ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
摩周ダンジョン、二日目の午後。
午前のうちに各々でダンジョン第一層『白い湖畔』の探索をしていた面々は、マグマたちのうどんでお腹を満たした後は、ダイニングでそれぞれの情報を話し合っていた。
情報と言っても、コロポックルについて何か新事実があるわけではない。
あくまでペンション周囲の地形で、やれ洞窟のような横穴があっただの、やれ地元のマタギが猟銃を持っていただの、やれホットワインが美味しいだのと、その話題は雑多にわたっていた。
ロビーから一番近いテーブルでは、イリア、オウカ、そして柚花の三人が食後の紅茶を飲みながら寛いでいる。
もちろん、他のメンバー達には存在に気づかれてはいないものの、柚花の横では桃子が椅子に座って、脚をぶらぶら揺らしながらミルクティを飲んでいる。
「そういえば、ここの湖畔には、水の魔物などはいないのでしょうかね」
ふいに、湖について話し出したのはイリアだ。彼女は、深潭宮という水に満たされたダンジョンが身近にあるため、ここの湖畔にも潜ってみようかと考えたらしい。
さすがに、支給された防寒具を着用したままで潜るのはやめた方がいいとアカヒトが止めたようだが、専用のスーツを持ってきていればこの極寒の湖にも飛び込んでいたのだろうか。
「どうやら、魚のような姿で宙を泳ぐ魔物はいるようですわね。あれらは湖からきているわけではないみたいですけれど」
「いましたね、空を泳ぐ魚。動きが早くて地元の方々も苦労してましたよ」
水の魔物と言えば、柚花と桃子は午前中に探索者たちが戦っていた敵の姿を思い出した。宙を泳ぐ、氷の魚。
オウカも知っていたようだが、この第一層に出没する魔物の中には、空中を泳ぐ魚のような魔物が何種類か存在している。
どのような原理で宙を泳いでいるのかはさておくとして、あれは戦う上では実に厄介な魔物である。鳥や蝙蝠、或いは虫のような羽根を持ち宙を舞う魔物というのは存在するが、魚の泳ぎというのはそれとはまた違う。
イリアなどは深潭宮で慣れているのかもしれないが、初見の探索者では魚の動きに翻弄されて、攻撃どころか回避もままならないだろう。
ただでさえ雪と氷で行動に制限がかかる上で、あのような厄介な魔物が第一層から出現するのでは、年若い初心者探索者の来訪が少ないのも当然だ。
「あそこの湖には魔物はいない代わりに、昔は美味しい魚が釣れたんですよ」
三人が湖の話をしていると、そこに加わってきた人物が一人。
白髪交じりの女性料理長、氷上である。彼女は調理場での作業がひと段落したらしく、しばしの休憩中のようであるらしい。
「氷上さんも、昔はここの探索者だったんですか?」
「ええ。雪村オーナーが見習いだった頃、引率してたのが私なんですよ」
料理長の氷上は、見た所5、60代。どうやら彼女は探索者としてもかなりのベテランのようである。
もっとも、現在はあくまでこの『パイカラ』の調理場が彼女の戦場であり、魔物と戦う探索者としては随分昔に引退したとのことであるが。
空いている椅子に腰を下ろした氷上は、自分も温かい白湯を飲みつつ、遠い昔の摩周ダンジョンの思い出を語る。
「あの宙を泳ぐ魚は、昔は下層に出没する魔物だったんですよ。第二層に、大きな地底湖があって、そこから出てくるんです」
「氷上さんが現役の頃は、まだここはこんな環境じゃなかったんですよね?」
「ええ。今でこそ昼間から第一層を徘徊してますが、宙を泳ぐ魚も、大きな雪男たちも、本来は下層に出てくる魔物だったんですよ……」
「つまり、下層で発生したモンスターが上層まで上がってきている状態なわけですのね」
どうやら氷上の話では、この摩周ダンジョンの環境が変化する以前。まだ第一層が緑の茂る環境だったころは、あのような魔物がここまで来ることはなかったのだそうだ。
あれらは、第二層、第三層というより瘴気の濃い下層で出現するモンスターだった。それが、第一層まで上がってきているのが現在の摩周ダンジョンだ。
「そっか。それも、一種のスタンピードなのかな……」
柚花にしか聞こえない声だが、桃子は小さく、寂し気に呟いた。
下層の魔物の群れが上層に現れることを、スタンピード現象と呼ぶ。大規模なものから小規模なものまであるのだが、そこに具体的な基準というものはない。
