインペアー、えあろの三人は、困惑の表情を浮かべていた。
「皆さん、どうしました? コロポックルの衣装に何かありましたか?」
「タチバナさん。実は私たち、コロポックルの衣装を見に来たんだけど……まあ、見た方が早いわね」
「え……?」
柚花に気付いたえあろが、柚花にも見えやすいように場所を開けてくれる。
しかし、そこにはコロポックルの衣装はない。桃子が装着したままの頭巾どころか、残されていた筈の羽織すら消えている。
そしてその場所には、一枚の白い紙が張り付けられていた。
その白い紙には、こう書かれている。
『こんや コロポックルが あらわれる』
「……なんですかこれ、予告状ですかね?」
「わからないの。私たちが来たときには衣装はないし、この紙が貼ってあるだけで」
柚花が桃子にちらりと目をあわせるが、桃子とてなんの覚えもないため、首をふるふると横に振る。
白い紙に書かれた文章は、たったそれだけだ。一見予告状のようだが、しかし中身はコロポックルの出現を告げる怪文だけ。
謎の紙を中心に、困惑の表情を浮かべる一同。周囲には見えていないが、一緒に覗き込んでいる桃子も同様に不思議そうな表情だ。
しかしそこにもう一つ、白い紙を見た上で、しかし何も動じていない声が参加する。
「何を騒いでいるのかと思ったら、これはまた、随分古いネタですね」
「雪村オーナー?!」
ロビーにたむろする宿泊客たちの様子に気付いて出て来たのは、奥でビュッフェの片づけをしていた雪村と、料理長の氷上の二名だった。
雪村は後ろからその白いメモを覗き込み、苦笑気味に呟いた。古いネタだ、と。
「オーナー! それが何か知っているのか?」
「ああ、そうか。もう皆さまくらいの年齢だと分からない人のほうが多いんですね。その昔、冬のペンションを舞台にしたノベルゲームがあったんですが、ほぼ同じような文面の手紙が出てくるんですよ」
雪村は無造作に、その貼り付けてあった謎のメモを引きはがす。
やや苦笑を浮かべつつ、メモを折りたたんでいく。
「多分、地元の探索者の誰かがちょっとした悪戯でもしかけたのかもしれませんね。明日にでも、若い世代には伝わらなかったぞ、と結果を伝えておきましょう」
「悪戯、でしたか。失礼ながらオーナー。これは、今宵の集まりの趣向の一つというわけではありませんね?」
「ははは、もちろんです。私が宿泊客の皆さんを怖がらせる意味もないし、驚かせるにしてももう少しやり方は選びますよ。まあ、とりあえず皆さま、一旦ダイニングへ戻りましょうか」
白い紙を折りたたむと、オーナーは無造作にポケットにしまい込む。
桃子はゲームなどをあまり遊ばないが、どうやらオーナーの口ぶりからするとそれなりに有名なゲームのネタのようである。
ここにいるのは若いうちからダンジョンに入り浸るような、どちらかというとアウトドアなタイプが多いので、仕掛けた犯人には残念な話だが、そのゲームのネタが伝わるメンバーが居なかったようだ。
桃子も、雪山のペンションが舞台の推理ゲームがあることは知っていたが、タイトルを聞いたことがある程度である。こういう悪戯も、元ネタが分からないとただただ不気味なだけだな、と考えながら、桃子もダイニングへ戻ろうと振り向いた。
だが。
「コロポックルよ……」
しかし、オーナーと共に後ろから覗いていた料理長の氷上が、俯いて、そして小さく呟くのが聞こえてしまった。
「コロポックルのあの子が。私たちに……復讐しに来たのかもしれない……」
か細く呟く氷上の声は、外の吹雪の音によってかき消されて、他の誰の耳にも入らずに消えていく。
ただ一人、すぐ横で気づいてしまった、桃子だけが、その呟きを聞いていた。
あまりの漫画みたいな展開の連続に驚いていた桃子は「これってドッキリじゃない?」と疑い、周囲にカメラが無いか確認してみたりもした。残念ながら、彼らを映し撮るカメラの姿はどこにも見つけられなかったが。
皆がダイニングへ戻り、桃子も最後に首を傾げながらロビーを後にする。
無人のロビーには、吹雪の音だけが響いていた。