ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「柚花、一緒に寝ていい?」
「ええ、まあ。そうですね……一緒に寝ましょうか」
「なんだか、思ってたのとかなり違うけど、今日は色々あったね」
桃子は、柚花と同じベッドに潜り込み、今日のことを思い返していた。
同じベッドで、すぐ触れ合える距離には柚花も横になっている。今日は一緒のベッド、一緒のお布団だ。
『こんや コロポックルが あらわれる』
結論から言えば、12時を過ぎるまでゲストたちはダイニングで様子見をしていたのだけれど、結局はそこでは何も起きることはなかった。
さすがにそれ以上起きていると明日に響くため、誰からというわけでもなく、自然に解散。それぞれの部屋に戻っていった。
部屋に戻ってからも色々とやっているうちに、ベッドに入ったのは、時間的にはかなりの深夜になってしまった。
桃子は柚花の隣で、今日のことを思い返す。
今日は実に、色々とあった。
朝から飛行機で北海道へとやってきて、まさかの一方的に見知った顔の探索者たちと合流。ももポン、そして姫様。最初にその名前で呼ばれたときも、それが自分のこととは咄嗟には分からなかった。
そしてマイクロバスで摩周ダンジョンへと運ばれて、りりたんから意味深な電話をうけて。そしてギルドに到着し、そこからは氷点下の白い世界を進む。道のりは意外と楽しかったけれど、やはり雪道を歩くのは房総ダンジョンとは勝手が違う。
到着したペンション『パイカラ』ではビュッフェを食べて、舌鼓をうっていた矢先に謎の仮面男の来訪。
そして最後は、コロポックル衣装の紛失事件と、謎のメッセージ。
色々あったが、たった一日で、それ以上にわからないことが増えてしまった。
「このペンションさ、何だか分からないことが多いね。料理長のおばさんも、なんだかコロポックルについて意味深なことを呟いてたし」
「おばさんの様子が違ってたのは、私も【看破】で気づきましたよ。なんだか怖がっているというか、後悔しているというか、そんな風でした。なんにせよ、昔、コロポックルたちと何かあったのかもしれませんね」
見聞きした中では、コロポックルは、探索者たちにとっては優しい存在だったはずである。少なくとも、過去の探索者たちの証言や、雪村オーナーの思い出話では、よき友だったはずだ。
しかし、料理長の氷上は、コロポックルについては何かしらの恐怖や後悔の念を覚える出来事があったようだ。少なくとも「復讐」という言葉が出てくるようなことが。
彼女は見た所では雪村オーナーと同年代か、それより少し上くらい。つまり、コロポックルが存在していた時期に潜っていた探索者である可能性が高い。
一体、コロポックルとの間に何があったというのだろう。考えても答えは出ない。
「それに、さっきのメッセージも、消えた衣装も。絶対にただのイタズラじゃないんだよね……」
「ええ、それは間違いないですよね。何かしら、私たちへのメッセージだと思います」
オーナーは、ただの悪戯だと笑い飛ばしていたけれど、桃子たちは、あれが悪戯ではないことを確信している。
二人はベッドの布団の中から、隣にあるもう一つのベッドに視線を向けた。
そこには、紛失したはずのコロポックルの少女の羽織が、きちんと畳んで置かれていた。
これは、柚花や桃子が持ってきたわけではない。ダイニングで皆でコロポックルが現れるのを待っても何も起こらなかったため、諦めて部屋へ戻ってきたら、すでにそこにあったのだ。
もちろん、その間は柚花も桃子も室内には戻っていない。誰かが勝手にこの部屋に入ったわけでないならば、衣装が勝手に現れたのだ。
そう。実際に『こんや コロポックルが あらわれる』のメッセージの通り、現れたのだ。桃子のベッドの上に、衣装という形で。
そして不思議なことに、それまで脱げなかった桃子の頭にくっついていたコロポックルの頭巾もまた、するりと羽織の上へと脱げ落ちた。まるでそう、そこにあるのが正解だとでも言うように。
「これはさ、やっぱり私に対してアピールしてるのかな。着ろ、ってことかな」