ならば、下層にいた魔物が上層に現れるようになって、それが数十年も続いているこの状況はどうなのだろう。もはやそれが日常、普通のことである。異変当初ならばまだしも、今更になってこれをスタンピード現象と呼ぶことはないのかもしれない。
しかしなんにせよ、スタンピード現象は悲劇しか呼ばない。桃子はそれを知っている。
そんな寂し気な呟きが聞こえた柚花は、それに反応するように、隣の桃子の手を優しく握る。
まるで桃子の呟きに応えるような声がかかったのは、その時だ。
「ダンジョンに住まう守護者。迷宮の護り手たる魔法生物は、その地に溜まる瘴気を正しく循環させ、ダンジョンの環境を安定させるという性質を持っています」
「ツインペアーさん?」
「麗しきお嬢様がた。僕もお話に参加させて頂いてもよろしいですか? 興味深い内容だったものでね」
淹れたての紅茶を持った仮面の男、ツインペアーがテーブルの空いた席につき、一同ににやりと笑いかける。ツインペアーにお嬢様扱いされ、料理長の氷上はぽっと頬を染める。女性とはいくつになっても乙女なのだ。
そしてツインペアーの語った内容であるが、そういえば彼は魔法生物の研究者なのだということを、桃子は今更ながら思い出した。見た目や言動がただの怪しげなマジシャンなので、研究者という印象が皆無なのである。
見た目の印象というのは、やはり大きいものだ。
そして、唐突なツインペアーに呆気にとられる面々の中で、最初に口を開いたのは頬を染めていた料理長の氷上だ。
「その、魔法生物はなんとなくわかりますが、瘴気というのはどういうものなのでしょう?」
「瘴気とは、つまりは負の念。マイナスの魔力。人に仇をなし、凶悪な魔物たちにとってはその命の源」
「魔物たちの、源ですか」
「この地で言えば、蕗の小人。言うまでもなく、コロポックルたちがその瘴気を浄化する役目を担っていたのでしょう。だがしかし、彼らは敗北し、消滅したのですよ。瘴気と、そしてそれを糧とする強大な魔物にね」
「敗北……」
氷上が気になっていたのは、やはりコロポックルのことだったようだ。
ダンジョンに住む魔法生物。つまりはここではコロポックルのことだが、彼らがこのダンジョンで何を担っていたのか。彼らと共にこのダンジョンは何を失ったのか。
何十年もこのダンジョンと共に暮らしていた氷上は、それを知りたかった。
薄々勘付いていることではある。しかしそれでも、専門家の言葉という形で、確認したかった。
しかし、専門家によって、過酷な現実が付きつけられる。
コロポックルは、魔物に敗れた。もう、存在しない。
「有名な話をしましょう。およそ50年前のアイルランドを中心とした大規模なスタンピード現象があります。当時、イギリスに点在していた多くのダンジョンが同時に魔物の大群に滅ぼされました」
「ティタニア様が生まれた場所……」
桃子は小さく呟いた。桃子の手を握ったままの柚花だけが心配げな視線をちらりと向けるが、【隠遁】に隠された桃子の声に反応するものは他にいない。
アイルランドの大規模スタンピード。それは桃子も知識として知っていたし、そして身近にその関係者が存在している。
当時、先代女王が治めていた妖精の国が強大な魔物に襲われ、そこで唯一生き残った妖精が、ティタニアだった。ティタニアはその後故郷を離れ、この日本に訪れたのである。
彼女は昔の話を語ることはないが、しかしその後、妖精たちを失ったイギリスのダンジョンがどうなったのかは、想像に難くない。
「それ以降はイギリスのダンジョンは一変しました。安全だと思われていた第一層にすら凶暴な魔物たちが闊歩しはじめ、人に仇なす瘴気が迷宮内に蔓延する。そしてそれと時を同じくして、その頃までその地で目撃されていた数多くの妖精たちの姿が、消えてしまいました」
「イギリスでは妖精たちが魔物に敗北した、ということですの?」
「学説としては、ですがね。溢れ続ける瘴気に対応できなくなったのか、それとも瘴気を束ねる邪悪な存在、特定の強大な特殊個体に敗北したのか。今でも、識者の間では様々な説が飛び交っているのですよ」
「なるほど。つまりは、妖精とコロポックルの違いこそありますが、摩周ダンジョンも状況としては同じ、ということなのですね」
唐突に海外の話を語り始めたツインペアーに対して、女性陣ははじめは怪訝そうな視線を送っていたものの、最後まで聞けばこれは実質的に、この摩周ダンジョンについての話だったのだと分かる。
