ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
雪道を外れた森の中、少し開けた場所に倒れた大木の幹を椅子にして、柚花は白髪頭に皺の増えた顔立ちの老人に色々と話を聞いていた。
彼はすでに探索者という年齢ではなく、魔物との戦いは若い仲間たちに一任している。その老人の生業は地元の猟師、いわゆるマタギである。
昨晩の『パイカラ』で振る舞われた料理には、ダンジョン産のジビエ肉があったのだが、彼はいわゆるそれらの原生生物を対象とした、ダンジョン内のマタギだ。
「お爺さん、それって本物の猟銃ですか? 見てもいいですか?」
「せめておじさんって呼んでよー。銃は見るだけな? いくらダンジョンの中つったって、免許制のもんだし、危険だかんな」
「はい、おじさん。うわー、意外と軽いんですね。これなら探索者用の剣とかのほうが重いかも」
「そりゃそうよ。剣なんか、重くなきゃ魔物どもに簡単に防がれちまうかんなー」
彼は本日も猟のためにこの雪の森に踏み込んでいるわけだが、現在はチームを組んでいる探索者の若者たちが周囲を散策中で、彼自身は待機中である。いざ原生生物を発見したときがこの男性の出番だ。
猟師というのは免許制だ。ダンジョン内という特殊な環境であっても、今の日本では銃に関しては厳しく規制されている。
だからこそ、ダンジョン内の原生生物を狩猟するならば、免許を持ったプロの猟師と、猟師を魔物から守る探索者のチームでの行動が基本となるらしい。
そして、丁度銃を持ち手持無沙汰にしていたその男性を柚花が見つけて、色々と話を聞いていたのだ。
柚花の祖父とほぼ同年代であろうその男性は、孫のような年若い美少女に話しかけられて、デレデレの上機嫌であった。
「いやーしかし、若い子がいるとこんな場所でも華やかになってくるなコリャな!」
「あはは、ありがとうございます」
ここ摩周ダンジョンは、お世辞にも初心者が訪れて良いダンジョンとは言い難い。
定められたルール上では引率さえつけば14歳から入れるは入れるのだが、しかし雪道は険しく、魔物も決して弱くない。そして日が暮れる頃には吹雪が吹き荒れ、凶暴な魔物も出没する魔境となる。
そんなダンジョンには若い探索者、しかも柚花のような華のある少女というのは滅多に来ないのだ。そんな少女に聞かれればついつい何でも答えてしまうし、そして必要以上にサービスをしてしまう。これも悲しき男のサガだろう。
柚花としてはそのような男性特有の感情も嫌悪の対象ではあるが、良くも悪くも、既に慣れたもの。特に相手がこのような年寄りでは、性的な気持ち以上に孫に接するような気持ちの方が強いようで、柚花としても嫌悪よりは呆れや諦めが先に来る。
なんにせよ、相手に合わせて明るい少女を演じていれば、色々な話を聞かせてくれることを知っているため、しっかりと猫を被り続けている。
また、マタギの話自体は興味深い内容だったので、妙に馴れ馴れしいくらいは許容せねばならない。
しかし、現状の柚花の不満の原因は、デレデレになってしまったマタギの老人などではなかった。
「ムッシュマタギ。こちらの猟銃は、魔物にも使用できるものなのでしょうか?」
猟銃をまじまじと眺めて、仮面にマントの不審な男が、柚花とは反対側からマタギに声をかける。
彼はツインペアー。昨晩『パイカラ』へ訪れた、招かれざる客である。
どれほどこの男が怪しげな風貌で、どれほどの実力を隠し持った曲者だったとしても、今は同じ『パイカラ』の宿泊客だ。
ここ摩周ダンジョンでは探索者一人での行動が禁じられている為、柚花が外に出ようとすると誰かしらがついて来る必要があったのだ。
そしてそれは必然的に、柚花と同じく単独で『パイカラ』を訪れているこの男、ツインペアーがついてくることになったのである。
本当は桃子も共にいるのだが、柚花だけにしか見えないコロポックル衣装の少女は、他者から見れば居ないも同然。人数としてはカウントされていない。
「銃ってのはよ、不思議と魔物にはあんまり効果がねえんだよな。まあ、当たり所次第では十分足止めになっから、その間に鉈で攻撃よ」
「なるほど、いかな魔弾の射手も、銅の弾丸にその力を纏わせるには一筋縄には行かない、ということですね」
「仮面の兄ちゃん、もちっとわかるように言ってくれねえか?」
「多分、ベテランのマタギでも、弾丸に魔力を纏わせるのは難しい、ってことだと思いますよ」
この怪しげな男とともに行動しなければいけないのがまず不満であるし、更に柚花の怒りゲージを増加させているのは、この男の語り口調であった。
ポエムが好きなのか、はたまたそれが恰好いいと思っているのかは知らないが、とにかく言い回しが面倒臭い。