「……かもしれませんね。ダンジョンなんて何があってもおかしくない場所ですから、何か分からないものの意思が働いていると考えても、何もおかしくないと思いますよ」
「うーん、どうしたらいいと思う?」
「とりあえず明日考えるのでいいんじゃないですかね。今日は寝て、明日に備えましょう」
柚花が言うには、どのような原因かは分からないにしろ、少なくともその衣装そのものに宿った魔力が活性化しているのは間違いないらしい。
桃子は幽霊や怪奇現象のようなオカルトは、結構苦手なのだ。
だから、幽霊の仕業でなく、あくまで魔力由来の現象ということが分かったときは、密かに胸を撫で下ろしたものだ。
だがしかし、不気味なものはやはり不気味である。
いくらコロポックルが優しかろうが、魔力が働いたゆえの現象だろうが、正直言ってあまり関わりたくはない。
なので、桃子はこの夜はそのコロポックル衣装には触らずに、隣の柚花の布団に一緒に眠ることにしたのだった。
外は瘴気の渦巻く吹雪が吹き荒れていて、風雪がペンションを叩く音が、建物に響く。
しかし、柚花と一緒の布団に潜り込むと、そこは温かく。桃子も、不思議と心が落ち着いてくる。
柚花は柚花で、これが普段ならば己の煩悩が目覚めそうなシチュエーションだけれど、しかし今日ばかりはそういう気分にもならない。
普段は飄々とした態度をとりがちな柚花だけれど、中身はただの女子高生の少女だ。人並みに恐怖も不安もあるし、怪奇現象に泣きたい気持ちも、両親の待つ家に帰りたい気持ちだってある。
そして、外の吹雪の音がより不安を掻き立てる。様々なことを考えれば考える程、外の吹雪の音と共に、思考が氷点下の吹雪に飲まれていく気がする。
だから、桃子がすぐそこにいてくれることで、彼女の体温を感じられることで、とても安心できるのだ。
「……ん、そうだね。きちんと眠って、明日に備えようか」
「明日になれば、また状況が動くと思いますよ。【天啓】を信じましょう」
「うん。そうする。じゃあ……おやすみね、柚花。灯り、消すね?」
「はい、お休みなさい、先輩」
互いに不安を忘れようと、どちらともなくその手を重ねて。
外は吹雪の音が止まないけれど、互いの体温を感じていると、二人は不思議とすぐに眠りに落ちていった。
桃子は夢を見ていた。
そこは空の青と地面の緑がまぶしい、美しい湖畔のふもとだ。
少し離れた場所には、木造の巨大なペンションの姿が見える。
湖畔のまわりには、白い花が咲き乱れていた。
『お花、いっぱい。嬉しい』
『うん、たくさん咲いてるね。これもみんな、あなたが頑張ったからだよ』
『ありがとう、桃子。みんな、会えた、嬉しい』
湖畔のふもとには、ヘノやニム、たくさんの妖精たちと。そしてそこにはもう一人、名も知らぬコロポックルの少女がいた。
そしてただ、花畑で。皆で輪になって腰を下ろし、楽しく笑って過ごすという、他愛のない時間の夢だ。
その時間はとても楽しくて、少女と桃子はとても気の合う友達になれた。
そんな、とても悲しい夢だった。
「おはようございます、先輩」
桃子が目を覚ますと、夜の吹雪が嘘だったかのように、その朝は静かだった。
柚花が火をともしたのだろう、魔石式の暖炉の中で薪がパチパチと音を立てていて、室内は十分に暖まっている。
窓の外からは、朝の白い光が差し込んでいる。外は一面の雪景色なことには変わりないが、それは瘴気の渦巻く夜の景色とは違い、とても幻想的な冬の朝だった。
「ん……おはよう、柚花……どうしたの?」
普段ならば二度寝をしている時間だが、流石に今日はきちんと起きて、周囲の様子を見回す。
柚花は先にベッドから降りて、既に朝の支度などを済ませているのだろう、きちんと服も着替え、髪も整えていた。
そしてその柚花が何をしているのかと思ってみてみれば、隣のベッドの前に立ち、コロポックルの少女の衣装を手に取って、ジッと見つめている。
「ちょっと、このコロポックルの服を見てたんですよ。ところで先輩、涙ふきますか? それとも、顔を洗ってきちゃいます?」
「あ、私……寝ながら泣いてたんだね」
柚花に指摘されて、桃子は自分の頬が涙に濡れていることに気が付いた。
