ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「荷車がギルドに戻っていない?」
事態が動き出したのは、昼過ぎのことだった。
ペンション『パイカラ』には、一日一度、食料や備品を運ぶ荷車がやってくる。
その荷車は、一見すると木材で組み立てられた大きな大八車である。だが、近くで見ると分かるのだが、大きな車輪の根元には何かしらの機械的なギアが組み込んであり、例えるなら電動自転車のように少量の力で簡単に重い荷物を運べる作りになっているという。
ダンジョン内ではバッテリーなどの電力は大気中に拡散してしまい使用が難しいので、電力ならぬ魔石動力のギアだろう。
桃子は午前中にそれを見かけた際は興味本位であれこれ機構を覗き見ていたのだが、機会があればもっと時間をかけてじっくり観察させて貰いたいなと思ったものだ。
その荷車を引いてきた探索者たちは、午前中にはオーナーと食料品やら備品やらについてのやり取りをして、昼にはダンジョンの入り口方面へと戻って行ったはずである。
それが2時間ほど前なのだが、しかしどうやら、彼らがまだギルドへと帰還していないらしいのだ。
荷車を運んでいたのは、3人組の男性だ。地元の業者、あるいは雇われた探索者かもしれないが、経験豊富であり、昼間のダンジョンに現れる魔物に後れをとるほどひ弱な者たちではない。
仮にイレギュラーが発生したとしても、すぐにギルドに連絡は飛ぶはずだ。少なくとも、連絡もなしに妙な行動をとるような探索者たちではない。
逆に言えば、連絡もない現状は何か思わぬトラブルに巻き込まれた可能性が高いということだ。
「雪村。俺たちが確認してくっからよ。まあここの建物は俺らより強い若ェもんたちが居るから大丈夫だろ」
そしてオーナーである雪村は、ペンションに常駐していた地元の探索者チームと相談し、荷車が通ったはずの道を辿って確認しに行くことになったらしい。
見覚えのある姿だと思ったが、昼間に柚花と話していたマタギのお爺さんだ。どうやら彼らが、『パイカラ』に常駐している地元の探索者だったようである。
「気をつけてくださいね。なんだか今日は、普段よりも雲行きが悪いので」
「んー……まあ、何かあったら連絡すっからよ、任せとけ」
雲行きは、確かに悪い。午前中は明るい空だったのだが、今はやや薄暗い空模様となっている。ダンジョンの空なので、あれが雲なのか別な何かなのかはよく分からないし、そもそも桃子は普段のこの地の空模様を知らないのだが。
なんにせよ、ここに長年住んでいるオーナーたちが言うのならば、普段よりも雲行きが悪いのだろう。
マタギの親方は若手の探索者二人を引き連れて、のっしのっしとオーナーに手を振り、ダンジョン入り口へと続く道のりを進んで行った。
それから、更に1時間ほどの時が過ぎる。
「雪村オーナー、連絡はございまして?」
「いや、それがなにも……」
「ギルドのほうはなんと?」
「入り口側からも少し前に捜索隊を派遣して、今はそのチームからの連絡を待っているとのことです」
何度も玄関から外に出て心配げに雪道を覗き見る雪村の姿は、既に招待客全員が目にしている。
はじめは事情を知らなかったメンバーにもすでに話は伝わっており、自然と皆、ダイニングへと集合していた。
探索者たちは皆、ダンジョンの危険性を知っている。荷車を運ぶチームに加えて、その様子を確認しに行ったマタギ親方のチームまでが音信不通という状況では、どうしてもその空気は重くなる。
「時間的に、更なる捜索隊を送り込むならば今の時間はギリギリですわよ。遅くなると、吹雪が発生してより危険なのでしょう?」
「しかし、あなた方は今回はゲストです。二次被害、三次被害の恐れもある状況で、救助活動を行ってもらうわけには……」
このダンジョンは、日が暮れると瘴気を纏う風雪が吹き荒れ、爆発的に危険性が増す。
つまり、それまでに行方不明者を見つけ、そして帰還しなければいけない。時間との勝負である。
これが冬山登山による遭難ならば、一度送り出した捜索隊からの連絡が途絶えた時点で、更なる被害を防ぐためにもそれ以上の捜索を打ち切るという決断をとるのかもしれない。
だがしかし、これは登山ではないし、遭難という可能性は低い。この道のりで何かあるとすればそれは魔物による被害である可能性が高く、そしてそれを打破できるのは、より強い高レベルの探索者たちだ。
「オーナー! つべこべ言うな! 俺たちはゲストである以前に、探索者だからよ!」
「そうよ。むしろ、行くなら早い方がいいわ」
雪村がとれる選択肢は二つしかない。
一つは、連絡が取れなくなった彼らが自力で帰還するのを信じて待つこと。