更には、マタギのおじさんにもその妙な言い回しで話しかけるので、柚花が通訳のような真似をしなければいけなくなる。これは流石に柚花にも怒る権利があるだろう。
そんな柚花の怒りはさておき、マタギのおじさんは銃をしげしげと眺めて、首を傾げる。
「魔力なあ。俺も一応は長年探索者してっけどよ、未だによくわかんねえんだよな。才能がねえんだろうね。たまーに、集中したときは魔物にも猟銃が効くときがあるんだが、違いはわかんねえわ」
弾丸に魔力を纏わせる。
それは比喩でもなんでもなく、言葉通りの意味合いだ。武器を持った探索者がその手から自然に武器に魔力を纏わせているように。弓をつがえた射手が、自然と矢へと魔力を込めるように。
弾丸に持ち主の魔力さえ込められているのならば、恐らくは魔物にも通じる武器となる。
しかし残念ながら、柚花の見たところでは銃身に魔力を纏わせるのは誰でもそれなりに可能なようであるが、その内部に独立して存在する弾丸に的確に魔力を通すというのは、相当に難しい技術のようだった。
そもそも魔力など、普通は目視できるものでも、感じ取れるわけでもない。更にはそれを銃ではなく、その中に込められた弾に狙って送り込むなど、せめて魔力が見える人間でもなければ難しいことだろう。
「おじさん、試しに私が撃ってみていいですか? 私、魔力の調整はそれなりに自信があるんですよ」
「だーめだーめ。魔物に襲われて緊急事態とかならともかく、そんな気軽に法律違反に許可だせませーん、てな」
自分ならば、弾丸に魔力を込められる。
少なくとも、魔力をどこに込めればいいか、今どのように魔力が流れているか、それを目視することは出来る。
柚花はだから、自分が猟銃を試してみたいと立候補してみたのだが、しかし残念ながらそれは法律の壁に阻まれてしまった。
「うーん、残念。魔物にも銃弾が通じるようになったら、もっとダンジョンの難敵にも対策出来るようになると思うんですけどねえ」
「俺に言わせりゃ、弓やら剣なんかであんなでかいもん倒せるほうがすげえと思うんだがなあ」
下層のタフな魔物や、このダンジョンのように雷耐性を持つ魔物を相手にすると、柚花の持つ【チェイン・ライトニング】はその効果をほぼ発揮できなくなってしまう。
柚花の魔法は、あくまで格下の大群を殲滅する魔法だ。単純に、強い魔物に相性が悪い。
なので、強い武器の代表格である『銃』に興味を持ったのだが、残念ながらなかなかそう上手くはことは運べないようであった。
一方その頃。
柚花たちから少し離れた場所では、ここ摩周ダンジョンを訪れた若い探索者たちが魔物を倒し、素材を集めていたのだが。
「こんにちは、コロポックルです!」
「えっ?! え、こ、コロポックル……?!」
宙を泳ぐ氷の魚を切り捨てた探索者の青年が、ふいにその腕を誰かに引っ張られた。
ぎょっとしてそちらを見ると、こんなダンジョンにいるわけがない小さな子供。そして、その姿は、摩周ダンジョンに訪れる者ならば誰もが知っている姿で……。
「ええと、ここら辺ってジャガイモとかないですか?」
「あ、あ、ええと……ご、ごめん。ジャガイモは持ってない、です」
コロポックル。青年が生まれるよりずっと前には、このダンジョンに生息していたとされる蕗の小人。
この地域ならばいくらでもお土産もあるし、イメージキャラクターのような形で様々な場所で目にするその姿の少女は、青年が目を白黒していると、唐突に「ジャガイモ」について聞いてきた。
突然のことなので青年も頭が真っ白になる。ジャガイモは知っている。彼の記憶が確かならば、いわゆる普通のポテトだ。
でも、流石にわざわざこのダンジョンに持ち込んだりはしない。
「そっか。ありがとうございました! あ、これ落ちてました、どうぞ」
「あ、ありがとう……」
最後に少女は青年に何かを差し出す。それは光るウロコ。
先ほど倒した氷の魚の落とす魔物素材で、雪の上に落ちると見失うことが多いためによく獲り逃す素材であるが、どうやらそれを拾ってくれていたようだ。
呆然としながらコロポックルの少女にお礼を言うが、しかし青年が顔を上げたときにはもう、その少女は消えていた。
小さな足跡だけが残っていたが、しかしすぐにその足跡も青年の認識から外れてしまう。
少年には、コロポックルの少女と出会ったという記憶だけが残り、それがどのような表情をしていたか、どのような声だったのか、時間とともにあやふやになっていく。
少し離れたところから呼びかける仲間の声に押し流されて、彼女の顔はもう、思い出せなくなっていた。
「お手伝いしちゃいましたけど、余計でしたか?」
「はぁっ?! う、お、あぁ……!!?」
氷の毛皮を纏った狼と戦っていたグループがいた。