コロポックルの少女の衣装。それは夢の中で、皆の環に入って一緒に楽しく笑い合っていた少女が着ていたものだ。
あくまで夢の中の話であって、現実の話ではない。すでに、その少女の顔も思い出せない。
だけれど、夢の中の桃子は、その少女とずっと一緒に居た友達のように、心を通わせていた。だからこそ、楽しくて、新しい友達が嬉しくて。そして、その友達がすでにこの世にいないことを知っていたから、悲しかった。
覚えていないけれど、きっと夢の中の自分も、泣いていたのかもしれない。
「どんな夢を見てたんです? 先輩、この服とずっと魔力が繋がってますよ」
柚花は桃子に、コロポックルの衣装をそっと手渡す。きっと柚花には、桃子の喜びも、悲しみも。その瞳でお見通しなのだろう。
きっとあの夢は、この衣装が見せた、この衣装に染み付いた魔力の残滓が見せてくれた、幻のような夢なのだ。
桃子はベッドから降りて、柚花から手渡されたコロポックルの衣装を胸に抱き締める。
「この服、私が着てもいいかな……」
「いいと思いますよ。多分ですけど、着て欲しいんじゃないですかね。先輩に」
理由とか、原因はわからないけれど、この衣装は誰が触るでもなく桃子のベッドへとやって来た。
道具にも意思があるのだとしたら、桃子に着られるためにここまでやってきたのだと、そう思うくらいは許されるだろう。
桃子は、柚花からその衣装を受け取ると、もう顔も思い出せない夢の少女のことを想いながら、強くその衣装を抱きしめる。
そして、宣言する。
「わかった、今日の私は、コロポックル。……ううん、ももポックル!」
暖炉のパチパチという音だけが響く。
柚花が、疲れ目でも発症したのだろうか。眉間に指をあてて、難しい顔をしている。
「先輩……なんでこの空気でオモシロ発言しちゃうんですか? ……あ、そういえば昨日はお説教忘れてました、今から朝のお説教ですよ!」
「え……えぇーっ!?」
頬の涙が渇いたころには、桃子は後輩に怒られて再び泣きべそを浮かべた。
【夜の邂逅】
桃子が湖畔の夢を見ている頃。
ペンション『パイカラ』の客室が並んでいる廊下に、二人の人影が対峙していた。
「こんな夜更けに、如何なさいましたか? ツインペアー様。そこはタチバナ様のお部屋ですが、部屋をお間違いでは?」
「これはこれは、爺やさんでしたか? その姿もお似合いです。夜中にスーツはさすがに着ないのですね。いえ、こちらに少し気になる少女の気配がしましてね」
窓の外では、魔法光で青白く照らされた闇夜が広がっている。
闇に沈むそこは、瘴気を伴う風雪が吹きすさび、生きた人間の侵入を阻む魔の世界だ。
「このような深夜に、未成年の少女の部屋を訪れるのは感心致しませんな。私も、大人として見過ごすわけにはいきませんが、如何なさいますか?」
「そうですね。騒ぎを起こして皆を夢の世界から連れ戻してしまうのも忍びない。僕も今宵は、諦めて大人しく自分の部屋へ戻るとしましょうか」
「ほっほ。この年老いた姿では騒ぎを起こすのも一苦労ですから、あなたから大人しく戻ってくださるならばありがたい」
肩を竦めて、老執事は仮面の男がその場を去るのを待つ。
仮面の男が姿を消すまでは、老紳士もこの場から動くつもりはないらしい。
「それと、せっかくの機会です、ツインペアー様。そのマスクに隠された、あなたの正体を伺ってもよろしいですかな?」
「……僕は、ツインペアー。この永い夜の終焉を望むもの。それ以上でも、それ以下でもありませんよ。今は、ね」
気取った台詞を吐き、ツインペアーはコツコツと音をたて、老紳士の前を横切っていく。
「ツインペアー様が敵ではなくて安心致しました。では、今宵はどうぞ、ごゆるりと自室にてお休みくださいませ」
「ええ、あなたもね。では、また明日にお会いしましょう。アデュー」
ツインペアーの足音が、彼に割り当てられた客室へと帰っていく。
「やれやれ……。こんな場所で、あのような者と出会うとは。お嬢様の【天啓】も厄介なことをしてくれるものだ」
そして仮面の男が再び廊下に現れないことを確認すると、老紳士は独りごちるのだった。