ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
昨日までは確実にここに存在していた道が、白い雪と氷の壁で閉ざされている。
ここがダンジョンである以上、それはあり得ない話ではなかった。ダンジョンというのは定期的に変動し、地形が入れ替わり、構造が変化する。
しかし、ここまで大規模な変化が一晩で起こるとは、この場にいる探索者たちの誰もが想像もしていなかった。
「道がないならば先に出た方々はいったい……!?」
「っ、そうだ、ダンジョンについては後回しだ、まずは探索者たちを探そう!」
呆然と雪の壁を眺めていたイリアとアカヒトだが、しかしすぐに己の役目を思い出し振り返る。
横に倒れた荷車と、散乱した様々な箱や荷物。そして地面に残るいくつかの血痕。なぎ倒された木々。
この場で荷車隊に何かがあり、そして負傷者が出ているのは明らかだ。
イリアとアカヒト、そして桃子もその血痕を辿るが、しかし雪に埋もれ、地面が荒らされていてすぐに方向は分からなくなる。
焦りとともにそれぞれの額に冷や汗が垂れるが、しかしそこに再び響く銃声に、三人ともが顔をあげる。
「向こうから音を出してくれるのは実に僥倖。老練なる銃士が戦っているのは、あちらの方向のようです」
どうやら一人だけ、道の真ん中で魔力による索敵を行っていたらしいツインペアーが方向を指し示す。
地面に顔を向けていた他のメンバーと違い、開けた場所で顔を上げていた彼は銃声の響いた方角を的確に聴き分けてくれたようだ。
ツインペアーの指示に従い、イリアとアカヒトを先頭にして、面々は白く凍った樹林を駆け抜けていく。
周辺には、木々が乱雑になぎ倒された形跡があった。
どうやら、かなり大型の魔物が暴れているようである。
「この野郎が! こっちゃこい! こっちだ!!」
再び響く銃声。
樹林を抜けた先にいたのは、巨大な氷像だった。
桃子はこれに似たものを見たことがある。香川ダンジョン第二層『闘技場』に佇む巨大ゴーレムとそれは、よく似ていた。
動きそのものは緩慢ではあるものの、しかしその腕を振り抜けば、地面が爆ぜ、木々が倒れる。
そしてその先では、その氷のゴーレムを誘導するように、年老いたマタギが頭から血を流しながらも銃を構えて、単身、戦っていた。
「マタギどの! 救援に来ました! この魔物は私たちが!」
「でかいな……! イリア、気をつけろ! まずは足だな!」
勇ましく氷像の前に躍り出るのは、アカヒトとイリアだ。
いくら巨大とはいえ、動きそのものは緩慢だ。まだ体力を残しているアカヒトとイリアならば、油断さえしなければしばらくはもつだろう。
アカヒトが手槍で氷像の足を貫き、イリアがその【鉄拳】によりもう片足の粉砕を試みる。
だがしかし、氷のゴーレムの足の装甲は硬く、氷を多少削る程度で撃破には至らない。
「お前ら……向こうに、他の連中が隠れてるんだ! あいつらを……!」
「老練の銃士どの。素晴らしい自己犠牲の精神ですが、今はこちらの氷像をどうにかするのが先です。貴方はしばしそこに身を隠しておくように」
ツインペアーがマタギの親方へと指示を出し、マントを翻してアカヒトたちの援護へと出る。
マタギの親方はその後姿を眺めてから、悔しそうに顔を歪めて、その場に腰を下ろす。
その顔には脂汗が滲んており、どうやら、精神力で身体を持たせていたようで、実際には立つのもやっとの様子だった。
「ぐっっ……骨と内臓でもやられちまったか……畜生め……!」
目にかかる血を腕で強引に拭きとると、銃を手にしてどうにか再び立ち上がろうとするが、しかし激痛に顔を歪める。
そんなマタギの親方に、桃子はその腕をとるようにして、声をかける。
氷像とはアカヒトたちが戦っている。姿を認識できない桃子では戦闘の際に共闘どころか、場合によっては邪魔になってしまうために、今は怪我人を優先することにしたのだ。
「お爺さん、大丈夫ですか!?」
「なっ?! ……お、おめぇ……」