倒せない魔物ではないが、しかし前衛で戦う男は狼の牙に食いつかれ、防具の上からとはいえそれなりの怪我を負うのは間違いない、ハズだった。
しかし、その狼は突如として謎の衝撃で吹き飛ばされ、そのまま雪の中で煤へとなって消えていったのだ。
「怪我、大丈夫ですか? 薬草、飲みますか?」
「……いや、大丈夫……だと……思うが……」
「うわ、血が出てます。無理はしないでくださいね。これ、とても苦いけど効果のある薬草なので、どうぞ」
そして気づけば、見知らぬ女児が己の腕をつかんで、その怪我の様子をまじまじと覗き込んでいるではないか。
それは、今まで幾度も見たことのある民族衣装を着た、まだ子供でしかない小柄な少女だった。
しかし男は知っている。それはコロポックル。小柄な体躯に見えても、その種族ではそれは普通のサイズなのだ。
いや、むしろコロポックルにしては大柄なのかもしれない。こんな外見でも大人なのかもしれない。実物を見たのが初めてなので、男にはそれらの判断はつかない。
少女が男の手に薬草を握らせる。
それは少なくとも、この地域で見たこともなく、ギルドで販売されているものでもない、初めて見る薬草である。
「……な、なんで……?」
「えーと、コロポックルです。よろしくお願いします。ジャガイモを探していますけど、近くにありませんか?」
「じゃ、ジャガイモ……? す、すまん、知らない……」
「そっか、残念。じゃあ私、行きますね。薬草、本当に苦いけど効果はありますから、飲んでくれると嬉しいです」
それだけ言うと、スウ……と少女の姿が消えてしまい、男はたった今まで目の前にいたその姿を思い出せなくなっていた。
覚えているのは、それが小さなコロポックルだったこと。そして、自分の手の中の薬草が、とても苦いらしいこと。あと、なぜかジャガイモを探していること。
何もない空間に独り言を言っていた男を心配した仲間が慌てて声をかけるが、男は仲間の声を耳に入らないほど、ただただ、呆然としていた。
「コロポックル……本当にいたのか?」
ちなみに、薬草は罰ゲームかと思うくらい苦かった。
「コロポックルです。これ、さっきの魔物から素材が落ちてたので、はい、どうぞ」
「え、う、うん……!」
「コロポックルです。ジャガイモって見てませんか?」
「あ、いや、見てないけど……え? なに? どっきり?」
「コロポックルなんですけど、ええと……ご飯中にごめんなさい! あの、よく噛んで食べてくださいね」
「ふ、んがっ?!」
「ふう……。房総ダンジョンと比べると人が少ないけど、こんなもんかな?」
探索者を見かけては、ももポックルとして、己の存在をアピールする。当然その実態は、コロポックルの衣装を着こんだ桃子である。
本当にこんなことでコロポックルが復活するのかどうか怪しく思うが、しかしやっていること自体は人魚姫のときと同じだ。
噂が噂を呼び、ネット上で話題が広まれば、もしかしたら【創造】でコロポックルが復活するのかもしれない。
わからないならやってみる、の精神だ。
ついでとばかりに、ダンジョンでとれるジャガイモ情報も聞いてまわってみたが、どうやらそちらはこれと言った情報はひとつとしてなかった。残念なことである。
「柚花は……あ、マタギのお爺さんとまだ話してるんだ。なんか仮面の人もずっと一緒にいるし、大丈夫かなあ」
流石にこのあたりで活動していた探索者グループには一通り話しかけたため、今日はこれ以上の探索者を見つけるのは難しそうだった。
そろそろ潮時かと判断し、己の後輩たる柚花のいる方向に目を向けるが、柚花は、そして一緒についてきているツインペアーと言う男は、折れた大木の幹を椅子代わりにして先ほどと変わらずマタギの話を聞き続けている。
どうやら、相当に興味深い話を聞いているのだろう。
桃子もそちらへと近づいていくと、どうやらジビエ肉の解体について話を聞いているらしい。
お肉はもちろん嫌いではない。が、野生動物の解体というものに今まで触れたことがなかった桃子としても、ある程度興味を惹かれる話題だったのだが。
「親父さーん! 鹿いたぞー! 魔物は倒したから来てくれー!」
「おーっと、俺は呼ばれたから行かなきゃなんねえ。またよ、兄ちゃんに姉ちゃん」
桃子と入れ違いになる形で、残念ながらマタギのおじさんはその場を立ち去って行ってしまった。
残念ながら、ジビエの話については、ここでずっと話を聞いていた柚花に聞けばよい。
そんなわけで、コロポックル作戦をひと段落させた桃子の姿を見た柚花の提案で、柚花とツインペアーは『パイカラ』へと戻って行く。
この日の噂を発端として、いつの日かまた、コロポックルたちがこのダンジョンに姿を現わしてくれればいいのにな、と。
真っ白な世界を眺めて、桃子はそう、思うのだった。