もう一つは、今ここにいる高レベルの探索者たちに、救助を依頼することだ。少なくとも今ここにいる探索者たちは、それぞれのホームとするダンジョンの第三層、第四層へと足を運ぶほどの探索者である。並の探索者よりも、よほど腕は立つのだ。
雪村は決断する。
いや、彼が決断しなくとも、目の前にいる探索者たちは、独断で向かっていってしまうことだろう。
「そう、ですね。わかりました、お願いしてもよろしいでしょうか」
「では、ここはわたくしオウカが指示を出させて頂きますわね。今回は時間との勝負な面もありますから、【環境耐性】を持つイリアさんとアカヒトさんにお願いいたしますわ」
ダイニングルームには、このペンションに招待されている全員が集まっている。
琵琶湖ダンジョンからは手槍使いのアカヒトと、【鉄拳】のイリア。香川ダンジョンからは炎の剣を使うマグマと、風魔法使いのえあろ。
スキル【看破】で魔力を目視できる柚花。治癒魔法の使い手であるオウカ。そしてその御付きの爺や。
更には謎の仮面の男ツインペアーと、そして柚花以外からは認識すらされていない桃子というイレギュラーもいる。それが現段階のメンバーだ。
誰から言うでもなく、深援隊という高レベルパーティの幹部でもあるオウカが、皆の前に立ち場を取り仕切る。
オウカの判断は、救助に向かうのは琵琶湖の二人。彼らはスキルの特性上、雪道でも迅速な移動を可能とする。
「酒飲みのねーちゃん、俺はダメなのかよ?」
自分も救助に向かうつもりだったマグマがオウカに異議を唱える。
彼は熱い男だ。誰かがもし助けを求めているのならば、きっとこのような場でなければ独断で飛び出るタイプだろう。
「機動力の問題です。それに、このペンションにも戦える方を残す必要はあります。あなたは防衛の要ですわ。ここになにかあった場合、あなたが戦ってくださいまし」
「そういうことか。確かに、俺がいねえと危険……ではあるな」
「えあろさんとタチバナさんは、今回はわたくしとお留守番です。怪我人に備えて、こちらも事前に準備をいたしましょう」
マグマも、自分は琵琶湖の二人ほど雪道に適性を持っていないという自覚はさすがにあるため、オウカの判断には渋々だが納得する。
彼は独断で飛び出ることもあるが、しかし己が足を引っ張る恐ろしさを知っている。過去には、それで大切な仲間を失ったのだから。
俯いて悔しげに顔を歪ませるマグマを、えあろが心配げに見つめる。
「そしてツインペアーさんですが……」
「お嬢様、お耳を失礼」
仮面の男、ツインペアー。
彼も探索者ではあるものの、しかし職業としては魔法生物の研究者であり、他のメンバーのように魔物との戦いを主体としているわけではないはずだ。
実際に彼の実力を知る者はこの場にいないので、オウカも一瞬どうしたものかと間をおくが、しかしそこに爺やが声をかけ、何やら耳打ちしている。
柚花の目からみれば、この爺やとツインペアーこそが、この場にいる探索者のトップ2である。無論、スキルの相性などもあるのだろうが、やはり強者は強者を知る、ということだろうか。爺やはどうやら、ツインペアーがかなりの実力者であることをオウカに耳打ちしたようだ。
「……わかりました。ツインペアーさんも、イリアさんらと同行をお願いします」
「レディの指示に従いましょう」
イリア、アカヒト、ツインペアーの三人が、武装を整えてオーナーからいくつかの注意点などを説明される。道のりのこと、時間のこと。
今回は地元の案内がいないため、この三人が遭難してしまえばもう後がないのだ。道を間違えるなどという凡ミスだけは何があっても避けなければならない。
そして、オウカが名前を呼ばなかったもう一人の探索者は。
「柚花、私も行った方がいいよね? 私も【環境耐性】もってるし、多分一番早く行動できると思うよ」
「……本当に、気をつけてくださいね? 無理はしないでくださいよ?」
柚花は、本音を言えば桃子には行かないで欲しかった。危険なことはして欲しくない。
だがしかし、事実として桃子の魔力のごり押しと【環境耐性〇】【怪力◎】【頑強〇】は、この上なくこのフィールドで有利である。ハンマーを小さく出来るので、移動時には手ぶらで最速行動が可能だ。
より最適な人員配置という意味では、桃子も救助隊に参加すべきだろう。
「まあ、大丈夫だよ。私これでも、雪ん子だからね!」
「今はコロポックルですけどね」
「そうだった、ももポックルです。よろしく」
今日の桃子はわら帽子ではなく、コロポックルの衣装を着用している。この装備もまたこの環境に特化しているため、いよいよもってこの地では桃子が最速となりそうだ。