桃子が親方の腕をとり、声をかける。
突然腕をとられて真横から声をかけられた親方がびくりと身を震わせるが、しかしすぐに桃子の姿に気づいて、言葉を失くす。
桃子はいま、コロポックルの少女の衣装を借りている状態、ももポックルだ。
桃子本人はコロポックルを見たことがないので、自分の姿がどれだけ本物に似ているのかはわからないが、しかしどうやら親方の反応を見る限りは、桃子はしっかりとコロポックルに見えているらしい。
しかし、今は桃子としてはそれどころではない。お爺さんは荒々しく血を拭ったが、しかし更に血が流れ出し、傷口が塞がっていないのは一目瞭然だ。
桃子は慌てて懐に常備していた布袋を出して、そこから乾燥させた薬草を選び取る。
「コロポックル……」
「あの、薬草です、物凄く苦いけど、効き目はバッチリですから……」
この毒々しい赤い斑点のある薬草は、薬草の妖精であるルイが育てた特製の薬草である。悶絶するほどの苦味があるが、しかし治癒効果も並みの薬草とは桁違いだ。
この薬草だけで、魔力の充満したダンジョン内であれば治癒魔法による治療に相当する。骨折の復元となると難しいかもしれないが、少なくとも目の前の老人が負っている裂傷や打撲などはこれでどうにか治癒できるはずである。
「生きて、たのか……すまねぇ、すまねぇ……俺らが、弱かったばかりに……!!」
「お、お爺さん……?」
「あの時、お前らを助けてやれなくて……俺らだけ逃げ出しちまって……俺らはよ……ずっと……」
薬草を差し出して手渡そうとするが、しかし親方は、桃子の――ももポックルの手を取って。
ジッと、桃子をの姿を見つめて、その表情がくしゃりと歪んでいき。
ぼろぼろと。ぼろぼろと。涙を零す。
そして、絞り出すような声で、すまねぇ、すまねぇと、懺悔を繰り返す。
「あの、や、薬草……」
「お前は……あの時、逃げ出した俺たちを恨んじゃいねぇのか……? 俺たちは、お前らを見捨てて……」
桃子は、コロポックルではない。
そして当然、目の前のマタギの親方の懺悔を聞いたところで、許すも許さないもない。何より、事情を全く知らない。
それでも、涙を流しながら懺悔を繰り返す親方に、思う所がないわけではない。
だがしかし、目の前の親方はまだ血を流し続けている。
離れた場所からは、氷像と戦う者たちの声が聞こえる。
だから、今やるべきことを桃子は選んだ。
「……お爺さん! 今やることは懺悔じゃないよ! 今は、あなたの怪我を治してください! はい、お口開けて!」
「うぐっ……!?」
涙と血で濡れたマタギの口をこじ開けて、半ば強引に薬草の束を押し込む。
恐らく想像以上の苦味が口の中に広がっていることだろう。琵琶湖ダンジョンの若い探索者たちも悲鳴を上げる苦味だ。
だがしかし、親方はそれを無理やりにでも咀嚼する。
ももポックルに叱咤され、己のやるべきことを思い出した。精神力でここまで戦ってきた老練の戦士だ、薬草の苦味如きで音を上げることはない。
何度か吐き出しそうになっただけである。
「マタギどの、無事ですか?」
「頭の怪我が治っているな。薬草を飲んだのか? 気を失っているだけみたいだし、俺が背負っていこう」
桃子がマタギの親方の介抱をしている間に、氷像との決着はついたようだ。
遠くを見れば、片足を砕かれた氷像が、木々の間で壊れたロボットのように残された足で立ち上がり、そして倒れるのを繰り返していた。
どうやらツインペアーが魔法で足止めをして、片足に手槍と【鉄拳】を集中させることで、脚の破壊に成功したようである。
アカヒトとイリアもそれなりに傷を負っているようだが、彼らもまた常備していた薬草で応急処置を済ませている。
そして、マタギの親方が単身囮となり護り抜いた他の探索者もまた、応急処置は終えていた。
「こちらの方々には、僕の所持していた薬草を飲ませておきましたよ」
そこから100メートルほど離れた場所にある雪壁に出来た隙間に、探索者たちは身を隠していた。