オウカやイリアも、真剣に彼の言葉に耳を傾けていた。
柚花だけは、未だに感情の読めない彼のことは警戒対象らしく、黙って桃子の手をにぎにぎしている。
そして、柚花の眼から見て。いま、一番心が乱れているのは料理長である氷上だった。
「イギリスのダンジョンは、その後はどうなったんですか? 妖精たちは、帰ってこられたんですか?」
「レディ、落ち着いてください。イギリスのダンジョンですが、近年はまた安定してきているようですね。新たな魔法生物が誕生したのか、勇敢なる探索者たちが瘴気の核となる魔物を打倒したのかはわかりませんが、ね」
イギリスが安定している、という話を聞いて、氷上の心が少しだけ安心したのが柚花の目には分かった。
同じ条件のイギリスのダンジョンが安定したのならば、摩周ダンジョンにも希望はあると考えたのかもしれない。コロポックルに対する複雑な感情はあるようだが、しかしこのダンジョンを大切にする気持ちは間違いないようだ。
「ツインペアーさん、このダンジョンに、コロポックルたちは帰ってくるのでしょうか……?」
「わかりません。消えた命は普通ならば戻ってくることはありませんが、魔法生物は普通の存在ではありませんからね」
縋るような氷上の言葉に、しかしツインペアーは苦笑気味に肩を竦めて答える。
いくら全てを見通すような語り口調だとしても、彼はただの魔法生物の研究者だ。未来予知を出来るわけでも、本当の意味での魔法生物の生態を理解しているわけでもないはずだ。コロポックルが帰ってくるかどうかの未来の話など、知りようもないだろう。
だがしかし、ツインペアーは空になった紅茶のカップを手に持って。立ち上がり際に、言葉を付け加える。
「『こんや コロポックルが あらわれる』という言葉。あれはどなたかの悪戯かもしれませんが、しかしコロポックルが再び現れるならば、この摩周ダンジョンもまた、緑溢れる姿を取り戻すかもしれませんね」
そのような言葉を残して、仮面の魔法生物研究家は、コツコツと足音を残してその場から立ち去っていく。
「コロポックルが復活すれば、このダンジョンは平和に戻るのかな」
仮面の男が立ち去ってから、桃子も彼の言葉を受けて小さく呟く。
最初は自分がコロポックル役をやればコロポックルの噂が広がるんじゃないか、など気軽に考えていた。だが、どうやら自分のやろうとしていることはもっと重大で、決して軽いことではないのだと改めて気づいたのだ。
しかし、桃子の決意を秘めた呟きが聞こえているはずの柚花は、何も反応を見せない。
というか、先ほどからずっと変わらず、桃子の小さな手をにぎにぎしている。
「……」
「あのね柚花、いつまで私の手をにぎにぎしてるの? 周囲から見られてないって分かってるけど、なんか、恥ずかしいなって」
最初はにぎにぎを気にしていなかった桃子だが、いざ周囲の話がひと段落してみると、なんだか気になってきた。
柚花の手が、妙に強弱をつけて、撫でるように、そしてほぐすように、桃子の手を刺激し続ける。
「なんか、こういうプレイもいいなって思って」
「ゆ、柚花?」
プレイときた。
柚花の背徳的な言い回しに桃子は少々恥ずかしさが増す。
だがしかし、言い回しはさておき柚花が楽しんでいるならまあいっかと考え直し、桃子はもうしばらくだけ、静かに柚花のプレイを受け入れるのだった。
桃子の手は、ひたすらマッサージをされてポカポカ暖まっていた。
【とある妖精たちの会話】
「そ、そういえばヘノ……? さ、砂漠に行きたいなら、私より、フラムやリドルを誘った方が、いいのでは……?」
「それも考えたんだけどな。フラムはうるさいし。あいつ。カレーの材料じゃなくて。武器を拾ってくるだろ」
「ま、まあ……」
「リドルは。カレーの材料を探すどころか。すぐに謎を解きたがるからな。ヘノが行きたいのは。砂漠であって。その下の。謎だらけの。遺跡じゃないんだぞ」
「い、遺跡も、桃子さんは喜ぶんじゃないでしょうかぁ……?」
「駄目だぞ。遺跡なんて。罠だらけで。危険な場所に。桃子をつれていけないだろ。カレーも関係ないしな」
「まあ……そう、かもですけどぉ」
「おい! いま呼んだか?! いいぞ、行くぞ! 武器が落ちてる場所、探すんだろ!」
「なるほど。つまりヘノたちは、人間の武器を拾って、なにか計画を実行しようとしているのだね?」
「ほら。面倒くさいだろ」
「うぅ……そ、そうですねぇ」