桃子は柚花を安心させるように冗談めかして笑顔を浮かべ、柚花もまた桃子が心配しないように、笑って見送るのだった。
「ツインペアーさん、やはりあなたは只者ではありませんでしたか!」
雪道を駆ける。
昨日は初見のダンジョンということもあり、ゆっくりと慎重に雪道を歩いてきたメンバーであるが、しかし今は【環境耐性】により雪道にもある程度の適性があるメンバーが揃っている。
能力的に未知数だったツインペアーも、マントを翻してイリアやアカヒトに並んで道のりを駆け抜けていく。むしろ、アカヒトはツインペアーの明らかに高水準の身体能力に刮目していた。
「これでも様々なダンジョンへフィールドワークで赴いているんですよ。しかし、接近戦は僕は得意ではありませんから、そういうのはお任せします」
道のりには少なからず魔物が出現するのだが、移動経路上にいるものはすれ違いざまにアカヒトの手槍で貫かれ、イリアの拳で撃沈される。
少し離れた場所のものはツインペアーの飛ばす魔力の弾で吹き飛ばされる。風や雷といった属性魔法ではなく、魔力そのものを叩きつけるツインペアーの攻撃方法は、えあろや柚花という魔法使いたちがここに居れば二度見、いや三度見はしたことだろう。これは魔法というより、魔力操作のごり押しだ。
「うーん、柚花がいないと、なにか気づいても伝えようがないなあ。どうしよう」
一方、今のところは出番のない桃子は、パーティメンバーとのコミュニケーションをとる方法がないことに今更気が付いて頭を悩ませていた。素手で接触すれば【隠遁】は解けるだろうが、その都度驚かれて、説明して、を繰り返すのは億劫だ。
しかしそんな桃子の悩みをよそに、どこか遠くから破裂音が聞こてきた。
甲高い音。銃声。
これは昼間にも聞いた、マタギの猟銃の音だ。
「銃声です! 今のはいったい?」
「銀世界に響く狩人の響き。恐らく、先ほどのマタギの老人の持つ猟銃でしょう、何かと戦っているようですね」
「分かりました、行きましょう!」
一瞬足をとめて銃声の方角を探す一同だったが、しかし音が反響してどこから聞こえたのかが分からない。
しかしなんにせよ、方角はこちらで合っているはずだ。
火照った身体から白い息を吐き出し、一同は再び雪道を駆け抜けていく。
それが視界に入ったのは、そのあとすぐのことだった。
彼らが見たのは、道の中央に投げ出された荷車と、そこから散乱した様々な荷物。
雪の上に散らばる赤黒い血痕の数々と、誰かが魔物と争ったあと。
いくつかの木々が荒々しくなぎ倒されており、ただ事でないことがわかる。
そして。
「道が……ない……?!」
そこにあったはずの、ダンジョン入り口へと続く道。それが今は、真っ白い雪の壁で覆われていた。
ここは、昨日と同じ道の筈だ。しかし明らかに、そこから先の景色が変わっている。
「地形、変動……?」
「そんな……」
「へえ?」
イリアが、そしてアカヒトが絶句する。
そして、ツインペアーは、不敵に笑う。
ダンジョン内部は、稀に地形が変わることがある。
しかしそれはダンジョンが丸ごと変わるわけではなく、地形の一部が数か月間隔で、少しずつ変わっていくだけだ。少なくとも、それが一般的な地形変動だ。
だが、目の前のそれは一部どころではなく、明らかにその道から先が、別な地形と入れ替わっている。
「立ちはだかるのは、氷の世界の魔物どころか、氷の世界そのものでしたか。面白くなってきましたね。まるで、どこかの誰かが、僕たちを閉じ込めようとしているようだ」
一面に広がる雪と氷の壁は、この迷宮から探索者を逃すまいとする何者かの意思のように。
白く輝きながら、桃子たちの前に立ち塞がるのだった。
【とある妖精たちの会話】
「い、いま、柚花さんが私のこと、考えている気がします……!」
「そうか。気のせいじゃないか」
「う、うぅ……ヘノぉ、もう少し、お話聞いてくださいよぉ」
「わかった。泣くな。でも流石に。後輩が何をしてるかなんて。わからないだろ」
「そ、そんなことないですよぉ。ヘノだって、桃子さんが何してるか……き、きっと、感じ取れるに違いないですよぉ?」
「そうか? じゃあ。ちょっと。ヘノもやってみるか」
「そ、そうです。ヘノと桃子さんは……き、絆で、繋がってるんですから……」
「ん。わかったぞ。桃子はいま。カレーのことを考えてるぞ」
「そ、それはいつでも考えてるじゃないですか……そ、それはズルですよぉ」
「そんなこと言われてもな。桃子は大体。カレーのことばかり。考えてるんだから。仕方ないだろ」
「うーん……確かに……」
「きっと。今頃は。【カレー製作】で。カレーでも作ってるんじゃないか」
「も、桃子さんは、分かりやすいですねぇ……」