見れば、彼らも彼らなりに死力を尽くして戦ったに違いない。死屍累々という状況ではあったが、しかし死者はいない。全員が、囮を買って出た親方によって命を救われた。
装備は血に濡れ、腕や足に折れた木の枝を使った添え木を添えている。そこまでは、自分たちでどうにか出来たのだろう。
最初に彼らを発見したのは仮面にマント姿の不審人物だったので、彼らもどうしたらいいのか分からなかったようである。しかし薬草を手渡され、更には親方の無事を伝えられると、安堵とともに、ようやく緊張の糸が切れたようだ。
最初に荷車を押していた3名は、道が途切れていることで狼狽し、慌てて周囲の様子を探っていたのだが、そこにあの巨大な氷像が現れたのだという。
昼間の時間帯には現れるはずのないその特殊個体を相手に、彼らは這う這うの体で逃げ延び、氷像が侵入できない壁の隙間に身を隠したという。
急な襲撃で怪我を負い、この隙間は魔力の乱れが大きいのか、端末も反応しない。そこで不安と共に助けを待っていたのだが、やはり次に訪れたマタギ親方たちも、特殊個体たる氷像は手に負えなかった。
そして、どうにか若い探索者たちだけでも逃がそうと、親方が単身囮を買って出たのだ。
その話の最中、小さく彼らの嗚咽の声も聞こえたが、そこは気づいてあげないのが優しさだろう。
「1、2、3……全部で5人います。マタギどのを含めて全員いるようですね」
「あの老人は、魔物に効果のない猟銃ひとつで囮になったわけか。とんでもない覚悟だな、尊敬に値する」
荷車を運んでいた3人と、マタギの親方とともに後発でやってきた2人。
歩ける状態でない面子はツインペアーとイリアに背負われて、一同は先ほどの、雪道の終点。
倒れた荷車の元へと到着する。
どうやら荷車の中身は駄目になってしまったが、荷車そのものは損傷などは無いようである。僥倖だ。
「済まないが、負傷者たちは荷車に乗って貰うことになるが、構わないか? ここから歩くよりはマシだろう」
「そ、そうだな……助かる」
アカヒトが、気絶したままのマタギの親方をゆっくりと荷車に寝かせる。
この際、道に散乱している荷物は諦めるほかない。人命が最優先だということは、この場の誰もが理解していた。
さすがに成人男性が6人も乗るとそれなりに窮屈な状態になったが、より重傷なものを軽傷のメンバーが抱える形でどうにか荷台に全員が収まると、アカヒトがゆっくりと荷車を引いていく。
魔石によるギミックが軋みをあげて、モーター音のような魔力の震える音と共に、自然に荷車のタイヤが回っていく。
「荷車が無事でよかったですね。この人数を背負って帰ることになったら、吹雪までに戻ることは不可能でしたね」
イリアが、荷車の周囲で魔物を警戒しながら呟いている。彼女の声のとおり、第一層の空を見上げれば、どんよりと濁った色へと染まってきていた。日没まではまだ余裕があるにも関わらず、だ。
桃子も同じ空を見上げて、昨日の同じ時間と比べても暗い空に、なんだか不思議な気持ちが込み上げてくる。
ダンジョンの変動により、出口がどこか分からない状況。
昼間には出るはずがない特殊個体の出現。
そして、日没を待たないで訪れようとする、吹雪の前兆。
本来ならば、不安な気持ちになるべき状況だろう。
でも今は何故だか、決して不安に思わない。ならば、この気持ちは何だろう。
かけがえのない相手が見守ってくれているような、安心感。
ようやく眠りにつける安堵と、少しの寂しさ。
早く気づいて欲しいというやきもきした気持ちもあれば、いつまでもこうしていたいという気持ちもある。
そして、私がいれば。あなたがいれば。きっと、永い夜を終わらせられるという、確信。
桃子は困惑する。これは誰の気持ち? あなたは誰? 私は何を待っている?
ずっとこのダンジョンで、この時を待っていたのは、どんな存在?
しかし、答えは返ってこない。
ただ、鮮やかな色を残すコロポックルの衣装の裾が、風もないのに靡くだけだった。
それをただ一人。何も語らない仮面の男だけが、見つめていた。